思い出の先、行く道は~ポンド・クロネージュの別れ~

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思い出の先、行く道は~ポンド・クロネージュの別れ~

 現実は、何時だって残酷だ。  例えば、世の中には富める人なんてごく一部で、その何倍もの数の貧しい人がいて、その日の食事に困っているとか。  例えば、偉大な力を持ってしまったばかりに、巨大な組織に力を利用されてしまい、結果、周囲までもを悲劇に巻き込む人がいる、とか。  例えば、ただ生まれた環境が違うだけで人生の楽さが、落差が、天と地程、差があるとか。  例えば、いくら一生懸命育てた作物だろうと一瞬の天災によって台無しになってしまうとか。  世の中には数えきれないくらいの理不尽が転がっている。  そして、その理不尽の中でぼくたちは生きている。  一か月前の爆発もまさにそれだろう。  多くの人の生活がはばかられ、止められ、日常が終わった、と。  ぼくは当時人づてに聞いただけなので確かなことは言えないが。  それでも、数多くの理不尽には、運が絡んでいて、人が絡んでいるものはあまりない。  すべては、否、そうまでとは言わずとも。  この世の多くは、【持っているから】又は【持っていないから】、起こる不幸がほとんどなのだろう。  旅をしながら、どこかそう考えていた節がある。  が、その日、ぼくは人災に遭う。  いくら抵抗する手段があれど、ぼくたちがいくら抵抗しても、その運命は変わることがないことがわかっていて。  まるで、【理不尽】という言葉にピッタリなように、その人災はあった。  ぼくたちが寝ている間に、いつの間にか、黒服の男たちがハスミちゃんとレオ君の二人を攫ってしまったようで、ぼくたちは慌てて追いかけた。  黒服の男たちというのが、これまた理不尽で、いくらルーインさんが暗黒の矢を放っても、地面から棘を出しても、ぼくがじいさんに習った護身術で相手の急所をつき続けても、それが、びくともしない。  まるで、そよ風でも当たっているかのように。  否、そのそよ風ですら、もっと男たちをうならせることができるのではないか、と錯覚してしまうほどに、ぼくたちは無力で。  ついにハスミちゃんたちは馬車に押し込まれて、男たちに連れ去られてしまったのだ。  「じゃあな、お仲間。こいつらは、預かっておくぜ。」  と。  馬車が遠ざかっていく音とともに聞こえた、リーダーらしき男性の声がやけに印象的で。  「ま、待ってくださいっ!――っ!」  ルーインさんは、そういって馬車に手を伸ばす。  が、その手も走り去る馬車に届くわけがなく。  結局、馬車がぼくたちの目線から見えなくなったのと、ルーインさんが両手を地面についたのが同時だった。  「……何で、そんな……。毒はすべて、分かるはずなのに。」  と。  その様子は、先ほどまでの淡々としていたルーインさんとは違って、悔しそうで。  悔しいのは僕も同じだ。目の前にいたのに、仲間を、二人も攫われたのだから。  「あの男たち、ぼくたちの攻撃が効かなかった。――まるで、痛みなんか、ないように。」  痛みなど、感じないなんてあり得るのだろうか。  この国は、確かに魔法を使うこともできるけれど。  昔、じいさんが言っていた言葉を思い出す。  __いいか、ポンド。痛みというのはのお、体を守るためにあるんじゃ。  と。  昔、旅先で深く膝をすりむいてしまい、涙をかみしめていたぼくにじいさんがかけてくれた言葉だ。  その時のぼくは、何でも願いが叶って、何一つ不自由ない大富豪の生活から無事抜け出せたこともあり、少し、調子に乗っていた。  自分は何でもできるのだ、と。  あれほど生活レベルを落としても苦にも思わないのだから。  しかし、現実は違った。  不本意とはいえ、大富豪の生活をしていたぼくは今まで擦り傷一つしたことがなく、お陰でケガの痛みを味わったことがなかったのだ。  だから、今だったら鼻で笑えるレベルの小さな痛みにくじけそうで。  ケガの痛みよりも、そのこと自体が悔しかった。  自分の体を更生している部分に、少しでもあの大富豪の一族によるものが入っていることに。  __ケガをして痛く感じると、二度とその痛みを感じないよう、ケガをしないよう心がけるじゃろう?痛みは、命を守るためにできておる。  じいさんは、ぼくの怪我の処理をしながら、そんなことを話してくれた。  今思えば、じいさんに出自を話したことがないのに、不思議な話だ。  けれども、じいさんは心のどこかでさっしていたのかもしれない。  ぼくの生まれた家のことを。  おかれた現状のことを。  __心の痛みはともかく、体の痛みは生きるために必要なものなんじゃ。だからポンド。どんなことになっても、痛みを取り除こうなんて思うなよ。  その言葉を最後に、じいさんはさみしそうに笑って。  それが、酷く不思議でぼくは心に残った。  大陸には魔法がなく、痛みを取り除く技術なんてないはずだった。  しかし、じいさんはまるでそれが実在するかのように話していて。  試しに、じいさんは人の痛みをとることができるの、と尋ねると、じいさんは、首を振っただけで。  あのじいさんならこれぞとばかりにおどけそうなのに。  その反応が無性に怪しかった。  もしかしたら、じいさんが政府に無理やり強力させられた実験、その一つに人の痛みを消す、なんてものもあったのかもしれないが。  それでも、そんな魔法、あるとは思えない。  あったとしても、まともな国なら、秘密にされているはずだ。(実際じいさんが利用されて大勢の人の命を奪わされてしまったので、まともかどうかは怪しいが、その事実が一般市民の間に伝わっていないことを考慮すると、そこら辺の守秘はちゃんとしているのだろう。)  痛みは感覚と直結している。  痛みをなくすというのは、つまるところ自身の感覚を切り離すことに近しい行為なのだから。  人は感覚を失ったとたん、まともに歩くことすら難しくなる。  __それが、触角という一見いらないような感覚であったとしても。  「なんで……。」  なんで、あの男性たちはそれを平然とできるのか。  そして、なんでぼくたちの抵抗はあれっきりで終わってしまったのか。  ぎゅ、とぼくが唇をかみしめた瞬間だった。  「カスミさん、レノさん…。」  と、ルーインさんがつぶやいて、馬車のほうに駆け出して。  「あっ!ルーインさんっ!」  きっと、追いかけるつもりだろう。  ぼくは走り始めるその背中に呼びかける。  「まって!一旦戻ろうっ!!このまま行っても、さっきとおんなじことが繰り返されるだけだよ。」  このまま行っても、男性たちの攻略方法は見つからないし、たぶん、二の舞なはずだ。  ぼくの言葉でそれを悟ったのか。  先ほどまで、無表情の中でも僅かに緊張した表情だったルーインさんがふっと、真顔になる。  「……、はい。……はい、そうですね。自分が間違っていました。」  と。  それっきり、ルーインさんは口を閉ざしてしまって。  __それが無性に、違和感を感じてしまって。  「ルーインさんっ?」  ぼくはルーインさんに問いかける。  ルーインさんは基本的に無表情な人だけれど、それでも感情がないわけじゃない。  うれしいことも、たのしいこともちゃんと感じている。  たとえば、フレンチトーストを食べた時とか。  例えば、それぞれの旅を聞いているときとか。  少しだけれど、口元は三日月みたいにまん丸だった。   それは一日にも満たない旅路で、ちゃんとぼくなりに観察した感想だった。  それなのに、目の前のルーインさんは無表情で。  否、無表情ではない。  その瞳の奥底に、悲しい色があった。  「なんか、変だよ?どうしたの?」  「…なんでもないです。」  ふりふり、とルーインさんは首を振って。  元々、表情の変化が少ないような人だった。  それに、まだ一日も一緒に行動していない。  きっと、ぼくのみ間違いだったのだろう。  「?そっか。」  「……せめて、あの男達が使っていた技の正体だけでも見極めないと。」  ぎゅ、とルーインさんがこぶしを握り締めた。  「ルーインさん、あの技の正体って分かる?」  ぼくたちの攻撃を、片っ端から防いだあの技。  運が悪かったな、という言葉と共にリーダーらしき男の周囲が一瞬暗黒で包まれ、技の発動はその時だったと思う。  傘による物理攻撃も、黒い矢による物理攻撃も、挙句の果てに自然現象__棘による物理攻撃にも効かない。  あの技のせいで、ぼくたちは負けてしまったといってもいい。  「いえ。自分も魔獣討伐師の端くれで、それなりに防御方法や呪術には心得があるのですが、あの技には全く心当たりがありません。」  と。  やはり、あれは魔法ではないらしい。  いや、もしくは隠ぺいされた魔法か。  「だよね。だったら、あそこで対策方法なりなんなり講じているはずだもんね。」  よくよく考えれば、魔獣討伐師さんは、ぼくたち三人がかかって倒せなかった魔獣をてこずらなく倒せてしまったのだ。  戦闘経験は、それなりにあるはずだ。  だったら、あの技の正体が分かったら真っ先に戦略に転用するだろう。  魔獣討伐師への道は厳しいと、その話を聞いたばっかりなのにうっかり忘れていた。  「……そっかぁ。」  空を見上げ、ぼくはつぶやいた。  「?どうしました?」  と、ルーインさんがこちらを振りかえる。  「いやさ!ぼくも大陸を旅していた頃、一緒に旅をしていたじいさんも色んな強敵相手に戦っていたのを思い出してさ。」  「……じい、さん……?」  きょとん、と首をかしげるルーインさん。  「ルーインさんは話してなかったよね。」  自己紹介の時に一人で旅をしていたことは話したが、そのまえのぼくの過去は話していない気がする。  ぼくは、じいさんとぼくの出会いから別れまで、僅か三分でまとめて話してみせた。  出会いと別れ以外__いや、それ以外ほぼ全部極端な削り方をしたエピソードがちらほらあるが、仕方がない。  多分今は宝石のほうが大事だ。  ルーインさんには宝石を取り戻した暁にはじいさんとの旅路をまたゆっくり話そう。  「なるほど……そんなことが。」  ぼくの話を聞いたルーインさんはそう、息を飲んで。  「もしかしたら、その戦術にヒントがあるかもしれないから、少し、記憶を反芻してみることにするよ。」  「で、トンドさんは恩師の妻と恩師を弔うため、この国に来た、と。繋がりました。」  ぽん、と納得のいったような表情で、拳を打つルーインさん。  「良かったよ。――じゃなくてっ!!」  一瞬ほんわかしかけたものの、すこしかなり話が脱線している気がする。  ……ていうか、先ほどからずっと気になっていたが。  「間違えているよね?ぼく達の名前。一文字ずつだけれどさ。ある意味、才能、かな。」  ルーインさんは、ぼくたちの名前を、みごと間違えていた。  それも、一文字ずつ。  聞き逃しもいいレベルで。  ハスミちゃんが、【カスミ】。  レオ君が、【レノ】。  そしてぼく、ポンドが、【トンド】。  ルーインさんの前で互いの名前をきちんと呼んでいるシーンもあったはずなのに、ここまでくると一種の才能を感じる。  「?間違えてましたっけ?」  きょとん、と首をかしげるルーインさん。  「あっるえ〜?」  まったく思い当たらない、とその表所には書かれてあって。  もしかして、こっちが間違えていたのだろうか。  「……トンドさんですよね?」  ……見事に間違われていた。  そういえば、この人、鈍いところがところどころあるんだっけ。  ハスミちゃんの恋にも気が付かないままだったし。  ちょうどいい機会だし、ぼくのちゃんとした名前を教えよう。  「ポンドね。ポ・ン・ド!」  「ぽ、ん、ど……?」  小刻みだけれど、ちゃんと発音ができている。  ルーインさん、ただ反復練習とこちらの注意が足らなかったのだろう。  どうしても、名前をちゃんと呼べないレアケースとかではなくて良かった。  「そうそう。よくできました!」  ぼくは親指を立てて。  「なるほど。何がかはわかりませんでしたが、自分は、凄いことを成し得たんですね。――トンドさん。」  ルーインさんもそれにうなずく。  __見事に、トンド呼びに戻っていた。  「がっくし。」  結局はこの人、色々鈍い人なんだと思うけれど。  名前を教えるのは諦めることにした。  そのうち覚えてもらえるだろう。  ……ていうか、ポンドて教えた後にすぐトンドに戻すのは、やはり才能だ。  「……もういいや。ぼくの出身地である大陸のTv番組、【なんでも!天才コレクション】に出場しなよ。ルーインさんなら、優勝できるって……。」  ぼくは少しぐったりしながら、ルーインさんに話しかけて。  「?分かりました。……でも、大陸に行くことは難しいのでは?」  と、ルーインさんはマジトーンで返す。  「わー、冗談すら通じないっ!!」  思っていたけれど、この人、冗談すら通じない。  さすがのぼくもラマージーランドから大陸に戻れるとは思っていないし、冗談のつもりで言ったんだけれど。  「――じゃなくて。ぼくは思い出さないと。」  ……ていうかこんなことを考えている場合じゃない。  じいさんとの記憶の中に、男たちが使った術のヒントらしきものがないか思い出さないと。  ぼくはあごにてをあて、黙考して、記憶の海の中におぼれていった。  ◇◆◇  じいさんは、ぼくと旅をしているとき、度々強敵と対峙していた。  別にじいさんが好戦的な人物というわけではない。  むしろ逆だ。  じいさんは、戦闘を好まなかった。自分からはっきり言うことはなかったけれど、それでも僕が旅をしているときは戦いができる人に勝負を仕掛けなかったから、たぶんあれはそういうことだろう。  で、そんなじいさんが何故戦闘を繰り返しているのか。  理由は唯一つ。  旅先で偶然見つけた犯罪者を捕まえようとすると、まあまあな確率でその犯罪者がやばい武器を持っていたり、強かったりして。  捕まりたくないと抵抗する犯罪者に更に抵抗して、じいさんは、犯罪者と度々戦闘をしていた。  その犯罪者の中にはヤバイ人もいて科学技術を使って、腕自体を自動銃に変えてくる人もいれば、へんな科学スーツを来て、体力を大幅に底上げしている人もいた。ある人は違法の薬で一時的に痛みを感じる感覚のみ麻痺させていたし、ある人は、金をかけた武器で無双していたし。  とにかく、ぼくの目から見てもヤバ目なのが多かったけれど、じいさんはそういう人たち全員すらあっさり倒していって。  ある日、いつもどおりじいさんが犯罪者を倒したあと、じいさんに尋ねたことがある。  「じいさん……じいさんは、何故強いの?」  と。  ぼくの目の前のじいさんは、どんな相手と対峙している時も、素早く、どんな相手も圧倒的な力で片付けていて。  傘を持ったじいさんの前では、どんな悪党も無力に近しかった。  それがぼくとしては少し不思議で。じいさんの秘密を知りたい一新もあって、十歳ぐらいの頃そう聞いた覚えがある。  「そうじゃな。それはm――じゃなくて、わしが最強の傘使いだからじゃよ。」  「最強の傘使いの前、何を言ったかだけが気になる。」  何かをごまかそうとして、あわてて最強の傘使いといいなおすじいさんに一抹の不信感を抱きながら、ぼくは苦笑した。  じいさんは、そんなことは構わず、  「おっ!ポンド、あそこにおいしそうな屋台があるわい!買いに行かんかね。」  と。  タコの絵が描かれた屋台を指さし。  「また誤魔化した!」  「【たこ焼き】、ポンドは何個がいいのかのう?」  と、ぼくの言葉には答えず、すっかりタコ焼きに夢中、という風に。  「うーん。」  ここまでくると、最初の言い間違いも気のせいだとは思うけれど。  それでも、ふだんからひょうきんものでそこの知れないじいさんの、数少ない【地】の部分を見れた気もして。  ぼくが顎に手を当てて考え込んでいると、たこ焼きを買い終えたじいさんがこちらにやってきた。  「それほどかんがえなくても、ほれ、冷めてしまうぞ。」  と、八個ほどたこ焼きの入った皿を渡す。  「ありがとう。」  ちなみにじいさんの手には、もう一つ、八個ほどたこ焼きが入った皿があった。  じいさんは、年齢の割には食べるほうで、一人でたこ焼き一皿など余裕のよっちゃんだとまえ言っていた。  さっそくぼくが受け取ると、もう一つの皿のたこやきを食べ始める。  その、いつも通り元気な様子に。  「――気の所為、だよね。」  さきほど見せた本心のようなものも、きっと見間違いだろうと、おさないぼくはどこか思っていて。  それが、そうでないと気が付いたのは、十四の夏。  じいさんが死んでしまい、その日記を読んだ時だった。  「儂が死んだら海に遺灰を投げ捨ててくれ。」  と。  じいさんは、亡くなる前日に、そうぼくに言った。  「じいさん、まだ、死ぬって決まったわけじゃ……。」  ぼくはじいさんのよぼよぼの枯れ木のような手を握りしめる。  元々肉のついていなかった手は、一週間前、じいさんが旅先で倒れ、それいらい寝込んでしまってからというものの、一層肉が剥がれ落ちているようだった。  大陸の、とある国の旅館の一間。  六畳ほどの和室の中央、布団の敷かれたところにじいさんは一週間ほど前から寝込んでいて、ずっと動かなかった。  否、動けなかった。  窓から燦々と差す陽光が、この部屋に存在しているのが信じられないくらい、この部屋には湿った空気が立ち込めていて。  「だめだよ。そんなこと言っちゃ。」  泣きそうになるのをこらえながら、ぼくはそういった。  じいさんは、ぼくを拾ったときには既に八十歳を越していて、いつかいなくなるだろうということはなんとなく予想していて。  けれどもそれは予想の域を越えなかった。  心のどこかで、まだ、じいさんといたいと思っていた自分が、予想の域を超えるのを、許さなく。  じいさんは、そんなぼくの心情をくんでか、申し訳なさそうに苦笑した。  「いや、儂は死ぬ。儂の体のことじゃ。儂が一番よくわかっている。」  「………そ、…そんな。」  悔しかった。  体調の悪いじいさんにだけは心配をかけないようにしていたのに。いつもはひょうきんもののじいさんだって、こんな時ばっかり鋭いわけで。  「――何より儂は最強の傘使いじゃからな。」  「今のは関係無いよね?」  じいさんの発言に、一瞬本来の突っ込みモードに戻ってしまい。  その時だった。  「えほっ。えほっ。」  と、じいさんはせき込んで。  「あっ!じいさんっ!」  ぼくは慌てて水と薬を取りに行く。  「これ。」  と。じいさんは、震えた手で、水の中に溶かされた薬を飲んで。  「ありがとう、ポンドよ。」  と。  その咳が、病気によるものではないとはわかっている。  ぼくが出した、痰止めの薬だって、焼け石に水だと。  じいさんの大量不良は老年によるもので、医者にも来てもらったが、やはり、医者の出した結論もそれだった。  「死ぬなんて……いっちゃダメだよ。ぼくはまだまだじいさんと旅を続けていたいし。」  「そうじゃな。でも、薄々気がついてはいるじゃろ?」  「……う。」  未来の話をして、頑張って、湿っぽい空気を飛ばそうとしても、じいさん自身のことだ。  自分の体のことは、自分が一番よくわかっている、というものだ。  その希望にあふれた未来を、静かに否定していく。  あるいはじいさん自身がそれを信じてしまった場合、嘘をついたぼくの信条を考慮したのかもしれないが。  じいさんは、よぼよぼの手を、ゆっくり、ぼくのこぶしに重ねた。  「そういうことじゃよ。わしももう年じゃ。命灯が尽きるのも近いんじゃよ。」  「…………。」  そういうことなのかもしれない。  それを、じいさんがいってしまったら、それまでだ。  叶うはずのない未来を話すことも、それでじいさんの気持ちを楽にすることも出来ない。  けれど。  「じいさん。」  「?なんじゃ?」  「せめて……死ぬときはもっと、海じゃなくて、花畑とか、夕日が綺麗な崖の上とか、そういうところにしたら?お墓でも立ててさ。」  せめて、ここまでぼくを世話してくれたじいさんだから。  海の中に骨を鎮めるのではなく、奇麗な花畑にでも墓を建てたかった。  じいさんには、奇麗な花に囲まれて、死んでからも幸せに過ごしてほしかった。  しかし、じいさんは小さく首を振る。  「いや。儂は、妻も子もおらん。儂の墓を立てた所で、それを世話するやつはおらん。」  「ぼくがいるよ。じいさんが死んじゃっても、ぼくがお花を毎日世話するからさ。……正直、まだ死んでほしくはないけれど。」  じいさんが死んだら、この国のどこか奇麗な場所に、じいさんの墓を建てて、ぼくもそこに永住する予定だった。  そうして、生涯じいさんの墓の世話をするのだ。  しかし、じいさんは再び首を振り。  「そうかい。じゃが、儂は、海がいい。燦々と日が照りつける快晴の日にでも、儂の遺骨を散らしとくれ。」  「うん。」  と。  その横顔は、何か、覚悟を決めたようなものがあって。  ぼくは何も言えなくなった。  「それにな、儂はポンドを縛りたくない。ポンドは、ポンドの人生を生きるのじゃ。儂の人生の地続きではなく。」  「……うん。」  じいさんは、最後まで__否、最期までぼくを思いやってくれている。  その思いやりが、ありがたく、あたたかく、こんなにも心が痛く。  ぼくはじいさんの前だというのに、気を抜いたら涙が出てしまいそうで。  「それにな、儂は、最強の傘使いじゃからな。」  「このタイミングでいう?」  「墓なんて、ない方がかっこいいじゃろ。」  そういったじいさんの顔には、確かに最強の傘使いの貫禄が出ていて。  「――。」  ぼくは、黙るしかなかった。  「この話はこれで終わりじゃ。――今日は、いつになく腰が痛む。ポンド。薬の方はないかね。」  「うん、今取ってくる。」  そういって、再び薬箱を取りに行き。  空気をさわやかにするため、開けていた障子から、ぶわりと夏の風が吹く。  その次の日のことだった。  ぼくが目覚めると、じいさんは布団の中で静かに息を引き取っていた。  その次の日は太陽が燦々と晴れ渡っている快晴で、ぼくは、じいさんの遺灰を海に散らしていった。  強い風が吹いていたのに、遺灰はゆっくりと散っていき。  じいさんの遺灰が手元からなくなるころにはすっかり夕方になっていた。  ◇◆◇  その次の日のことだった。  じいさんの遺品の中から不思議な日記を見つけたのは。  次の日、じいさんの遺言通り、遺品整理をしていたぼくは、ふと、じいさんの鞄の中に一冊の日記を見つけて。  「これは……日記?」  古びていて、ページも黄ばんでいる。  「じいさんの、旅の記憶が書かれて……ううん。それより前のやつだ。」  ぱらぱらとページをめくっていき、その内容に唖然する。  「なに、これ……。」  じいさんの達筆な字で書かれた日記には、じいさんのこれまでの過去が書かれていた。  昔、昔、ラマージーランドという世界で唯一魔法が使える国にて、じいさんは大魔法使いだった。  しかし、そのせいで魔力をその国の、政府の悪い奴らに利用されてしまう。  じいさんは様々な実験を執り行わされたり、もっと……筆舌尽くしがたいような、酷いことをされたり。  そのうちの一つの行動のせいで、じいさんの奥さんを含む大勢の人たちが帰らぬ人となる。  じいさんの日記には、数十年前、そこにいなかったぼくでもその情景がわかるぐらいには丁寧に記述がなされていた。  それを見ると、胸が張り裂けそうになった。  じいさんが、どんな気持ちで、それを書いたか。  想像だって、したくない。  やがて、日記はじいさんが傘に魔力を封印した場面に移る。  自分は魔法を使ってもいいのか、という葛藤。  それを乗り越え、傘に魔法は封印されて。  じいさんは、その日のうちに大陸行きの船に飛び乗ったのだ。  当時はまだラマージーランドのセキュリティががばがばだったこともあり、あっさり船を見つけることができたという。  そして、その次のページから、日記部分は終わって、数十年後、ラマージーランドの姿かたちが変わってもいいように、とラマージーランドに関する詳しい記述があって。  それすらも読み終えた時、ぼくははあ、と感嘆した。  「……そっか。あのとき、じいさんが言っていた意味が、わかった気がする。」  自分は海に遺灰を散らしてほしい、と言っていたじいさん。  その言葉を、昨日までは表面的にとらえていたけれど。  「じいさんは、多分奥さんと墓に入るには、ふさわしくないって思っていて。だから、海に散骨して欲しくて。」  じいさんには、世話をする遺族こそいなかったけれど、一緒に墓に入る奥さんはいた。  じゃあ、なんで奥さんと同じ墓に入ろうとしなかったのか。  考えなくてもわかる。  日記には、かかれていなかったけれど、こんな体験してしまったら、誰だって自分の手で殺してしまった最愛の人と同じ墓に入っていいか、迷うものだろう。  「――それだけじゃない。じいさんは、ちゃんと、ぼくのことを一人にしたくないからって。」  日記には、まだ、続きがあって。  否、続きというか。  途中で、黄ばみが少ない、新しい紙が差し込まれていて、達筆な走り書きがあった。  『本日、ポンドと名乗る子供を拾った。年は知らない。』『服装からして上流階級の出身なんだろうが、抜け出してきたようだろう。』『ポンドには、帰る家がないのだという。わしがこの子を育てねば。』  ぼくを拾った日なのだろう。茶こけたしみが、年季を感じさせ。  新しい紙は、数枚ほど差し込まれていて、とぎれとぎれではあったが、ぼくとの旅路のことが書き込まれていて。  その、最期の一枚だった。  真っ白な紙に、一言。  『わしが死んでも、この子を一人にはさせたくない。』  と。  海に遺骨を散らすというのは、荒くれる海にその魂をゆだねるということで。  海は快晴の時は穏やかだけれど、嵐の中では荒くれだっている。  そんな中に身を沈めるなど、ぼくはじいさんの発言に少し、驚いて。  「……っく、んで……今になってっ……。」  その一ページを見ていると、視界が歪んでいく。  止めなければいけないということは、わかっているはずなのに。  じいさんは、ぼくが泣いても、喜ばないのに。  なんで、今になって、こんなこと知っちゃうんだろう。  じいさんはもう、海に散らされて帰らない人になったのに。  「ちがう。ぼくは今するのは、泣くことじゃない。」  涙をぬぐい、再び日記を手に取った時だった。  ぱさり、と日記から手のひら大の紙が一枚、落ちてきて。  「え……なんだろう、これは。」  ぼくは鼻をすすり、それを拾い上げ。  「写真……ずっと昔の。」  セピア色のそれは、昔のじいさんと、奥さんの写真だった。  じいさんの筆跡がなければ、うっかり別人の人がとったと勘違いしたほど。  写真の中のじいさんは、全くの別人で。しかし、笑顔だけはじいさんと一緒で。  となりの奥さんも微笑んでいた。  何一つ、変わらない日常風景を切り出したような一枚。  けれど、この時のじいさんは、悪意にさらされていなかったのだろう、とおもうと少し胸が痛む。  「なぁんだ。写真だけ、結局取っていたんじゃん。」  ぼくはその写真を持ち上げ、眺めながらつぶやいた。  じいさんの日記には、奥さんの遺品は旅に出る際に一通り整理したと書かれてあったが、この写真だけは別だったようで。  奥さんが恋しかったのか、たまたまなのかはわからなかったけれど、やはり、ほほえましい。  「――ファンティサールに行こう。」  と。ほとんど、反射的に出た言葉。  しかし、その言葉が本心じゃない、ということはなく。  「この写真を、じいさんの奥さんのお墓にそなえるため。」  と、写真を日記に挟みこみながら。  日記には、一応奥さんのお墓らしき場所の情報もあった。  雨風にさらされたせいか、字が読めなくなっていたけれど。  それでも、全部お墓をまわってみよう、とおもった。  自分でもバカらしいと思うけれど。  「そのお墓を参ったら、間接的にだけれど、じいさんの墓参りに行った、ってことになるのかな。わかんないや。」  障子を開け、窓の外を見た、その時だった。  「あっ。晴れている。」  窓には燦々と輝く陽光と、静かにないだ青い海が見えて。  昨日、じいさんの骨を海に散らした時とまったく変わらない風景。  ふと、外に出て、海を見てみようという気になった。  ◇◆◇  旅館から、歩いて五分もしないところに、切り立った崖はあった。  ここから先は青い海で、この国の領地ではないところ。  ぼくがじいさんの遺骨を飛ばしたのも、丁度、そこだった。  「じいさん、これが、最後の会話になるのかな。それとも、じいさんが天国に行って、最初の会話に。」  ぼくは幽霊を信じないタイプだ。  死んだ後も、死んだ人たちがぼくを見守っているなんて想像も、しない。  だから、これはぼくの自己満だ。  ぼくがぼくを納得させるために、いもしない人物に話しかけている。  「ぼくはさ、ファンティサールに行くことにしたんだ。じいさんの祖国。」  当然、誰も答えない。  答えてくれる人物は、いやしない。  ぼくはこれから、一人で旅をするのだろう。  料理に自信がないけれど、料理当番もずっとぼく一人になる。  一緒に料理を作ってくれる人はもういない。おどけてくれるひょうきんものも。  ただ、さわさわと潮風だけがぼくの肌を撫でていて。  「ここからじゃだいぶ遠いけれど、行ってみるよ。」  じいさんは、ぼくの決断を、喜ぶのだろうか。  それとも、呆れるのだろうか。  どっちだって構わない。  これは、ぼくの旅で、ぼくがじいさんの思い出に決着を付けるための旅路だ。  じいさんの感想は、数十年先__ぼくが死んだとき、じいさんとめぐり遭う事ができたのなら、その時にでも聞こう。  「この傘も、一緒に持っていくよ。」  ぼくは空に傘を掲げる。  澄んだ快晴の青がただ、痛い。  空にじいさんの顔が見えるわけでもないのに。  「空の上で、見守っていて、くれるかな。」  ぼくは幽霊を信じないタイプだ。  幽霊なんているのなら、ぼくの生家の犠牲になった人が、生家を祟って、とっくに生家は滅びていたはずだから。  それでも。  それでも、ぼくは語りかける。  「――きっと、ポンドなら一人でも大丈夫じゃよ。だって、最強の傘使いの一番弟子なんじゃからな。」  と、一瞬、耳元であのしわがれた声が聞こえ、鼻の奥が、ツンとなる。  「ははっ。ありがとう。……でも、空耳だよね。」  そうつぶやいた瞬間だった。  「っ!」  とん、と軽く肩を押されたような感覚があって。  ただの、強い風かもしれない。  じいさんの実体はもうないのだから。  ……じゃないと、色々、ぼくに都合がよすぎる。  ぼくは、小さくうなずいて。  「行ってきます。」  と。  老師が死んだ土地に、別れを告げたのだった。  ◇◆◇  だんだんと、朝もやが消えていくみたいに、ぼくは夢想世界からゆっくりと現実へと戻ってきて。  「どうですか?いいアイディア、ありそうですか?」  気が付くと、ルーインさんがこちらを覗き込んでいた。  「わっ!びっくりしたっ!」  ぼうっとしていたから、目の前に人の顔が迫っていて、驚いた。  「?どうしました?」  きょとん、とルーインさんが首をかしげる。  「ううん、どうも。ちょっと、昔のこと思い出しちゃって。」  思い出したというか、戦術を思い出しているうちに、知らない間にじいさんとの思い出に浸っていたというか。  それだけじいさんがぼくの中で大きい存在なのだろうけれど、今は状況が状況なだけに少し危険だ。  「ていうか、結局、使えそうな戦術というかアイディアはなかったんだけれどね。やおおあり、ここは魔法の国だし。向こうは技術が発展していたけれど。」  たしかに大陸の戦術は、それなりにはってんしていて、その中にはじいさんにも引けを取らない技術もあった。  しかし、それも所詮は魔法が使えない国で発展した技術だ。  魔法が使える国__物理法則が根本的に違う国では、やはり、通用しそうにないものがあった。  たしかに、唐辛子で目つぶしをするとか、この国でやろうとしても箒で上空に上られてしまったら終わりだし、そうなったらかけることが難しくなる。  第一、旅の中でじいさんとやり遭った人たちの中には多少手品めいた手段を用いる人たちもいなくはなかったが、それでもあの男ほどではない。  それらにはタネもしかけもあって、戦闘が終わったころにはじいさんがそれらを見破っていたし。それを横で見ていたから、ぼくもそれなりにはそういったものに詳しいはずだ。  そんな僕からしても、改めて、あの男の言動にはおかしいものが多々あるように思えて。  たぶん、あれは魔法なのだろう。  種類を秘匿された。  自分でそう結論付け、ルーインさんに伝えようとした時だった。  「後ろッ!」  ルーインさんの叫び声で後ろを振り返った直後だった。  銃弾が、ぼくのすぐそばまで閃光の速さで迫ってきたのは。  「わっ!」  慌てて体の向きを変え、傘を構え、叫ぶ。  「傘ッ!」  と。その間、僅か二秒ほど。  瞬時に傘が開いて、銃弾とぼくの間に盾となって。  「――――。」  ばん、という音と共に銃弾は跳ね返って、ちかくの木の幹にのめりこんで。  しゅうう、と銃弾によって穴があけられた木の幹からは煙が噴き出ていた。  「トンドさん、大丈夫ですか?」  と、ルーインさんがこちらを見る。  「うん。なんとか。」  そういいながら、ぼくは銃弾のほうを見た。  大陸の科学技術の結晶であるそれは、鎖国しているラマージーランドでは本来見ない者だった。  港をマフィアが牛耳っているとはいえ、関わらなければ、見ることもない、と勝手に過信していて。  それが、どういうわけか、目の前にあったのは、確かに銃弾で。  木の幹にのめりこんで見えなくなってはいるけれど。  「どうなっているんですか、それ。」  と、ルーインさんがぼくの持っている傘を指さして、首を傾げた。  「いやあ。ただ魔力を封印しただけって書かれていたんだけれど、やけに頑丈だし、飛ぶこともできるし、ぼくにも何なのかわかんないや。」  この傘が覚醒してまだ一日も経っていない。  じいさんと旅をしていたときはじいさんはそんな機能使わなかったし、自然と無いものだと思っていたし、自分でも驚かないところがあるかと言われれば嘘になる。  けれど、要は慣れだ。  どんなぶっとんだ代物だって、それ自体強力なのは変わりないし、この傘で新しくできた仲間の役に立てるになら、ぼくとしても大歓迎だ。  「いや、自分からして今の速度明らかに傘壊れていたやつですよね。」  引いたようにルーインさんがつぶやく。  そんなにだっけ?物理学を習ってはいないのでよくわからないが。  「ごめん。それなりの教育は受けているけれど、家での影響で、ちょっとそこまでは学びきれていない。」  ぼくの生まれである大富豪の一族は、ただ、金を浪費し、領民から搾り取るだけではなく、賢く、領民から不満を向けられないまま、永年自分たちがその地位を築けるような策も執り行っていた。  憎いけれど、その時に受けた高等教育もその一環だった。  領民に賢いものが現れないよう、一族は領内の学校で習う教育の内容を簡易化しつつも、自分たちだけは高い知能を持っていられるよう、自分たちの子供にも、先進的な教育を受けさせていた。  じいさんとの旅路で知ったことだけれど、ぼく達一族の子供は本来の年齢よりも数年ほど高い年齢で習うものを習っていたらしい。  それでも九歳で家出をしてきたため、物理学までは流石に習いきれていないが。  「いや、計算云々ではなく、速度的に。」  「そうかな?」  ぼくは首を傾げる。  「戦いの場に身をおいたことがある人なら誰しも分かる話題だと思います。」  と。  たぶん、ルーインさんのことだし嘘はつかないと思うけれど。  「じいさん、このことまで計算して傘に魔力を封印したの?」  銃弾ですら、弾いてしまうほどの防御力を持った傘。銃弾戦まで想定して、傘に魔力を封じたのだろうかですすでになくなってしまったじいさんの計算力が恐ろしい。  「えっと。――でも、傘の性質のような服がラマージーランドに広まれば、数撃ほどであれ、魔獣の攻撃は回避できるはずです。その時間を利用して、助けを呼ぶこともできるかもしれないし。」  「あ……そっち系?」  ハスミちゃんの時と似たような感想だ。  もしかしたら、ルーインさんも地頭はいいほうなのかもしれない。  「でも、厄介な気もするんだよねー。そういう技術が広まると。」  「?」  きょとん、と首を傾げるルーインさん。  旅先で何度も悪い人も、それに苦しめられる人も見たことのあるぼくは言える。  技術の発展は、いいことばかりではない、と。  「悪い人たちだって、使っちゃうってことじゃん。僕は今まで大陸で旅をしていたけれど、大陸ってマフィアがいたじゃん。――あ、マフィアは知っている?」  「はい。最近はマフィア・ローゼンがファンティサールの港を中心に拠点を拡大していて。」  と。その名前は、よく聞いた名前だ。  否、よく聞いたどころではない。  大陸の中の大国、ぼくがじいさんとともに旅をしていた時も度々その国に訪れていたが、その大国と周辺で起こる諸悪の根源は全部、マフィア・ローゼンのせいと考えてもおかしくない。  そのくらい、強大な犯罪者組織だ。  じいさんも旅先で、何度もマフィア・ローゼンの下っ端とやりあったし、しかも本拠地が本拠地なので、数は無限に湧いてくる。  それで組織設立歴十年もないのだから、恐ろしいと言ったらありゃしない組織だ。  旅先で、新規拠点開拓中とかいう話を何度か耳にしたとはいえ、まさかそこがじいさんの奥さんが眠っているラマージーランドとは。  何という不運だろう。  マフィア・ローゼンの支配下になった土地が、どうなるか。  そんな事考えなくても、わかるはずなのに。  ――踏み荒らされ、荒廃する。  その二言に尽きるだけだ。  ぼくがどうこうしようにも組織自体が大きいせいできっと何もできないんだろうけれど。  それでもどうかマフィアの新規拠点拡大が失敗するようにぼくは心のなかで祈りながら。  「マフィア・ローゼン、さぁ……。いくら勢力増幅中とはいえ、急すぎない?」  多分、ラマージーランドは魔法が使えるから、その力を使って、新勢力に……ということなのだろう。  しかし、懸念はそれだけではない。  マフィア・ローゼンが魔法の力を手に入れたと知ったら、それを手に入れるため他のマフィアや国だって関わってくるはずだ。そこに、ラマージーランドも巻き込まれかねない。  ――最悪の場合、大国の軍事国D国とマフィア・ローゼンの手先になったラマージーランド戦争が起きるかもしれない。  偶然、というにはあまりにも悪いタイミングが重なりすぎた。  「ま!そのマフィアだって【銃】を使っているけれど、そのせいで市民は抵抗できず、牛耳られているんだよね。――その銃だってが元々は護身用だったのにね。」  「…………。」  ぼくは木の幹にのめり込んだ銃弾を見ながら、そう言って。  「力をみんなで手に入れれば、悪いやつだって使うようになる、それは世の理で、変えられないことなんだよ。」  僕は旅先で色んな人を見てきたけれど、その全員が全員いい人というわけでもない。  それに、力が利用されるところも。  ルーインさんと一緒に旅をはじめてからまだ一日が経過してもいないし、この人のことをわかっていると言ったら、嘘になるけれど、端々の言動から魔獣への敵意は、ある程度感じていた。  たぶん、この人は倫理的にだめなことはしないと思うけれど、魔獣を完全討伐できる機会があったら、遠慮なくする方なのだと思う。  それが、少し危険に思えた。  なにかに一生懸命になっている人は、よくも悪くも危険だ。  周りが見えなくなっているから。  ハスミちゃんもそうだったけれど。  「ルーインさんはどこか、一生懸命だったからさ。そこだけ、覚えていて欲しくって。」  ぼくの感じた違和感が、あたってくれないといいが。  「そうです、か。――魔獣に苦しめられる人がいるままでも?」  意外そうな顔で、そういって。  「……悲しいことにね。力っていうのは、発明した人たちの周辺に集まってきたりするものだから。」  魔獣への並ならない執着は分かったけれど、それでも、何か違うように見えて。  「もちろん悲しい人はゼロな方がいいけれど。今のルーインさんは少し、突っ走りすぎている気がする。」  ぼくはそう、言い切った。  突っ走る人がいかに危険か。それはぼくのこれまでの旅路でわかっているつもりだ。  「――と、今のはおいておいて。この木の幹、銃弾がのめりこんでる。」  木の幹のほうに指をさす。  そこには確かに銃弾がめり込んでいて。  「銃弾?銃は、マフィアの武器で、一般人は手に入らないものなんでしょう。」  ルーインさんが言った。  「うん。だからぼくはここらへんに、マフィアがいると見た。」  ラマージーランドに来てからの旅路で、聞いた話。  マフィアは銃という恐ろしいものを持っていると。それで、市民を脅していると。  銃弾は、数センチほどめりこんでいて、よほど速い銃で撃ったか、もしくは。  「随分遠くから、来たみたいなんだよね。」  「分かるんですか?」  わかるどころではない。ぼくはこういうことを考察するのはここでは得意な方だと思う。  「大陸にいたとき、随分じいさんに鍛えられてさ。種類までは分からないけれど。」  ちなみに、じいさんの場合は何の型で撃ったのかまで見分けていたりしたけれど。  流石にぼくにはそこまではできない。  「自分達を狙ってきたのでしょうか。」  ちょっとそれは考えられなくもないけれど。  あのマフィアのことだもん。何が原因で逆恨みするかわからない。  「……できるだけ、荒事は避けたつもりなんだけれどな。」  ラマージーランドの旅路にて、マフィアがいるとわかってから言動には十分注意していたし……いや、いなくても旅人に冷たい地域もあるから基本注意はしているけれど!  もしかしたらルーインさんが恨まれたってこともあるけれど、そんなこと、そういう人には見えないんだよね。  「もしかしたらですが、あの男達、マフィアだったのでは?」  と、ルーインさんが言って。  「えっ……?」  ぼくはぎょっとしながら顔を上げる。  「巷で噂されているマフィアみたいな格好をしていましたよね。荒事にも手慣れているような感じがありましたし。」  思い返してみれば、あの中で一番筋力のありそうなレオ君が抵抗し続けてもマフィアが受け流せた理由。  その一つに、あの技以外に、荒事に慣れている、という理由があったとしたら。  あの男たちはいかつい恰好をしていたし、それもそれで納得ができるけれど。  「じゃあ、この銃弾も、マフィアが報復を恐れて、ってこと?――でも、遠くから狙ってきたんだよね。」  ぼくは銃弾を指しながら。  「!なるほど。遠くから狙うときは集中しなければいけないし、いい位置も探さなければならないので、ということですね。」  と。  ルーインさんのいう通りだ。遠くの場所から射撃をするというのは、ものすごく労力がいる仕事で、それも一時間二時間でできない。  ぼくたちが四人一緒に旅をすると決めたのは、数時間前で。  それを実行できるとは思えなかった。  「そう。だから、そうとも思えないんだよね。」  たとえ、ハスミちゃんたちをマークしていても、ぼくたちが合流することは洋装できないはずだし。  「でも、射撃場があった、と説明するには、一発だけってのがしっくりこないしなぁ。」  ……そういえば、ハスミちゃんたちってなんで攫われたんだろう。  今まで疑問に思っていなかったが。  出来心…というには、犯行自体があまりにも出来すぎていたし。  「うーん。これ以上考えても仕方ない。銃の話、終わり!」  ぱん、とぼくは両手を打って。  「ざっくりですね。」  ルーインさんがそう突っ込む。  「じいさんには負けてしまうよ。」  旅の途中、じいさんのざっくりさには度々負けてしまった。  「?」  きょとん、と首をかしげるルーインさん。  ふと、ぼくの頭の中に閃光が走る。  「――あっ!もしかして!」  「どうしました?」  ぼくのつぶやきに、ルーインさんがこちらを見て。  「ぼくの持っている傘、攻撃を防いで、頑丈じゃん。それとおんなじようなものを、敵が持っていたら、ってこと。」  早い銃弾すらもはじいてしまう傘。  その防御力は、ルーインさんの暗黒の矢もはじいてしまう、不思議な技と同じようで。  「っ――そんな。」  ルーインさんが息をのむ。  「ラマージーランドではあり得るかわからないから一応、ルーインさんに聞いたんだけれど、どう思う?」  赤い瞳を、少し下に向けて。  「ありえなくはないです。魔術具を使ったら。――いえ、そうでなくとも、普通の服に魔法陣を書いて術式を作るだけでも、十分効果があるはずです。」  ぼくにとって、魔法のことはよくわからないが、重要なのは、そこではない。  あの男たちが使っている手口。それはマイナーなだけで、何も珍しいものではない。  「そっか。じゃあ、やっぱり――」  ぼくが言葉の次を唱えようとした時だった。  「ハスミちゃんーっ!レオ君ーっ!」  と、高い声が空から降ってきて。  ぼくたちは、同時に空を見上げた。  「?この声は……。」  箒に乗ったダークブラウンの髪の少女と、水色の髪の少女。  ダークブラウンの髪の少女が、先ほどから、声を上げていて。  「上から聞こえますよね。箒に乗った……二人組?」  __同じだ。  たった今、ぼくたちの目の前から攫われた人たちの名前と。  ぼくは息をのんで。  「ハスミちゃん!レオ君!どこーっ!」  ダークブラウンの髪の少女が叫ぶ。ふわり、と少女の一つに結んでいる髪が揺れた。  「自分達が今探している人と一文字違いの名前です。奇遇というか、なんというか。」  ほわあ、とルーインさんがため息をつく。  そういえば、この人、人の名前をちゃんと覚えられないんだっけ。  「……じゃなくて!」  ぼくは自分の口元に手を当てて、叫んだ。  「おーいっ!そこの君たちっー!」  二人の視線が合って、二人はこちらにふわりと着地する。  あの一見アンバランスそうな箒から……毎度思うけれど、魔法はやっぱり凄い技術だと思う。  「あっ!こんなところに人がっ!」  と、ダークブラウンの髪の少女がこちらに駆け出してきて。  「もしかして、ハスミ・セイレーヌちゃんと、レオ・フェイジョア君を探しているの?」  ぼくは、賭けをして、  「そうですけれど、どうしてそれが……。」  答えたのは水色の髪の少女だ。  二房だけ、長い髪の毛がふわりとそよ風に吹かれる。  「もしかして、居場所が分かるのっ?!」  ぐい、とダークブラウンの髪の少女がこちらに詰め寄ってきた。  「「っ!!」」  その出来事に、少し、驚きながら。  「いえ、自分達は、行き先が分かるだけでして。」  ルーインさんの言葉に、ダークブラウンの髪の少女は目を輝かせた。  「それで十分だよっ!」  と。  元々まん丸だった水色かかった灰色の瞳が、さらにまん丸になるように。  「私、アデリ・シロノワール。よかったら、道、教えてよ。」  __と。  ぼくたちと同じくらいの年と思われる少女は名乗って。  「シロノワール先輩、展開が早すぎます!向こうの方がついていけません!」  水色の髪の少女が慌てたように突っ込む。  「ごめんごめん!でもさ。ロカちゃんも最初はおっとりしていたのに、段々そういうところだけ、ハスミちゃんに似てきたっていうか。」  「いえ、シロノワール先輩と一緒にいると大体誰でもこうなると身を以て知りました!」  もはや、諦観を通り越して悟ったように、少女は。  「え。照れる〜。」  「褒めてはないです。」  と、ボケと突っ込みのフルコンボはあるいみ見ていてこちらが反応に困る。  「……。」  きょとん、と首をかしげるルーインさん。  「……これって、ねえ。」  ごめん。今回は本当、ぼくでも状況の意味が分からない。  「えーと、ぼくはポンド・クロネージュ。」  とりあえず、こちらも自己紹介がまだだったので、済ませることにした。  「自分は、ルーイン・リヴネスです。自分達は、先程まで、カスミさん達と旅をしていました。」  と。  やはり、こんなところでもルーインさんのボケは健在だ。  「ぼくたちもそんなに長く連れ添ったわけじゃないけれどね!」  あの二人とは同じ窯の飯を食っただけあって、仲間意識はあるものの、実際で会ってmまだ一日もたっていない。  「あの、それで、ハスミちゃんとフェイジョア先輩は無事なのでしょうか?」  眉を下げて、水色の髪の少女が問いただして。  「ああ、落ち着いて。えっと?」  ぼくの応えに、慌てて名乗っていないことを思い出したのか、少女は紫紺の瞳を揺らした。  そして、スカートを持ち上げ、正式な礼をする。  「名乗り遅れました。ロカ・フォンティーヌと申します。」  こんなところで硬式の礼をするなんて、礼儀正しい子だな、と思った。  「――フォンティーヌって、まさか……。」  と、後ろでルーインさんが何か驚いたような声を上げていて。  「道は、こっちの方だよ。ハスミちゃんたちは、馬車で攫われて行ったんだ。」  ぼくは、二人が攫われた道を差し示す。  二人は、その道を見つめて、無言で。  「「……。」」  ……あれ、もしかして、この子たちハスミちゃんたちと旅をしていた子じゃない?  髪型とか特徴とかしゃべり方とかどことなく似ている気がする。  「そんな……。せっかくたどり着けれたのに。」  水色の髪の少女__ロカちゃんが、ぎゅっとこぶしを握り締め。  その背中を、ダークブラウンの髪の少女__アデリちゃんが、ぽんとたたいた。  ロカちゃんはそれを驚いたように見つめて。  「ありがとう!頑張って追いつくよ!」  と、アデリちゃんは手を上げた。  今にも箒に乗って空に駆け出そうとするアデリちゃんに、ぼくは話しかける。  「少し、提案があるんだけれど――。」  ぼくの提案を聞いたアデリちゃんの瞳が見開かれる。  それは__もしかしたら、新しい旅の始まり。
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