復讐と、報復と、隠された真実と~サソリ・クラークの末路~

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復讐と、報復と、隠された真実と~サソリ・クラークの末路~

 ※この章には、一部不適切な表現が含まれております。  精神が弱い方、十二歳未満の方は閲覧をご遠慮ください。  暗黒の部屋の中、手首を拘束されてる、私、ハスミ・セイレーヌ。  隣にはレオ先輩がいて、同じく手首を拘束されていて。  旅をしている最中に、いきなり素性の知らない人たちに攫われたとか、それで気が付いたらこんな状態になっていて、目の前にはシェイミーさんがいたとか、そういった細かい説明はおいておいて。  私たちは、先ほどまでこの銀髪の少女にある物語を聞かされていた。  私たちが取り戻そうとした宝石。それを盗んだ張本人、サソリ・クラークの物語を。  サソリさんがマフィアなのになぜ犯罪をしないのか。  銀髪の少女__シェイミー・セコンダレムは、私たちにそれを聞かせて。  すべてを離し終わった、静寂の後だった。  「そういえば、まだ少し時間が残っていたんだったっ!!」  ぱちん、とシェイミーさんは手をたたいた。  「……時間?」  その意味が分からなかった。  まるで、彼女は何かを待ちわびているようで。  否、そうでなくともあの爆発の後なのだ。何かない限り、魔獣討伐ギルドの近くという辺境には向かわない人が多いけれど。  「続きというか、幕間というか……もう一つ、お話しない?」  「話?」  私はそれに首をかしげる。  彼女の話によると、しゃべってはいけないらしいのに、私たちの問いかけに答えてはくれているようで。  もしかしたら、こういった疑問なら尋ねていいのかもしれないが。  「そう!!サソリちゃんの両親についての話だよ。」  シェイミーさんは、両腕を広げて、快活に、思ってもみないことを言って。  サソリさんの両親について、不本意だが、私たちは知ってしまっている。  サソリさんの両親が政敵になってしまった事、そして政府によって攫われてしまった事。  その両親の話、と。  どんなものかはわからないけれど、とても大事なものな気がして。  私たちはひゅう、と息をのんで。  シェイミーさんは興味深そうに目を細めた。  ◇◆◇  私、サソリ・クラークは港に突っ立っていた。  師匠との出会いの場であり、政府に対して屈辱的な敗北を体感した、この港。様々な感情を持ってそこにいたこそすれ、これほどまでにここで複雑な感情を抱いたことはなかった。  それほどまでに、ここは、安穏の場所で。  私は、私の複雑な感情の原因でもある眼の前を銀髪の少女――シェイミー・セコンダレムをじっと睨みつけた。  マフィア幹部でありながら、私と親しい間柄にあった少女。その彼女が今、私の眼の前に立っている。――まるで、取引を邪魔したいが如く。  彼女なら、私の目的もしたいことも理解していないわけないのに。  「随分と余裕そうだね。その宝石、僕が、もらっちゃうかも!」  と、元気よくいうシェイミー。  余裕そう、って言われるが、元々は向こうが勝手に呼び出してきたのだ。  私だって、来たくなかったのだ。  ハスミ・セイレーヌに宝石を奪われかけたのが、数時間前。  宝石は破片になったけれど、何とか一番大きいものを手に入れることが出来、私はそれを持って、逃げ出した。そのまま取引の時間まで待っていようかと思ったが、ボスから連絡が入ったのだ。  取引場所の変更と、取引の延長と。  流石に二回目となっては、何かあったのだろうと思うが、詳しくは聞かないことにした。ボスのことだ。頭が良くて、私よりずっと物事を考えているのだろう。  私は自分をマフィアの構成員と自覚したことも意識を持ったこともないが、ボスのことだけは信頼している。だからこの件も疑問に思わなかった。  「するわけないでしょ。」  と、私は切り捨てる。  普段授業にまともに出席しなかったり、それどころか悪友たちと遊び呆けていたり、ざっくらばんな面がよく見える彼女だが、上級幹部の位があってか、計算高く、賢い。  マフィアのボスに言い渡された仕事を私から奪うなんて愚かな真似、彼女はするわけがない。第一、私より基本スペックが高い彼女も盗みの才能だけは私に劣っている。  「何で?マフィアに対する反逆行為だよ。僕に逆らうってのは。」  へらり、とシェイミーは笑う。  相変わらず、奇妙な笑いをする女。  いくらシェイミーがマフィアの上級幹部で、私の名目上の上司だからとはいって、そんなことにはならない。  マフィアというのは大抵上下関係が厳しく煩わしいものだが、幹部クラスになってくると、それくらいのお目溢しなどもらえるようになってくる。  師匠のもとで魔獣を売りさばいてきたときから、私が受けられた恩恵だ。  「あんたがそう思っているだけでしょ。それに、反逆行為なら、私達が最初に出会ったときからし続けたじゃない。」  そうだ。彼女にタメ口を聞くのも、失礼な態度を取るのも、なにも今が初めてじゃない。  私が九歳の時――彼女に初めてあった時から、私はマフィアでないにも関わらず、【初代ダイヤモンド】の弟子で、取引先の相手の彼女に対して失礼な態度を取っていたのだから。  「というと?」  きょとん、とシェイミーは首をかしげた。  「私は、貴方よりずっと立場が低いのに、軽口を叩いたし、あんたが私の事を馬鹿にすれば、あんたは返したじゃない。」  あの日、初めてあったときから、私達は互いを叩き合っていたし、バカにし合っていた。なおかつ、それでいてどこか気が合う部分はあったし、相手を信頼していたのだから、私達の関係は一言などで終わらされるものではない。  「ふふっ。バレちゃった。」  「バレるでしょ。」  シェイミー・セコンダレムは、隠し事が下手だ。  それは、彼女の正直を思わせるほどに嘘つきな態度がそうさせているのだろう。  彼女はいつも嘘をついているようなものだから。新しくウソを付く時は、少し、彼女に異変が起きる。  それに、そうでなくとももう長い付き合いなのだ。  嘘ぐらい、見抜けなければおかしい。  「懐かしいね…僕たちが最初にあって、もう五年だっけ。」  目を細めるシェイミー。  「…四年の間違いじゃないの?今の私は十三歳。最初にあった時は、九歳。今年十四になるわけだけれど、それだって誤差のうちだって。」  シェイミー・セコンダレムは頭は良い割に、計算が苦手だった。  それは多分彼女が普段勉強をせずに悪友とつるんでばかりいるのだろう。  もっとも、両親がいなくなってから、生活費を稼ぐために学業をサボり続けている私も、得意かと問われれば頷ける自身はないが。  「そうそう、忘れちゃっていた。どうでもいいし。」  「私もあんたとの関係なんて、どうでもいいもの。あんたがあの【ダイヤモンド】じゃなきゃ、あんたの存在ごと、忘れていた。」  「!だったら、僕は、サソリちゃんの意識ごと忘れていた。」  「はん。何それ。」  私の言葉に、シェイミーは答えることなく。  「……。」  「……。」  数秒、互いに無言の時間が続いた。  「……本当、懐かしいね。最初、四人であった時もここだったっけ。」  と、シェイミーが先程とは違って穏やかな声で言った。  先程の言い合いなど、まるでなかった事のようにして。  元々、これくらいの貶し合いなど、日常茶飯事だ。私もシェイミーもなんとも思っていなかった。  「あんたと初代【ダイヤモンド】が空腹に震えていた場所ね。」  はん、と私は鼻で笑う。  初めて、【初代ダイヤモンド】と、その一番弟子であるシェイミーに出会った時、二人はこの港で倒れていた。  この国を視察に来たが、空腹で、と。  そんな二人を見て、師匠は気前よくご飯を振る舞――わかなった。  マフィアというのは差別と偏見と高慢に満ちている。そんな世界で誰かを助けるなんて、冗談じゃないし、ましてや【悪】のすることではない、と師匠は言って。  その言葉にキレた初代ダイヤモンドが、私と師匠のメシにかぶりついて、師匠と喧嘩をしたのが、きっかけだった。  結局何がどうなったのか、気がつけば私達は、四人で焚き火を囲って食事をしていた。  「それを指摘されると、いささか恥ずかしい部分があるね。」  と、苦笑するシェイミー。  と、その短いショートヘアを見て、私はあることを思い出す。  「そういえば、最初にあった時は、あんた、確か私より髪長かったはずなのに。いつの間にそんな短くなったの?」  九歳の頃、シェイミーとあった時、シェイミーは膝の関節まで届きそうなロングヘアだった。それなのに、いつの間にかその艶艶した銀髪は私より短くなっていて。  顔は悪くないんだし、あのまま伸ばしていても良かったのに。  シェイミーは、私の言葉を聞こえない、というふりをして。  「あ!あんなところに一番星、発見!」  と、天空を指差す。  空には、一番星だけでなく、沢山の星がキラキラと輝いていて。  ――ていうか、時間的に一番星を見つけるって、意味なくない?  「……答えなさい。」  私の言葉に、シェイミーは無言のままだった。  私ははぁぁ、とため息をつく。  「……まあいいわ。あんたがそういう奴だって事は、私が一番分かっているんだし。――被害にあっているんだし。」  シェイミー・セコンダレムの奔放さは承知している。  長年付き合ってきて、散々振り回されたんだ。もちろん、散々こっちも仕返しに振り回してやったけれど。  本人に答える気がない時は、絶対に答えない、シェイミー・セコンダレムはそういう女だ。  「それで、話って?」  黙っていてもきりがないので、私は話題を切り出した。シェイミー・セコンダレムは何か、私に話したい事があって、ここに呼び出したはずで。  「一日後、時計塔で会えない?」  あっけらかんと言い放つシェイミー。  ここじゃ、言えないようなことか。もしくは、明日、時計塔で、なにかが起きるのか。  幸い、ボスとの取引は二日後、ギルドの近くにて行われることないなっている。  時計塔の距離は、ギルドと港のちょうど間の位置にあるくらい。  シェイミーの提案を、断る理由がない。  「いいけれど。」  あっけらかんと私は言った。  「あれ?おっけーしちゃうんだ。以外。君のことだから、てっきりボスとの取引を優先させると思ったのに。」  確かに私はボスとの取引が優先だ。  妹ちゃんとの生活がかかっているし。でも  「あんただって、上司でしょう。」  それに、断る理由がないのもある。  「その権力は失墜したけれどね。――某サファイア担当ほどではないけれど。」  どこか切ない表情で微笑むシェイミー。私はそのほほえみを、見ないものとして扱った。  ダイヤモンドの消えた権力も、その時何があったかも、私は知っている。  だからこそ、彼女の心を折らないように、せめて彼女に軽口を叩くのだ。彼女を、対等な、地に堕ちた一人の人間として扱うのだ。  否、もしかしたら心底私は彼女を叩くのが楽しいだけなのかもしれないが。  それでも、私達は、互いに互いを貶め合ういびつな友情で結ばれていた。  「行ってなさい。今に、【サファイア】はマフィアの頂点にまで上り詰めてやるんだから。」  はん、とシェイミーに向かって軽く笑みを見せる。  師匠を馬鹿にされたことも、決して許すというわけではない。  だからこれは私からの挑戦状だ。  ――あんたを馬鹿に仕返してやる。  「見ていてあげるよ。【世界一硬い宝石】が。」  と、シェイミーは微笑んで。  いつの日か、大陸では鉱石を研究が進んでいて、鉱石の硬さまで詳しく調べられている、という事を聞いた気がする。  ある大陸の研究によれば、マフィアの上級幹部の称号である、【ダイヤモンド】【ルビー】【サファイア】【エメラルド】の中で、ダイヤモンドが一番硬いのだとか。  それが何を示しているのかは分からない。  しかし、それを聞いたときに、ふいにシェイミーみたいだな、と思った。  あの子は地道な努力でできている。それこそ、私や他の上級幹部ができないほどの苦労を、感受して。  彼女の事を全て分かるわけじゃないが、彼女と接している内に、そうした努力の端々は段々と見えてきた気がする。  「あっそ」  と、私は、シェイミーに言って。  箒を取り出すと、港を後にした。  とある夏の、真夜中のことだった。  ◇◆◇  シェイミー・セコンダレムは、サソリさんの両親の話をする、といった割にはすぐに話をしなかった。  数十秒ほど、何か考え込んだように黙り込んで、やがて、シェイミーさんは私たちにこう切り出す。  「それはそうと疑問に思ったことはなかったかな?」  「?何が……?」  と。  その言葉で、私は少し、不可解な部分を発見してしまった。  シェイミーさんは、サソリさんの過去を知りすぎている。  サソリさんがマフィアなのに進んで犯罪行為を行おうとしない理由は、マフィアだから、一緒に仕事をしているうちに、話したのかもしれない。  __じゃあ、両親の話は?  両親の話をしたら、シェイミーさんが知りたがりだった場合、サソリさんの両親が政敵だということは知られてしまうし、そうなると引っ越しや転校でせっかく避けた差別の目だって、再び出てしまう。  なにより、そのことで、ナナさんは、微笑まない。  だから、きっとサソリさんは両親のことをシェイミーさんに話さない。  では、なんでこの少女がそれを知っているのだろうか。  私たちの目の前で、少女は銀色の瞳を煌々と輝かせ。  それが今はとてつもなく恐ろしかった。  この少女は、私たちが知りもしないような方法で、サソリさんの両親の情報をえているに違いない。  それが合法なものか、非合法なものかはわからないが。  目の前の少女は、ただ、サソリさんが心配で両親の情報を手に入れたというよりも。  銀色の瞳は嗜虐心が隠し切れておらず。  __この人は、サソリさんを傷つけるために、そのことを調べたんだ。  そして、サソリさんを傷つけることを、何よりも愉しんでいるのだろう。  そのことがたまらなく、恐ろしい。  「何の長所も、取り柄もなく、大陸では魔法も使えなく、かといって特別な訓練を受けてもいない普通の十三歳が、仮にもがむしゃらな努力とボスとの取引で、下級とはいえ幹部にのし上がれるものなのかな?」  と、シェイミーさんは首を傾げ。  その物言いに、少し、疑問が芽生える。  サソリさんは、確かに戦闘の才能がある。  それは、彼女の過去の記憶を覗いても、はっきりと感じられて。  「えっと……?意味がわかんねーんだが。」  先にそういったのはレオ先輩だった。  「あの、シェイミーさん、誤解していると思うけれど、サソリさんは戦いが得意だよ。それこそ、私達四人が束になってかかっても、負けてしまうくらいには。」  それに、マフィアの人にその才能を見込まれていた。  「うん、それがどうしたの?」  が、シェイミーさんはきょとんと首を傾げて。  まるで、私が変なことを言っているかのように。  「えっ?」  ――何か分からなかったが、嫌な予感がした。  「確かに、サソリちゃんはラマージーランドでは戦いが得意で、才能を持っているかもしれない。君たち四人でも、太刀打ちできないかもしれない。――で、それが何?」  と、シェイミーさんはくるりと目を回して。  「向こうでは、サソリちゃんは普通レベル。いくらでも変えの効く存在だよ。魔法を使うことが出来なかったり、盗みの才能がなかったら、ボスも捨てていたレベル。サソリちゃんは凡人だよ。」  吐き捨てるように、シェイミーさんは言った。  「「……。」」  その言葉に、私達は黙った。  シェイミーさんの言葉には、嘘偽りなど、感じなかった。  ただ、そこには彼女が淡々と語った事実があって。  背筋に悪寒が走っていくのを感じる。  シェイミーさんの語った言葉は、あまり聞いていて気持ちのいいものではなかった。  否、不愉快なものだった。  変えの効く存在だと、まるで物かなにかのように。  否、彼女にとって、本当にサソリさんは物のようなものなのだ。その口ぶりには罪悪感が微塵もなかったから、きっとそれがデフォルトとして入っているのだろう。  「確かにここではサソリちゃんは天才かもしれない。でも、スターダムでは、サソリちゃんは凡人。【ただの人】。彼女はスターダムで一際輝ける、才能の中の才能なんて、持っていなかったんだ。」  と。  その法則は、いつの日か本で読んだ気がした。  天才だけを集めたら、一部の天才は天才じゃなくなって、落ちぶれてしまう、と。  単に皆のスペックが高いからそうなったのか、それとも天才を寄せ集めると凡人も出てくるのかは分からない。  「さっきから――。」  シェイミーさんが言い終わった途端、レオ先輩が声を荒げ。  「黙って。」  と、シェイミーさんが言って。  その瞬間、周囲の空気が、凍りついた気がした。  レオ先輩が驚いたようにぱくぱくと口を開け。  「言ったよね。僕は、優しいから、基本は喋らせるけれど、でもお人好しなわけじゃない。つぎ、僕の機嫌を損ねたら、容赦はしない。」  先程までのごきげんな声と打って変わって、ただの低い声。  その事だけが、この人は、マフィアなのだと。  犯罪をも平気で犯そうとする人たちなのだと実感してしまい。  「……それにしても、人数が多いって、怖いよね。その分母数も多いってことだし、天才も他国よりかは多くなっちゃう。どんだけ拒んだ所で、そこには必然的にスターダムが出来上がるんだよ。」  と、シェイミーさんは腕を広げる。  この時、本気で恐ろしいと思った。  マフィアという存在は、天才の中の天才――選びぬかれた天才しかいないのだから。  「それに、バカと雑魚はマフィアじゃすぐ死ぬし。必然的に、普通のレベルは上がるよね。」  と、シェイミーさんは軽く冷笑して。  「さっきから、聞いていればっ……!」  と、レオ先輩が唇を噛みしめる。  レオ先輩は正義感が強く、芯ができます真っ直ぐな人だ。  だからこそ、シェイミーさんのような命を軽く扱う真似は、そんな人は、許さないのだろう。  少し……驚いた。  こんな状況でも、マフィアに歯むかえる人がいるなんて。  私の育ってきたスラムでは、長いものに巻かれなきゃ、命を危険に晒されてしまう。  スラムからでて、今はその危険がなくなったとはいえ、私は、今でも反射的に危険人物がいると、命を守る行動を取ってしまう。  故に、すごい、と思った。  レオ先輩の状況を顧みない反抗は。  そんなレオ先輩を見て、シェイミーさんは苦笑した。  「言ったよね。二度目はない。――危害を加えられるのは、君だけなのかな?君のお仲間も、やっていい?」  と、その刹那だった。  私の首元にナイフがつきつけられたのは。  先程まで、遠くにいたはずのシェイミーさんが、いつの間にか私のすぐ近くまで迫っていて。  その速度に、私達はただ、息を呑むばかりで。  流石のレオ先輩もこれには黙ることしかできなかったらしく。  それが少し、悔しかった。  だって、レオ先輩の行動を阻んだのは私自身であるから。  「じゃあ、わかってくれたようで!」  シェイミーさんは陽気にぱちり、と手をたたいて。  その様子に、真っ暗な気持ちが私の腹の中からふつふつと湧いてくる。  かつて、自責だったそれは、今はもう何とも形容のしがたい感情になってしまったけれど。  「ハスハスは貧民街出身だもんね!こういう時、どうすればいいかわかっているね。長いものに巻かれてさえいれば、安全だもんね!」  その元気な声に、誰も何も返せない。  シェイミーさんの私の首に構えているナイフは健在で、私とレオ先輩を縛っているロープも健在で。  「……。」  黙った私たちが肯定の意を示したと見たのだろう。  シェイミーさんは微笑んだ。  「じゃあ、続きの話を始めよう!」  その沢山の花々を思わせる微笑みを見て、確かに私は絶望のようなものを感じ取った。  ◇◆◇  その日、私、サソリ・クラークはシェイミー・セコンダレムの言いつけ通り、時計塔にやってきた。  時間帯は、夜の六時。  魔鉱石を入れた魔術具の光源が、町のところどころに設置されており、赤、青、緑、と鮮やかな色彩を放っている。  時計塔は、とある某美術館の屋上近くにあって、私たちは屋上に上っていた。  もちろん箒での侵入者が来ないよう、普段は結界が張ってあるそうだが、そこはマフィア。シェイミーが壊してくれたらしい。  「よく来たねぇ。サソリちゃん。今日はぼっちなんだ。」  シェイミーは私の姿を見ると、すぐさまそんな軽口を発する。  ぼっちなんだって……この孤高がわからないのね。  でも、いつも悪友とつるんでいるシェイミーには仕方がないことなのかもしれないが。  だって、シェイミーは師匠__初代サファイアの弟子じゃないわけだし。  「はん。大怪盗は孤独を貫くもの。――師匠も、そう言っていた。」  私が腰に手を当てて、胸を張ると、シェイミーは変なものでも見たような目で。  「いや、そうじゃなくて、普通に部下の話。」  と。  部下、というのはサラとイオのことだろう。  二人とも、私が大陸で見かけて勧誘したメンバーだけれど、時々こちらで仕事をするときに、私と共にファンティサールに来ている。  「うん。いや、知っているけれど?あえて、あんたも分かっているか、試しただけだし?」  そう、別に勘違いしたわけじゃない。  あえてシェイミーのしゃべれる字数を増やしただけで。  この小説、字数制限のせいで、モブキャラはその過去すら語ることを許されないからだ。  そう、断じて勘違いなどではない。  「その割には、冷や汗がすごいよね!」  と、さらりと突っ込むシェイミー。  「……い、言わないでくれる?」  そのとおり、私の額には冷や汗がたらたら垂れていて。  その理由が何なのかは、もはやここで語らずとも明白だが。  「ていうか、サラの事?それなら大陸でおきた抗争に参加しているでしょ。イオはまあ――最近、遊び歩いているみたいだけれど。」  数か月前、大陸で起きたマフィアと別の犯罪組織の抗争。  その抗争で、マフィア側の人員が足らなくなり、戦闘員として派遣された人とは別に、新たな後衛が必要となったのだ。  私の部下、__まあ、名目上はそうだったけれど、私としてはそんなことはほとんど忘れていた__サラは、そこに進んで応募した。  まあ、止めなくはなかったけれど、サラはそれぐらいでは止まらなかった。  これで弟たちをやっと自力で養うことができます、と。  元々、孤児で、弟や妹を養うための職を探していたところ、私とめぐり遭い、マフィアに入ったわけだ。  私もサラの気持ちを知っていたから、それ以上止めるなどしなかった。  それに、マフィアの戦闘の後衛なんて、実質仕事内容がないようなものだったし。  「え?そうだっけ?忘れていたよ!どうでもいいもん。」  と、シェイミー。  まあ、確かに情報通ではない彼女は他人の部下にまで気を配っている余裕もないのかもしれないが。  「まあ、上級幹部となったシェイミーには、ただの要らない情報だったかもね。」  ちなみに、イオに至っては、一か月前から人が変わったようにマフィアの給料を使って、大陸の繁華街で遊び歩いている。  元元真面目で、ものだってあまり買わない主義なのに、凄い変わりようだ。  ボスだって、ラマージーランドで起きる取引のために、特別に予定をずらしているから、任務はいいんだけれど。  「うん。そういえば、渡したいものがあったんだ。」  「何?らしくないじゃん。」  しんみりと言ったシェイミーに一瞬悪寒が走ったが、それは気のせいだと結論付け。  それ自体が、間違っていた。  「はい、これ。」  その言葉と共に、シェイミーの手から放物線を描いて投げ出される、掌より小さいもの。  「えっ__。」  と、それを受け取った私は、思わず声を上げずにはいられない。  「何、これ、サラの。なんで……。」  手にあったのは、魔獣の牙を思わせるそれだった。  実際、大陸では【タカ】といって、それなりに人に恐れられている動物らしい。  大陸出身のサラは、両親の形見だといって、それに穴をあけて首にかけていて。  肌身離さず持っていたから、その大切さは知っている。  __いつか、マフィアの任務で殉職するときは、この形見と一緒に死にたいんです。  いつの日か、サラがそういっていたことも。  それで私は、そんなことあるわけないじゃない。アンタは大怪盗の部下なんだから、と返した気がするが。  それが、なぜ、ここに。  師匠が私の目の前から姿を消した時と同様に、いやな予感が頭を離れず、肯定的な思考が一ミリもできない。  「大陸の抗争で、戦っているはずじゃ……?」  そう問う私の口は、ぶるぶると震えていて、とても、まともに聞けたような声じゃなかっただろう。  シェイミーは、私のそんな様子ですら、鼻で笑った。  「ああ、そのはずだったね。」  と。  その冷たい言葉に、私のその予想が確定した気がして。  「え?」  私はただ、愚かにも逃げ出したかった。  この状況から、その最悪な考えを否定してくれる場所へと。  しかし、シェイミーはそんな私の様子を知ってか知らずか、続けて。  「ただのバカなんでしょ。弟たちを殺すとかいって脅したら、すぐにあんなことしちゃうんだから。」  と。  サラは、少し献身が過ぎた子だった。  もし、弟たちが今よりも幸せになるのなら、私の命など、いくらでも削ってもいいですというのが口癖で。  彼女は大家族の一員であったにもかかわらず、五歳にて、両親を亡くし、家族の生計をたてるのに、二つ上の姉と一緒に頭を悩ませなければいけなくなったことも、彼女の姉と彼女の二人分の収入で八人ほどいる彼女の弟や妹を養わなければいけなくなったことも。  そんな彼女の姉も去年、事故で死んでしまった事も、そのせいで彼女をはじめとする一家の生活の質はガクンと落ちて、彼女の弟達はいつもお腹を空かせていたことも、全て、全て私は知っていた。  知っていながら、彼女を助けようとしなかった。  彼女なら、いつか状況を切り返せると、何の根拠もなく。  そして、彼女の給料を上げるよう、上司にかけあうことも、自身の給料から分けて差し出すこともしなかった。給料なら、他の孤児に配るほどあったはずなのに。  だから彼女は給料が高いマフィアの抗争の後衛に応募した。  そして、私の目が届かないところで仕事をしていて。  もしかしたら、その時にシェイミーにやられたのかもしれない。  彼女は気まぐれで人にあたるような人だから。  それでも私は彼女を信用していた。  マフィアの中には、腐るほど人間なんていて、その中から、シェイミーが私の部下にあたるような真似するなんて、今までもなかった。  だから、彼女の近くにいても、これからも、なんの不利益ももらわないだろう、と。  そんなの、思い込みだった。  今まで身内が傷つけられなかったのは、運がよかったのと、身内と呼べるような人が少なかったからなのに。  「うそ、でしょ……?」  否定してほしかった。  サラの笑顔が、脳裏を焼き尽くす。  彼女の顔は、二度と見ることはない、と。  彼女は、私一人の失態のせいで、命を落としてしまった、と。  次から次へと彼女の記憶が私を苛み、忘れていたであろう罪悪感をよみがえらせる。  宝石を盗んでもこんなこと、感じなかったのに。  ただひたすらに泥水を飲んだように苦しく、苦い。  「__」  シェイミーは黙ったまま、私の方から顔をそらし。  その動作が何よりも肯定していた。  __サラは、この世界に、もういない、と。  何より、シェイミーは【死】に関しては、こういう冗談はしない。  彼女が死んだ、といったときが、本当に死んだとき。  彼女が殺す、といったときが彼女が本当に殺意を抱いているとき。  人生そのものをちゃらんぽらんに生きているような彼女だけれど、そこだけは、真面目で。  だからこそ、わかってしまった。  サラはもう、この世にはいない、と。  「……んな事って…。」  胸の中をどす黒い感情が駆け抜け、吐き出したいほど気持ちの悪い感覚に酔ってしまう。  ただの、罪悪感。  これはただの罪悪感のはずだ。  それでも私にとってはそれが耐えがたい苦痛で、懲罰で、禁忌で。  できるのなら、今にでも発狂したかった。  魔法を、暴発させて、自身の魂ごと壊してしまいたかった。  しかし、それもできなかった。  ほんの僅かばかり、自分に残った理性がそれを許さなく。  そのことが、何よりも苦しかった。  「残念だったね。君があの時僕を手にかけていれば、そんな悲劇は起きなかったはずなのに。」  楽しそうにいうシェイミー。  私はサラの遺品の【タカ】の爪を握りしめる。  【タカ】の爪は、ひんやりとした感触で、きっと、サラの骨もこんな感じなんだろう、と思った。  サラもきっと私を恨んでいるのだろうか。  恨んでいるに違いない。  サラの死は、私のミスがなければ防げたものなのだから。  私のミス……私は情報通で、部下たちに情報を集めさせて、時たま他組織と交換させて、それでマフィアでの地位をきずいている。  だからこそ、私だったら、直前にでもシェイミーがサラに対して敵意を抱いている、という情報を掴むこともできたはずなのに。  その確認すら、怠った。  普段は自慢げに語っていた経歴だけに、悔しかった。  その経歴にふさわしいことすらできず、サラを死なせてしまったのが。  「なんで……私は情報通だから、全てわかるはず。」  ぎりり、と両手のこぶしを握ると、【タカ】の爪が、拳に食い込み、少し痛い。  それでも私は拳を解くことなどしなかった。  できなかった。  どこにあるのだろう、そんな余裕が。  自分の怠慢によって、自分の能力すら、自分を裏切って。  その結果が、自分でなく、部下が死んだ。  自分が死ぬより恐ろしい結末が、やってきてしまった。  「そんなみみっちい称号にすがっているからいけないんだよ。本当の君は、情報でもなければ、天才でもない。」  バカにしたような笑いに。  いつもは聞き流せるはずが、今日は腹が立った。  「あんたに……あんたに何がわかるのっ‼」  思いっきりシェイミーを怒鳴りつける。  何が、みみっちい称号だ。  この称号は、師匠が考えてくれたものなのだ。  サソリがマフィアに入ったら、情報通になりなよ、私は戦闘専門だから、これで、互いに背後を任せられる、と。  マフィアに入って、取引以外何をすればいいかわからなかったときも、師匠のこの言葉に縋って、情報を集めだした。  たとえ私がその称号に見合わなくっても、私は情報通だ。  バカになんか、されてたまるか。  そういった思いを込めながら、シェイミーを睨みつけると、シェイミーは困ったように苦笑して。  「あー、本気で言ってんの?」  その、いつものようにからかっただけ、みたいな態度に。  「だから何?」  私は彼女を許せなくなった。  私の部下が死んだのに。彼女は、まるで射的で的の中央に当てたみたいに。  その人の命を軽く扱っている様子が、今更だけれど腹が立ってきて。  「力も頭脳も、人脈もないから情報で勝負って…そんな人のところに、人なんて、集まるわけないじゃん。人が集まるわけないんだから、情報だって、集まるわけないでしょ?」  と。  知っていた。  私の戦闘センスが、マフィアの中では、普通レベルに落ちていることぐらい。  「な、な……。で、でも、私のこと、信じてくれている人もいるから…。」  それでも、私には数十人の部下がいた。  シェイミーの持っている数千人の部下には及びもしないけれど、れっきとした、私に中世を誓った部下。  その人たちがいるから、私はこんな言葉でも動じずにいられる。  きっと、またいつもの軽口なんだろう、と。  「ああ、君の部下のこと?」  と、シェイミーは眉を上げて。  「まさか__?」  いやな予想が、止まらない。  考えれば、少しおかしかったはずだ。  私の部下は、私に忠誠を誓っていたはずなのに、誰一人サラがピンチに陥った時、そのことを知らせてくれなかった。  マフィアでそれなりの地位を築けた情報網のことだ。部下は、  その原因にも、既に思い当たっていて。  それでも私の脳は、それを知ることを拒んだ。  だって、知ってしまえば___壊れてしまいそうで。  「そう!君の部下は全員、ぼくの部下が化けていましたっ‼君に本気で付いてくる人なんていませーん。悪いね、数十人は、君を信じている人がいると思い込ませちゃって。」  憎々しいほど、明るく、シェイミー・セコンダレムは言い放つ。  「__」  嘘だ。  嘘だと思いたかった。  私は、頭脳も、力も、情報も、信頼している部下ですら。  持っていないくせに持っていると思いあがって、一人、いきっていたということか。  「いくらあの初代サファイアの弟子とはいえ、君に部下なんて付くはずないもん。君には、金も、地位も、名声も、力もない。__力がすべてのマフィアの世界で、何一つ光るものがない。」  と。  「そんな。……違う。」  嫌だったのだ。  師匠の名声に泥を塗ってしまうことが。  それ以上に、自分が何も持っていないことが。  何も持っていなきゃ、何をしたって、中途半端だ。  数年前、C級魔獣を討伐した際に、生活の危機を感じ取ったときに学んだはずなのに。  その学びすら、きちんと生かせなかったのか。  「『どこがどう違うの?事実を言っただけでしょ。ちゃんと、認めなさい、』【サソリ・クラーク】っ‼」  その言葉は、かつて私がシェイミーをけなすために使ったもの。  あの時は、お遊びのような感覚で、私も、彼女も傷ついていなかったのに。  「__っ。なんで……その言葉を。」  シェイミーの瞳を覗き込んで、私は確信した。  その瞳の奥に、僅かに嘲笑の色が浮かんでいる。  __彼女は、人をバカにすることが楽しいのだ。  こんな時ですら、言葉で人を傷つけるのが、たのしい。  いつもだったら、流せるはずの悪意が、今はただ、気を抜いたら胃の中身を戻してしまいそうなほどにダメージを受けていて。  「あっ、一つ安心していいよ。サラちゃんとイオ君だけは、サソリちゃんのことちゃんと信じてついてきてくれたっぽいから!今どうなっているかは知らないけれどっ!」  それを、幸といえばいいのか、不幸と言えばいいのか、わからなかった。  私の脳は、処理できない膨大な量の情報に絶えず押しつぶされそうで。  「そういえば、イオ君、最近人が変わったように賭け事しまくっているけれど__まさか、幽霊にでも、取りつかれちゃっているんじゃない?」  と、シェイミーはウィンクして。  その様子に、私は一層、苛立った。  「アンタたちが……やったんでしょ?」  イオの豹変だって、証拠はないが、たぶんシェイミーたちがやったことなのだろう。  否、きっとそうだ。  彼女は、人の不幸を心から楽しめるマフィアだから。  きっとまた、お遊び感覚でやったのだろう。  「いやー。冗談冗談。男の子ってほら、誰でも気が大きくなる時があるじゃん。マジにとらえすぎだっての!」  その、どこまでも冗談じみた言動に。  「止めてっ!」  私は金切り声を上げる。  心底ともに、もう限界だった。  「?」  きょとん、と首をかしげるシェイミー。  すぐにでも、アンタの首をへし折りたい。  しかし、怒りを噴出させすぎたせいなのか。  私の足は、上手く力が入らず、シェイミーのところに向かっては動かず。  仕方なく、私はシェイミーをにらみつける。  「やめなさいよっ!こんなことすんの。あんたはなんで……私たち、友達だったんじゃないのっ⁈」  シェイミー・セコンダレムとはこれまで軽口をたたきあっていたはずだ。  たがいに、けなし、足を引っ張るふりをしながらも、心の奥底では信頼していたはずだ。  だって、私たちは過去を共有しているから。  だから、きっと、サラの事も、イオのことも嘘なのだろう。  いや、嘘に決まっている。  嘘じゃなかったら。  が、シェイミーはぴくり、と頬をひきつらせて。  「我慢ならなかったんだ。共に世界を変えよう、なんて言ったけれど、もううんざりしていたんだよ。だって、サソリちゃん独りよがりだもん。__同じく独りよがりの僕のとなりに、そんな人いらないよ。……だって価値が、薄れちゃうでしょ?」  かつて、二人きりの夜に誓った言葉。  シェイミーは、それすらも否定する。  「嘘だったって……こと?」  「だから言っているってば。君にはもううんざりだって。」  「……。」  そうだ。  認めよう。  何だって何回も現実逃避をしようとしているのだろう。  逃げようとしたって、逃げられないのが現実なのに。  いい加減、目を背けてはいけない。  サラは死んだんだ。イオは、生きる屍にされた。  これがすべてだ。これが、私の向き合うべき事実だ。  だから__  「あのさ、やめちゃったら?妹の笑顔を取り戻すことなんて。これ以上、周りを傷つけるだけだよ。」  シェイミーは、いつもの通り、軽い調子で私に言ってきて。  私は、そんな彼女をぎろりと睨みつけ。  私の視線にさらされ、彼女の肩がびくりと震える。  「うるさい。私は裏切ったあんたとは違うのよ。」  私は、ナナちゃんを裏切らない。  ナナちゃんの笑顔は、必ず取り戻す。  約束を、志半ばで放り出すあんたとは違うんだ。  そうだ。何が。【サラが死んだ】だ。  私にとって、最重要事項は、ナナちゃんのはずだ。だから、それ以外はどうでもいい。  たとえ、私の周囲が、どうなろうと知ったこっちゃない。  ナナちゃんが泣いているときに駆けつけなかった奴らのことだ。  煮られても、焼かれても、文句は言えない。  「言いたいことはそれだけ?私はボスのところに行く。」  私はシェイミーから顔をそむけ、時計塔のほうに足をかける。  見下ろした先には、魔鉱石で彩られた、町々が見える。  そして、手に持っていた箒にまたがった。  まるで、宝石のような景色。こんな景色も、ナナちゃんの笑顔の代償になってしまっても、構わない。  __そう思わないと、サラの死なんて、耐えられない。  私が時計塔の壁を蹴る直前だった。  サソリちゃん、とその不愉快な声でシェイミーが私に話しかけて。  私はしぶしぶ、シェイミーのほうを睨みつけながら、振り返って。  「やめといた方がいいよ。悪いことが起きるよ。」  青ざめた表情をしているが、関係なかった。  「私を裏切ったんでしょ?__だったらもう、口を挟まないで。」  裏切者なんて、いる価値もない。  かつて、ナナちゃんを差別した人たちも、以前まではナナちゃんに対して好意的であった。  あの人らだって、裏切者だ。  私は時計塔の壁を勢いよく蹴って。__振り返ることは、なかった。  ◇◆◇  サソリ・クラークが箒で飛び出していったすぐ後のことだ。  ぽつり、ぽつり、と周囲に雨が降り始めたのは。  雨は瞬く間に、ざあざあと大振りになり、傘すら持っていないシェイミーの体を濡らす。  シェイミーはそれに気が付いてないふりをしながら、くああ、と伸びをした。  元々自身も、周囲の人物も雑に扱っていた。  だから、この雨で自分が風邪をひこうが、そんなことは構わない。  「あーあ。行っちゃったね。」  と、サソリ・クラークが飛び立った時計塔を見ながら。  シェイミーはどこかのんきに、そして真剣に、つぶやいて。  サソリに対して、シェイミーが苛立ったのは確かだ。  少なくとも、彼女はシェイミーより恵まれていて。  ゆえに、シェイミーは彼女が不幸面をするのを許さなかった。  ほんの小さな傲慢で。  「だからやめとけって言ったのに。でも、僕的にはこっちの方がいいのかな。これで精神崩壊して、取引までに一歩も動けなくて、取引に失敗しちゃえば、世界はコントロールできなくなり、誰のものでもなくなる。」  シェイミーは、そんなことを言いながら、唇を三日月形にゆがめる。  シェイミーはこの世界が嫌いだった。  世界は自分に、不利益しかもたらさない。  ほかの人が世界から享受している幸せなんて、どうでもいい。  そんなことに限らず、世界には、どうあがいても、不幸だったり、恵まれない環境から抜け出せない人がいて。  それを変えることのできないシェイミーの、一種の正義感だったのだろう。  それでもよかった。  本当に、恵まれなくて、明日を望まない人がすくわれるのなら。  シェイミーは、自分がどうなってしまっても構わない。  __だって、【自分】なんて、死ぬまでのただの意識の集合体でしかない。  「世界は__滅びる。」  シェイミーは世界が嫌いだ。  ゆえに、世界を滅ぼしたい。  この理不尽を。この不条理を。  壊せるのなら、壊してしまいたいぐらいだ。  ただ、【出来損ない】の彼女には、それができないだけで。  「あの宝石、僕だって壊しちゃいたいぐらいだよ。」  サソリの持っている忌々しい宝石を思い出しながら、ち、とシェイミーは舌打ちをする。  シェイミーはあの宝石が嫌いだ。  大陸の一部で、手に入れれば、世界を操れるといわれているあの宝石が。  __きっと、手に入れた人が自分の好きなようにしちゃって、世界はどうせ、もっと不条理になるのだから。  「ねえ、サソリちゃん。サソリちゃんは、大馬鹿だよ。」  空に手をかざしながら、シェイミーはつぶやいた。  あの日のように、空には星が輝いていると期待したが、もちろん暗黒色の雨雲に覆われていて、星一つ見えなく。  当たり前だ、雨が降っているのだから。  それでも【人間らしさ】を手放したシェイミーには、天気も、生活の営みも関係なく、それゆえ、特に気に留めていなかった。  「誰よりも妹ちゃんの笑顔を取り戻したいくせに、自分より惨めな境遇の人が助けを求めてきたら、うっかり手を差し伸べちゃうもんね。初代、サファイアの時だって。」  シェイミー・セコンダレムは、サソリ・クラークが嫌いだ。  妹のためといいながら、結局の軸はブレブレなのだから。  いっそのこと、まっすぐな少女なら、シェイミーだってそこまで嫌わなかっただろうに。  「あの時__トリック・オア・レトリックを作った時だって、サソリちゃんは同情でメンバーに入ったもんね。少なくとも、本気で世界を憎んでいなかった。」  トリック・オア・レトリック__世界を滅ぼすことを望む上級幹部の、少女たちの集団は、不幸な境遇にあり、今まで誰にも同情されなかった少女たち三人で組んだ。  誰にも……ボスにすら秘密な密会だったのに、どういうわけかサソリ・クラークに見つかって。  サソリ・クラークは表面上は、シェイミーたちの企てに賛同してくれた。  ひょっとしたら、シェイミーたち上級幹部三人が揃っているせいで、自身のみの上を判断した上での行動だったのかもしれないが。  【ルビー】と【エメラルド】の二人は自分の事情にいっぱいいっぱいでサソリのことまで気が付かなかったが、一人、自分の過去も、世界ごと手放したシェイミーだけが彼女の異常さに気が付いた。  彼女は、少なくとも世界を憎んでいなかった。  世界の仕組みは憎んでいたが、世界、そのものは憎んでいなかった。  なぜなら、世界には彼女が愛しいと思う存在がいたから。  「__世界には、まだ君の最愛の妹がいたから。憎む理由がないよ。」  サソリがいつか、二人の時に話していた事情。  政府によって、両親を蒸発させられ、彼女ら姉妹も批判を、非難を浴びせられ。  それによって消えてしまった少女の笑顔を取り戻すことが目標だと。  「だからね、サソリちゃん。僕は君が嫌いだ。中途半端な理由で、世界を壊されるのが。」  シェイミー・セコンダレムは今まで誰にも目をかけられなかった分、自分が本来持つはずだった【何か】を持っている人に対しては、特別憎しみを抱く。  だから、心底憎かったのだ。  サソリ・クラークのことが。  「__僕は、憎しみで世界を一色に染め上げたいから。」  シェイミー・セコンダレムは、どこまでも、世界が嫌いで、嫌いでしかなかった。  彼女には、生まれた時から、今日この日まで絶望しか受けてこなかった。  家族との暖かい時間も、誰かを本気で守りたいと思ったこともない。  ゆえに、彼女は本気で、世界を壊しに行く。  ◇◆◇  「__その、【平均以下】が、情報通と勘違いして、あがきまくる様子が、部下から伝わってきて、とっても面白かったよ。」  くふふ、とシェイミーさんは面白そうに笑って。  私たちが四方を暗黒に囲まれた部屋にいることもあって、それは一層不気味に見えて。  私は、シェイミーさんを睨んで。  「……あれ、二人とも。なんで、僕のことそんな目で見るの?僕、何か悪いことした?」  きょとん、と首をかしげるシェイミーさん。  「やめてよ、シェイミーさん。そんな風にいうのは。」  「あれ、ハスハス、なんでかばってんの?前の【紛争】は、完璧に僕の味方だったよね?翻っちゃった?敵になっちゃった?」  前の紛争__学園内で、ある女生徒同士が対立したとき、ひょんなことをきっかけに、学年を超える大事件に発展して。  その時、私は確かシェイミーさんの味方だったはずだ。  もっとも、あの時の私は誰かの承認が欲しくて、ただ、シェイミーさんの『味方になってくれる?』という問いかけにうなずいてしまっただけだけれど。  今ではそんなあやまち、おかさないと断言できる。  私にはもう、仲間がいるから。  無理して承認を得る必要だって、ない。  「そうだぞ。ハスミの言う通りだ。聞いていて気持ちのいいもんじゃねーし。」  「うぇぇ?レオレオまで。僕、四面楚歌じゃぁん。」  「ていうか、そんなことして。」  「意味?それならないよ。最初から。僕の人生なんて__」  レオ先輩の言葉に、シェイミーさんはただ、腕を広げて。  「__否、大多数の人生なんて、偉人の栄光の陰に埋もれてあっさりと消えていくものだからさ。百年後に語り継がれもしない。」  と。その時、シェイミーさんが何を思っていたのかはわからないが、シェイミーさんのいつもの溌剌とした感じはなく、どこかしんみりとした様子が印象的で。  「てかさ、そんなサソリちゃんの両親が政府に敵対視された挙句、監禁されているって……疑問視しなかったの?」  と、その言葉に、私の頭の中が光速に回転して、みるみるうちに嫌な予想を導き出す。  「?なにがだ?」  「まさか__」  レオ先輩がきょとんとしている横で、私はある結論にたどり着いた。  __決して、たどり着いてはいけない結論に。  「そう。いっくらサソリちゃんの両親が政府に対して不都合な言動をとったところで、人数が多ければそういう奴なんていくらでも湧いて出るし、いちいち監禁していたら、面倒でしょ。いくら監禁とはいえ、スペースも取るし、生かすためには食費もかかるしさぁ。」  シェイミーさんは、再び、その銀色の瞳を円形にゆがめて。  面白い、というよりかはそれが作り笑いに思えて。  「ましてや、王族でもないサソリちゃんの両親を、一々監禁する必要あるかなぁ。その影響力なんて、たかが知れているのに。」  「「__」」  その言葉に、私たちは、息をのむ。  導き出そうとしなくても、既に結論は、目の前にあった。  「つまりさ、サソリちゃんの両親は、何年も前にもう__」  シェイミーさんは、私が恐れていたその結論を、いとも簡単に、あっさり、口にして。  その衝撃で、私たちはしばらく口が聞けない事になる。  ◇◆◇  私、サソリ・クラークの気分は控えめに言って最悪だった。  シェイミー・セコンダレムに裏切られたこと。信頼していた部下が、全員、シェイミーの部下で、私への忠誠ははりぼてだったこと。  そして、唯一私に忠誠を誓っていた部下ですら、無事ではないということ。  要因は、色々あった。  一番は__取引に遅れてしまうかもしれないこと。  ナナちゃんの笑顔を取り戻すまでは、生活の質を下げないのは絶対だ。  それなのに、取引に遅れてしまったら、今のマフィアでの地位、そのすべてが揺らぎかねない。  それは生活レベルの低下に直結し、やがて、ナナちゃんの笑顔の消滅に直結する。  だから、私はなんとしてでもやらねばならないのだ。  愛しの妹のために。  途中で雨が降って来たが、構わず進み続けた。  一刻でも、取引場所についてしまいたかった。  取引場所についたところで、まだ時間は余ってしまうはずなのに、それでもこの状況から早く脱したくて。  私は暗闇の中、無我夢中で箒を走らせていた。  だからだと思う。  知らない間に低空飛行をしていたことに、気が付かなかったのは。  気が付いた時には、私は地面にあった【何か】に足を取られ、箒から勢いよく転がり落ちて。  「っ!わっ!」  びちゃり、と水たまりの中に着水する。  服の中に水がしみ込んできて、最悪だった。  打ち付けた所は無性に痛むし、箒は転がり落ちてしまったし。  挙句、場所が悪かったのか、私の服はところどころ泥で汚れている。  真っ黒な泥で。  「もう、最悪。なにこれ、ぬかる……み?」  ぱっぱとそれを手で払いながら、私は小さく舌打ちした。  この服にどれほどのお金をかけたと思っているのだ。  本当、うんざりしていて。  否、これは泥なんかではない。  払っている途中に気が付いた。  泥よりももっと重苦しい何か。  慌てて転んだ時に着地した地面のほうを見て、私は肩をびくつかせ。  「え……まって、これ、人の髪みたい。」  そこには、奇麗な長髪が落ちていた。  数千本、数万本。  もしかして、死体ではないか、と私は感づいた。  近くに死体があったせいで、それが分解される際、土壌が汚れて今私の服を汚している、汚い泥が発生した。  そう結論を付けた私は、それを確かめようと、その髪の毛が落ちている先のほうに目をやり。  「__え?」  一瞬、心臓が止まってしまうかと錯覚した。  だって、そこにはいてはいけない人物が存在していたから。  私の知っている、その人物は。  「は、……は?なんで。」  体の震えが止まらない。  私の目は、確かにその人物の服を、髪を、手足を、指先を、認識していて。  否定したいのに、否定できない。  二年ほどあっていなくて、その姿かたちだって、おぼろげにしか覚えていないはずなのに、目の前の彼女は、確かに私の知っている人で。  その人物は__  「っ……な、なんでっ!なんで、師匠がっ!」  私は崩れ落ちながら、そう叫んだ。  目の前にいる人物は、私の師匠__初代サファイアで、二年と数か月前、私の前から行方を眩ました人物だった。  それが、なぜか、死んでいる。  私の目の前に、死体はあって、死体の腐り具合から、少し前に死んだとかじゃない。  __もう、ずっと前に師匠は死んでいたのだ。  「……っ!」  死体の腹には、何か、刃物でえぐられたような跡があって、師匠の服に血が付いているから、たぶん傷が死因だろう。  もしかしたら、うっすら息をしているのではないか、や、師匠お得意の死体メイクではないかと思って、師匠の胸に顔を近づけたが、師匠は息をしていなく、鼓動も聞こえなく、ただ、死体特有の腐った匂いがして。  「うそ……嘘に決まっているっ。師匠は死んでいないっ。死んでなんかいないっ。」  否定したかった。  師匠との思い出が次々と脳裏を駆け巡る。  昔、私に悪役の才能があるといってくれたこと。  私に特訓してくれたこと。  一緒に初代ダイヤモンドに襲撃に行った事。  一緒にパンを食べた事。  【カタナ】をくれた事。  武器の使い方を教えてくれたこと。  世界の中、取り残されたままナナちゃんを守らなければいけない孤独に、師匠は居場所を与えてくれた。  師匠は__私にとって、大切な人で。  だからこそ、死んでも思いたくなかったのだ。  師匠が死んでしまっている、と。  たとえどれほどここに帰ってきてくれなくても、どこかでちゃんとやっているって……信じていたかった。  「ちゃんと、私のもとに帰ってきてくれて、【カタナ】の使い方を教えてくれるってっ……!じゃなきゃ、じゃなきゃっ……!」  あれから私は【カタナ】の使い方を独学で学習して、それなりに使えるようにはなった。  けれども、それも極めすぎないようにした。  カタナの技は、ちゃんと師匠に指導してもらいたかったから。  言葉を話すうちに、私の視界が歪み、頬が濡れる。  のどの嗚咽ゆえに、ちゃんと発音できていないことも、わかっている。  「師匠、なんで___。」  だから、最期に声を聞かせてほしかった。  お別れが手紙だけなんて、あんまりだったから。  __師匠は、それすら答えてくれない。  昔、どこかで読んだ本で、死者は死んだあと、大切な人に会いに来てくれる、というのを読んだことがある。  何時頃かはわからないが、その時の私は読書をしているほどの余裕があったから、両親もいて、世間の闇のすべては流石に知れなかった。  世間の闇を全て知った今でも、私はそのバカみたいな思い込みを信じていた。  こんな時でも、隣に師匠がいるんじゃないかって。  そんなわけ、ないのに。  師匠の気配はまったく感じない。  声も、言葉も。  師匠は__意地悪な人だ。  勝手に手紙で突き放して、会いに来てくれないのだから。  もう、死んでいるのだから。  「うわぁぁぁぁんっ!」  私の心の何かが決壊し、私は大声を上げる。  無様だというのは、わかっている。  けれども、そんなことをしなければ耐えられなかった。  胸が__張り裂けるように痛かった。  「いやだ。嫌だっ。師匠は死んでないっ‼しんでないもんっ‼」  首を振っても、涙を散らしても、師匠は戻ってこない。  けれど、それなら愚かであらないといけない。  せめて、師匠をなくした哀しみが消えてしまうまでは。  いやでも信じないと__私が持たない。  「師匠、お願い、目を開けて。嫌だぁっ!」  私の声に、師匠は反応しない。  死んでいる。死んでいる。師匠は死んでいる。初代サファイアは死んでいる。  どれだけ愚かにあがこうと、そこにあるのは一人の死体で、答えてくれるわけがない。  現実を突きつけられ続け、私もあがくのを諦めた。  師匠は死んだんだ。  「……んで。なんでっ。」  鼻をすすりながら、ゆっくりとたちあがる。  もう、わかり切っていた事だった。  せめて、墓でもつくろうか、とゆっくり後ずさる。  たとえ死体の師匠でもなんとなく目をそらせないでいた。  その青い瞳には、かつての輝きが残っているんじゃないか、と。  数歩、後ずさった時だったと思う。  どしり、と再び何かを踏んだのは。  「ひっ!」  慌てて振り返り、それが死体の腕であったということはすぐに理解できた。  __二個目の死体だ。  なんとなくそれを見て、数秒も行かないうちに、私は愕然とする。  死体の顔と髪は焼けただれていて、判別ができないほどで。  しかし、死体が身に着けていたものには見覚えがあった。  金色の、宝石がはめ込んであるそれは。  「これ……お母さんが使っていた、ネックレスっ……。」  かつて、父が母にプレゼントしたものだという。  すすけているが、間違いない。  このネックレスは両親がいなくなるまで、母が身に着けていて、毎日目にしていたのだから、見間違いなど、あるはずならなく。  ふくも焼け焦げているが、元のデザインは母が身に着けていたものと似ていて。  それだけではなかった。  その死体の腕の近くに、望遠鏡が落ちていた。  レンズ部分が割れ、こちらも灰で汚れているが、間違いない。  「これ、……お父さんが使っていた、望遠鏡……っ。」  これは、父がかつて放浪していた時に使っていたもの。  いつも、父の机の引き出しにしまってあって。  いやな予感がして、その望遠鏡の周囲を見回すと、もう一つの死体を見つけた。  ナナちゃんによく似た茶色の髪に、いつも通り、へんてこな服装をしていて。  その死体は、なにより焼けていないからか、顔の判別もしっかりついて。  __その顔は、どこからどう見ても父、そのもので。  「違う。なんで。人違いだよねっ⁈」  どちらの死体も、母に似て、父に似て。  私はそれを認めたくなくて、叫ぶ、叫ぶ。  どちらの死体も、状況からして、ずいぶん前__数年前のものだろう、と予測出来て。  __丁度、両親が、私たちのもとから姿を消したころだった。  てっきり私たちは両親が政府につかまった元の思い込んで、政府から解放できるように策を練って、それなのに、両親はすでに数年前、政府に殺されていて。  呑み込めない感情が次々と私の胸の中を通り過ぎていき、私はただ、その場に固まっているしかなくて。  否、そうではない。  私は数年前、両親が私のもとから姿を消した時から、両親の死に感づいていたはずだ。  ただ、核心に近づくと、私自身が耐えられなかったから、無意識に逃げていただけで。  __なぜ、両親を政府の監視下から脱出させようとしなかったのか。  両親が拘束されているとわかっているのなら、さっさと助け出せばいいはずだ。  仮にも私は情報通なのだから、部下に調べさせれば政府の拠点だって、割り出せたはずだし、いつもものを盗み出す要領で、両親を盗み出せばよかった。  __なぜ、師匠に政府を襲撃しようと提案しなかったのか。  マフィアの中でも指折りの実力を持つ師匠ならば、大陸の国の政府ごとき、あっさりと打ち負かせたはずだ。  二人では叶わなくとも、師匠にだって数千の部下はいたはずで。  願えば、叶うような状況だったのに、師匠に提案すらしなかったのは、私の怠慢だけではない。  そういうことだ。  心の奥底で、私は両親の死について気が付いていて。   しかし、それを分かりたくなかったから無意識に両親に関するものは避けていて。  だから、こんなにも歪に矛盾した行動のまま、三年がたっていて。  哀しみを消化したいだけなのに、思考は、どこまでも勝手に一人歩きをして。  「違うって言ってよ。言いなさいよ、バカっ‼」  目の前、両親の死体がある。  そのことが、耐えられなくて、誰かに否定してほしかった。  __そんな人、一人だって、いないのに。  周囲は人気はなく、たぶん森かどこかなのだろう。  景色をちゃんと見ずに飛行したからわからないけれど、  とにかく両親は殺されたのだ。政府に。  「ねえっ。おいてかないでよっ!お母さんたちまでっ。私をっ……私を、おいていかないでっ!」  両親に話しかけても、その答えは、帰ってこない。  その場には、三人の死者がいて。  否、三人ほどではない。  見回すと、沢山の死体があった。  切り刻まれたもの、火あぶりにされたもの、爆発にあって破片になっているもの。  私を残して、誰一人、生者はいなく。  そのことが、私を孤独に追いやって。  「私を……残さないで。」  一人、つぶやいても両親や師匠どころか、周囲の死体すら反応しない。  そうだ。ここはそういう場所だ。  多分、政府の実験施設か何かの、処分場で。  両親も、政府に逆らったから、殺された。  師匠も__理由は知らないけれど、たぶん政府に殺されたのだ。  口の中に、苦い味がこみあげていく。  私は、ここでは、一人だ。  「うっ……うぅっ。」  頬を、今日何度目かの涙が伝う。  もう、師匠も、両親もいない。  私がカタナを極めない理由も、犯罪を拒む理由もない。  だって、叱る人はもういないのだから。  だったら、自分の姿なんて、名よなんて、誇りなんて、どうなってしまっても構わない。  「お父さん、お母さん、私、決めたよ。__政府を、絶対倒す。」  いつの間にか、心はからからに乾いていた。  そこにあったのは、深い悲しみではなく、果てしない、復讐心。  ただ、憎かった。  美しい母親の顔をこれほどまでになぶった政府が。  師匠の腹を切り裂いた政府が。  父親を__たぶん、毒殺かなんかで殺した政府が。  「もう、いい。どうでもいい。だって、師匠も死んじゃったんだし。お母さんの教えだって、……守る必要ないよね。」  かつて、母親は、私に正しくあれ、といった。  落ちぶれるな、と。  でもそれももう破ってもいいと思った。  だって、いくら正しくあったって、三人は帰ってこないし、私の行動なんて、多分わからない。  __なら、とことん落ちるところまで落ちてやろうと思った。  どうせ後は、ナナちゃんの笑顔を取り戻すだけだ。  それが終わってしまったら、もう、何がどうなってもいい。  「待っていてね、三人とも。私が政府を倒した後、ちゃんと決着は付けるから。」  それが終わったら、すぐにここに戻ってきて、ちゃんと埋葬するから。  そんなことを心で思いながら、私は箒を手に持った。  もう、雨は降っていなかった。  ただ、暗黒色の雲が空には立ち込めていて。  「……取引、行かないと。」  私は再び、箒に飛び乗った。  ◇◆◇  マフィアのボスが指定した倉庫の前には、既に人がいた。  それは、ボスではなく。  水色の長髪には、見覚えがあった。  長身のその男は、マフィアの中級幹部でありながら、女ならば、上級幹部にのし上がれるとまでの実力の持ち主で。  「っ!リオっ。なんでここに!」  リオ・マーティンは紫紺の瞳を輝かせながら、私を待っていた。  なぜ?  私の取引場所について、マフィアのボスは誰にも漏らさないと誓ってくれたのに。  しかし、リオは私の前に一歩踏み出すと、  「説明は省きましょう。__貴方には、つかまってもらいます。」  と、手錠を取りだす。  「なんでっ⁈」  意味が分からない。  マフィアは違法組織だが、その治安はむしろいいほうだ。  よほどなことをしない限り、幹部クラスはメンバーには害されないし、仮に幹部を害そうとしたら、同じ幹部だって、罰を受ける。  リオは中級幹部だけれど、それでも罰を逃れられないのだろう。  なのに、なぜ、目の前の男性は私の前で手錠を構えているのだろう。  「貴方は、禁則を破りすぎたから。」  禁則、とはマフィアの規則のことだ。  確かに薔薇の刺青をしていなかったり、数個は破った自信があるが、それでも私が罰されないのは初代サファイアの弟子だからだ。  ボスは、盗みの腕を持っている私を重宝していて。  ていうか、何より__  「たったそれだけ⁈私たち仲良かったんじゃないの?」  目の前のリオは、冷ややかな瞳で私を見ていて。  それなりに共闘をした仲だった。  つるみこそしなかったものの、互いのことは知っているつもりで。  「それはあなたの勝手な解釈では?少なくとも、俺はそう思っていません。」  【空虚な冷徹】は、小さくため息を吐いて。  信じられなかった。  シェイミーや、部下だけじゃない。  リオにまで裏切られるなんて。  「でも、アンタは、アンタだけは私の味方なんじゃないのっ__⁈」  いつの日か、何度も行った共闘を思い出す。  リオ・マーティンは敵にも非情であれど、味方にはそれなりに情をかける人間だった。  ゆえに、私はリオと同じで上級幹部の派閥には属していなかったけれど、リオのことは、仲間みたいに思っていて。  「さあ。俺は貴方を信用したことは一度もありませんが。」  【空虚な冷徹】は、冷たく言い放って。  その瞳は、敵を見る目そのものだった。  いつか任務で見た、敵を撃ち殺すときそのものの。  「__そんな。」  私は崩れ落ちる。  リオ・マーティンにまで裏切られて、私はいったいどうすればいいのだろう。  目の前には、絶望が見えていた。  好きでマフィアに入ったわけじゃない。  師匠がいるから、入ったのだ。  それなのに師匠は死んでしまったし、シェイミーにもリオにも部下にも裏切られ。  唯一、ついてきてくれた部下たちは一人は死亡して、もう一人も精神を壊されている。  __マフィアはもう、私の居場所じゃない。  「なんで、なんでアンタまで。このままじゃ、私、__どうにかなっちゃうって……。」  部下を奪われ、両親を奪われ、師匠を奪われ、居場所を奪われ。  これ以上、あと何を奪われればいいのだろう。  あと何を奪われれば、私の精神は崩壊してしまうのだろう。  リオ・マーティンは私のその言葉には答えず、私のほうにゆっくりと足を進めて。  「はい。」  という声と共に、かちゃりと付けられたのは手錠だった。  銀色に光輝き、金属の感触が少し冷たい。  「なに……この手。」  リオはその言葉に答えず、私の腰__宝石が入れてある包みをまさぐり__宝石を手に取る。  「宝石は、預かります。」  と。  意味が分からなかった。  リオ・マーティンは頭がいいから、人の任務に口や手をはさんではいけないことぐらい、わかってはいるだろうに。  それなのに、彼は、なぜ宝石をとったのだろう。  ていうか、それは私の宝石なはずで。  「これは私の任務のはずよ。口出ししないでっ‼」  私がきっとリオを睨みつけても、リオは冷たい表情でこちらを見返す。  「いいえ。ボスは元々貴方に価値を感じていなかったのです。宝石を取り返して、実験のデータも取れたのなら、後はもう用済みだ、と。」  その、初耳の言葉に、私の心臓は止まりそうになって。  「宝石のデータ?実験……なにそれ。なにそれ。」  ボスは、私に初代サファイアは上級幹部の中で一番のお気に入りだといっていた。  そして、私もお気に入りの弟子だから、採用したし、重要な役目を任せている、と。  あの言葉は、嘘だったのか。  否、嘘に決まっている。  リオ・マーティンは立ち回りもうまい男だ。自身の言動で、ボスの機嫌を損ねるような行動なんて、絶対しない。  つまりこれは、そういうことだ。  私はボスにすら利用されていたのだ。  「元々、貴方を懇意にしていたのは、あなたがそんじょそこらの人物より、盗みが上手かったのと、魔法が使えるせいで。__ボスはその条件さえそろえば、誰でもよかったんです。ボスは、貴方を必要としているわけではなかった。」  と。真正面から、私は不要、と告げられて。  「……は、は、は……。」  乾いた笑いが、口から洩れる。  不要と言われたことが、嫌だったわけじゃない。  こんなことにすらきづけない、自分の浅はかさが嫌だった。  リオは、そんな私の手を拘束している手錠を引っ張り、やはり、冷たい瞳で見下ろして。  それが私にはカチンと来た。  こいつは__人を裏切っておいて、何を平然としているのだろう。  無性に腹が立ってきた。  「……っ!裏切者っ!いつかマフィアも__アンタたちも、滅ぼしてやるっ!すぐにだって、逃げてやるんだからっ!」  こんな手錠だって、すぐに壊してやる。  そう考えて、手を動かすが、手錠は一向に外れない。  しかし私はあきらめなかった。  機を見計らうのだ。  チャンスはいつか、きっと訪れるから。  胸の中は反骨心がいっぱいに広がっていて。  リオはそんな私の表情を見て、ため息をついた。  「そういうところですよ。貴方は自分の思想で相手を計ろうとしている。ロマンチストとしてはいいかもしれませんが、俺たちが所属しているのはマフィアです。一つの巨大な組織です。__そして、組織にはその動きの仕組みを理解できない者は、いらない。」  と。その理屈っぽい言い方が、組んでいた時から嫌いだった。  リオ・マーティンはまるで大陸の科学技術でできた機械みたいだった。  何もかも、淡々としていて。それは、人を殺すときにすらだった。  「何なのよっ、その態度はっ!私たち、数々の危険を乗り越えたでしょう、ねぇ⁈」  リオと乗り越えた危機は、数知れない。  それこそ、命の危機と呼ぶべきものもあって。  私は目の前の青年が信じられなかった。  その危機を乗り越えた人間ですら、簡単に切り捨ててしまうから。  「ええ。ですが、それとこれとは話が別。いくら貴方が任務で俺と組んだからって、俺はマフィアの人間ですから。マフィアの命令には、従うまでです。」  と。  【空虚な冷徹】は、どこまでもマフィアにふさわしい男で。  「はぁ?なにそれ。__ていうか、命令って、まさかっ……。」  その言葉に、私はよからぬ発想をしてしまい。  リオはそれにうなずいた。   「ええ。ボスは、処分命令を出しました。【サソリ・クラーク】の。」  と。  処分、という言葉は優しいものの、その意味は容易に想像できた。  つまり__私を殺す、ということだ。  「何それ⁈どうせ嘘なんでしょ、【空虚な冷徹】っ‼アンタは、出世がしたいために……!」  嘘だ。嘘に決まっている。  いくらボスが私に嘘をついていたからって。  流石に宝石まで、諦めるはずがない。  これは私じゃないと持ち運べない。  ボスはこの宝石を欲していたのだ。  だから、任務中にそんな命令、出すはずがない。  「そう思いたいのでしたら、ご勝手にどうぞ。__俺は、そういった地位には興味がないし、これでも貴方に温情をかけていたつもりですが。」  その上から目線の物言いに、一層、むかついた。  何が、温情だ。  こいつは、裏切ったから__敵なんだ。  「いいわ!ここから逃げ出してやるっ!そしていつか、アンタに復讐してやるっ‼」  こいつも、シェイミーも復讐対象に入れてやる。  そして、政府関係者を皆殺しにした暁には、こいつとシェイミーの首を刈ろう。  私はリオを睨みつけ。  「マフィア・ローゼンでの命令はこうです。『サソリ・クラークを殺害せよ。いかなる手段を使ってもよく、死体の保存状態は問わない』と。たとえ、ここから逃げ出したところで、マフィア・ローゼンのメンバーが追ってきますよ。その数の威力は、貴方も知っているでしょう?【写真】で、貴方の顔も割れているんです。貴方はどこからも、誰からも逃れられません。」  そんなもの、関係ない。知るわけがない。  たとえ、マフィアローゼンだろうと、地の底まで逃げ切ってやる。  今の私は興奮によって、周囲が見えていなく。  それすらも、私の突っ切った思考を止める理由にはならず。  「はぁっ⁈なんで私がマフィアに捨てられるのよっ!私は、__初代サファイアの弟子なのよっ!」  ボスは序列を重んじる。  だから、初代サファイアの弟子を捨てるわけもない。  「だからですよ。ボスも迷惑していましたよ。勝手に上級幹部復刻を名乗られて。」  「__っ。」  その言葉に、私の言葉が、一瞬とまる。  師匠の名誉を傷つけてしまった。そのことが少し、情けなく。  しかし、その気持ちも次の【空虚な冷徹】の言葉で無事吹き飛ばされるが。  「俺につかまっても、外には出られませんが、最低限の生活と衣食住は保証します。」  と。  誰が上から目線でそんなことを言っている、と思った。  なにより、ナナちゃんと遭えないのがむかついた。  そんなもの、こっちからお断りだ。そうなるくらいなら__いくらでも殺されてやる。  「そんな奴隷みたいな生活、絶対嫌。私はナナちゃんを幸せにするのっ!だからアンタのことも絶対に倒してやるっ!」  そうだ。私は、ナナちゃんを笑顔にする、というやるべきことが残っている。  だから、あんたなんかにつかまってやんない。  絶対逃げ出してやる。  そう、リオを睨みつけて。  「おっと。ボスが呼んでいます。」  リオは私の睨みには動じず、と、倉庫の扉を開き、いつの間にか周囲にいたであろう三人の部下のほうを見た。  「しばらく彼女を確保しておいてください。」  と。  まるで、もののようないいように私は一層むかついて。  「「「御意。」」」  三人の部下は声をそろえ、閃光のスピードで私の腕を抑える。  その、きっちりとした抑えっぷりに。  悔しいことに、リオの方がまだ隙があったのに、と思ってしまい。  リオは言いつけたあと、こちらを振り返りもせずに、さっさと倉庫の中に入っていく。  「はぁっ⁈ちょっと待って、リオ、アンタ、どこに行く気?」  リオ・マーティンは答えない。  ただ、彼が足を進めるたび、彼の水色の縛った髪が左右に揺れていて。  その扱いが一層、屈辱的だった。  「ちょ、答えなさいよっ!」  声をかけても、答えない。  完全に無視を決め込んだまま、リオは倉庫の中に消えて。  ふざけんな、と言おうとした時だった。  突如、私の視界が暗くなったのは。  そういえば、昨日、夜通しで箒を走らせていたから、寝ていなかったな、と、消えかかる意識の中、ふと思って。  次に目覚めたのは、再び、倉庫の近くだった。    目覚めの時特有の爽快感と、まだ寝ていたかった、という奇妙な余韻。  たとえリオの部下に手錠をかけられていたとはいえ、目覚めが悪くなる事はなかった。  きょろきょろと辺りを見回し、自分にかけられていた手錠を見て、自分の置かれた状況を思い出す。  リオの三人の部下は、サボることなくしっかりと私に厳しい視線を与えつつ__ギルドの、倉庫の壁を見ていて。  壁には、それなりの大きさの穴が開いていて、そこから中を覗けるようになっていた。  「あれ……なにこれ。」  中には、リオの姿もあった。  もしかしたら、この穴でリオの姿を確認したのかもしれないが。  それだけじゃなかった。  中には、私を追いかけていた四人や、知らない四人。それに、ナナちゃんがいて。  中央に、私が憎悪している銀髪のあいつの姿があった。  シェイミー・セコンダレム。  シェイミーは、大きく、腕を広げ。  「サソリちゃんは、実はマフィアだったんだ!」  と。  彼女の口から出てきたのは、私の名前だった。  「__は?」  その言葉に、あんぐりと口を開くしかない。  それをした動機は分からない。  ただ、シェイミーの瞳には、私に対する嘲笑いが見えて。  シェイミーには気が付かれていないだろうが、シェイミーの方からは、こちらが見えているような気がして。  それでも、シェイミーがこんなことを行う理由ははっきりわかっていた。  __私のことが憎いから。  私の秘密を妹に知らせて、私を絶望させたいのだ。  その思惑に、私は唇をかみしめ。  「……うそでしょ、ねぇ⁈」  いつの日か、シェイミーセコンダレムはこう言っていた。世界は、どこまでも、理不尽で不条理だ。  なぜなら、恵まれない人ほど欲しいときに欲しいものを手に入れられないから。  たった今、その言葉の意味がわかった気がする。  世界は、私を許していなかった。  ゆえに、ナナちゃんに真実を知らされた。  __知ったら一番悲しむような人に。  両親が死んで、  あの子だけは、正しくあらないといけないのに。  あの子だけは、純粋でいてほしいのに。  隙間から聞こえる、沢山のざわめきすら、今はノイズに聞こえ。  ただ、そこまで私を堕としたかったシェイミー・セコンダレムが憎く。  私は隙間から見える、シェイミーの横顔をきっとにらんだ。
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