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崩れる世界、知る真実~アデリ・シロノワールと世界の真実~
私、アデリ・シロノワールはゆっくりと箒を飛ばしながら低空飛行をしていた。
あたりに広がるは、森、森、森。
迷っているわけではないが、こうまでくるといっそう、迷いそうになる。
手に持っていた地図をぺしゃりと握りしめて、はぁぁ、と私はため息をついた。
「うぅ……。どこにも見当たらないよぉ……。」
と。
もはやあの霧の中、ハスミちゃんとレオ君はバラバラになってしまったので、それも仕方がないのかもしれないが。
「もはやこうなってくると、迷った説が出てくるかもしれません。」
私の隣で反対方向を確認している少女、ロカ・フォンティーヌことロカちゃんがつぶやく。
「えぇっ?!地図見ているのにっ?!」
ていうか、本当に迷っちゃんだんだ。
地図はファンティサール全体をうつしているため、やはり明細にはかけるけれど。
それにしても、二人を探しているのに、よりによって私たちが迷っちゃうなんて。
困惑した私に、あ、あの、と、ロカちゃんが小さい声で話しかける。
「…私一人ならありえます。……その、迷うのは。」
と。心なしか耳が赤くなっていて。
「なんでっ?!」
もしかして、ロカちゃんって、方向音痴だったり。
私が尋ねると、ロカちゃんは小さくうなずいて。
……方向音痴て、本当だったんだ。
ロカちゃんの方向音痴は意外だった。
私より勉強できるし、頭もいいのに。
いや、大切なことはそこじゃなく。
私たちは、再び叫び始める。
「ハスミちゃんーっ!レオ君ーっ!」
と。
私たち三人__ハスミちゃん、レオ君、そして私__が霧の中にはぐれてしまい、はぐれた先で偶然にもロカちゃんを見つけたのが、昨日のこと。
あの後すぐ宝石を取り返すために出発する予定だったけれど、ロカちゃんのお父さんが策謀していたり、色々あって、ロカちゃん家を出るころはもう夜だった……らしい。
いろんなことが重なりすぎた結果、私たちは疲れにつかれてしまって、ロカちゃんのお家の廊下で倒れて、寝ていたらしい。
その話をメイドさんから聞かされたのが、今日の朝。
私たちは、宝石を取り返すため、旅だったのだ。
とはいえ、まずははぐれちゃったハスミちゃんたちを探すのが先だ。
霧の中ではぐれる前に、行こうとしていた場所__魔獣討伐ギルドの方向。
はぐれてしまったハスミちゃんたちももしかしたらそこに行っているかもしれない、という望みをかけ、私たちはそこに向かって。
ハスミちゃんたちを探しながら、ゆっくりと、空中飛行をしていた時だった。
「?この声は……。」
と、下の方から声が聞こえた気がして。
「上から聞こえますよね。箒に乗った……二人組?」
と、誰かが答えた気がする。
否、きっと気のせいだ。
退屈が見せたほんの少しばかりの幻聴にすぎないのだろう。
そう考えるぐらいには、私は長い時間飛び続けていて。
「ハスミちゃん!レオ君!どこーっ!」
再び叫び始めた。
はぐれてしまった仲間の名前を。
「自分達が今探している人と一文字違いの名前です。奇遇というか、なんというか。」
「……じゃなくて!」
やっぱり空耳じゃない。
ハスミちゃんのものでもレオ君のものでも、サソリちゃんのものでもないけれど。
下の方から聞こえる声を確信した瞬間だった。
「おーいっ!そこの君たちっー!」
と、下の方から大きな声が聞こえてきて、私たちは下のほうを見る。
そこには二人の少年がいた。
一人は灰色の髪に、帽子をかぶり、傘を持っていて、ここら辺では見ないような服装をしている人。
一人は、白色の髪に少し工夫を加えたシスター服のようなものを来ている赤い瞳の人。
帽子をかぶった方の少年が、こちらに向かっておもいっきり手を振っていて。
私たちは互いの顔を見合わせた後、うなずきあって、少年たちがいる地面のすぐ近くにふわりと着地した。
なんの根拠もないけれど。
「あっ!こんなところに人がっ!」
私がそう叫んだ時だった。
「もしかして、ハスミ・セイレーヌちゃんと、レオ・フェイジョア君を探しているの?」
と。
まるで、灰色の髪の少年は、私たちの思考を見透かしたように。
その黄色い瞳は、湖のようにすんでいて。
確かに私たちはハスミちゃんたちを探していたけれど。
なんで、この人がそれを知っているんだろう。
「そうですけれど、どうしてそれが……。」
と、戸惑うロカちゃんに。
「もしかして、居場所が分かるのっ?!」
私は灰色の髪の少年に詰め寄った。
もはや、その情報の出所がどうだとはどうでもよかった。
少しでもハスミちゃんたちの情報を知っていたら、という心配心が勝ってしまって。
「「っ!!」」
灰色の髪の少年と、その奥にいた白髪の少年は、少し目を見開いて。
「いえ、自分達は、行き先が分かるだけでして。」
「それで十分だよっ!」
ハスミちゃんたちと合流出来て、もしかしたら宝石の場所もわかるかもしれない。
なら、それ以上のことはない。
私は腕を広げて、
「私、アデリ・シロノワール。よかったら、道、教えてよ。」
と。
まさかハスミちゃんたちの行方を知っている人たちとめぐり遭えるなんて。
やはり今日はツイているかもしれない。
「シロノワール先輩、展開が早すぎます!向こうの方がついていけません!」
あわててこちらに来たロカちゃんが、苦しそうに息を整えながら、そういった。
「ごめんごめん!でもさ。ロカちゃんも最初はおっとりしていたのに、段々そういうところだけ、ハスミちゃんに似てきたっていうか。」
最初は確かにボケ役だった後輩が、いつのまにか私に突っ込むくらいに成長している。
一緒に旅をして、まだそれほど経ってはいないというのに、そのことが無性に誇らしい。
「いえ、シロノワール先輩と一緒にいると大体誰でもこうなると身を以て知りました!」
投げやりに、どこか、諦めたようにロカちゃんは言った。
「え。照れる〜。」
ロカちゃんをここまで育てたのが私なんて……嬉しくなくもなくないが。
「褒めてはないです。」
と、ぴしゃりとロカちゃんは言い放った。
周囲の無言が、耳に痛い。
「……。」
「……これって、ねえ。」
と、灰色の髪の少年が告げて。
「えーと、ぼくはポンド・クロネージュ。」
「自分は、ルーイン・リヴネスです。自分達は、先程まで、カスミさん達と旅をしていました。」
と。その言葉に、私は少し驚いて。
カスミって……ハスミちゃんの名前と一文字違いだ。
そんなよく似た人が、旅をしていたのなら、ひょっとして、灰色の髪の少年の言っていた言葉を私が聞き間違えたのかもしれないが。
「ぼくたちもそんなに長く連れ添ったわけじゃないけれどね!」
と。灰色の少年。
ロカちゃんが右手で拳を作りながら、僅かに眉を下げ、不安そうに灰色の髪の少年に近づいて。
「あの、それで、ハスミちゃんとフェイジョア先輩は無事なのでしょうか?」
「ああ、落ち着いて。えっと?」
「名乗り遅れました。ロカ・フォンティーヌと申します。」
ロカちゃんは直ちに姿勢を正して、ぺこり、と硬式の礼をした。
普段は意識しないけれど、こういうところはちゃんと、いいところのお嬢様なんだな、と思う。
いや、お嬢様だった、とたとえるほうが正しいのか。
昨日の夜、ロカちゃんのお父さんは悪いことをしたせいで、ロカちゃんに封印されて。
これからもしかしたら、他の誰かが領地をおさめるかもしれないし。
「――フォンティーヌって、まさか……。」
白色の髪の少年が、驚いたようにつぶやいた。
少年、といっても灰色の髪の少年とは違って、この人は私たちより少し年上な感じだけれど。
そう、ナイス、白髪さん。
ロカちゃんは、ファンティサールを治めている家系、フォンティーヌ家の一人娘なんです。白髪さんのカンは間違っていない。
そう頭の中で話しかけていたところ、灰色の髪の少年の黄色い瞳に貫かれ、私は慌てて意識を現実に戻した。
「道は、こっちの方だよ。ハスミちゃんたちは、馬車で攫われて行ったんだ。」
と、灰色の髪の少年が道を指さす。
そこには、僅かにだけれど、馬車の車輪ほどの隙間がある部分が、離れて二つほどあって。
私たちは黙った。
話すことなど、何もなかった。
「「……。」」
ハスミちゃんたちは、惜しいところで攫われてしまって。__って、今、攫われたって言った?
「待ってください!攫われたって……?」
「うん。変な男たちに。……ごめん、その場にいたのに守れなくて。」
灰色の髪の少年は、眉を下げて申し訳なさそうに、しかし、卑屈にはならずに謝って。
たぶんそれが少年なりの誠意のあらわし方なのだろうけれど。
それを見て、私の心臓の動悸は一層早くなった。
「いや、大丈夫!ていうか、攫われたってヤバくないっ……⁇」
今までハスミちゃんが目の前で行方不明になったり、それを追ってロカちゃんがいなくなったり、サソリちゃんの持っていた宝石の魔力で吹き飛ばされて散り散りになったり、それなりのピンチはあったと思うが、攫われた、というものはなかった。
私たちの身に起きたピンチは、大半が全員が全力を尽くせば、解決してしまう、というもの。
それはある意味幸運だったのかもしれない。
私たちの目の前にその努力を邪魔する存在がいないから。私たちの努力は必ずかなう。
だって、攫われた__他の人の手に渡ったということは、私たちがどれだけあがこうが、その相手が少なくとも、努力を邪魔するわけだし、それによって努力がかなわない場合もあるわけで。
「そんな……。せっかくたどり着けれたのに。」
ロカちゃんが、そうため息をついて。
私はそんなロカちゃんの肩をぽんとたたく。
ロカちゃんが、少し驚いたようにこちらを見た。
私はそんなロカちゃんに、親指を突き立てる。
それでも、私たちは、やるしかない、と。
私のメッセージをくみ取ったのか、ロカちゃんははっとしたような表情でうなずいて。
「ありがとう!頑張って追いつくよ!」
私は灰色の髪の少年と、白色の髪の少年のほうを向いて言った。
そして、左手にもった箒を構える。
ハスミちゃんたちの行き先がわかったら、すぐに出発だ。
私の元々の待っていられない性分ということもあるかもしれないけれど__それでも、仲間だから、友達だから、純粋に心配だった。
今すぐにでも、空に飛び出そうとする私に、あのさ、と灰色の髪の少年が話しかけて。
私は慌ててそちらの方を向いて。
「少し、提案があるんだけれど――。」
灰色の髪の少年__ポンド君が、そういったとき、なにか、私の中に予兆があった。
明確にどうといったわけじゃない。
ただ、これから何かが始めるような。
わくわくと、緊張が入り混じったような感覚。
「――ぼくたちと一緒に、旅をしない?」
ポンド君は確かにそういって。
そこからだった。
そこから、私たち四人の、新たなる旅路が始まった。
そこから五分ほど。
ポンド君たちは、今までの旅の経緯を聞かせてくれた。
すでに合流していた二人にであい、一緒に旅をするまで。
とても簡単な説明だったけれど、その話は確かに興味深く。
私たちは話を聞き終わった後、思い思いに反応した。
「へぇ!ハスミちゃん達が新しい仲間と出会っていたんだ!」
「私達がいない間にそんなことがあったんですね。」
と。
そして、感想を言い終わったのち、お互いの顔を見つめて。
つまりは、旅の相談である。
旅にあの二人を連れていくか、否か。
とはいっても、私の意見はもう決まっていたが。
この人たちと、一緒に旅をする、と。
しかし、旅は共同作業。ロカちゃんの考えも聞いた方がいいのは事実だった。
「で、どうする、ロカちゃん。」
「しられてしまったからには、断る理由もないですし……。――そうですね。ついてきてもらいましょう!」
と。
その言葉で、私は二人のほうに振り返る。
「ということで!一緒に行こう!」
と。
私たちは先に箒に飛び乗って、空に上がって。
白髪の少年__ルーインさんも、自分の箒を取り出して、空に飛びあがる。
というか、どこに隠し持っていたんだろう。
そこまで考え、思い至る。
中等部三年で、箒を縮小する魔法を習うことを。
ルーインさんは私たちより年上だろうし、たぶん魔法もきっとそれの類なのだろう。
「わっ!びっくりしたっ!」
とはいえ、私は思わず箒から落ちそうになって。
実際、ルーインさんが魔法を使う時は、魔法を使うとき特有の気配がしない。
私たちが魔法を使っているとなんだか直感的に私はそれをわかるけれど、ルーインさんにはそれすらなかった。
たぶん、魔法を使うのに慣れているんだろうなぁ。
「魔獣討伐の時は箒が邪魔になるので、あえて使っていませんが、本来は自分も魔法使いですので。」
と。
「魔獣討伐……魔獣討伐師さんなんですか?」
私の言葉に、ルーインさんはうなずいた。
「はい。つい先日試験に合格したばかりですが。」
と、まるで昨日の天気を言うように、その態度に尊大なものは塵一つとして見当たらなく。
それが余計、私の彼に対する尊敬を加速させる。
「ええっ!凄い!」
魔獣討伐師の試験は、並大抵の実力では突破できないと聴く。
眼の前にいるこの人は、確かな実力の持ち主であり。
「…それほどでも、ありませんが。」
照れ笑いというよりかは、何故こうなるのかわからない、という表情できょとんと首を傾げたルーインさん。
「サソリと一緒だわ。」
ぽつりとロカちゃんが呟いた。
そういえば、サソリちゃんも私が覗いた記憶の中では魔獣討伐をしていた気がする。
「ナソリ、さん?どんな人なんですか?」
きょとり、と魔獣討伐師さんが首を傾げる。
なんか微妙に名前が違っていた気もするけれど。
「……こんな時でも、見事に名前を間違えるんだよね。」
はああ、とポンド君が突っ込んだ。
「えっと、サソリは、宝石を奪った怪盗で……。あ、宝石のことは伺っていますでしょうか?」
と、ロカちゃんが説明する。
「はい、なんとなくですが。」
と。
知らない間にハスミちゃん達が宝石のことを話してくれたらしい。
自分の知らない所で事が進むのは、少し、不思議な感覚がある。
と、なんの拍子もなしに、ある想像が、私の脳をつんざいた。
「あ!いい事を思いついた!」
と、私は叫んで。
「「「?」」」
三人がそんな私のほうを不思議そうな瞳で見つめる。
ひょっとしたら、サソリちゃんから宝石を取り返すことができるかもしれない作戦。
この場所には、魔獣討伐師のルーインさんがいるからちょうどぴったりだ。
「ルーインさん、魔獣討伐師の弱点ってありますか?」
と、私はルーインさんのほうを見て。
みんながその質問に不思議そうな顔をした。
それはそうだ。
まあ、こんな時にサソリちゃんの弱点を聞いて、次あった時のためにそなえよう、なんて普通は思わないし。
つまり、こういうことだ。
私はサソリちゃんとルーインさんにある共通点を見出した。
それは、魔獣討伐師で、強いこと。ルーインさんが戦っているところは見たことがないけれど、多分強いはずだ。
サソリちゃんは正規の魔獣討伐師ではないけれど、関係ない。
二人には魔獣討伐師という共通点があるから、もしかしたら、弱点も同じなのかと、想像して。
だから私は聞いたのだ。
魔獣討伐師の弱点を。サソリちゃんの弱点を。
「弱点、ですか……難しいですね。同僚は義務である書類仕事が苦手だと言っていましたが、自分は、そうではないんで……。」
と、目を伏せるルーインさん。
私はそれにがっかり__でなく、深くうなずいて。
「分かります!夏休み、終わる直前まで遊んでいて、ギリギリに宿題をやる感覚!」
あの焦燥感はなかなかに辛いものである。
皆が宿題を追えている中、一人だけそれを行っているという事実に、部屋の小窓をふさぐほどの膨大な冊子。
私も、小学六年生までは毎年、夏休みの宿題は最期に回していた。
まあ、中等部に上がってからは、魔鉱石のアクセサリー作りの影響で、いやでも計画的に一日一ページやらなくてはいけなくなったが。
「?えっと……?」
ルーインさんは首を傾げた。
わからない、ということらしい。
私はロカちゃんのほうを見る。
「私は公務のために開始二日以内に終わらせなければいけなかったんですが……。なるほど、そういう感覚なんですね。」
……そういえば、この子の家、そういうところだったっけ。
ロカちゃんが興味深そうにうなずいているが、なんか……方向性、間違っていることない?
慌ててポンド君のほうを見て。
「ぼく、学校通っていなかったんだけれど……。」
ポンド君は苦笑した。
「あ、あっれ〜?」
なんか、流石に三人いたら一人ぐらいは宿題後回しにしている人いると思ったんだけれど、私の思い違いだった…?
「ついでに、宿題って、さっさと終わらせるものじゃないの?」
と、ポンド君。
それに至っては心配ない。
自分でも信じられないが、自分は夏休みが終了するまでに宿題を終えることができる、と信じていたおかげか、無事、宿題は終えることができた。
……次の日は寝不足で少し眠たかったけれど。
「え?一日で終わったけれど?」
私がそう答えると、ルーインさんが、私を戸惑ったような瞳で見る。
この短時間で、ルーインさんは状況を理解しにくい感じの天然だということが分かったけれど、今の感じだと、私のほうがおかしいって見られている気がするんだけれど。
……気のせい、だよね。
「!シロノワール先輩、流石です!」
ロカちゃんが私のほうをキラキラした瞳で見つめる。
「えへへ!ありがとう!」
後輩にほめられると素直に嬉しいものだ。
私は箒にまたがりながら、腰に手を当てて。
「なんか異国文化だからよくわからないけれど、ツッコミ役がいないせいで、ボケの空気が蔓延しているんですけれどっ?!」
と、ポンド君が鋭い突っ込みを入れる。
「トンドさんがツッコミ役を担ってみては?心拍数も上がると思います。」
と、ルーインさん。
なるほど、突っ込み役をやると、心拍数が上がるんだ。
「ルーインさんはいつも微妙にズレているってっ!!」
と、ポンド君が突っ込んだ。
……ルーインさんがボケていたんだ。
「ってか、そんな事している場合じゃなく、そろそろ二人を追わないと……ね?」
と、ポンド君が手を打った。
「?でも、クロネージュさんは異国の方ですよね?箒なんて、使えないんじゃないんですか?」
と、ロカちゃんが。
えっ、待って⁇ポンド君って、異国の人なの⁇
確かに服装はここらへんじゃ見ないようなものだったけれど……それだけでわかるものなのっ⁈
あわててポンド君のほうを見ると、ポンド君は、否定するまでもなく静かにうなずいていて。
えっ⁈これって、そういうことっ⁈
「……よく見抜いたね、というか。」
と、帽子に手をやるポンド君。
「観察眼は鍛えさせられたので!」
なんとなく、ロカちゃんの口ぶりからその様子は察することができた。
領主に必要なことなどといって、また、無理な特訓をさせられたのだろう。
ここまでの旅路で、多少フォンティーヌ家の行き過ぎたスパルタは認識している。
「鍛えさせられた?――まあ、いいや。敬語はなくていいよ。さん付けも。ぼくたちと同じ年ぐらいだからさ。」
と。
「……で、ポンド君はどうやって空に上がるのかしら?ほかの国の人は魔法を使えないはずよ。」
そういえば、大陸の人は魔法を使うことができないから、箒にはのることができない。
どうやって、移動するのだろう。
「大丈夫!それは心配しないでっ!ほらっ。――開け、傘っ!!」
声と共に、ポンド君は右手に持っていた傘を天に突き上げる。
その刹那。ば、という音と共に傘が開いて、ふわり、と空中に浮かんで。
「わぁっ……!」
私は思わず声を上げた。
今まで見たことがないような、珍しい光景。
そのまま十秒もしないうちに、ポンド君は私たちが浮遊している高さのところまできて。
「何それっ?!傘で飛んでいるっ?!」
胸の興奮が抑えられない。
まるで、物語に出てくる秘密の魔術具のように__否、ポンド君は魔力を持っていないから、魔術具は使えないはずだが、それでも見事、不思議な傘を使いこなしていて。
「し、新種の魔術具だわっ……!」
隣でロカちゃんも、口元に手を当てる。
「まあまあ、そう驚かないでよ。元々はぼくの師匠が、この傘の中に魔力を封印して、ずっと飛ぶことはできなかったけれど、どういうわけか、最近になって、飛べるようになったんんだ。長距離移動もできるみたいだし、心配しないでよっ!」
と、ポンド君は傘を見せた。
「かっこいいいぃっ……!」
物語に出てくるような、ではない。
異国から来た、というその少年はまるで、物語の主人公のようだった。
そうして、合流した四人は再び飛び始め。
一分もたっていなかったはずだ。ルーインさんが話を振ってきたのは。
「……それで、先程アデルさんは、魔獣討伐師の弱点を聞いたのでしたよね。」
と、ルーインさん。
「そうそう!うっかり忘れていたけれど。」
ポンド君の傘の衝撃で、うっかり頭から抜け落ちているところだった。
「それで、魔獣討伐師の弱点が、どうかしたんですか?」
「一つ、思いつきました。」
その言葉に、私たち三人は息をのんだ。
「「「へ?」」」
世界の厄災というべき存在、魔獣。
それを討伐する魔獣討伐師、共通の弱点。
気にならないわけがない。
それは一体__
「魔獣討伐師の弱点――それは、SS級魔獣。」
ルーインさんの口から出たのは、魔法でも、攻撃手段でも、卑怯な手でもない。
ただ、聞きなれた忌まわしい言葉が、さらに格をあげたようなもの。
いやな想像に、私はそれが聞き間違いであることを祈りながら。
「えすえすきゅう、まじゅう……?」
その耳なじみのないワードを、ゆっくりと反芻しながら。
「聞いたことのない名称ね。」
と、ロカちゃんも。
次に領主になる予定だったロカちゃんは、私たちより多くの知識を持っている。そのロカちゃんも知らない情報。
「なんか名前からしてヤバそうなんだけれどっ?!」
と、ポンド君。
「ていうか、リヴネスさん。魔獣のランクって、本来はS級までしかないはずでは?SS級なんて、そんな……。」
ロカちゃんの言う通りだ。
魔獣のランクは、E、D、C、B、A、S、となっていて、右に行くにつれてだんだんと高くなり、魔獣の質も上がる。
それでも、魔獣のランクの上限は、Sまでとなっていて、そこからはどれほど強い魔獣でも青天井でS級魔獣扱いのはずだ。
「ええ、――表向きにはそうなっていますね!」
と、ルーインさんは含みのある表情でうなずいて。
「「表向き……?」」
ロカちゃんと、言葉を重ね。
「なんか、ヤバイ話の匂いがするんだけれど…?」
ポンド君のいう通りだ。
今のルーインさんの話は、どことなく怪しい雰囲気がある__否、怪しい雰囲気しかない。
「数年に一度、出るS級魔獣以上の魔獣。そのクラスのことです。」
と。
「ランク分けは可愛いものですが、実際には百体のS級魔獣を同時に相手にしているようなもので。二年前にも、一度、ファンティサールにあらわれたんですが、……倒すのには、何人もの魔獣討伐師が犠牲になりました。プロ・アマチュア問わず。」
百体のS級魔獣、という部分に私たち三人はひゅ、と息をのんだ。
私もA級魔獣には二回あったことがあり、一回目は、ハスミちゃんと魔鉱石を発掘しているときで、二回目は、旅でレオ君と一緒にいるとき。
二回とも、それなりに死を覚悟して。
だからS級魔獣なんて、もっと怖いし、あったら死んじゃうんだろうな、とは思っている。
だから、S級魔獣を百体も集めた、なんて話聞きたくもない。
実際、魔獣討伐師さんも何人も死んでいるようだし。
SS級魔獣って、魔獣討伐師の敵っていうより、人類の敵なんじゃないの?
「魔獣討伐師の大体の弱点はSS級魔獣です。SS級魔獣さえいれば、どんな魔獣討伐師も一人きりだと命を覚悟しなければなりません。それぐらい危うい話です。」
と。
あらわれたその状況なんて、想像もしたくない。
「う、うへぇ……。」
戦闘もしていないはずなのに、心なしか、手が汗ばんできて、体に上手く力が入らない気がする。
SS級魔獣、想像以上にヤバい。
「ち、ちなみに討伐は……?」
「なんとか討伐は終わりましたが、その後が大変でした。__あ、この話はやめておきましょう。」
「逆に怖いっ‼」
討伐は終わった、という言葉で一旦ほっとしかけたが、後の話が気になる。
ていうか、魔獣討伐師の弱点て……。
「やばい話、きたぁ……。」
サソリちゃんから宝石を取り返したいけれど、私は苦しめたい訳じゃない。
人の苦しむ顔を見て、嬉しくなる趣味も、人の権利を踏みにじって楽しくなる趣味も、私にはない。
もう少し、まともな方法__まともにサソリちゃんを打倒できる方法はないだろうか。
「も、もっと、こう、ない?安全な弱点とか!」
と、私は片方の手で箒の柄を握りながら、もう片方の手を右往左往させる。
「安全な、とは?アデルさん。」
きょとん、と首をかしげるルーインさん。
やっぱり、四人集まって知恵を集めても叶わなかったし、難しいのかなぁ……。
__ていうか、
「やっぱり名前間違えてますよねっ?!」
と、ルーインさんに向かって。
私の名前は【アデリ】なのに、どういうわけか、【アデル】と呼ばれている。
あだ名じゃないと思うし。聞き間違えかな?
ルーインさんは私の言葉に、きょとんと首をかしげる。
……あっれ~?
なにか、話がかみ合っていないような。
私の気のせいだろうか。
そんな感じで、私たちは馬車の車輪の跡を追いながら箒を進めていって。
マフィアも見当たらなかったし、サソリちゃんも見つからなかったけれど、私たちの旅は順調に進んでいった。
◇◆◇
私達の旅は、順調に進んできた――はずだった。
数分箒を飛ばした後だったと思う。
私達が、目印にしている、馬車の車輪の跡が消えてしまっていて、道は、真ん中、右、左、と三分割されていて。
「うわぁ……。」
と、私は声を上げた。馬車がどこに進んだのか、わからない。私達も、どこへ進めばいいかわからない。
道が三つもあるから、可能性だって三分の一。
けして小さいとは言えないけれど、それでも大きいとも言いにくい。
「どうしよう、ここらへんから途切れていない?」
先頭を行っていた私がそう、振り返って。
後ろから来ていた、ロカちゃん達も箒の動きを止める。
「私達が追いかけている事に気がついたのかもしれません……。」
ルーインさんが、顎に手をやりながら、そう答えて。
なんか私達の追いかけに気がついたなんて。マフィアの底力が恐ろしいような気もしなくもないけれど。
でも、どうやって跡を消したかが謎だけれど。
「あっ!魔法ってことっ?」
私は、閃いて。
ふりふりとルーインさんが首を振った。
「ですが、そんな人、いないのでは?マフィアは魔法が使えない構成員が大多数を占めている、と。」
と、ルーインさん。
そういえば、前ハスミちゃんが、そんな事を言っていたかもしれない。
マフィア・ローゼンは大陸から来たマフィアで、それ故多くの構成員が、魔法を使えない、と。
「逆に、サソリちゃんのように、魔法が使えてマフィアに所属している人もいるし。」
と、ポンド君。
あのー、とロカちゃんが手を上げる。
「そもそもその魔法って高等魔術学校レベルのものだった気がしますし、マフィアに入ってからほとんど魔法を使っていないサソリが、それを使うかも怪しいですし。」
ロカちゃんの言葉に、周囲が静まり返る。
そりゃそうだ。地面を動かしたりするのは土と水分を同時に動かさなければいけなくて、それ故、その魔法は高等魔術学校以上のレベルが必要になる。
「「「「うーん。」」」」
導きようのない答えに。
その場の全員が首をひねった。
「せめて、行き先だけでも分かれば……。」
と、ポンド君。
「あっ!サソリちゃんは、魔獣討伐ギルドの方に向かっていたよね!」
同じマフィアだから、もしかしたらその人達も同じ魔獣討伐ギルドの方に向かっているかもしれない。
なけなしの期待を込めて提案したものの、みんなの答えは今ひとつ、といった感じだった。
「魔獣討伐ギルドって……この二つの道の真ん中辺りにある場所ですよ?――多分、数キロ先の。」
と、眉を歪めながら、ルーインさんが指差す。
「――じゃあ、違うってことですか?」
てっきり、そうだと思ったけれど。
「そもそもがマフィアだしについてフェイクって手段もなくはないよね。」
と、ポンド君も続ける。
フェイクって、嘘ってことなんだよね?
サソリちゃんが、私達を騙すためにあえて違う方向に行くふりをしていたってこと?!
「サソリちゃんの行動を信じて、先に、魔獣討伐ギルドの方に行っていてもいいけれど……行き違ったりした時がねぇ。」
と。
「「「「うーん……」」」」
と、再び全員が首をひねる。
数秒間における沈黙が耳に痛い。
それを破ったのは、ポンド君だった。
「あ、あのさ、みんな魔法が使えるんだよね?誰かの居場所を特定する魔法、なんて使えたりしないかな?」
と。
大陸から来たというポンド君は、魔法が使えず、故に魔法の難しさ云々の話もわからない。
彼は、私達が通信魔法を使えると仮説を立てていて。
――そんな高度なこと、できっこないのに。
「……生憎それは高等魔術学校レベルのものですので。私やシロノワール先輩は使えません。」
と、ロカちゃんが答える。
道中の話によれば、ロカちゃんは領を治める事に関してならともかく、(そういった高等魔術学校でならう魔法はばんばん予習していたらしいが、)連絡とかそういった魔法は予習していないそうだ。家の方針だったらしい。
ちなみに、私はそれを聞き出すつもりはなかったけれど、ロカちゃんが何かあった時のために、シロノワール先輩も一応知っておいた方がいいと思いまして、らしい。
つくづく用意周到な後輩だと思う。
「そっか。」
ロカちゃんの言葉を聞いたポンド君は、少し残念そうに肩を落とす。
魔法だって、何でも万能なわけじゃない。
万能なのは、王宮魔術師ぐらいだ。
「リヴネスさんなら使えるかもしれませんが……。」
と、私たちはルーインさんを見て。
ルーインさんもふりふりと首を振った。
「いえ。自分も高等魔術学校には通っていないので、使うことはできません……。」
と。
考えてみれば、当たり前かもしれない。
魔獣討伐師であり続けることすら難しいのだから。魔獣討伐師をしながら、高等魔術学校に通う余裕のある人なんて、ごく一部なのだろう。
「そんなぁ……。」
と、再び肩を落とすポンド君。
「えーと、逆にポンド君は、大陸の凄い技術のものとか持ってきていないかしら?」
と、今度はロカちゃんが聞いた。
「……いや、電波がないし、持ってきても、電池切れていると思うし、そもそも旅の前にそういった荷物は全て整理してきたし、__つまるところ、ぼくも残念ながら、持っていないよ。」
ぶつぶつと、何やら私たちの分からない言葉をつぶやくポンド君。
【電波】って何?【電池】とは?
知らない言葉ばっかりで心がワクワクしてくる。
「そう、ごめんなさい。」
と、ロカちゃんが返して。
その言葉で、私はふと我に返った。
今はそんなこと考えている場合じゃない。
「――せっかくここまで来たのに、残念ね。」
と。冷たい声が響いた。
多分、ここまでハスミちゃん達を探しに来たのに、馬車の車輪すら見失った事に対して、失望したのだろう。
私は顔を上げ、声の主に告げる。
「まあ、そうだけれど、でも私はなんども死にかけているから、これぐらいへっちゃら――って、今の、誰が言ったの?」
いっている途中で気が付いた。
声は確かに女性のもので。しかし、ロカちゃんのものではなかった。
ロカちゃんよりも、結構低い、大人の声。
しかも、発言がロカちゃんらしくないし。
「ロカちゃん…じゃないし、ポンド君……でもないし、ルーインさん…でもない。」
周囲を見渡し、五つ目の声の主を探すが、辺りには、三人以外見当たらない。
一体、誰のものなのだろう。
私が首を傾げた瞬間だった。
「知りたい?」
と。
明らかに、先ほどよりも私に対して距離を詰めてきているような。
先ほどより少し大きめの声が、聞こえて。
「「ひっ!!」」
と、私とロカちゃんは声を上げる。
声は聞こえるのに、姿は見えない。
これは、そういうことで__。
「……すみません、二人共何をそんなに顔を青ざめさせているんですか?」
ぽかんと、ルーインさんが言い放った。
まるで私たちが何におびえているかわからない、という風に。
普段だったら、私もまともに答えられたかもしれないが、何せ、その時は体中が震えて震えて仕方がなくて。
「だ、だって、ゆ、ゆ幽霊が……!」
私は、がくがくと膝を震わせながら。
「し、死者はこわい、ので……!」
ロカちゃんも、いつもより甲高い緊張が伝わる声でそういって。
「?幽霊?どうしてそんな展開になるのでしょうか。」
「あー……。」
と、ポンド君が何かさっしたような表情をして、私たちがそんなことより、この幽霊をどうにかしてほしい、と思った時だった。
「知りたい?」
と、又、女性の声。
「「ひっ!!」」
一瞬心臓が止まるかと思った。
「私の正体。仲間がいる場所へのたどり着き方。」
と。
その声に、私たちは顔を伏せ__途中で、私は何かがおかしい、と思って顔を上げる。
どこかで聞いたことのあるような、落ち着いた声。
否、どこかではない。ここ数日の間に。
「あ、あれ?この声って、まさか――?」
と、その言葉と同時だった。
がさり、と近くの茂みから女性が出てきたのは。
「そんなに言うなら、教えてあげなくもないわ。わたしに傘にアルビノに横だけ長い髪。」
顔はベールで被われているからわからないけれど、服装はポンド君とはまた違った感じで、ここら辺ではなかなかお目にかかれないもの。口元すらそのベールでおおわれていたけれど、編み込んだ長い黒髪だけは見えていて。
そのぜんしんから醸し出されるような雰囲気が、その人を異質、と世界から隔絶しているような雰囲気すらあって。
「なんか最初以外一人称が見つからなくて、見た目からつけた感あるけれど?!」
ポンド君が横から突っ込んだが、仕方がない。
こういう人数だけ多くなる企画にはつきものの話だ。
「……ていうか、誰ですかっ?!」
と、叫ぶポンド君をよそに。
「久しぶりね。わたし。」
と、穏やかな声で、女性が告げる。
口元はベールで見えないけれど、その表情は微笑んでいることがわかって。
「占い師さんっ!!」
私はその女性のほうに駆け寄る。
その女性は、かつて、私たちがハスミちゃんとロカちゃんがいなくなってしまって、探しているときに居場所を占いで教えてくれた占い師さんだ。
占いには、タロットだったり、さいころだったり、色々な方法があるけれど、私はこの人の水晶占いが好きだ。
占うときはまるで周囲を宇宙を覆う星々のごとく光が舞うから。
とはいえ、占いをするところに遭遇したのはまだ片手の指にも満たない回数なんだけれど。
「また会うとは奇遇ね。それでもこれは人生の導き。運命がそう言っているからそうなのよ。私の意思で選んだわけじゃない。」
と。
いつも通り、意味不明な言葉をつぶやきながら。
その不思議な言葉ですら、占い師さんの服についている沢山の葉っぱだったり小枝だったりのせいで見事、台無しになっているのだが。
「うん!いつもどおりの意味不明さ!占い師さんですね!」
と、私はうなずいて。
「いいのかな!この認識は!ぼくこの人初めてあったけれど、不安しか感じないっ!」
後ろからポンド君が突っ込んだが、気にしない。
大丈夫、こういうのは大抵すぐなれるから。
「シロノワール先輩、知り合いですか?」
と、ロカちゃんが私のほうまでやってきて、尋ねた。
「うん!前ロカちゃん達が失踪している時、ロカちゃん達の場所を当ててくれたんだ!」
ロカちゃんたちの場所だけではなく、何なら今後の運命ですら占ってくれたが。
「占い師さんがいなかったら、私達は合流できなかったよ〜!」
びしり、と私は占い師さんを示して。
「なるほど。その節は、シロノワール先輩が、お世話になりました。」
ぺこり、とロカちゃんが頭を下げる。
相変わらず礼儀正しい子っていうか。
「ふへ。べつにいい。ふへへへへ。……運命を読んだだけだから。」
と、占い師さんは不審な笑みをこぼし。
あまりのキャラ変に、占い師さんの存在が心配になる。
占い師さん……ちゃんと占い師さんだよね?知らず知らずのうちに別人になっていたりしないよね?
「その割にはにやけているのベール越しでもわかっちゃうんですけれどねっ?!」
と、ポンド君が一人、突っ込んでいる。
「すみません、自分、先程から話がつかめないのですが――。」
と、ルーインさんが声を上げて。
「これはぼく仕方がないと思っている!諦めていいやつ!」
と、ポンド君が投げやりに叫んだ。
「それで、場所を教えてくれるって本当ですかっ?!」
私は占い師さんのほうに向きなおって。
占い師さんは小さくうなずいた。
「……ええ。あの時と違って条件付きではあるけれど、あの時みたいに占う。」
と。
「……占い師さんっ!!」
その言葉に、胸がいっぱいになる。
やはり、占い師さんはいい人だ。
困っているときに二回も私を助けてくれたのだから。
「それで、条件、って?」
ただ一つ、条件、という項目が気になって。
やはり、お金だろうか。
「少し……私の話を聞いて欲しいの。特に、アデリ・シロノワールに。」
条件にしては、意外なものだった。
てっきりもっとやりがたい事が来るかと思ったが。
「そ、そんな事でいいんですかっ?!」
私はまじまじと占い師さんを見て。
いや、商品の価値は人それぞれ、っていうけれど、条件、軽すぎない?
「うん。」
と、うなずく占い師さん。
若干気にならないこともないが、占い師さんがそれでいいというのなら、私はそれ以上干渉しない。
それが商売人の鉄則的なものだ。
「分かりました!私、聞くのより話すのほうが得意だけれど、頑張って聞きますっ!!」
こうして爆発が起きる前までは毎朝教室で友達と長話をしていたくらいだ。
「良かった。また一つ、これで運命が正された。」
と、小さな声で。
しかし、私にははっきりと聞き取れて。
「?」
それが少し、不可解だった。
まるで、今までの運命が間違いだったみたいに。__気のせいだろうか。
「わたし、これからも世界のほうが間違っているかもしれないけれど、そのたびに正していってね。__わたしだけじゃない。みんなも。」
と。やはり、占い師さんの言っていることは、よくわからない。
けれど、わからないなりに直感がこの人の言っていることは正しい、と告げていて。
「は、はい……。」
私たち四人は、首をかしげつつも、うなずいて。
「じゃあ、早速占いを始める。大人数は集中しにくいから、みんな、下ってほしい。」
私たちはすぐに占い師さんから離れた。
占い師さんはその場所に座り込むと、腰に取り付けてあった水晶をはずして、膝に置く。
占い師さんが手をかざすと、水晶が奇麗に光始めて、また、あの時のように周囲が暗黒に包まれる。
「__森羅万象。那由多の未来の中から一つの雫をつかみ取り、我らの希望を照らし出せ__ファトルーム・オムニーアッ。」
有象無象を映し出す、七色の光。
水晶の中で輝くそれは、まるでどこかにある理想郷を思わせて。
「「わぁ……。」」
と、ロカちゃんとポンド君が、その光景に感嘆していた。
やがて、十数秒たったのだろうか。
水晶の光はいつの間にか消えていて、占い師さんは、水晶からゆっくりと、手を離した。
そして、少し離れたところでそれを見ている私たちの方に、ゆっくり顔を上げる。
「わかった。みんなの仲間は、ギルドの近くの建物にいて……。もう、中に入っている。このまま、ギルドの方角に飛び続ければいい。」
と。
「「「「__。」」」」
その言葉に、私たちはほっとした。
と、同時に一抹の不安を感じる。
ハスミちゃん達は、無事なのだろうか、と。
建物の中だからとはいって、それが建物の外よりも安全とは限らないわけだし。
唯一、サソリちゃんが向かった方向(仮)と一緒なのが、幸いか。三人ともまとめてみつけたということだし。
……あ、でもハスミちゃん達を攫って行ったという人たちもいるのか。
やっぱり不安じゃん。
まあ、不安を感じたって、めげたりしたらそこで終わりだし、めげないのが私なんだけれど。
「それで、私の話なんだけれど__。」
と、占い師さんは急に切り出して。
「はい?」
私はそのテンポに戸惑いながらも。
「アデリ・シロノワール以外は先にギルドの建物に行っていてほしい。話しにくい話だから。」
と、占い師さんはギルドの建物を指さした。
「?いいですけれど……。」
釈然としない顔の三人。
私もだ。
私に相談したい悩みがあるからって……そこまでする必要、あるのかな。
それでも場所を占ってもらったのだから、と、三人は思い思いに箒を構えたり傘を準備したりして。
飛び立つ直前で、ロカちゃんが私に声をかけてきた。
「シロノワール先輩、何か、心当たりはありますか?」
と。
それが、占い師さんの話の内容に、という意味か、ロカちゃん達が隔離される意味、ということかわからなかったが。
「?全然?」
私は小さく首を振った。
続いて、ポンド君が、あのさ、と私に話しかけ。
「アデリちゃん、危なくなったら何としてでも逃げるんだよ。この人には……普通と違う気配がする。それがいいことか悪いことかわかんないけれど。」
と。
ポンド君の心配のしすぎなんだと思う。
占い師さんは……普通と違って、凄い人って雰囲気しかしないし。
「おっけー!」
それでもポンド君の不安を消すため、私は親指を立てた。
「心配しなくても、そんなことしない。傘の心配は、杞憂。」
平坦な声で、占い師さんも続けて。
その声を聴いて、ポンド君は満足気にうなずいた。
「じゃあ、私たちはお先に失礼します。」
と。
ロカちゃんのその言葉と同時に、三人は、傘で、箒で、空へと飛び立っていく。
「わかったー!すぐ行くから!」
私は三人の後ろ姿に向かって手を振って。
やがて、さんにんの姿が見えなくなると、それもやめた。
そして、占い師さんのほうに振り返る。
「あの、私たちの事情、わかったんですか?」
占い師さんは、私たちの旅の事情など知らないはずなのに、まるでそれを知っているかのように、三人に、退くように指示して。
「……ま、まあ、みていればなんとなく。それに、時間はどんどん少なくなっていくから、あっちに向かうのは速いほうがいい。」
それを聞かれたとたん、占い師さんは急にもじもじとしはじめて。
「?」
私は占い師さんの変容っぷりに首をかしげる。
「そんなことより、話。このために数日前から潜伏していた。」
ぶうう、とベール越しでも膨らんだ頬がわかる状態で、占い師さんは服にかかった木の葉を払う。
「……なんかすみません。」
「時間がないから速やかにいう。アデリ・シロノワール。あの三人から、速やかに離れて。最初に共に旅に出た三人から。」
その言葉に、息が詰まりかけた。
最初に旅に出た三人。それはハスミちゃん、ロカちゃん、レオ君のこと。
「__っ!」
その三人から離れるって。一体どういうことなのだろう。
「貴方だけじゃない。この旅で知り合った人たち全員、もう宝石が取り戻せなくても、旅を諦めて、散り散りになって、お互い二度と会わないほうがいい。__そうしないと、貴方たちの身に危険が迫る。」
この旅で出会った人たちの顔を順々に思い浮かべ。
「そんな__。」
ハスミちゃん、ロカちゃん、レオ君、ポンド君、ルーインさん、サソリちゃん…は、出会ったカウントでいいのだろうか。
とにかく、全員が全員、遭うな、と。
信頼できる占い師さんの言葉だけに、その事実は、信じたくなく。
「それと、これは信用できる人にだけ話して__世界が、壊れ始めている。」
その言葉で、一瞬息が止まった。
「っ⁇」
世界が、壊れる、と。
あまりにもスケールが大きく、現実味がない話。
しかし、占い師さんの言葉だから、信じたくないけれど、本当なんだろう。
「ループや微修正を繰り返したせいで、この世界の寿命はだんだんすり減っていった。もう、七十二時間も残っていないと思う。これから世界の寿命を延ばしに、様々な奴らが来て、ラマージーランドに、ファンティサールに、大変なことが起きる。」
残り時間は七十二時間。
そして、その間に、大変なことがおきまくる。
と。
占い師さんの真摯さは、ベール越しに伝わってきて。
嘘みたいな話だけれど、きっと嘘ではない。
「最初、私は貴方にこの一か月は何も起きないといった。そうじゃない__ほろびるから、何も起こりようがない。」
と。
「貴方にかかった目隠しの魔法だって、だんだん解け始めている。__貴方の命も、狙われる。」
と、私の身に覚えのない言葉も。
「目隠しの、魔法?」
小さいとき、何かおねーさんが言っていた気がするが、その記憶もあまり覚えていない。
「気が付いていなかったのなら、いい。でもこれから行動には気を付けて。」
その口調は、いたって厳しいもので。
きゅっと身が引き締まる思いだった。
「できるだけ目立つ行動はしないで。少し運命と外れると、奴らにあっという間に探知されてしまう。知らない人に関わったらダメ。私も全ての悪意を知りえる前に、魔力が尽きてしまう。」
奴らが誰なのかはわからなかったが、とにかくその警告は聞いておいた方がいい気がして。
「その話、本当なんですか?」
「前、貴方のお仲間二人がいなくなったとき、私は場所を言い当てたでしょう。私の占いは、その気になれば、宇宙のすべてを見きることもできる。」
と、占い師さんは自分の胸に手を当てて。
「あの、なんでそこまで知らない私に忠告してくれるんですか?」
私の問いかけに、占い師さんはそっと顔をそらした。
「……ごめん。今は、__いえない。」
と。
その先ほどまでの淡々とした物言いと違い、感情のこもったそれは。
「?」
私は、占い師さんの言動に、首をかしげて。
占い師さんは、すたりと立ち上がり、腰に水晶を取り付ける。
「もう行く。質問は受け付けない。」
と。
占い師さんは、どこまでもざっくらばんとしていて。
いつの間にか、左手には赤い取っ手の独特のデザインの箒を握っていて。
もう、行ってしまうのだろうか。
「あ、あの、ありがとうございました。」
私は慌てて占い師さんにお礼を言い、占い師さんは小さくうなずいた。
そして、空に浮遊しかけ__とどまって。
「……。最後に一つ、言い忘れていた。」
と、私のほうを見る。
「もし、信頼できる仲間がいたら__数人程度なら、運命をゆがめないから、このことを言っていい。世界がもうすぐ終わってしまうって。」
その言葉に、どういう意図があったか、わからない。
思いやりか、運命を正すためか。
それを判断する前に、占い師さんは空に浮かび上がって、飛んで行って。
「願わくば、あなたとお仲間が、終わる世界で安らかに過ごせるよう。」
と、最期に占い師さんがそういった気がした。
「__?」
私は最期まで明るみにならない真相に、きょとん、と首を傾げ。
胸に手を当てると、鼓動が早まっているのが感じられた。
たった一人、世界の真実を知ってしまって。
見ている景色が、変わった気がした。
残り七十二時間とおもうと、どんななんてことのない景色だって、いとおしく感じられ。
かといって、このまま、浸っているわけにもいかない。
「みんなのところに、いかないと。」
この事実をみんなに伝えるか否か。
その判断もまだついていなかったけれど、私は左手に持っていた箒にまたがって。
__仲間が困っていると、そこに駆け付けるのは当然だから。
たとえ、さきほど知りえた事実を放置しておいても。
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