その深闇の所以は、いずこかに~サソリ・クラークの絶望~

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その深闇の所以は、いずこかに~サソリ・クラークの絶望~

 「__ねえ、二人は政府の正体がどんなものか、知っている?」  目の前の銀髪の少女の言葉に、私たちははたと息をのんだ。  「政府の、正体……?」  もちろん、政府という言葉の意味が分からないわけではない。  ただ、先ほど目の前の銀髪の少女__シェイミー・セコンダレムに聞かされた話__サソリさんの両親は既になくなっているという話に。  どこか、奇妙なつながりを覚えたのだ。  私が口を少しだけ開けたのが見えたのだろうか。  銀髪の彼女はふっと微笑んだ。  「そう。王様は国の方針を決めるし、貴族たちはそれを手伝う。じゃあ、政府は?政府は何すんの?」  と。そもそも、問いもといだが、この人はマフィアだったり、私たちは今両腕を拘束されていたり、状況も状況だが、指示に従っていれば、命は奪わないと彼女は言った。  それならば今は状況を差し置くしかない。  それにしても、この状況でこんなこと、普通、聞くだろうか。  前者二つの働きは図書館で読んだ本に書かれていたし、ミュトリス学園の授業でも習った。知らないわけがないのだ。  じゃあ、最後の一つは?  それを考えたとたん、胸の中が靄に覆われるかのような感覚に陥る。  「言われてみれば、考えたことない、かも……。」  普通なら、もっと早くに疑問に持つべきだったものだ。  サソリさんとナナちゃんの家族が風評被害に遭った、その原因。その正体がなんなのか。  もっと早く疑問を持っても良かったはずなのに。  それなのに今、シェイミーさんに問われるまで私は片時もそれを疑問に思っていなくて。  __まるで、誰かに思考を操られていたかのように。  その問いにたどり着いてはいけないと、はばめられていたかのように。  「政治を決めるんじゃないのか?」  レオ先輩の素っ頓狂な声が聞こえる。  たしかに、それなら文字通りになるけれど……。  「でも、それなら貴族と王様だけで事足りますよね……。それに、一々政府って名称を使う必要もないような……。」  そう。この国には既に政治を決める機関が存在している。  王室に、貴族に。その人たちが政治を決めている。  ゆえに、新たに政治を決める機関など、必要あるはずがないのだ。  そんなもの存在したら、ややこしくなるだけだから。  だから、政府なんて、この国に存在しないはずで。  本で海の向こうの国にはそんなものがあると聞いたことがあるけれど、それだってラマージーランドに訪れるわけじゃないし。  そこまで考えて私はあることに気が付いた。  この国に政府がないのなら、__クラーク家を風評被害にあわせた人たちは何なのだろう、と。  「そうだよね、そうだよね!この国の沢山の人に大きな影響を与えている割には、その役割、みーんな、わかんないもんね⁈」  と、手を大きく広げるシェイミーさん。  「……?」  まるで、シェイミーさんが知っているみたいに。  いや、それもおかしくはないのか。  サソリさんの過去だって、まるで同僚の域を超えているほどには彼女は知っていて。  もしかしたら、この国の秘密だって、知っていてもおかしくないのかもしれない。  その情報の入手方法については見当が全くついていないけれど。  「よし、僕が教えてあげるよ!政府の正体、その役割についてもさ!」  シェイミーさんは元気にそういって。  「昔々、まだ、ファンティサールが否、ラマージーランド全体が荒れていたころのお話です。__」  ◇◆◇  金属の手錠のつけられた両腕は、氷点下を下回るかと思うほどに冷えていた。  耳を澄まさなくともびゅうびゅう、という隙間風だけが聞こえ、人の声は足音は、全く耳にできない。  本当に閉じ込められたんだな、と私__サソリ・クラークは実感した。  目が覚めたのは五分ほど前。  先ほどまで、同僚だったリオ・マーティンに持っていた宝石を奪われて、腕を拘束されたのだ。  それからリオが語った事実諸々。  ボスは私を殺せと命令しているとか、なんとか。  実際、それを聞いたときは驚きはしこそすれ、こうしていったん気絶をはさんだことで私の気持ちはずいぶんと凪いでいた。  そもそも、私だって、マフィアを利用していたのだ。  金のために。妹のために。  その可能性を考えなかった私の方にも責任はあるはずだ。  __まあ、それとこれとむかつくかってのは、また別な問題ではあるが。  それにしても。  私は一通り自身の閉じ込められている部屋を見渡し、はぁ、とため息をついた。  「ったく、なんなのよ、ここは、どこなのよ。」  一辺二メートル四方のその部屋は、まさに牢獄、という言葉にふさわしい部屋だった。  床は冷たい鉄で出来ていて、当然、蹴り上げて壊すなどできるはずがなく、(そもそも、大抵の牢獄には魔法を防ぐ術式がかかっているため、魔法は使えない)壁もどうやら鉄で出来ているようで。  本当に、リオ・マーティンは私のことを閉じ込める気だったらしい。  それでもいいが。  私の腹の虫はおさまらなかった。  「ボスだって、私の事、裏切っていたって事?――ナナちゃんにだけは手を出さないって言っていたのに。」  数年前、私がマフィアに入ったばかりだった。  初めてボスにあった時。  ボスは私よりずっと小さいのに、その叡智は私とは雲泥の差で。  話をするうちに納得したのだ。  ああ、この人ならきっと大陸に数多生息するマフィアだって、きっと束ねられるのだろうという確信があって。尊敬があって。  本来、上級幹部の直の弟子とはいえ、マフィアのボスと一構成員が面会をすることなどできるわけがなかった。  ただ、たまたまボスの機嫌がよくて。  私はボスに様々なことを語ったのだ。  自身の置かれている現状も。金が必要なことも。  ボスはその事情を理解し、十分な報酬を約束した。そして、ナナ・クラークには絶対に手を出さない事も。  だから、私はマフィア・ローゼンに所属していた。  マフィアになったものの多くがその悪質さにより家族と縁を切る場合も少なくないというのに、あそこにはその機会がなかった。  もちろん、恵まれた職場とは口が裂けても言えない。  死体処理も、スナイパーの援護も、大陸にいるときはそれなりに頼まれてきた。  それでも、心のどこかで信じていたのだ。  だから続けられてきた。  「あー、どんどんムカついてきたっ、本当、早くここから出ないと。私にはまだ、やることが色々あるんだって。」  政府のことだって、ナナちゃんのことだって。  そういえば、私は気絶をしていたけれど、どのぐらいの時間がたったのだろうか。  ナナちゃんは__無事なんだろうか。  宝石はどうなっているのだろうか。  ボスの手にだけは入っていてほしくない、と願う。  ここに宝石を奪ったリオ・マーティンがいないのでその説は薄いと思うが。  ボスは世界征服をする気なのだ。かつて、ボスと時期時期に話した時にその話を聞いた。  もちろん、宝石を盗むにあたってそのことは特段私にとって問題なかったはずなのだ。  ボスが世界をどう支配しようと、私とナナちゃんには関係ない。  ボスはナナちゃんには手を出さないと誓ってくれたのだから。  それで支配された世界の人たちが__ラマージーランドの国の人たちが__ファンティサールの国の人たちが、どうなるかなんて想像など、つかなかったはずもない。  ただ、あの時はそれ以上に憎かったのだ。  私と妹を孤立させたこの世界が。  報復なんて、いくらでもしてやりたかった。  ……そういえば、世界が支配されたら、あの人たちはどうなるんだろう。  私を追いかけてきたあの四人は。  別に、敵であるゆえにどうなろうと関係ないけれど。  それでも少し、もやっとくるものがある。……やっぱり、自分の敵だから、自分で倒したいのだろうか。  ずさんな扱いをされるのだろうな、とは思う。  それでも私はそれをどうにかしようという気はないのだが。  あくまであの四人すら、私が切り捨てた対象なのだ。政府に復讐をするために。妹の笑顔を取り戻すため。  今この場所で私が振り向いてしまったら、それは今まで捨ててきたものが台無しになる。  学業とか、親友とか。  プライドとか、__いまはなくなってしまった、かつての部下だとか。  それらを糧にしずに、ただ、犬死にさせるのなら、それこそ今まで捨ててきたものに対して失礼なのだ。  それに、懸念は他にもある。  私の両親を殺した政府。それに対して、復讐が、まだできるのか。  許せるわけがない。二人の命と、クラーク家の日常と、ナナちゃんの笑顔を奪ったのだから。許していいはずがない。政府はたぶん、私の両親だけでなく、他の人だって殺しているはずだから。  あれほどの罪を犯しているのならきっとなんだってやっていい。  政府の奴らをめちゃめちゃにして、あいつらが絶望する顔を見てやりたい。  心からの望みが、それだった。  それほどまでに私の政府に対するうっぷんは溜まっていて。  それほどまでに、政府は憎い対象だった。  「――まあ、状況だけは分かっているつもりなんだけれどさ。」  目線を戻すと、かちゃり、と両腕について揺れる金属が目に入る。  私は宝石を奪われて、今、閉じ込められている。  それがすべてだ。  だから政府に襲撃に行くことも、政府の拠点を壊すことも出来ない。  ゆえに、私は今ここで世界が支配されるまで待つしかなく。  やや不愉快な気持ちで、近づいてくる終末を待つために目を閉じた時だった。  ぱりん、と何かが音を立てたのは。  「ッ!」  慌てて目を見開き、音のほうを見る。  そこには私の手のひらサイズぐらいの宝石があった。  真っ赤に光を放つ、深紅の宝石が。  「なに、これ……。」  その雄々しい輝きに思わず息をのむ。  その美しさだけじゃない。その宝石は、まるで私の上から落ちてきたみたいで。  牢獄なんだから、そんな風にものが落ちてくるわけがないのだ。第一、私だってそんな宝石もちこんでいないし。  それにもちこんでいたら、真っ先にリオに気が付かれるだろうし。  何なのだろう、これは。  その赤色に、恐る恐る手を近づけた瞬間だった。  「ッ!手錠が、溶けた!」  じゅわ、という奇妙な蒸発音と共に私の手枷と、牢獄をつないでいた鎖が切れる。  これで両手が自由に使えるようになる。  慌てて怪盗装束のポケットに手を突っ込む。つややかな気の手触り。  どうやら愛用の杖はリオに見つかっていなかったか、はたまた魔法が使えない術式をかけているかとリオが油断したのか。  どちらにしろ、魔法が使えるというのはありがたく。  ふと、赤色の宝石を見る。  金属に触れた瞬間、溶けた宝石。一緒に触れた私の手は溶けることがなく。  もしかしたら、これを使って、目の前の牢の扉も、壊すことができるのではないかと。  それを手に取り、ゆっくりと近づけていく。  ジュウッ!  「っ!」  今度は勢いよく、牢獄の扉が、直径数十センチほどの穴をあけ、蒸発する。  その光景に驚きながらも、私は口を三日月形にして宝石を天に掲げた。  「これなら――出ることができる!!」  かなわないと思っていた政府への復讐だって、きっと叶うんだ。そのことが無性に嬉しくって。誇らしくって。  手の中の宝石はあれほどの金属を溶かしたのにもかかわらず、特に変形した様子もなければ、牢獄の金属がこびりついた様子もなく、ましてやひび割れた様子もない。  本当に、不思議な宝石だと思う。  しかし、今はあるに越したことはない。  心の中で宝石にお礼を言った後、私はひょいとその穴を抜け出した。  怪盗として数年間磨いてきた技量からすれば、この程度の穴、ちょちょいのちょいで。  「さっさと、いかないと。――お父さんとお母さんから殺した、クソ政府の元に。」  外から光が漏れ出ている扉に駆け足しながら、そうつぶやく。  世界が支配される前に、一刻も早く復讐したかった。自分の手で、葬りたかった。  すこしまえまで、私はマフィアのくせに悪事にはあまり手を染めないほうだった。  殺しにだって、興味はないはずだった。  それが、いつのまにか大嫌いなあの組織の人たちが無残な姿になるのを危機として想像している。  そんな自分に少し驚いていて。  しかし、嫌悪感はなかった。  両親を殺した政府なのだ。どんな目に遭っても仕方がないのだろう。  「私が、二人の敵を討つんだ……!!」  扉の近くにあった、私の箒を勢いよくつかみ取って、飛び上がる。  扉の数メートル先にはリオが待っているよう指示したのだろうか。複数人のマフィアと思われる人がいて。  しかし、私はひるまなかった。  確かにシェイミー・セコンダレムは私に戦闘の才能はあれど、マフィアの中で取り立て秀いたものではないと言った。  だから、なんだっていうのだ。  ここはラマージーランド。魔法が使える国なのだ。  私だって、マフィアの中では珍しく魔法が使える。だったら、大陸の最新の化学兵器など、なんてこともない。  全員、ぶちのめすまでだ。  私は中を構えるマフィアに向けて勢いよく杖を振りかぶった。う  ◇◆◇  「いちお、王様はいたけれど、そんなのなんの気休めにもならないや。初代王様って感じだし、今までは魔獣とかのせいで住民は生活を守るために協力しなければならなかったけれど、それがなくなっちゃったんだもんね。当然、奪い合うようになるよ。より、利益を求めて。より、自身が富めるように。」  ラマージーランドができたばっかりの話、かあ。  王様や国の仕組みができるところは習ったけれど、その裏側までは授業で習っていない。  せいぜい、仕組みが整っていなかった、程度。  そんな事があったなんて。  シェイミーさんはふふ、と目を伏せた。  「悲しいかな。貧しい環境で育った人達の発想だ。じつに短絡的で、目も当てられないよ。」  と。言葉は確かにバカにしているようであったが、その瞳は実のところ、同情しているようにすら見えた。  その貧しい環境で育った人達に。  「シェイミー……さん?」  その言動に、わたしは一抹の疑問を抱きながら。  ――もしかしたら見間違いかもしれないが。  「で、王様はそれを防ぐため、自分の手の届かないところもちゃんと国を統治できるように、ある仕組みを作ったわけ。それが今の政府なんだよね。」  と。  たぶん、文脈的には政治をすると言うより、今の貴族みたいに王様の補佐全般にまわっている、っていう感じだ。  当時はそれも政府って呼ばれていたのかな。  少し、不思議な感じがする。  「最初、よくできた仕組みだとは思ったよ。でもさ、そーいうもんって往々にして腐っていくのが、筋じゃない、だからさ。」  シェイミーさんは、政府の悪行について言って聞かせた。  優秀だったのは最初だけで、政府の家系が定められていたこともあって、代を追うごとに政府はどんどんポンコツになっていったらしい。  もちろん、今の貴族制みたいに優秀な貴族には領地を与えたり、その逆にそうでない貴族には暗殺のリスクに晒させたり、領地を取りあげるなんてこともなかったので、その酷さには歯止めがかからなかったのだとか。  「その政府も、時代を経るごとにだんだんと腐っていったわけ!だから、王様は捨てたんだよ。政府を。」  そうしてが王様と政府が国を治める時代は終わった。  そうして、王様は国中を回って、魔力が豊富で、優秀なものを集めたのだという。  新しく、国を治める部下として。  「そして、貴族制に切り替えた、ということなんですか?」  「そうそう!貴族制になったからと言って、不正が減るわけじゃない。けれど、魔力に秀いていているものを選ぶってことは、反乱因子を減らして、操りやすくするってことでもあるから。――あの宝石、魔力の多い人ほど効きやすかったんだよね。名前は、なんていうんだっけ。」  宝石、って、まさかサソリさんが盗んだアレだろうか。  本当に由緒ある宝石だったんだ。  確かに、伝説にはそれなりに凄いことが伝えられていたが、あまり実感が持てず、よくある脚色の類だと無意識のうちに疑っていた。  ていうか、魔力の多い人ほど効きやすいって……それはまるで、人を操れる効能があるみたいだ。  あの宝石は人々に魔力を与えることができると伝説では言われていたけれど、それでは一層、むじゅんしていると感じてしまう。  「ダイヤモンドじゃない、ってことは覚えているんだけれどなぁ……。」  ダイヤモンド。確か宝石の一種。大陸では、【世界四大宝石】のうちの一つにあたると本では書かれていた。  今思ったのだけれど、サソリさんが盗んだ宝石とダイヤモンドはどことなく似ている。  サソリさんの宝石は虹色なのに対して、ダイヤモンドは様々な色があれど、一つの石につき一色の色しかないが。  「でもさ!その宝石も、百年ぐらい前に使えなくなったから、貴族が急に活発になったんだよ!今じゃ暗殺は、社交界じゃ当たり前!みんな命を守るために他者の命を狙うんだってさ!笑える!」  クスクス、と笑うシェイミーさん。  その暗殺を心から楽しんでいるかの様子に一抹の違和感と不安感をを感じつつも。  私は隣の先輩の顔を見た。  「レオ先輩……。」  「ああ。」  レオ先輩も神妙な表情で頷く。やはりレオ先輩もこの違和感に気がついていたらしい。ていうか、違和感と呼ばずして何と呼ぶのだろう。  シェイミーさんがサソリさんの過去を知りすぎているのも、この国の仕組みを知っているのも、違和感がありすぎて――逆に、私の瞳に正常に映ってしまうくらいだ。  「シェイミーさん、この国の仕組みまで知っていて、流石に、ちょっと説明つかない現象っていうか……。」  私の言葉に、レオ先輩も、頷いた時だった。  「ああ!なるほど!」  と、いきなり声をあげるシェイミーさん。  びくりと振り向くとはシェイミーさんは片手を拳にしてもう一方の手に乗せて、なにやら納得がいったような表情をしていた。  そういえばなまだ説明していなかったよね、と頭をかく。  「【運命の間】。」  と。  不意に、シェイミーさんの口から、意味不明な言葉が出た。  「「?」」  今まで聞いたこともなければ、習ったこともない言葉。  あるいは、もしかしたら今シェイミーさんが作ったものかもしれないが。  その未知の言葉に私たちは無反応で。あたりにしんとした沈黙だけが流れる。  レオ先輩の方を見ても怪訝そうな表情をしていて。  やはり、先輩も知らない言葉だったんだ。私たちの方を見てシェイミーさんがはぁー、とため息をついた。  「あー。この時間軸では知っていなかったかぁ。つまんないの。」  と。その聞き慣れない言葉に。  まるで、別な【時間軸】では私達が、知っていたかのように。  そもそも、【時間軸】という言葉すら初耳ではあるし、意味だってわからないけれど。  「もう、やっぱり、捨てちゃおうかな、この時間軸ごと。」  と。杖を持つシェイミーさん。  その杖の先には銀色の光が瞬いていて。  ――術式を発動させる気だ。  「ッ!」  なんとなく、嫌な予感がした。  なにとは思えない。ただ、ここで【時間軸】を彼女に捨てさせることは悪いことであると。  無意識が叫んでいた。  とりあえず、【時間軸】を捨てることから彼女の気を逸らさないと。  数秒の黙考の末、私は彼女の気をそらすネタを思いついた。  シェイミーさんがさっき話したばかりの、政府の話について。  「そういえば、シェイミーさん。政府は王様に捨てられたはずなのに……なんで今の今まで存在しているの?なんで、王室はそれを何も咎めないの?」  本心のところ、気になってなくもなかった。  彼女の言葉を借りるのなら、百年以上前、政府は王室に見捨てられたのだ。だったらそれがなぜ今になってもとに戻ってきたのか。  「ああ。権力を取り戻したいらしいよ。よくわかんないけれど。」  「?」  そのあまりにも呆気らかんとした物言いに、一瞬口をあんぐりと開きそうになる。  先程までシェイミーさんは丁寧に私達に様々な事情を説明してくれたはずで。  だからこそ、余計に気になった。  なぜ、こんなところで彼女は、軽く噂話を聞いただけのような対応をするのか。  「……ハスミ?」  私の訝しげな表情をみたのか、レオ先輩が話しかけてきた。  何か気がついたのか、と聞きたいのだろうか。  生憎私はなにも気が付くことも出来ていない。  それほどまでに王室や貴族といったものは学校で仕組みを習えはすれど、私達に、無関係で、それ故私達も無意識に無頓着になっていて。  「いえ…なんでもないです。」  ふりふりと首をふった。  たぶん、ここまで一方的に話してきて疲れていて、面倒くさくなったのだ。  いくらマフィアとはいえトークスキルとキルスキルは別なものである。  「もう百年以上も前になるかな、捨てられたのは。ここ三十年のうちに、その子孫みたいな人たちが集まって、勢いを盛り返している、って感じなんだけれどね。原因は、他の組織なんだと思う。僕達以外にもいるんだよ。きっと、こっそり入っている奴らが。」  奴らが、の意味はすぐに理解できた。  海の外の奴らが、という意味なのだろう。  それが誰かは知らないけれど。  一瞬背筋を寒気が走った。  私の知らない所でまた誰かが陰謀をして、そしてまた誰かが被害にあっている。  スラムにいた頃からこういうことはあったのだろうけれど、その時は慄く必要なんかなかった。ただ、今の日を生き延びるのに必死だったから。  むしろ、満足に物を食べれて、仲間もいる今のほうがずっとずっと恐ろしい。  もしその誰かに敵意を向けられたら、失うものはスラム時代より大きくなっているはずだから。  「俺からも、いいか?」  と、レオ先輩の言葉に。  「サソリとナナの両親は、なんで戦犯扱いされたんだ?」  私が触れたくても、なかなか触れられなかった問題にレオ先輩は斬り込んだ。  もしその原因が恐ろしいものだったとしたら。  見ている世界が崩れてしまう気がして、怖かった。  次にサソリさんにあった時に、ちゃんと接することができるのか怖かったのだ。  「さあ?彼奴等の機嫌が悪かったんでしょ?」  と、やや笑みを含めながら肩を竦めるシェイミーさん。  まるでサソリさん達の両親が死んだことすら彼女にとっては遊戯なのかと思わせてしまうその素振りに。  私達は、反意やら驚愕やらで沈黙するしかない。  「「……。」」  サソリさんの言動から、ある程度予想がついてなかったわけではない。  それほどまでに、裏の世界での命の価値は軽いのだと、理解していなかった訳ではないのだ。  それでも、現に知り合いの家族がそれで犠牲になったのだとしたら、驚かないわけなんてない。  憤らない、理由なんてない。  そんな私達の瞳の奥を覗いてあった呆れたようにシェイミーさんはため息をついた。  「あのさぁ、こんな事、世界ではいくらでも起こり得るんだから。いちいち驚いていないでよ。」  彼女は、マフィアだからそう捉えるかもしれない。  生命の価値がそれなりに低いマフィアにいるから、そう考えるかもしれない。  それでも私達が住んでいるのは平和な街で、――たとえ一部でマフィアが闊歩していて、勝手していようが、――そこにあるのは、平和を基盤にした考え方のみだ。  生命はすごく大切で、誰かを殺すなんてあってはならないことなのだから。  ただ、何も知らされないまま両親を殺され、三年間をただ、二人を待ったままで過ごしたナナちゃんとサソリさん。  二人の気持ちを考えると、胸が張り裂けそうに痛かった。  「じゃあ、じゃあ……サソリさんは、ナナちゃんは、政府の機嫌が悪かったっていう理由で、かってに戦犯の娘呼ばわりされて、挙げ句、両親を失って、それにすら気がつけていないって事っ?大切な親が亡くなったのに、葬式をあげれないで、それすら、許されるような状況じゃなくなっていて……。」  ただ、無慈悲だ。  ありふれた不幸だとしても。  それが、胸が痛まない理由になんてならない。  「そんな……悲しすぎるよっ!」  ただ、敵に、同情しすぎているだけかもしれない。  私達は宝石を取り返そうとする際に、うっかりサソリさんの過去を覗いてしまっているから。  それでも。  それでも、私は悲しい事を悲しい事だと感じれるこの気持ちが正しいと思っている。  悲しい事を悲しいと思わなくなってしまったら、それはもう、息をしていないのと同じだ。生きていないのとおなじだ。  だってそこに心の動きはないのだから。  だから私は、シェイミーさんにどう思われようと、この胸の痛みをなかったことにだけはしたくない。  「悲しいも何も、マフィアにはそれ以上に不幸な人たちなんて、たくさんいるんでしょ?一々同情していられるなんて、君は、余裕だね。――あ、君は、親に捨てられていたんだっけ。幸せそうだから、忘れていたよ。謝るよ、ごめん。」  えへへ、とシェイミーさんは笑った。  知っている。シェイミーさんが言っている事が正しいということは。スラムで育ったから。伊達に人の不幸を見ていたわけじゃない。  けれど――  「それ以上に不幸な環境にいる人たちもいるからって、目の前の人の不幸を悲しんじゃダメな理由にはならないよっ!確かに、サソリさんが宝石を盗んだら、それが成功してしまえば、この国は危なくなっちゃうかもしれないけれど!」  彼女のしたことは、たしかに許されることとは言えないけれど。  「でもっ……でもっ。憎みきれないよ……!」  でも、私は彼女を知りすぎたのだ。  知りすぎてしまった私に。  彼女を憎むというのは、できないのだ。  シェイミーさんは呆れたように笑った。  「はぁ。それは君が救われたからでしょう。ヒーローにあったからでしょう?僕も一度、誰かに憐れむぐらいの余裕、欲しかったな。」  「それ……は…。」  シェイミーさんの言葉に、息を呑む。  彼女の人生を知らない私は、彼女に何があったかも分らない。  ただ、分かっているのはスラムとか、【最初から失われていた場所】では、大切なものを見つけれたり、大切にしてくれる人を見つけることができるのは、ほんの一握りだけ。  大抵の人は、報われない。  それがスラムというものに、失われていた場所に生まれたものの定めで。  私だって、あの夜――レオ先輩が救ってくれた時まで、私も【持っていない側】だと思った。  それほどまでなのだ。  持っていないがわの運というのは。  故に、シェイミーさんの言葉をすぐには否定できなかった。  きっと、その言葉を言えるのは持っていない側の人だけで、私もかつてはそうだったから。  皆は持っているのに、一人だけ持っていない、その苦労は、孤独は、痛いほど知っているつもりだ。  「君があの三人と旅をしなかったら、今頃も一人ぼっちだったら。きっと君は、今回の爆発のことも相まって、徐々に堕ちていったと思うな。」  「……。」  何も、何もいえない。  第一、なんで私が、孤独に精神をすり減らされていたこととか、そもそも、旅に出るきっかけとか。  彼女が知りすぎていたことはたくさんあったはずだ。  しかし、このときの私は依然として何も言えず。  怖かったのだ。  彼女の話す事実が。  真実が。  「シェイミーさんは、なんでこんな事、したの?聞いていて、気持ちの良いものじゃないのに。」  「ああ。これはまるで――」  と、シェイミーさんが息を吐いた瞬間だった。  ふっと、彼女は真顔になる。  まるで氷点下の中にいるかのように、彼女の横顔はどこか冷たかった。  刹那、彼女の顔が真顔からいつものおどけた表情に切り替わる。  「あっちゃー。その時間軸でもこう思っちゃうのかー。僕としたことが、失敗、失敗。恥ずかしい限りだよ!」  と。その意味はわからないけれど。  「――やっぱり、サソリさんを、助けないと。」  ここに来る前、彼女とたまたま出会ったことがある。  レオ先輩たちとはぐれた時に。  その時の彼女は、ぶっきらぼうで、けれど温かい人だったのだ。  もしも私達の間に、隔壁がなかったら。サソリさんも、ナナちゃんも、だれも両親のことで迫害を受けなかったら。  きっと、私達は一緒にクラスメイトとして――友達として過ごしていたと思うんだ。  そして、サソリさんの記憶を覗いた時、彼女の中の復讐にまつわる記憶はどす黒いものだった。  とにかく、見ているだけで心が苦しくなるような、そんな記憶。  当の本人でない私ですらそうだったのだから、復讐の実行人であるサソリさんにとってはその記憶は、辛いものなのだろう。  ましてや、今は両親は、政府に殺されてしまっているのだから、その辛さは倍増しているに違いない。  いくら気丈な彼女だって、耐えきれるようなものではないのだろう。  ならば、復讐の暗闇の中から、サソリさんを救い出さねば。  次にあった時、彼女と対峙しよう。  それがきっと、どんな形になるか分からないけれど。  「なおさら、サソリを止めねーと。」  レオ先輩の言葉に、私は振り向き。  目線が合うと私達は頷きあった。  何も言わなくても、次に相手が言う言葉は予想できた。  「「このままじゃ、ヤバい事になる。」」  故に、止めるのだ。  サソリさんの事情を、サソリさん以上に知りすぎている私達が。  「うーんそっかぁ。なら、仕方ないか。」  シェイミーさんの言葉に、感じた一抹の恐怖は気の所為ではなかった。  先程から手に持っていた杖は、先程より強い光を纏っていて。  ――私達を、どうにかする気だ。  息を呑むが、当然逃げ出せない。  シェイミーさんの縄は、あの筋力自慢のレオ先輩すら破れなかった代物で。  いつシェイミーさんの魔法がかかってくるか知れない恐怖に私はきゅっと目をつむり。  「えいッ!」  ――シェイミー・セコンダレムの魔法は、私に向けたものではなかった。  シェイミーさんがかけ語を出して数秒、何も異変がない事に嫌な予感を覚えながら恐る恐る目を開けて、レオ先輩のほうを見る。  レオ先輩は――気絶していた。  シェイミーさんの、光っていた杖をおでこに当てられて。  一気に血の気が引いてく。  刹那、何をしていたのだろう、と自分を責める声。  私は私の好きな人が危害を加えられるのを、黙って見ていたのだ、と。  助けられるチャンスなんて、シェイミーさんの気をそらすチャンスなんていくらでもあったはずなのに。  私は、それを使わなかった。気をそらせるチャンスなんていくらでもあったはずなのに。  レオ先輩は喜ばないから、後悔をすることは絶対にしない。  けれど、口の中には苦みが残ったままだった。  「えっ?!レオ先輩?大丈夫ですか!?レオ先輩!?」  かすれた声で呼びかけるが、レオ先輩は反応しない。  たぶん、疲れているからとかじゃなく、シェイミーさんの持っていた杖のあの光だ。  あの光が、レオ先輩を気絶させたのだ。  シェイミーさんはレオ先輩の気絶を確認した後も、レオ先輩のいる場所から離れることなく、レオ先輩の額に杖を当て続けて。  私の視線に気が付いたシェイミーさんがこちらを振り返った。  「あー、大丈夫!僕が記憶を消しているだけ。僕の独白に関わるところだけ、ね。流石に喋りすぎちゃった。サソリちゃんに同情とか湧いちゃうと、君等が思うような動き方しないからさー。許してってところかな?」  途中から、体の震えが止まらなかった。  詠唱をしない魔法は、私の知らない魔法なはずだ。  いや、正確には詠唱などしなくても魔法は使えるけれど、魔力効率も悪いし、詠唱したときほどの効果も出ない。  ましてや、人を一瞬で気絶させるほどの力を持っている魔法なんてなおさらだ。  そんなもの、無詠唱で使えるなんて。  魔力量が多い王族でも出来るものではないのだろう。  じゃあ、そんな魔法を目の前で使う彼女は。  知識がないと分からない現象はどんなものでも怖く感じるというが、それは違う。  図書館で様々な本を読んで、それなりに知識に自信はあるほうだと思う。  __それでも、その知識で解けないモノは、逆にもっと怖くなる。  その恐ろしさが、露呈する。  「そんな……じゃあ、レオ先輩は……。それに、シェイミーさんは人を操りたいみたいに……。」  「うん!操りたいよ!だって僕、世界を壊したいから!」  えへへ、と奇怪な笑みを見せながらシェイミーさんは汚れてもいない口元を拭った。  まるで、面白いおもちゃでも見つけた子供のような態度が、理解しがたい。  だって、シェイミーさんが壊そうとしているのは、おもちゃなんかじゃない。  たくさんの人が生きている、この世界なのだ。  誰のものでもない、誰のものにだってならないこの世界なのだから。  「世界を……壊す……?」  私の言葉に焦ったようにシェイミーさんは頭をかく。  「まずったー。まあ、そういうことなんだ。僕、生まれのせいで誰からもいい扱い受けたことなくてさ。この世界が嫌いなんだ。――あッ!これ、ナイショね?……でも、どうせ記憶も消しちゃうんだっけ。」  と。  マフィアだという情報や、やけに悟ったような__否、諦めたような瞳で、もしかしたらシェイミーさんの育った環境は恵まれてなかったんじゃないかとうすうす気が付いていた。  しかし、それは唐突で。  「まあ、レオ君に関しては、数え切れないほど前の時間軸で縄なしで記憶消去しようとしたら、案の定抵抗されたからね。これで正解。僕はどこまでも正しい道を往くよ。――もち、僕にとってのね。」  と、シェイミーさん。  そういい続ける傍ら、杖はレオ先輩のおでこに突き付けていて。  やはり、シェイミーさんはレオ先輩の記憶を完全に消すつもりだ。  ここのことも、独白のことも。  「ていうか、それ、新しい魔術……。」  「うん!魔法の才能すらない僕なんだけれど、どういうわけか使えちゃうんだよね!よかったら見ていってよ、勉強の参考になるかもしれないし!――あ、でもハスミちゃんは僕と違って頭がいいから、必要ないっか。」  と、あっけらかんと笑うシェイミーさん。  「シェイミーさん。」  と、私は彼女に声をかける。  「術式が完了するまでに、レオ先輩の記憶を戻してください!」  思っていたよりもずっと大きな声が出た。  シェイミーさんが少し、目を見開く。  「え?何で……。」  「いくら、シェイミーさんに都合が悪くても、あの時の記憶も、思考も、得た事実も、全部全部レオ先輩のものなの!だから、だめだよっ!奪ったら、それは人の人生を奪っている事とおんなじだから!」  記憶は、人の性格を作っていて、その人をかたどっている。  記憶がかけるということは、その人の一部が欠けてしまうということ。  だから、ダメなのだ。  シェイミーさんをきりりと見据え、私は瞳でそう伝える。  仲間が__大切な人がそんな目に遭っているのに、黙って見続けるなんて事、できるわけがない。  しかし、私の思いが伝わっているのかいないのか。  シェイミーさんはつまらなそうにこちらを数秒見ていた後。  「ふーん。聴くと思った?」  と。シェイミーさんがレオ先輩のおでこから杖をはなすとともに、レオ先輩はがくん、と前のめりに倒れた。体が椅子に縛り付けられていたため、床に体を打つことはなかったけれど、そうでなければ先輩は体を床に打ち付けていただろう。  「あっ!レオ先輩ッ!」  あわててそちらに向いて声をかけるとあははは、とシェイミーさんは笑った。  「気絶しているだけだよ。安心して。」  その言葉に、安堵した次の瞬間だった。  きゅうに眼が重くなり始めて、視界がだんだんと暗くなっていったのは。  「あっ……シェイミー……さん?」  目の前の銀髪で全てを悟った。  数メートルは離れているから、ないとは思ったけれど、まさかこんなことになるなんて。  これも新種の術式か。それとも、これは彼女の身体能力が凄いからか。  どちらにしろ、そんなことを考えるまでもなく、私の意識は沈み切って。  「ま、そういう事だから、君は、諦めてよね?」  と、シェイミーさんがそういった直後だった。  私の意識が完全にシャットアウトされたのは。  何か重要なことを知ったのに、何も思い出せなかった。  なにか、やらなければいけないことがあったはずなのに、何も思い出せなかった。  ただ、そこにはどこまでも続く果てしない暗闇が広がっていた。  目を覚ますと、私、ハスミ・セイレーヌは四方を四角い壁に囲まれた部屋のようなものの中にいた。  ここがどこかは分からないし、部屋かどうかも確かめようがないけれど。  見覚えのない部屋に、私は直前の記憶をさかのぼっていく。  新たに得れた二人の仲間に、謎の男たちの襲撃。たしか、男たちはレオ先輩の抵抗すらも効かなかったっけ。  「っ!ここは__さっき、私たちは確か攫われて__」  言葉を止め、お腹辺りにある違和感に気が付く。  何か、思いっきり締め付けられた感覚があり。  はっと私は首を下げた。私の体は、ロープのようなもので縛られていて、椅子に座らせられていて。  やったのは、先ほどの、男たちだろう。  ていうか、いっしょに男たちにつかまったレオ先輩の姿がないけれど、大丈夫だろうか。きょろきょろとあたりを見回すと、丁度数メートルほど感覚を開けたところにレオ先輩が私と同じくロープに腕と体を縛られていて、椅子に座らせられているのを発見する。  レオ先輩は私に気が付くと、ほっと息をついて、こちらを向いた。  「!ハスミ!良かったぜ無事で。」  「はい。先輩も無事で何よりです。」  仲間が無事だった事に対する安堵。  それが見慣れない場所にいて、縛られている不安を少し和らげてくれる気がした。  そういえば、何か忘れているような気がしたけれど。……何なのだろう。  いや、気のせいだ。  私は四人でいたところ、男たちに連れさられ、ここにきて、拘束された。  時系列的にいっても矛盾はないはずだ。  「なぁ、そういえば、俺たちをここに縛ったのって……。」  「うん。マフィアだよ。攫ったのも、君たちをしばりつけているのも、そしてこの僕も。」  レオ先輩の言葉に答えたのは、私ではなかった。  その聞き覚えのある声に、私たちはそちらを振り向く。  そこには銀髪の少女が堂々と立っていて。シェイミー・セコンダレム。私のミュトリス学園の同級生で、元クラスメイトだったはず。その彼女が、なぜここに。  「っ⁈シェイミー⁈」  レオ先輩も驚いているけれど、シェイミーさんって結構有名なのかな。  ていうか、それよりもさっきのぼくもマフィア発言が気になって仕方がないが。  シェイミーさんは私たちの視線に気が付いて、困ったように、しかし、どこかあざとさを残して笑った。  「ま、今度はとちっちゃう余裕ないしね、全力でかかるよ。」  聞き取れないほど、小さい声。  しかし、確かに彼女はそういった__ように聞こえた。  ◇◆◇  私、サソリ・クラークははぁ、とため息をついた。  「ったく……ずいぶん遅くなったわ。」  目の前には頑丈そうな巨大な石造りの建物がたっている。  といっても、見た感じ石造りはフェイクで、その意思の素材の下に又何か隠しているのだろう。  見た感じだと鉄なのだろうか。  どっちでもいいや。とにかく私は政府を倒すまでで。  その開いている出入口を眺めながら、私はつぶやく。  「万全武装、って感じかな。」  これでも政府の建物なのだろう。  罠という罠がそこら中にしかけられてある。  もっとも、師匠にそういった罠の見分け方を習っている私にとってはへでもないけれど。  「相手は研究職数人。事務職十数人。どっからどう見ても、こっちのほうが有利。やってやろうじゃない。」  どういうわけか、政府の奴らはやたらと研究職をひいきしたがる。  研究職に重要なポストについている人たちが隠れているか、はたまた何か公にはできないようなことを研究しているのか。  どっちだっていい。今から私は政府を壊しに行くのだから。  「ま、一応、書類は調べてありますからねー。頼もう、っと。」  リオに捕まえられていた場所で手に入れた書類を片手に、その入り口に入っていく。  リオ・マーティンの部下たちは強いということはなかった。あくまで十分ももらえれば全員気絶させることができたぐらいには。シェイミーに私の戦闘能力はマフィアの中では平均値、といわれていたため、そのことについては疑問に思わなくもなかったが、とりあえず私が魔法を使えるから、という仮の結論を持ってきた。  きっとリオの部下は見慣れない魔法に困惑して実力を出せなかったのだろう。  リオの部下を全員倒した後、私は現在地が分からないことに気が付き、慌てて閉じ込められていた場所に戻った。そこで机という机を探し続けること三十分。  ようやく隠し机を見つけて、政府に関する書類を見つけたわけだ。  それにしても、リオが政府に興味関心を抱いていたのが意外だったんだけれど。それよりも、はやく政府に手を下すことのほうが先決だった。  幸い、見つかった地図は政府の本拠地のもので、その間取りも詳しく描かれている。  怪盗として、建物の侵入はたやすい私なら、政府の本拠地を壊すこともたやすいはずだ。  どういうわけか、政府の本拠地には門番らしき人どころか人っ子一人見つからなかった。  否、そんなこと関係ない。  私は脳の隅で感じる違和感を追い出して、前へ前へと足を進める。  その違和感が決定的なものになったのは、政府の本部の本部と言われる建物の地下室部分に入った時だった。  「あれ……?人、いなくない?一体何で?」  目の前には、様々な書類が散乱した机に、ところどころ脱ぎ捨てられた白衣。  しかし、肝心のにくい奴らはどこにもいない。  否、それだけじゃない。  天井部分に耳を澄ませてみたが、特に物音は感じられず。  もしかしなくても、上にも人がいないんじゃないか。  じゃあ、もしかして、ここに存在する人って、私一人だけ…?  だとしたら、ここに十数人がいるという情報はどうなるのだろう。  「まって!拠点違い!?いや、私に限って、そんなはず、ないし!あるわけないもん!ない……よね。」  爆発で拠点を移した、とか。  いや、それも考えづらい。  政府の影響力は、かなり目に高いのだ。それこそ、それほど有名じゃなかった私たち一家が一夜にて町の人全員から忌み嫌われる程度には。  いくら爆発があったとはいえ、そんな政府に攻撃をしようと考える人なんて。  常人なら、なかなかいないはず。  だとしたら、この誰もいない現象が説明できないけれど。  「と、とりあえず重要書類だけでも探さないと。潰すと決めたら、徹底的に潰すんだ。」  慌てて机に落ちている書類をまさぐり始める。  そうだ。私たち家族は政府に徹底的にぶちのめされたのだ。  ここまで来て、何もやらないというわけには行かない。  思えば牢獄からここまで、まるで誰かに示されたかのように楽勝な道のりだったわけだし、何ならマフィアの追ってとも遭遇しなかったけれど……。  いや、今はそれを気にするべきではない。  数分程、書類をあさった時、それは見つかった。  「重要書類……これ。」  棚に堂々と重要書類と書かれたそれは、黄ばんだ紙から新しい紙まで、様々なものがあって。その無防備さにあきれながらも、私は適当な束をつかみ取り、よみはじめる。  最初は、政府の計画が書かれてあるのかと思った。  どこかに、拠点を広げたりする。  しかし。しばらく読み進めたところでその間違いに気が付く。  その書類には似顔絵のようなものが書かれてあって。それが、一枚一枚違う人。そしてその似顔絵の横には何やら知らない言語でメモが書かれてある。  たしか、両親と師匠の死体を発見したときに見たそれは、周囲にいた人たちのかおにあまりにも似ていて。  「違う。これ、死んだ人たちのだ。これは……師匠?他にもたくさんある。」  ぺらり、ぺらり、一枚めくっていくごとに確証がつよくなる。  やはりこれはあそこでなくなっている人たちのものだろう。  「全部燃やしたほうがいいのかな?それとも、持ち出したほうがいい?この書類がなんの役に立つかもわからないし。……被験対象……っ?!」  何気なく意味不明な言葉群に目を通していた時だった。  ふと、目に映った言葉。  それは私にもわかる言葉ではっきりとそう書かれていて。  それだけで、全て分かってしまった。  あそこで死んでいた人たちの死因。  死体を見れば、それはもう明らかで。  「ちがう……これ、全部、殺されたってこと?!被人道な実験に参加させられて!?うそ……じゃあ、二人も……。」  __ふと、あそこで死んでいた両親のことを思い出す。  両親もきっと……【被験対象】だった。痛い実験を沢山させられてきたのだろう。  両親が生きている間にそのことに気づき、連れ戻すことができなくて辛い。  心を沈ませながら、情報を得るために書類をめくっていた時だった。  沢山の人の似顔絵が書かれた紙と紙の間に、小さいけれど、真っ黒なノートが入っていて。  「あっ、何これ、日記?」  手に取り、パラパラとページをめくる。  めくってすぐ、見慣れた筆跡に落ち込んでいた心が少し救われる。  「お母さんの、筆跡だ。」  まぎれもない、今は亡きエルザ・クラークが遺したそれに。  私は興味を惹かれて読み始め。  今思えば、それが間違いだったのかもしれない。  そこには母の筆跡で丁寧に私たち四人家族の事情が書かれていた。  最初は家族構成に、それぞれの長所と短所、好きな食べ物なんてあたりさわりのないことから。これじゃまるで、日記ではなく気記録帳ではないか。心なしか、そんなことを思った時だった。その記述に出会ったときは。  【私の最初の娘、サソリ・クラークには生まれつき黒い痣が顔にあった。忌々しい黒龍を思い出させる痣が。】  【今はいいけれど、将来サソリが職に就こうとした時、痣の存在によって差別されたり、結婚しようとした時、痣のせいで縁談がうまくまとまらないかもしれない。幾夜にもよる話し合いの末、私たち夫婦は、サソリの顔の痣を消すことにした。大量の虹色魔鉱石が必要になるし、そのためにはどうしても今の生活を手放すことになる。しかし、サソリのためなら何も惜しいことはない。】              ……  【大量の借金により、政府の手先として研究施設で働くことになった。幸い、給料だけはとてつもなく高い。これならば十年も仕事をすれば借金は完済するだろう。】  「研究施設……二人は……裏切っていたの?私達を……。勝手に政府の手先になって。」  手が震える。  心の底から信頼していた両親が、政府の手先となって働いていたという衝撃は大きなものだった。__たとえ、一時的なものではあったとはいえ。  「いや、違うこれは借金を返すため……借金なんて、隠していたんだ。」  両親は私たちにそんな素振り、微塵も見せなかったくせに。  家族なのに、否、家族だからこそ罪悪をかけたくなかったのだろう。だとしても、それに気が付けなかった自分も憎く。  【今日はエルザが日記をサボったため、私が変わりに書くとしよう。それにしても、昨日の夜は__(以下、不適切な表現が多すぎるために省略させていただきますby作者)】  「あ、はい。ここは飛ばしましょう。」  日記に未成年が見てはならないような描写が多々あったので、勢いよく飛ばし、母の筆跡のところまでページをめくる。  いや、一応闇社会というものは生々しいものでそういったことについても生息しているだけで自然と知識はついてしまうのだが、それにしても、両親のそういった事情についてはなんとも微妙な気持ちになってしまう。  「いや娘にあんなこと読ませるんじゃないし!お母さんとの、夜の事情とか日記に書かないでよ、お父さんッ!」  軽く机に拳を突き立てて、空の上にいるだろう父に向かって怒鳴り声をあげる。  仮に二人だけの秘密の日記だとしてもだ。  あんなこと、日記に書く方がおかしい。  先ほど見た生々しい親の夜の事情を一刻でも早く忘れるため、再び母の筆跡がある部分に目を走らせていた時だった。  「……ん?なにこれ。」  とある記述に、目が引っ掛かった。  【貴族の爵位を売り飛ばしても、借金の半分ほどしか払いきれなかったのだ。その時点で私たちも覚悟を決めるべきだったのかもしれない。__これからの日々が、ひたすらお金を稼ぐためだけの地獄になるという覚悟を。】   「貴族……私達は、平民でしょ?なに言っているの?それともまさか――。」  私が、貴族の子なんて。  クラーク家は、かつて貴族の家だったって。  そんなことはない。クラーク家は平民の家のはずで。貴族らしい教育を受けた記憶なんて、まったくない。  「え、なに、これ……。」  しかし、日記の記述はそれを許さず。  「爵位売り払い……?違う、こんなの知らない……。知らない……うそ、うそ、うそ、うそ。」  考えれば、たしかに筋は通っている。  幼い私がお嬢様であり貴族であるロカと友達になれたのは、偶然なんかじゃない。たぶん、クラーク家が貴族の家であったから。だから、私とロカの交友は認められた。  多分あの時、結界だらけのフォンティーヌ家を入れたのは、ロカの父が、入れてくれたからだ。  記憶にないけれど、多分そうだ。  幼少期、三時間以上かかる勉強を強いられていたのだって。  あの異常な勉強量は、学校で習う勉強以外に、貴族の嗜みも含まれていたはずだ。  そして、私の記憶が、貴族としての記憶が今の今まで消えていたのも__きっと、両親が消したのだ。  大きくなった私が、幼少期と現在の生活レベルの差を訝しまないように。そして、真実にたどり着いて、自分を責めないように。  最後まで、私は両親に守られてばかりで。  日記は、両親が仕事に疲れたのだろうか。  だんだんと記述が少なくなっていて、最後はこの文で締めくくられていた。  【政府の狙いに気が付いた。あいつらは、大勢の人たちを私たちの研究成果を使って苦しめるつもりだった。気が付けなかった私が愚かしかった。今まで実験に協力してしまった罪もある。政府を滅ぼして、大勢の人が傷つくのを阻止しよう。】  と。  それ以降、日記に記述はない。  何ページも空白が続く。  やがて、日記は最後のページに行きついて、そこには印鑑のようなもので、【反逆者の所有物】と書かれていて。  それが、全てで。  それで、終わりだった。  日記も、何もかも。  「両親の……反逆?」  ぎゅっと黒い日記を握り締める手は震えている。  誰に向かってしているかすらわからない憤りを、腹の中で抑えながら。  「うそ、だ。お父さんとお母さんは、借金を返す中でも精一杯正しくあろうとしていて……それで、実験に協力して……でも、ほかのひとの現状を知ったから……。」  あの二人のことだから、最後まで高潔であろうとしたのだろう。  あの二人らしく。  だからこそ、悔しかった。  「…最後まで、二人は裏切ってなんか、いなかった。むしろ、裏切ったのは――」  あの二人は、最後まで娘の負った生まれつきの咎に向き合って。  罪もないのに、被検体にされた人たちに向き合って。  向き合って、向き合い続けて。  考える程、目尻が熱くなってきて、脳が哀しさで震えた。  くすん、くすん、と私の鼻をすする音が、どこか遠く聞こえる。  「誰か……誰か、否定してよ。」  この場所には、政府の人を含め、誰一人いない。  だから、この言葉は誰にも届かない。  誰も私を否定してくれない。  __咎人である私を。  「――家族の不幸の原因は、私だったっていうこと?」  そこから導き出される結論は、ただ一つだった。  「全て、私が、黒い痣をもって生まれたせいなの?あの黒竜を思わせる暗黒色を。それで、二人が、私の将来について心配したから。痣を消すためだけに、借金をしたから。――私が幸せに生きれる、そのためだけに。」  そんなくだらないことだけのために、両親は今の生活を捨てる決意をしたのだ。  私を捨てて、病死したということにして、何の咎も負っていない三人で、幸せに暮らす、という選択肢だってあったのに。  「私が生まれなければ、二人は爵位を売ってもなお余る莫大な借金を抱える必要もなかった。そもそも、痣を消すために虹色の魔鉱石を大量に購入することも無かったから。」  痣を__何かを消すなんて、バカげた発想だ。学園で習ったが生まれつきの痣なりを消す際には虹色魔鉱石を大量に消費して、その部分の魔力回路を焼く必要がある。  たとえば生まれつき顔が醜い人がその方法を使うとして、頑張れば顔だって変えられないことはないが、それには大量の虹色魔鉱石が必要だし、もう一つ__魔力回路が焼かれて歪になることで今後、不器用になることを覚悟しなければいけない。  ただの不器用ではない。魔力回路は一度焼いてしまうと元に戻らないし、魔力回路が変わったら、体の動かし方が変わるのだ。冗談にならないほどの不器用になる。  両親は、私の魔力回路が焼けた後の不器用にすら付き合う覚悟を持っていたのだから。  「私が生まれなければ、二人は施設で働いて、罪悪感で苦しむこともなかった。だって、そもそもの莫大な借金がないのだから。」  そうすれば、幸せな夫婦生活を遅れたのだろう。  貴族って平民よりかは肉体労働少ないし。  子供だって、もう一人ぐらい生まれていたんじゃないかな。  「私が生まれなければ、二人は政府に反抗して、殺されることも無かった。だって、そもそも借金がなければ政府の悪事なんて、関係がないのでしょう?」  その平和なクラーク家を、生まれつきの咎人である、私が壊した。  「私が生まれなければ、ナナちゃんは差別に苦しまなかった。その原因となった、両親の政府に対する反抗だって、なかったのだから。」  だからナナちゃんは学校で差別されることもないし、転校することもない。平和な学園生活を遅れたはずだったのだ。  「私が生まれなければ、ナナちゃんは不幸せにはならなかった。――彼女は不今でも両親と三人で暮らしていて、才能にも恵まれた、不幸を知らない少女だったんだ。」  私がいなければ、ナナちゃんの夏祭りでの涙は、なかったのだ。  彼女はあそこで悲しまなかった。  「――全部、全部私が悪いんだよねっ?!」  怒鳴り声をあげても、誰一人答えない。  それが無性にむなしく、さみしい。  いっそのこと、誰かが罵ってくれればいいのに。  両親の死も、妹の哀しみも、果ては今感じている苦しみすら、私の自業自得__私が生まれてこなければ良かったんだって。  けれど、それをしてくれる人はおらず。  ゆえに、自責の念だけが大きく私の胸を渦巻く。  それを蹴散らすかのように、だん、だん、だん、だん、と私は勢いよく床を殴り続けた。  「私がいなければっ――私がいなければっ――何もかも、うまく行ったんだっ。私のせいだ。私のせいなんだ。」  言葉の間にも、次から次へと出てくる涙。歪む視界。  すべてムカついて、全てがうっとうしい。  まるで、あの雨の日、終末を願ったときのようだと思う。  あの時は私とナナちゃんの運命を翻弄する政府が憎かったけれど、今は世界が憎い。  私の大切な人たちをそ知らぬふりで傷つけていくそれが。  そしてそれ以上に__私が憎い。  「ねぇ、誰か否定してよ?私が悪いの?私がやってきたことが悪いの?!今まで私が正しいと思ってやってきたことが――見ている世界が、違っているっていうの?!」  間違ってはいない。政府のしてきたことは、悪だった。  「返事してよっ!」  しかし、かといって私を正しくするためには__  「しなさいよっ!ねえってば!」  __世界も、確かに歪みすぎていて。  「っく……っ。……っ。」  のどの底から嗚咽が漏れる。  両親に今、謝りたい。取り返しのつかないことをした。  しかしそれにはもう、遅るぎるのだ。  二人はもう__この世にいないのだから。  「わぁぁぁぁんッ!」  慟哭が、辺りに響き渡る。  残響。残響。残響。残響。  ここまで来ても、私はこの部屋の中に一人だった。  「私を……せめて、ナナちゃんを見捨てないでよっ!ひどいったら!世界、許さないっ!こんなの、……こんなの、ひどすぎるッ!」  せめて、妹に報いてほしい。  妹は、ただ被害者でしかないのだ。  私の黒痣のせいで両親を失って、不名誉にさらされ続けている。  それすらもどうかしてくれないのなら、世界のほうが、やはりどうかしていて。  「うわぁぁぁぁぁんっ。」  吠えても、返答は戻ってこない。  しかしそれがいっそう理不尽で。  「なん……でッ。なんで現実はこんな理不尽なの……答えなさいよ、だれ……かっ。」  かすれ声で文句を言いながら、私はしばらく泣き続けた。  何分経っただろう。  泣きつかれた私は腫れた目をこすりながら、日記帳の後ろにあった紙の一枚に視線を向けた。  誰かの似顔絵も書いていないそれは、明らかに他の紙とは違っていて。  「………これ、なに?」  もちあげ、手に取る。  そこにはラマージーランドらしき地図が書かれていて。  四方に丁度、バツ印が一つずつつけられていて、そこにはこう書かれていた。  「宝石の、場所……。」  ふと、ボスが盗むように指示した宝石のことを思い出す。  そして、地図を再び見ると、バツ印の一つは港の近くになる。  地図にはこう書かれていた。  【世界を支配する宝石】と。  「私が盗んだ宝石じゃない、宝石は他にもあったんだ。全部で四つ。世界を……支配する宝石。」  そして、私はそれをぎゅっと握りしめる。  「この書類……どこのなんだろう。どこで見つかったんだろ。」  もしかしたら政府もこれを狙っていたのかもしれないが、それでもいいチャンスかもしれない、と思った。  大嫌いなこの世界に、復讐する最後のチャンスなのだから。  「まあいいや……やることは決めているから。」  私、サソリ・クラークはその生誕を、あまり祝福されるべき存在ではないかもしれない。  家族の不幸は全て私が原因で。両親が借金を返すうちに知らず知らず不幸にした人たちも入れたら、もっとになる。  その罪が許されるわけじゃないけれど。  けれども、それ以上のことをしたら、まだ、家族として、姉として、ナナちゃんの隣にいてもいいんじゃないかって。  「待っていなさいよ、クソ政府。私がこの手で、握りつぶしてあげる。」  宝石を手に入れて、【政府自体をなかったことにする】これが私の狙いだった。  最低限、これ以上政府によって苦しめられる人が出ることはないから。  それが、知らず知らずのうちに政府に誰かを【保険対象】にすることを黙認してしまった、私の贖罪だ。  「いつか絶対、家族を取り戻す。」  死んでしまった両親だって、生き返らせる術があったり、  「失敗しちゃうわけにはいかないんだから。」  それだけが、今の私の目標。  周囲の人を加害してしまったという事実に耐えるための、唯一の希望なのだから。  「待ってなさいよッ!」  そう、たからかと天に拳を掲げた。
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