1人が本棚に入れています
本棚に追加
「瑞希、助けてもらったから、自分だけ生き残ったから、って罪悪感をまた感じる必要は無いんだ。俺はそんな生き方をして欲しくて助けたわけじゃない。あの時はただ目の前の死ぬかもしれない瑞希をほおっておけなかっただけだから」
「でもお兄さんはそのせいで死んでしまった。他人を助けたせいで、死んだんだ」
「そりゃ若い時に死んだけどさ、俺よりもっと若い瑞希を死なせるわけにもいかなかったんだよ。……俺はさ、俺を育ててくれた人達にあの時感謝したんだ」
頭を撫でる手が止まり、顔を掴まれ俯いていた顔を上げられた。強制的に合わせられた目を逸らそうとするがお兄さんの優しい瞳に吸い込まれるような感覚がして出来なかった。
「目の前で危ない命を助けるって選択を一瞬で出来る心を持たせてくれてありがとうって。助けを必要とする人を放っておこくような冷たい人間に育てなくてありがとうって、心の底から感謝した」
「……助けてもらった僕は、忘れていたのにどうして責めないの」
「俺のことなら、忘れていいよ。俺は瑞希に幸せに生きてほしい。だから責めない。瑞希は空っぽなんかじゃない、優しい、温かい心を持った人だ。これからはここに来てから気付いた大切な家族や友達と笑いあって過ごしてほしい。それが俺の願いだよ」
ここに来てから、僕は僕を支えてくれた沢山の人のことを思い出すと同時に、その大切さを実感した。なんとなく過ごしていた日々も、何気ない日常も、簡単に手放してはいけないものなのだと学ぶことが出来た。僕は、このまま死ねない。お兄さんの願いを叶えるために、戻らなくてはならない。その意志を固めた。
「もう、引っかかる感覚はない?」
「うん。もうない」
「……そっか。じゃあ戻れるね」
「でもどうやって戻るの?僕はもう死んでいるのに」
そう問いかけるとお兄さんは一瞬きょとんとした表情で僕を見つめてから笑い出した。
「誰がいつ瑞希が死んだって言ったの?瑞希はまだ生きてるよ」
「え?」
「だから生きるか死ぬかの選択が出来るんだ」
どうやら僕は事故にあったがまだ死んでなかったらしい。僕が見た映像は、僕が生きるか死ぬかの状態で病院に運ばれてからの映像だったようで、僕が勝手に勘違いをしていたようだ。ふと運転席の方を見れば鏡越しに運転手と目が合った気がした。
やがてバスが静かに止まる。アナウンスはない。
お兄さんが席を立つと、僕にも席を立つように言った。席を立ち、言われるがままでバスの出口の前に立つとドアが横にスライドして開く。目の前には今までと違い、白い霧が広がっている。雨の音はいつの間にか消えていて、外も雨が降っている様子はなかった。
「降りたら、戻れるよ」
お兄さんの言葉にこく、と頷いて一歩踏み出そうとする。その前にお別れの言葉でも言おうかと振り返れば、そこにはお兄さんと、一番後ろの席に座っていた親子がいた。その顔を見て息が止まる。
最初のコメントを投稿しよう!