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月夜のリベンジと、少年の末路~レオ・フェイジョアの過ち~
銀色の髪を持つ少女、シェイミー・セコンダレムは笑みを浮かべながら俺たちにこういった。
「んじゃ、君たちは、ここで、ちょっと黙っていてね!」
と、杖を向けながら。
その時には、俺とハスミだけではなく、ナナ達三人も、ロカ達もポンド達も集まっていたけれど、場が悪かった。
何せ、マフィアに囲まれていたのだから。
シェイミー・セコンダレムが鼻で操っていた黒服の男たち__おそらくはシェイミーの部下なのだろうが、彼らが全員、俺たちの腕を抑えていたから、俺たちは動こうにも動けなくて。
にひひ、とシェイミーが笑う。
「ま!待ってくれ!何をするんだっ!?」
その杖の光に、ひたすら嫌な予感がした。
「何を?決まっているでしょ。君たちの、口を閉ざす。」
彼女が呪文を唱える直前、俺は思い出した。
そういえば、彼女は言っていた。もうすぐ、面白いものを見せる、と。
それが何なのかはわからないが、多分、そのことにとって不都合が起きたから、シェイミーは俺たちを黙らせようとしたんだ、と。
◇◆◇
それから、やってきたのは宝石を持ったサソリ__でなく、宝石を持ったリオ・マーティン先生だった。
どういうわけか、宝石は先生の手に移っていて。
そのことに、俺は一抹の気体を覚える。
もしかして、先生がサソリから宝石を取り返してくれたのか、と。
しかし、その期待はすぐに失墜する。
シェイミーが、リオ先生を見て、目をキラキラと輝かせたのだ。
「まったよ!リオくん!僕、何時間もこの子達の相手していたんだ!上司に手間かけさせる部下とか、控えめに言って、良くないね!この落とし前は、きっちりつけてよね!」
と、口調に反してまったく怒っていないかのように、リオ先生の背中をたたく。
リオ先生は、困ったように、シェイミーのほうを見て、微笑んだ。
その微笑に、困惑もなく。
リオ・マーティンは、マフィア・ローゼンのメンバーだった。
そのことに、俺は動けずにいて。
リオ先生は恭しく頭を下げる。
「承知いたしました。」
と。
その言葉と共に、奥からもう一人の人が出てきた。
十二、三歳ごろのその少年は。まるで老人を思わせるような達観した顔つきをしていて。
マフィアに詳しくない俺でも一瞬で理解できた。
この人も、きっと、マフィアだ、と。
それほどまでにその少年のまとっている雰囲気は怪しく。
少年は、腕を組んで、何かを見下すように、
「弁えよ、シェイミー。ここは取引の場だ。貴様の独断と先行の場ではない。」
と。その、まるで巨大な組織のリーダーなように。
「はーい。すみませんでしたぁ。」
えへへ、とまったく反省していないようにシェイミーは引き下がって。
その様子を見て少年ははぁ、とため息をついた。
「ていうか、僕、サソリちゃんがマフィアって暴露しちゃった。」
「それで、リオ。貴君、宝石は持っているか。」
「ええ。しかとここに。」
リオ先生は恭しく少年に頭をつく。
その行動で、察してしまった。
この少年は、マフィア・ローゼンのボスに違いない。かつて、あの怪盗が取引をするといっていた、ボス。
想像していたより若く、ずっと幼い。
少年は満足げに、それを片手で受け取ると、頭上に持ち上げ、しげしげとそれを見つめる。
「――この輝き、確かに世界を支配している、というだけある。」
一見、どこにでもあるような少年の優しそうな微笑み。
しかし、その瞳の奥には、確かな悪意があって。
その少年に、宝石を渡してはいけない、と思った。
しかし、体が動かない。否、動けない。
旅の仲間で四人、寝ていた時に抵抗が一切通じない男たちに連れてこられ、ここに来た。
目覚めた時からずっと腕は縛られていて、ほどこうとしても、ほどけない。
否、それどころか、俺はここで見ていることしかできない。
ひたすらに、無力で。
そんな自分が少し憎らしかった。
かつて、十二歳の時、弟とその友達と遭難して、そのまま二人を助けることができなかったように。
多少特訓をして力をつけたつもりだったが、そんなもの、マフィアの技量の前にはただ、無価値だったのだ。
そして、この状況ですら、縛られているみんなを助けれないし、宝石だって取り返せない。もちろん、宝石がボスの手に渡ることだって。
無力がひたすらにもどかしく。
その状況がまた、悔しい。
俺はぎりり、と歯をかんで。
「上等だ。リオ、よくやった。」
ボスは、跪いているリオ先生に淡白とした称賛を送って。
「ありがとうございます。」
リオ先生は、どこか、満足げに答えた。
その様子は、普段俺たち生徒に見せている、ただの優しい先生のものとは違って。
少し、その状況に慄きながら。
ボスは、宝石を手にすると、もう片方の手で、リオ先生の手をつかむ。
「さて、さっそく、支配に移るとしよう。」
そうして、リオ先生の手を、宝石に触れさせて。
刹那、七色の光を発していた宝石を中心にして、その場の空間が歪んだように感じた。
宝石が発していた光が大きくなり、目も明けられないようになり。
四方にきらめくプリズムが見え、いつの間にかマフィアのボスは俺たちよりずっと離れた場所__何かの玉座のようなものがおかれている所にたっていて。
ボスが玉座に座ろうとした時だった。
その宝石の輝きが止まり、あたりの風景が一期にして元に戻ったのは。
あたりが振動するような不快感を味わいながら。
宝石の輝きが元に戻ると、ボスの位置も、先ほどのように戻っていて。
ボスは不快そうに顔をしかめる。
「――これは。」
……それにしても、これは何だったのだろう。
一瞬にして、異空間に飛ばされたような、今まで感じたことのない奇妙な感覚で。
たとえるのなら、占い師さんが占いをするときに似ていたが、その時だって、これほど空間はゆがまなかったし、周囲の人物の立っている位置だって、変わらなかったと思う。
それほどに、これは不思議な現象で。
俺が首をかしげていると、マフィアのボスは、リオに触れされていた手をどけさせて、宝石を片手に持つ。
そして、再びしげしげと宝石を眺めた。
「なるほど。恐らくこの宝石は壊れているから、力が、足らないのだ。同じものがラマージーランドの中に三つ、あるだろう。それを持ってきて、力の足しにするのだ。」
「承知いたしました。」
力が足りない、という言葉に俺はほっとした。
少し、危なかった気がしたのだ。
今のまま、ボスに宝石を渡すと。
リオ先生は、恭しくボスに頭を下げて。
「必ずや、ボスに世界を。」
と。
「ああ。世界の寿命は差し迫っている。もう、一週間も持たないようだしな。」
その言葉に、俺は奇妙な違和感を覚えながら。
まるで、もうすぐ世界が終わるみたいに。
「私は、それまで、周辺で待機でもしよう。ここらへんが一番【歪み】に近しいのでな。」
ボスはそういって、倉庫から出ていく。
もちろん、手には宝石をもって。
きっと、ボスは世界を支配する気だろう。
それなのに、止められない。手を縛っている縄のせいで、抵抗一つあげられない。シェイミーの魔法のせいで、声さえでない。
悔しい。
守りたいのに、守れない。
俺はマフィアのボスを眺めながら、口をパクパクさせ。
シェイミーとリオ先生がこちらを振り返る。
「シェイミー、あれは?」
と、リオ先生が俺たちのいるほうを指さした。
その瞳は、穏やかな色などなく、ただ、冷たく。
そのことで俺は理解する。
多分、この人はマフィアの人で、俺たちに見せていた姿は演技だったのだろう。
それでも俺にとってはマフィアであることを騙していた事がショックで。
リオ先生は去年の担任だったけれど、それなりにいい人だと思っていた。俺も信頼していたし、先生も俺たち生徒を信頼していると思っていた。
それなのに、嘘をつく、というのは。
生徒を__俺たちを信頼していなかったようで。
「ボスがー。黙らせておけって。マフィアの中で魔法を使えるの、リオくんを除いたら、僕と泥棒ネズミぐらいじゃん?」
シェイミーが俺たちを指さしながら口をとがらせる。
泥棒ネズミ、という言葉はきっとサソリだろう。
対立する立場だとか関係なく、人の悪口を聞いているのは、気分がよくなかった。
それでも、それをいさめるための口は、シェイミーにふさがれているが。
「そうですか、では、俺は――。」
リオ先生が、ボスの出ていったほうに体の向きを変えた時だった。
「見つけましたッ!」
と、辺りに鋭い声が響き渡る。
聞いたことのない、少年の声。
俺たちはそちらに振り替えり。
「誰あれッ?!あ、ボスいない!これを見越してってこと⁈」
倉庫のドアを開けたのは、魔法警察の少年だった。
その凛々しい顔だちは俺より少し年上に見えて、銀色の髪の毛からは奇妙な耳が生えている。
その後ろ側に、倉庫を見張っていたであろうマフィアが沢山気絶させられていて。
俺はその光景に安堵して。
もしかして、この状況だって変えられるかもしれない、と。
「魔法警察です。俺達を追っていて、かなり手強い類の。気を付けてくださいっ!」
リオ先生がその少年を確認し次第、倉庫の外にかけていって。
「あっ!ちょっとリオくんー!」
それを確認して、シェイミーも続く。
銀髪の少年がそれを追いかけようとした時だった。
はたり、と少年は立ち止まってこちらを見た。
「逃しませんっ!――て、人質?」
と。
そのすきに、だったと思う。
「今です!」
と、リオ先生がかけていって。
俺達、人質の存在によって、マフィアは散ってしまい。
◇◆◇
ファルト・ナーツワーグの鼻は良かった。
それこそ、人以上にさえている五感の中でも特に優れた部分で、一度嗅いだ犯罪者の匂いはファルトの中では薄れることがない。
たとえ、香水を付けようと、泥水を浴びようとファルトの鼻はそんなものたやすく突破してしまう。
それゆえ、見失ってしまったリオ・マーティンの居場所を突き止めるのも容易だった。
ただ、彼の出した匂いをたどればいいのだから。
場所はそれほど遠くはなかった。
魔獣討伐ギルドの倉庫。
そこから、リオ・マーティンの匂いがする。
しかし、問題はそこからだった。
倉庫を守っているマフィアを自前の武術で気絶させ、倉庫を開けた時だった。
幾人もの人質が、近くのマフィアの盾になるように配置されている。
本当に、マフィアは性格が悪いな、とファルトは思って。
同時に、先ほどファルトに大陸の科学技術を浴びせた相手も立っていた。
リオ・マーティンに魔法警察の使命手配書に書かれていたシェイミー・セコンダレム。
彼らはファルトの姿を見たとたん、逃げて。追いかけようとしたが、慌てて立ち止まる。
人質がそこにはいて、ファルトが目を離したらどうなるかもわからない状態で。
まずは、人質優先だ。
ファルトは人質の縄を縛っている黒髪のマフィアと向き合った。
「そこをどいてください。」
たぶん、立ち振る舞いからして幹部的な立ち位置だろう。
ファルトを見ても、余裕の表情をしている。
「はん。俺達はどかねーぞ。」
と、手に持っていた拳銃を引っこ抜き。
その瞬間だった。
「貫け、氷の柱よ!アイシクル・ドロップッ!」
ファルトは刹那のスピードで、杖をマフィアに向け、氷の氷柱を堕とす。
人質がいることもあり、落とすことができたのは、黒髪のマフィアにだけだったが、ファルトの魔法に慄いたのだろう。
近くにいるマフィアたちも散り散りになっていき、そこにはファルトと人質だけが残されて。
空間に流れる、マフィアがいなくなったことによる、安堵した雰囲気。
オレンジ色の髪をポニーテールにした少女が口をぱくぱくさせ、
「…あ、あ!喋れるッ!!喋れるようになっているっ!!」
と。嬉しそうに叫んだ。
「本当だ。さっきまで、シェイミー君の魔法で無理やり口をつぐまされていたのに。」
次いで、感心したような口ぶりのセージグリーンの髪の少年。
「あのっ、俺達、先程までマフィアに捕まっていて……!」
水柿色の髪の少年が、ファルトに話しかけた。
「状況は把握しています。すぐに縄を解きましょう。」
そうして、何時間にも渡る少年少女の拘束は、解き放たれた。
◇◆◇
「ぼくはこれからマフィアを捕まえに行きます。あのまま野放しにしておくのは、心許ないので。あなた達は――早く、家に帰ってください。マフィアが戻ってくる前に。」
俺達の縄を解いた魔法警察は、そういって。
おそらく、純然なる心配故なのだろう。
マフィアに腕を拘束されていた俺達があまり力を持っていないのは事実で。
が、俺は首を振った。
「いいえ。俺は、家には帰りません。」
と。
もしマフィアに世界が支配されそうなのなら、動ける身になった以上、それを止めなければいけない。
俺に力はないかもしれないけれど、それはその分、頑張ればいい。
かつて、俺達を助けてくれた魔法警察のように、困っている誰かを助ける。
もし世界が支配されたら家族や友達、先生、俺の身の周りの誰かが害されてしまうかもしれないのだ。
それは、事情を知っている俺が何としてでも止めたい。
「?」
魔法警察官はきょとん、と首をかしげて。
俺は大きくうなずいた。
「やるべきことが、あるんです。」
かつての魔法警察官のように、皆を守りたいから。
実力不足を自覚してもなお、俺は前を向く。
「そうです。私も。――そうですよね、みなさん。」
引き継いだハスミの言葉に、皆もそれぞれ、うなずいて。
銀髪の魔法警察官は少し黙考した後、顔をあげた。
「分かりました。くれぐれも、無理はしないよう。市民に危険が及ぶかもしれないので、ぼくはマフィアを追いますけれど、危ないと思ったのならすぐに逃げてください。」
その言葉と共に、魔法警察官は、去っていて。
◇◆◇
俺が気がかりだった、もう一つのこと、それはアデリの言葉にあった。
俺達が拘束されていた時だった。
ばん、というドアが開く音と共にロカ達が入ってきたのは。
ロカ、アデリ、ポンド、ルーイン、と一緒に旅をすることを決意した仲間たち。
その四人が、揃ってやってきて。
それだけなら俺は胸をなでおろしただろう。
この場にマフィアがいるという問題はあれど。
じゃあ、何がいけなかったのか。
マフィアが、ロカ達を縄で縛っていた事。ロカ達はマフィアに倒されたのだ。
いやな予感はしていた。
俺とハスミがマフィアにさらわれたとき、マフィアはどういうわけか俺の抵抗をものともしなかった。
__それなりに抵抗したはずなのに。
俺達の存在は実は虚無ではないかと疑ってしまうほど。
マフィアは俺達の抵抗に、身をよじりもしなければ、体をこわばらせる事もなく。
しかも、俺達が攫われたときにそれなりの人数がいたのだ。見張りにさらに人数が割かれていると考えてもおかしくなくて。
「さあせん、ダイヤモンド様。こいつら、入ってきまして。」
ぽりぽり、と頭をかきながら、男たちが抱えていた四人をその場に置く。
ロカがこちらを見て安心したようにため息をついた。
「あッ!ハスミちゃん、フェイジョア先輩、良かった……。」
「ひとまず、無事だし怪我もないようで、安心しました。」
「……とはいえこれが安心できる状況かって言われたら、そうでもないんだけれど。」
と、ポンド。
わぁ、とシェイミーが声を上げた。
「あれ〜?ロカロカも来たんだー。面白ー。ま、今からもっといいものが見られるから、ちょっと待っていてよ。」
「ええ。……楽しみにしているわ。ところで、この縄をほどいてくれたらもっと楽しめると思うのだけれど。」
本気で言っているように感じられるけれど、きっとこれもシェイミーの気を紛らわせるための演技なのだろう。
いつか、ロカがハスミにそれなりの演技ができることを打ち明けていた気がする。
「ごめんね〜!できない!」
あっさりと、シェイミーは言い切った。
「こんな時でも天然発揮しちゃうロカさんって……。」
「みんな!」
と、四人を抱えていたマフィアが持ち場に戻る中、アデリが呼びかけて。
「聞いてほしい話があって!」
それと、ほぼ同時だったと思う。
宝石を持ったマフィアが入ってきたのは。
◇◆◇
「えーっと、そこの子はナナちゃんで、そこの二人は、誰だっけ?」
マフィアが去っていた後。
俺達は辺りを見回し、思い思いに行動して。
「最初に言う言葉がそれですか?」
「ええっ!?でもでも、ロカちゃんは分かるの?」
「はい。何となくですが。」
うなずいたロカだが、きょとんと首をかしげているから、きっと意味を分かっていないのだろう。
ちなみに俺もよくわからない。
「なあ、おれここ帰りたいんだけれど。」
と、セージグリーンの髪の少年がけだるげに言って。
「ほらッ!またそういう事言って!」
オレンジ色の髪の少女がそれを窘め。
「お姉ちゃんが、マフィアって……。」
と、その二人の近くにいた茶色の髪の少女がつぶやく。
その表情には見覚えがあった。
たしか、サソリの記憶を覗いた時に、知った少女。
サソリの妹である彼女は確か、ナナ・クラークといって。
「結局、宝石はマフィアの手に渡ってしまいましたし。」
と、ハスミが。
「ちょっっと、まって、これ混乱するよねっ!?」
と、ポンドに。
部屋の中は喧騒で騒がしくなり、人の声も聞き分けられないほど。
その状況に、俺自身も半狂乱になりながら。
「スト〜ップッ!」
慌てて手を広げると、全員が俺のほうを見る。
「「「「「「「?」」」」」」」
「みんな、取り敢えず落ち着いてくれ。」
俺も含めて、合計して、十人。
それなりに多い人数だ。
これほどの人数を抑え込んでいたかと思うと、マフィアというのはやはり怖い。
「色々言いたいこともあると思うが、取り敢えず、状況の説明と、自己紹介だ。俺の名前はレオ・フェイジョア。ミュトリス学園の中等部三年生だ。」
俺の言葉に、ある一人は唖然として、ある一人はうなずいて。
「「「「「「「「――――。」」」」」」」」
「俺達は魔力源になる宝石を追って、色々失敗したりして、何故か宝石を持っている人が違って、その人を追いかけなきゃいけなくなったんだが。」
と、俺は今までの概要を説明して。
「え、えっとッ……?ごめんっ、アタシ、頭良くないから分からなくってッ!」
きょとん、とオレンジ色の髪の少女が首を傾げた。
「もしかして説明下手なタイプ?」
と、セージグリーンの髪の少年が。
「ちょ、シャテン先輩、それは流石に失礼ではっ!?」
ナナが慌ててセージグリーンの髪の少年の腕を引っ張る。
あの、と、ハスミが腕を上げる。
「えっと……私が続きを説明してもいいでしょうか?」
ハスミの言葉に、俺達はうなずいて。
「全ての始まりは、この国の魔力源である、一つの宝石が盗まれた時に始まりました。――私の名前はハスミ・セイレーヌ。レオ先輩と同じく、ミュトリス学園中等部二年生です。」
そこからは、ハスミのまとまった説明が始まった。
宝石を取り返すよう頼まれたこと、何回も挑戦したけれど、それが思うようにいかないこと。挙句の果てになぜか宝石を持っている人が変わっていた事。
その話が終わった後は各自の自己紹介で、順番に名前を名乗って、これまでの流れを話す。といっても、数分程度だったが。
◇◆◇
俺達の話を聞いて、あるものはうなずき、あるものは驚き。
自己紹介も終わって、ひと段落した時だった。
ナナが下の方を向く。
「なるほど……。そんな事が、あったんですね。そして、お姉ちゃんが……。」
きゅっと唇をかみしめて。
「お姉ちゃん、なんで……。」
「それで、これからの話なんだが……。」
と、ナナを励まそうとした時だった。
「その前に、一つ言っておきたい事があるんだ!」
と、アデリが緊迫とした声で。
「皆に、伝えておかなきゃいけないこと。」
その声に、俺達は振り返る。
アデリの頬には冷や汗が垂れていて。
「世界が、もうすぐ、壊れるんだ。みんな、思い残しのないように、できることをしておくように。」
と、思いもよらない言葉に。
しかし、アデリの目はいたって真剣で、きっと嘘ではないと思う。
世界が壊れる、その言葉がどういう意味かは分からないけれど。
「もう三日も持たないと思う。」
その言葉に俺は再び衝撃を受ける。
てっきり、一週間とか一か月とか一年とか。
もっと猶予があると思っていて。
それだけに、事実は残酷で。
みんなは、息をのんでいたり、顔を青くしたり。
皆が皆、世界が滅びるという事実に衝撃を受けていて。
「止めには、行けねーのか?」
アデリはふりふりと首を振る。
きっと、方法はないのだろう。
「そっかぁ、三日で終わっちゃうかぁ。」
ぼんやりと、ポンドがつぶやいた。
そういえば、ポンドは師匠であるじいさんの奥さんの墓参りをするといっていた。
その墓も、俺達が宝石を取り戻した後に、ゆっくり探す、と言っていて。
世界が終われば、宝石を取りかえす事もできなくなるし、ラマージーランドの中から墓を探すことも出来なくなる。
流石に、三日以内でファンティサール中の墓を見て回ることはできない。
「すみません、その話の証拠はないんですか?ただのあんたの思い込みなんじゃないんですか?」
シャテンが手を上げて、いぶかしげな瞳でアデリを見る。
「えっ!?違うもん!あの占い師のおねーさんはそんなことしないよッ!」
「すみません、その話、詳しく教えていただけませんか?」
困ったような顔で、ナナが付け足した。
「うん!えっとね、世界が壊れるんだって!以上!」
「詳しい……説明かな?」
きょとん、とポンドが首をひねる。
「つまり、こういう事じゃないですか?アデリ先輩は、先程あった占い師さんにそういった啓示を貰った、と。」
占い師といえばハスミたちとはぐれた時に、その場所を占ってもらったことがある。
もしかしたら、今回の占い師さんもその人なのだろうか。
「そうそう!その占い師さん、凄いんだから!」
「って事は、本当って事ッ!?ヤバくないッ!?新作お菓子、爆発のあとの有耶無耶で食べていないんだってばッ!」
アイラが悲鳴を上げて。
「えっと……アイラ先輩、そこですか?」
ナナが引いたようにつぶやいた。
「胡散臭いとしか言いようがないですけれど。占いなんて、ただの魔術でしょう?」
「だーかーらー違うんだってば!」
シャテンの言葉に、ふりふりと首を振るアデリ。
俺はアデリのほうを向いて。
「なあ、アデリ、その占い師さんって、ハスミ達の場所を占ってくれた人の事か?」
「うん!」
「……じゃあ、外れていね〜って事なのか。」
あの占い師さんは、ハスミたちの居場所を的確に教えてくれた。
その人が、世界の運命なんて事、分からないはずがない。
つまり、この世界は三日以内に終わり。
とてつもない寂しさが、身を襲ってきた。
けれども、俺の心にはそれ以上に大きな感情が占めていて。
ただ__悔しい。
「止めれるのなら、止めたい。救えるのなら、救いたい。――でも、その方法が分からない。」
できることなのなら、止めたい。
俺の周りの人が、家族が、友達が、後輩が、先生が、何も知らないままに突然存在も消されるのは嫌だ。
マフィアに世界を支配されるぐらい嫌なことだ。
__どちらも、比べたくもないが。
俺は俺の周囲にいるみんなに無事でいてほしいし、幸福であってほしい。
そしてもしそれが難しいのなら、俺が力を尽くすまでだ。
しかし、状況は厳しかった。
いきなり出たスケールの大きい話にただえさえいいとはいいがたい俺の頭は思考停止して。
「方法ならあるわ。」
鋭い声が、俺が迷っていた暗闇の中に一筋の光をともすように。
その声のする方を見ると、ベールで顔を覆っている黒髪の女性が見えた。
以前、ハスミたちの居場所を占ってくれた占い師さん。
彼女がなぜか、ここにやってきて。
占い師さんはアデリのほうを見る。
「さっきぶりね、わたし。否、アデリ・シロノワール。数人しか話すなって言ったのに、この場にいる全員に話してしまうなんて。貴方はつくづく困った少女。」
「えっ?八人って、数人のうちに入るんじゃないんですかっ!?」
アデリが素っ頓狂な声を上げ。
「――裏切り者がいるかもしれないのに。」
占い師さんは冷たいため息をついた。
「ええ?この中に悪い人はいなさそうだけれど。」
「本人に悪意が無くても、関係無い。本人に、悪の適性があれば、それまで。」
「………。」
漠然としていて、しかし、どこか本質を突くようなものがある。その言葉に、アデリは思わず口をつぐみ。
なんとなく、ロカのほうを見ると、少しだけ、目を見開いたように思えて。
「ロカちゃん?」
ロカは何でもありません、と首を振った。
たぶん、見間違いだったのだろう。
それより、世界を救う方法だ。
先ほど、占い師さんは方法ならある、といって。
俺は期待を込め、占い師さんのほうを再度見て。
__俺にできることなら何でもするから、と。
「方法ならある。しかし、それは僕の適性ではない。【僕】は望んでも世界を救えない。」
その言葉に、俺の意志は退けられ。
まるで、俺の思考を見透かしたように__否、ハスミたちの場所を言い当てた占い師さんなんだ。俺の思考ぐらい、簡単に見透かせるのだろう。
つまり、占い師さんが言っているそれは本当のことで。
「え?俺が……。」
俺は口をパクパクさせた。
心には、ただ、虚無感があった。
救いたいと思っているのに、適性がない。故、救えない。
はっきりと断言され。しかし、それでも、と言い返そうとした時だった。
「――適性があるのは、アデリ・シロノワールとハスミ・セイレーヌの二人のみ。この二人だけ、世界を救える【可能性】がある。」
と。
「あれ……私、あなたに名前、……。」
きょとん、とハスミが首をかしげて。
「それと、もう一つ。――四十八時間後、ファンティサールにマフィア・ローゼンがフルメンバーで襲ってくる。そして、ファンティサールは焼け野原になる。」
その言葉で、全員が息をのんだ。
マフィアは世界を支配するだけではなかった。
俺の大切な人たちがいる土地を、焼き尽くそうとしていて。
呆然としている俺達に占い師さんは告げる。
「信じるか、信じないかは個人の自由。けれど、――【信じるものは、救われる】。」
と。どこか現実味がなく。
しかし、それは確かに俺達が受け止めなければいけないことばでもあった。
「じゃあ、私は、もう行く。」
と、占い師さんはベールをなびかせ。
「あッ!教えていただき、ありがとうございました!」
慌ててその後ろ姿に礼を言う。
占い師さんは足を止めて。
「別にいい。こんなのも、ただの正義心を満たしたいだけに私が勝手に行っている事だから。」
「――――。」
と。少し、意外だった。
占い師さんは淡々と俺達に占いの結果を告げているところしか見たことがなく。
それゆえ、俺も占い師さんの心情というものをあまりそうぞう出来なくて。
俺が息をのんでいると、占い師さんはいつの間にか、いなくなっていて。
俺は否、俺達は呆然としていた。
◇◆◇
占い師さんがその姿を消して数分後。
ぽつり、ぽつりと誰かが話し始めて。
その会話の輪は瞬く間に広がっていった。
「あのマフィアのボスを追いかける以外にも、山程やる事が増えている。」
俺は顎に手を当てた。
できることなら、あのボスから宝石を取り返したい。
世界は、誰のものでもないから。
けれど、課題はそれだけではない。
三日以内に滅びてしまう世界。
それに、ファンティサールに襲ってくるというマフィア。
こちらも解決しなければいけない。
ボスにかかりきりになっていたら、ファンティサールと世界が危ういし、かといって二つだってないがしろにできない。
けっこう、難しい問題で。
「世界を救えるってッ!ヤバッ!」
「夏祭りで救いそこねた飴玉は再び救えますか?」
「ルーインさん、そこから一旦離れようか?」
「七十時間……お姉ちゃん、もう会えないのかな?」
「はぁ。みんな大げさに騒いで、馬鹿らしいと思わないのかね?」
「今はそれを言っている場合じゃないと思うわ。」
「あっ!ロカちゃん、腰につけているそれ――。」
思い思いにみんなが話す中、ハスミだけは無言で。
「……。」
「ハスミは、怖くないのか?」
少し、気になった。
ハスミが怖くない理由が。
「世界が滅びること。自分が、その存在すらも消えてなくなってしまうこと。」
ただの死なんかよりずっと恐ろしい。
世界が壊れたら、自分がそこにいたという記録も、自分のことを覚えている誰かも、みんな消え去ってしまうのだから。
それに、前、ハスミは誰かに見ていてほしい、といっていたのに。
ハスミは問いかけた俺のほうをむいて、小さく微笑んだ。
「はい。全然怖くないんです。」
「ええ?えっと?」
その表情には、恐怖などまったく浮かんでいなく。
「私、ロカさんに出会えて、アデリ先輩に出会えて、ポンドさんに出会えて、ルーインさんに出会えて、サソリさんに出会えて、そして――レオ先輩に、出会えて。」
かつて、彼女は一人が嫌だといって。
しかし、目の前の少女は一人なんかじゃない。
俺だけじゃなく、旅を通して、共に道を歩む仲間に出会えたのだから。
「いい仲間に、たっくさん出会えて。一人じゃないってわかる事が出来たんです。だから、もう十分です。もう、十分満足です。」
と。その瞳には満足げな光がともっていて、俺もそのことに安心する。
彷徨っていた彼女が大切なものを見つけれたのは確かなのだから。
「だから、いいんです。世界が終わってしまっても、きっといつか世界は終わるし、私達の生活だって終わる。――だったら、私は世界が終わるまで、お世話になった人達に恩返しをするまでですから。」
「……ハスミ……。」
少女の微笑みは暖かく。
もう、俺が導くところはないのかと安心した。
……ていうか。
「なんか、いい雰囲気だったが、サソリは仲間じゃねーと思うぞ?」
「あっ!ついうっかり!」
仲間……旅では宝石の奪い合いをしていたし、仲間というとちょっと違う気がするが。
「うっかり……に入るのか?」
「……ていうか、なんかさっきより騒がしくなっていません?」
きょろきょろと辺りを見回すハスミ。
喧騒は、先ほどより騒がしくなっていた。
「これは……見事に脱線しているな……。」
ぱん、と俺は手をたたいて。
「みんな!俺から一つ提案があるんだが、聞いてくれるか?」
「「「「「「「「?」」」」」」」」
皆が俺の方を振り返る。
「占い師さんによると、もうすぐ世界が滅びるらしい。そして、ファンティサールにマフィアがやってきて、全土を燃やす。――そこで、ファンティサールに襲撃に来るマフィアをなんとか止めれないかって思っているんだ。」
「そっか!そうすれば、ファンティサールが焼野原になることはないんだ!」
納得したようにアデリがうなずいて。
「いや、世界は滅びちゃうんですけれど……。」
と、ハスミ。
「あッ!思ったんだけれど、さっき、占い師さんが世界を変えれるって言っていたよねっ⁈たしか、ハスミちゃんとアデリさん。それを同時にすれば、世界も救えると思うんだけれどッ⁈どうかな⁈」
と、アイラが提案した。
「…なるほど、確かにそれなら。」
二つを同時にする。
数々の問題に頭を悩ませていた俺にとっては名案で。
「よし!それ採用!私とハスミちゃんはその世界を救う方法というのを占い師さんに聞きに行ってくるから、その間にみんなで作戦を考えておいてよ!」
と、アデリがハスミの手を取って。
「じゃあ、決定で!」
と、ポンドが手を上げた時だった。
「…おれは反対なんだけれど。」
不服そうな声が聞こえてきて、皆がそちらを見る。
声を上げたのはシャテン・ブルーマーだった。
「……シャテン?」
「その運命にも、ファンティサールを燃やしに来るというマフィアにも、失敗する確率の方が高いと思うね。どうせ残りの時間を使って失敗するぐらいなら、何もしないで個人個人の思うように過ごして、後悔なんて残さないほうがマシだと思うけれど。」
と、もうすぐ世界が、滅びるというのに、彼は冷静で。
否、もしかしたら混乱しているのかもしれないが。
シャテン・ブルーマーは世界を救うことにあまり思いをかけていなかった。
「なるほど。私たち学生数人が集まったところで、マフィア・ローゼンは何百、何千人といるから抵抗はかなり厳しいし、かといって、魔法警察は爆発の原因にかかりっきりで、マフィアの動向に注目しているとも思えない。そもそも、ただの学生の私たちがそんなことをいったところで、信じてもらえるかどうか怪しい。だから、誰かからの援助は望めない。」
シャテンの言葉を、ハスミが引き継ぐ。
その後輩の、思いもよらない行動に、俺はハスミの方を見て。
「……ハスミ?」
「__世界を救うのはともかく、マフィアについては、かなり厳しい状況。そういいたいんだよね、シャテンさん?」
少し、以外だった。
ハスミはそういう考え方をするとは思ってなく。
てっきり、俺と同じように最後まであがき続けると思ったが。
俺の視線に気がついたのか、ハスミがこちらを振り返った。
「私は、レオ先輩の意見に賛成です。世界が続くのなら、続いた方がいい。その、対処法もやるだけ試してみたいです。けれどそれにはきっちりした作戦が必要で、そのためには現実を見る必要があるんです。__そして、現実は今私が言ったことと大差ないでしょう。」
その、現実をちゃんと見た瞳に。
「「「「「「「……。」」」」」」」
俺だけじゃない。誰もが言葉を失った。
彼女は、賢いだけじゃない。
誰よりも現実を見据え。未来を考えていた。
「まあ、分かっているんじゃないの?てっきりあんたは誰かの言葉をそのまま呑み込む優等生だと思っていたけれどさ。見直したよ。」
「ありがとう、シャテンさん。……仲間のためにも、冷静な視点は必要だと思うんから。」
「……?まあ、いいよ。とにかく、その世界を救うとかだって、これだけ人数がいるだけで、適性があるものが二人しかいない。そのうえ、あんな状況でまともに判断ができて正しい行動ができる人が、どれだけいる?」
シャテンはその菜の花色の瞳を細めて、
「……その世界を救っている間に、マフィアに攻撃される可能性もなくない。やっぱり、厳しいよね。」
小さく、ポンドがつぶやいた。
「そうだね。おれは抜けさせてもらう。」
と、シャテンはドアの方に向かっていき。
シャテンの方に一歩踏み出し。
「……でもっ!その分、俺が頑張るし、危険な目には絶対遭わせねえから!」
「はぁ。いいねー、その余裕。頭お花畑というか、お気楽で。」
シャテン・ブルーマーは俺の言葉を鼻で笑った。
彼の瞳には決意が固まっていて。
「ちょ、それはレオ先輩に……。」
「四人集まっても怪盗から宝石を取り返せなかったんだろ?そういうことなんじゃないの?あんたの実力は。過信しているとお仲間まで危険にあうんじゃないの?」
正論だった。
否、正論がすぎた。
俺は力不足でサソリから宝石を取り返せなかったし、そのせいで今、こんな複雑な状況になっている。
「危険なんて、最初から承知の上よ。次期領主として。ファンティサールを守るものとして。」
と、ロカが。
「ロカ君は少し黙っていてくれない?おれは今フェイジョアさんに言っているんだ。」
はぁぁ、とシャテンはため息を付いて。
「じゃあ、おれはここを出ていくよ。やり残したことがあるんだ。」
「ちょッ⁈シャテンッ⁈」
俺は引き留めようと彼を追いかけ。
シャテンは振り返った。
「あんた達はそこでなれあっていなよ。どうなっても、おれはもう知らないから。」
「待ってくれッ!外にはマフィアが!」
シャテンの強さがどれほどなのかはわからない。
けれど、そんな事関係無い。
マフィアには痛みを感じなくさせる不思議な術をつかう人も、いるし、何より人数がいるのだ。
いくらシャテンが強くても、かなうはずなく。
「だから?外もここも危ないのなら、やれるうちにやれることをやっておいたほうがおれは効率的だと思うけれど。」
と、その言葉を後にシャテンは倉庫を出た。
「まってくれ!シャテンッ!」
俺はシャテンの方に手を伸ばし。
刹那、反対の手が捕まえれる。
俺はそちらの方を見た。
そこには、ロカが厳しい顔で、首を振っていて。
「っ!ロカ⁈なんで__」
「放っておきましょう。レオ先輩。今はファンティサールの危機です。一刻一刻が惜しいんです。」
「でも、それだとっ!」
シャテンを見捨てることになる、と。
「私だって、本当は皆、救いたいです。けれど、沢山の人か少しの人かをとったら、前者をとったほうが、何かを救えます。」
「でも__」
「世界を救うのでしたら、そういう覚悟を持ってください。__もてないのでしたら、たとえフェイジョア先輩でも協力しませんから。」
その厳しい口調に。
俺はロカの本気度を感じられずにはいられなかった。
たぶん彼女は色々ファンティサールを守るために施工錯誤していて。
――きっと、俺よりも背負っているものが大きいのだろう。
それ故、その考え方なのだろう、と。
「……分かった。けど俺は、世界を救い終わったら、シャテンを探しに行く。」
「ええ。__私たちが、出来ない部分を任せてしまってすみません。」
ロカは困ったように笑って。
「?」
その様子に、俺は首をかしげながら。
「じゃあ、私たちは占い師さんの所に行こ、ハスミちゃん。」
「はい。」
と、アデリがハスミの手を引き、部屋から出ていく。
「えーっと、ぼくは一応、魔法警察にかけあってみるよ。確率は少ないけれど、もしかしたら対策してくれるかもしれないし。」
ポンドも二人に続いて出ていって。
「じゃあ、残った俺たちは__」
「作戦会議、ですね。」
ロカが俺の言葉をついだ。
「作戦は、私が家系魔術で結界を張って、マフィアを防ぎ、その間にマフィアを押し返す、というものです。」
作戦会議、ということで俺達は円陣になって、ファンティサールの地図を広げた。
ロカが羽ペンで地図の一部分をグリグリ、と塗りつぶす。
そこは、ラマージーランドに唯一ある港だった。
マフィア達がラマージーランドに入ってくるとしたら、ここしか考えられない場所。
要はここを抑えよう、という訳だ。
ロカが結界をはるのもここ。
そして、こことは別に、いくつか魔法陣を紙に書いておき、それも要所要所に設置する。
これはすでにファンティサールに入ってしまっているマフィアに対抗するものらしい。
本当は直接相手したほうがいいのだが、これも、人数が多いのだから仕方がない。
マフィアが来たらロカが後衛に徹して、肉弾戦に耐えきれる俺と、魔獣討伐師ということもあり、それなりの戦闘能力を保有しているルーインさん、そして元々の攻撃力の高いハスミが攻めに徹して、マフィアを撃退する。
アデリとナナとアイラと、交渉から帰ってきたポンドがその中立をする。
作戦会議の内容はざっとこんな感じだ。
「主に結界を張るのに、必要な材料をかいておきました。」
と、ロカ。
かなりめに大きな紙を3枚ほど使用したそれは、それなりの材料だ。
マフィアに備えるためとはいえ、馬鹿にならないそれは。
「結構ありますね。」
と、ルーインさんがつぶやいて。
ふと、あることに気がついた。
「……。」
ナナがさっきから一回も発言していない。
それどころか、どこか、ぼんやりとした表情をしていて。
「あれ、ナナ、さっきからしゃべっていなくねーか?」
俺の言葉に、我に返ったのか、ナナは肩をはね、慌ててこっちを見た。
「っ!すみません、大丈夫です、何でもないです!」
と、勢いよく手を振る。
その忙しなさに、体調不良的な心配はなくなったが……。
「あれ、そういえば、ナナって……。」
シェイミーがサソリがマフィアであることを明かしてから、元気がなかったような気がするが……。
サソリの記憶の中では、サソリはナナにマフィアであることを隠しているように見えたし、もしかしたらナナがサソリのマフィア所属を知ったのは、あの時だったかもしれない。
だとしたら、そのしょんぼりとした様子も納得がいく。誰だって信用されている人に嘘をつかれたら嫌だし、それがなにか後ろめたい事だったらなおさらだ。
俺がナナに何か声をかけようとした時だった。
「わ、私魔方陣かくの得意だし、やっていいですか?」
と、ナナは発言をする。
以外に早い復活だったし、それほどダメージがないのか……?
いや、それを演じている、なんてこともなくはないが。
取り敢えず、今は眼の前のこと――ファンティサール防衛戦に集中だ。
「ええ、いいわ。等級は、どれぐらいまでかけるのかしら?」
「えっと、一等級までですけれど?」
一等級――魔法陣の最高峰レベルで、複雑な陣形。教科書があっても間違えるレベルに難しいものだ。
実際にかける人がいるのかと俺は息を呑んで。
「完璧ね。……それにしても、貴方のことなんてあの時初めて知ったわ。」
と、その言葉に俺は首をひねった。
天然で、どこか抜けたところのあるロカだけれど、この言葉はそれで処理できるようなものじゃなく。
いや、単に俺の頭が悪いから躓いているだけかもしれないが。
「ええ、よろしくお願いします……?」
ナナは首を傾げつつも頭を下げる。
「ええ、そうね。__それと、マフィアに対抗する際、みんなの杖もいいものに変えておいた方がいいと思いまして。それも、フォンティーヌ家にあると思うのですけれど、」
「分かった!荷物持ちは俺に任せてくれ!」
と、俺は立ち上がった。
「いいのですか?」
「結構あるだろ?」
と、俺は返して。
確かに、力に自信があるけれど、俺の今回の行動理由はそれだけじゃなかった。
ハスミとアデリが世界を救うため頑張っているのなら、それが出来ない俺はその分他の箇所で皆を支えて世界を救う手伝いをしたい。
そのためなら多少の無茶だって、へっちゃらだった。
「では自分は、サナさんが魔方陣を書いている間に、魔獣の見回りを。」
と、ルーインさんが。
なんか名前を一文字間違えていたような気がしたが。
「アタシは、ナナちゃんの魔方陣のお手伝いをするよッ!」
と、アイラ。
「では、早速フォンティーヌ家に向かいましょう。」
ロカの言葉で、俺達は動き始めた。
「んよっと。これもだよな?」
__フォンティーヌ家地下室にて。
棚にあった魔術具を片手でかつぐ。
手にした途端、ずっしりと伝わってくる魔術具の重み。
やはり、丈夫なものだということだけあって、それなりに重い。
訓練している俺だから良かったけれど、他の人だったらどうなっていたことか、と思う。
「フェイジョア先輩、本当にこれ大丈夫ですか?」
心配そうな顔でロカが尋ねてきた。
なにせ、俺が持っている荷物はこれだけじゃない。両片方の腕に、魔術具なり、素材なりがあるのだから。
なぜ、俺達がフォンティーヌ家の地下室にいるかといえば、単に領主の家ということがあって魔術素材が豊富だからだ。
フォンティーヌ家の魔術素材を勝手に拝借してしまおう、と。
ロカ曰く、本当はいけないことだけれど、それどころではないからいい、らしい。
ちなみにロカの両親はまだ王都の仕事から帰ってきてなくて、それを問い詰められることはなかったが。
罪悪感を感じなくもないが、ファンティサールを守るためだから仕方がない。
ファンティサールを守り切ったら使ってしまった魔導素材はきちんと弁償しようと思う。
「ああ。元々俺丈夫だし、力なら自信あるんだぜ!」
「えぇ……。」
引いたようにつぶやくロカ。
信じられていないが、これでも近所の手伝いにはもっと重いものを運んでいるし、風邪だって一度もひいたことがないのだ。
「あっ!そういえば、まだ魔方陣を描くための魔鉱石を取りに行っていないような……。」
ロカが駆け出そうとしたところで、俺がそれを制した。
「あ!さっきの倉庫だろ?俺とってくるぜ!」
「じゃあ、お願いします。」
と。
ロカには魔法陣を書く作業などがあるし、やはりここは体力のある俺が行ったほうがいい。
「フェイジョア先輩、今日どうしたのですか?いつもに増して、色々仕事、していますよね?」
と。
特に意識はしていなかったけれど、たぶんそうなのだろう。持ちましょうか、と提案するロカを、これぐらい大丈夫だぜ、と制した。
「ああ。俺さ、魔法警察になりたかったんだ。」
「?」
きょとん、と首を傾げる。
かつて、十二歳の夜、俺達を救ってくれた魔法警察の姿をおもいうかべた。
いつか彼の下で働きたいと思っていたが、それもできなくなりつつある。
世界は壊れかけ、ファンティサールは危機に陥り、マフィアが世界を支配しようとしている。
もしこの作戦に失敗したら、俺達の未来はたぶんない。
「それでみんなを守りたかった。けれど、今、それは出来そうにない。世界を救う適性があるのは、ハスミとアデリだし、マフィアの防衛戦は魔力量が高いロカが中心だ。」
俺は見ていることしかできなくて。
でも、それじゃあファンティサールは守れない。
だから、二人が頑張っている裏側で、俺達も行動するのだ。
その何倍も。
「だから、せめて支えたいんだ。__いや、やっぱり本当は俺がなんでもやっちゃいたんいんだろうな。__また、無力なま誰かをま泣かせたくないというのもあるけれど。」
かつての夜のように、俺の近くにいる誰かを泣かせたくない。
やはり、俺の行動の根本にはその思いがあって。
「頭はよくねーかもしんねーけれどさ。それでも困ったら最後まで頼ってくれよな!俺だって先輩なんだし。」
力強くそう言い切って。
本当なら、胸を叩きたいところだが、両手が塞がっているせいでそれも出来ない。
「はい。……所で、いいですか?」
ロカはしばらく感嘆していたが、やがて、そう俺を見て。
「なんだ?」
きょとん、と首をかしげる。
両手に沢山の魔術具を持っていたせいだろう。
がさり、と何かが崩れる音がして。
__嫌な予感がする。
「荷物、崩れません?」
その言葉のすぐ後だった。
「わぁぁぁっ⁈」
ずどどど、という音と共に俺の持っていた魔術具の袋が崩れてしまったのは。
慌てて俺はそれを受け止め。
否、受け止めきれず、俺は魔術具と魔術素材の海におぼれ。
◇◆◇
その後、魔方陣を書いていたナナ達の元に戻ってからは色々忙しかった。
魔方陣について詳しいロカとナナが作業をし、アイラがそれを手伝う。
俺はそれを補助しながらあっちこっち右往左往していた。
幸い、多少箒に負荷がかかったし、魔力消費も普段よりも大きかったが、荷物は一発で運ぶことができたので、かなり時間が空いた。
それゆえ、魔方陣自体は比較的早くに完成して。
俺とアイラはそれをファンティサールのあちこちに運んで。
また、港に船が付きにくいように石を運んだり、ルーインさんが見回りをしている最中に見つけた魔獣を討伐したり。そして結界に魔力を込めたり。主に魔力を込める作業はロカだったとはいえ、ロカが魔力切れにならないよう、俺達も少しづつ魔力を込めた。
魔法警察との交渉に帰ってきたポンドは、魔法警察の人に話は信じてもらえなかったが、一応警戒、という意味で十数人の魔法警察官を派遣してもらえることになったらしい。
八時間程度で、だいぶ結界の進んだ方だろう。
ロカが結界を完成させるころには皆、疲れ切っており、地面に寝転がってしまう人も出る程で。が、体力故かあまり疲れを感じなかった俺は、マフィアとの戦闘に使う魔石の仕分けをしていた。
疲れだって、完全に感じていなかったわけじゃない。
それなりに、体は重かったし、それもよく動いた日特有のそれだったと思う。
しかし、行動を止める気にはならなかった。
ハスミたちも裏で頑張っているのだ。
俺が、まだ何も守れないで行動を止めるわけにはいかない。
俺が魔石を魔法属性別にしわける作業をしていた時だった。
「あの、レノさん、少し、こっち来てください。」
と、張り詰めた声でルーインさんが俺の名を呼んだのは。
珍しく、嫌な予感がして。
「ルーインさん、どうしたんですか?」
「カスミさんと、アデルさんが帰ってこないんです。」
と。その言葉に、俺は息をのむ。
「ッ!」
思えば、ハスミもアデリも占い師さんの所に出て言ったきり、その姿を見ていないが、それだって、どこかで世界を救う準備でもしているのだと思っていた。
それか、俺以外の誰かと合流しているか。
膨大な作業に気おされて、そのことを疑問に思うこともなく。
「えっと、それは全員が――?」
「いえ、ルカさんだけまだ教えていないんです。もしかしたら、占い師さんを探している時に、何かあったんじゃないかって、みんなで話していて。」
数年前、ある夜の光景が頭をよぎった。
もしかして、ハスミたちもあの時の弟たちのように遭難でもしているのだろうか。
それか、マフィアに身柄を確保されて、動けない状態にあるか。
どちらにしろ、危険な状態であることは変わりなく。
だとしたら、話し合いをしている時間もない。
「ッ!俺が探しに行ってくる!」
俺はあてもなく、勢いよく駆け出して。
その腕を、ルーインさんが掴む。
「……ですが、」
その表情は、何か言いたげで。
俺はゆっくり首を振る。
「いや、今は一刻を争う事態だ。ルーインさんは、作業を続けて下さい。しばらく経っても俺が戻らなかったら、手を打って下さいッ!」
そういったきり、ルーインさんの手を振り払って俺は箒をもって勢いよく飛び出した。
「あ、ちょっっと!」
後ろからルーインさんがこちらに話しかける声が聞こえた気がするが、俺は箒を飛ばす速度を上げた。
「早く見つけねーと。」
心の中には、ハスミたちに何かあったら、という焦りがあった。
俺は、今までマフィアによって誰かを殺されたことがない。
俺に親しい誰かを。
だから、今まで死に関して無頓着で。しかし、はじめてその可能性を感じ、仲間を失ってしまうかもしれない、という焦燥感にとらわれて。
今思うと少し焦りすぎていたかもしれないが。
そんなこと俺には関係なかった。
ただ、見つけたかったのだ。二人を。
三年前のように親しい人に危険なことが起きているのに守れないままなのが嫌なのだ。
ハスミたちがどこに行ったのか分からないため、俺は猛スピードで箒を飛ばし続けた。
途中、ぽつ、ぽつ、と雨が降り出し瞬く間に土砂降りになる。
しかし、俺は箒を飛ばす速度を止めない。
どれぐらい箒を飛ばしたかは分からない。
ただ、箒を飛ばすごとに魔力不足のためか、少しずつ倦怠感が身を包み。
いつの間にか、俺は水中に身を沈めていたかと思うほどにびしょ濡れになっていて。
それほどまでに時間がたっても、ハスミたちは見つからなかった。
ただ、時間ばかりが過ぎていき。
いつからか、額が熱くなり、熱を発し始めた。
それを機に、体の倦怠感が増した気がし、少しずつ体に力が入らなくなってきて。
それでも、俺は箒を飛ばし続けた。
まるで、弟たちが熱を出した時の症状に似ていたけれど、俺は一回も風邪をひいたことがないのだ。だから、きっと、間違いだろうと。
__それ自体が、俺の勘違いだった。
「な、顔が、あつい……。」
顔が、触れただけで火傷すると思うほど熱を発した時だと思う。
俺は、倦怠感によって、思わず箒を手放して。
「――ッ!」
箒を取り戻そうとするが、出来ない。
今まで勢いよく箒を飛ばしてきた魔力不足と、体からくる謎の倦怠感によって、俺は指を一本動かすのすらつらく。
否、今は頭もずきずきと痛み出し、起きているだけでつらい。
俺の体は急降下していき、いそいで態勢を立て直そうとするが、その体のだるさのあまり、それも叶わなく。
俺の箒が地面に激突したのをみた直後だったと思う。
倦怠感のあまり、俺の意識がシャットアウトされたのは。
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