灰色の情景と、鮮やかな殺戮~リオ・マーティンの幸福~

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灰色の情景と、鮮やかな殺戮~リオ・マーティンの幸福~

 俺、リオ・マーティンの目の前には紫色の長髪をポニーテールにまとめた一人の少女__サソリ・クラークがいて。  彼女は俺をにらみつけていた。  「でも、アンタは、アンタだけは私の味方なんじゃないのっ__⁈」  と。  授業に出席こそしなかったけれど、ミュトリス学園の生徒である彼女は、ミュトリス学園の教師の立場である俺に、こんな口はきかない。  じゃあ、なぜ故俺に対してため口で話すのか。  ただ単に、それは俺と彼女の関係にあった。  俺の所属している反社会組織、マフィア・ローゼン。  その組織の中で、俺と彼女は同僚関係にあった。  もっとも、その中で俺は中級幹部であるのに対して、彼女はあくまで下級幹部でしかない。  それなのになぜため口をきかれているのかと問われればそれは深い事情があるのだが、その事情はまたおいおい話すとして。  たった今、俺は彼女に宣告を出した。  捕まえる、と。  彼女の問いかけもわからなくもなかった。__思考プロセス的には。  サソリさんとはそれなりに旧知の仲であったと思う。  だが、それとこれとは別問題なのだ。  「さあ。俺は貴方を信用したことは一度もありませんが。」  俺はことり、と首を傾げた。  「__そんな。」  サソリさんは崩れ落ちた。  その瞳には、光が宿っていなく。  たぶん、俺の行動に絶望したのだろう。  俺には理解できない感情だ。  「なんで、なんでアンタまで。このままじゃ、私、__どうにかなっちゃうって……。」  泣きそうな声で、サソリさんはそういった。  普段の俺__教師に雲隠れしている俺なら、たぶんそんな彼女を優しく慰める【生と思い教師】のふりをするのだろう。しかし、俺の正体も、本性も、感情がないこともバレている彼女にはそうしたところで意味がない。  俺は冷たい視線で彼女を見下ろしたまま、彼女に数歩、歩み寄り。  「はい。」  と、俺はその言葉と共に彼女の腕に手錠をつける。  その、三秒もかからなかったこの術に、対抗できる手段を持っているものは今まで誰一人見たことがない。  たとえ、味方陣営でさえも。  下級幹部である彼女も、それは同じようで、彼女は呆然と、いつの間にか俺の手によって付けられた手錠を見ていて。  「なに……この手。」  と。  そんな彼女の腰についている包みを取り外し、宝石を取り出した。  宝石はひび割れているにもかかわらず、目立った傷もなく、奇麗に虹色の光を発していて。  それは確かに彼女の凄腕を示していた。  通常の構成員なら、ひび割れた宝石なら、ここまで丁寧に持ち運ぶことは困難だろう。  その点、彼女は軽装で、薄い包みだけにもかかわらず、宝石を壊さないままでいる。  __ボスが欲している宝石を。  それは彼女の怪盗としての、確かな才覚であった。盗んだものを丁寧に扱うことができる、という。  が、しかしそれも、ここまで来たらもう十分だった。  ここにはボスが来ていて、他にもマフィアのメンバーがいる。  「宝石は、預かります。」  と、俺はそれを自分の鞄にしまい込む。  一見、普通の鞄だが、それなりの魔法にも耐えられる強度のものだ。  ここに入れておけば安全なはずだ。  サソリさんは、その動作を見届ける前に、  「これは私の任務のはずよ。口出ししないでっ‼」  と、こちらに怒鳴りかかってきた。  彼女の言い分ももっともで、この宝石は、本来はサソリさんの仕事__サソリさんがボスに直々に受けたもの。  それを勝手に奪ったりした場合、その構成員に罰が下る。  たとえ、構成員にその気がなくても、組織の重大な秘密を漏らしてしまうかもしれない。  ボスからの直々の命令というのは、つまるところそういうことだ。  しかし、今回は違った。  サソリさんは下級幹部なのに対し、俺は中級幹部。  そして、俺はボスとマフィアの中でも一番長い付き合いで、情報管理についても、しっかりしている。  つまり、俺がサソリさんから宝石を奪ってはいけない理由は存在しないのだ。  そして、ボスはさらに俺に命令を出していた。  __サソリ・クラークから宝石を奪って、提出しろ、と。  つまり、これは規律違反でも何でもない。  俺は任務を遂行していただけだ。  「いいえ。ボスは元々貴方に価値を感じていなかったのです。宝石を取り返して、実験のデータも取れたのなら、後はもう用済みだ、と。」  と。  ボスは、サソリさんの付けている青色の石が入ったアクセサリー__初代・サファイアの遺品にこっそり計測器を取り付けていたのだ。  ラマージーランドでは科学技術が発達していなかったため、サソリさんは気が付かなかったが、大陸の科学技術によって、その計測器は、彼女にとって、アクセサリーの金箔がはがれたようにしか見えなく。  よって、彼女もそれを怪しまなかった。  「宝石のデータ?実験……なにそれ。なにそれ。」  呆然とした顔で俺を見ている彼女に、俺はほとほと呆れていた。  なぜ、気が付かなかったのだ、と。  いくら初代サファイアの弟子とはいえ、マフィアとしての能力値がそこまで高いわけではない。それどころか、殺人すら一度も遂行できたことないのだ。  唯一、マフィアとして使うことができるのは、その盗みの手口だった。  大陸では犯罪が横行しすぎていて、暴力だけが全てのような形になってしまっている。それゆえ、盗みの技術を持っているものは貴重で、それゆえ、ボスはラマージーランドでの任務は全てサソリさんに任せていた。  もう一つ、サソリさんを採用していたのは、彼女が魔法を使えることが大きい。  大陸の、マフィア・ローゼンの拠点のずっと遠くに拠点を張っている組織、【アナテマ】が、ラマージーランドの政府と連携をとって魔法の研究をしているためだ。  アナテマはマフィアと同じ犯罪組織であり、マフィア・ローゼンと数々の領土争いをしてきた敵対組織でもある。  そのアナテマが、先に魔法を手に入れたとなれば、マフィアはその争いに負けてしまい、アナテマの傘下に下ってしまうのも事実。  故に、ボスはアナテマと同様に実験を開始したのだ。  ラマージーランドにいる、魔法が使えるマフィア・ローゼン所属のもので。  密会や作戦会議と称して、相手に接触してこっそり魔術具で魔力をうばったり。(ちなみに、ボスは魔力を持っておらず、魔法が使えないため、俺が魔術具を動かしていたが。)  「元々、貴方を懇意にしていたのは、あなたがそんじょそこらの人物より、盗みが上手かったのと、魔法が使えるせいで。__ボスはその条件さえそろえば、誰でもよかったんです。ボスは、貴方を必要としているわけではなかった。」  と、俺はさらに俺は畳みかけた。  サソリ・クラークはお世辞にも、実力者とは言えない。  むしろ、初代サファイアのコネを利用して、下級幹部の地位を得たのだろう。  俺の言葉に、サソリクラークは目を濁らせ、  「……は、は、は……。」  と。  サソリさんとは今までに数度組んだことがあるが、その時々、絶望する状況ですら、サソリさんは目を濁らせていなかったように思う。  __それほどまでに、今の真実は、彼女に響いたのか。  元々仲間というものに関心がない俺にはわからないが。  しかし、サソリさんは、刹那、はっとしたような表情になって、再びこちらを睨みつけて。  「……っ!裏切者っ!いつかマフィアも__アンタたちも、滅ぼしてやるっ!すぐにだって、逃げてやるんだからっ!」  と。  その瞳には激怒の感情が見て取れて、俺は、ああ、彼女でも怒ることはあるのだな、と感心して。  サソリさんとはそれなりに長い付き合いだが、いつでもその表情は澄ましたものか、ドヤったものか、部下に何かを指摘され慌てた表情で。彼女は一度でも怒りにかられたことがない。  そういう面では、俺はサソリさんを同族のような目で見ていた。  この人も、怒ることはあるのか、と。  そして、同時に彼女に呆れた。  彼女の計画性のなさと__その場限りの行動に。  「そういうところですよ。貴方は自分の思想で相手を計ろうとしている。ロマンチストとしてはいいかもしれませんが、俺たちが所属しているのはマフィアです。一つの巨大な組織です。__そして、組織にはその動きの仕組みを理解できない者は、いらない。」  サソリ・クラークと俺は何回も組んだことがある。  その中では、俺が人を殺したこともあった。  自身の快楽のためではない。  これは単純に、命令のためだった。  __むろん、自身の快楽のために強者に挑みかかり、その人物を殺したこともなかったわけではないが。  その中には、サソリさんと俺の合同任務もあって。  サソリさんは、その任務の人殺しの部分を、すべて放棄しようとした。  どうせボスにバレることはないんじゃない、と。そんなことない。サソリさんが付けている初代サファイアの遺品には、勿論盗聴器が仕掛けられていて、サソリさんの会話は常に漏れている、なにより現在のボス__二代目マフィア・ローゼンボスと一番深くつながっているのは俺なのに。  そんなことも考えず、サソリさんは任務を放棄しようとして。  しかも、その理由も、『私は人を殺したくない』という、きわめて自己中心的なものだった。  サソリ・クラークは良くも悪くも、自分を貫く女だった。  __それがたとえ、規律とボスの命令が一番なマフィアでも。  いくら有能なものであろうと、自己中心的な態度をとり続ければいずれはボスを闇討ちする可能性も出てくる。  ゆえに、マフィアは規律を重んじ、そういった【異分子】は早めに摘むのだ。  それが、とても有能とは言えないような殺しもできない少女なら、なおさらそうだ。  俺の淡白とした態度に、サソリさんは目を見開いて、  「何なのよっ、その態度はっ!私たち、数々の危険を乗り越えたでしょう、ねぇ⁈」  と。  確かに俺たちはそれなりの数の危機を乗り越えた。  その中には、サソリさんの機転のおかげで乗り越えられた、というものも数多く存在する。  が、それはあくまでその当時の話。  今とは色々状況が違うのであって。  「ええ。ですが、それとこれとは話が別。いくら貴方が任務で俺と組んだからって、俺はマフィアの人間ですから。マフィアの命令には、従うまでです。」  何でもできるのに、何もなかった俺が、初めて使えようと思ったのが、今の二代目のボスだ。その命令には、何度でも従う。  たとえ、何回でも死の危機に瀕しようとも。  「何それ⁈どうせ嘘なんでしょ、【空虚な冷徹】っ‼アンタは、出世がしたいために……!」  と、サソリさんの声。  その声に、俺は眉を上げた。  本当に、気が付いてないのだ、と。  「そう思いたいのでしたら、ご勝手にどうぞ。__俺は、そういった地位には興味がないし、これでも貴方に温情をかけていたつもりですが。」  俺は、これでもサソリさんをそのまま殺すつもりではなかった。  いくらサソリさんがボスがそうするよう命令した異端分子であるとはいえ、彼女は何回も共に危機を乗り越えた仲間であり、部下であった。  ゆえに、俺も情のようなものがわきかけていた。  なんでも思ったとおりにできてしまい、そのせいで淡白としている俺は、感情というものがわからないが、長年死線を共にしてきた部下を殺すのは一般人を殺すよりも、少々、手間取るし不愉快な感覚があるので、たぶんこれは感情だろう。  とにかく、おれはサソリさんを生け捕りにしたまま、俺の所有している邸宅の地下にでも隠して、最低限度の生活を与えようと思っていた。  が、サソリさんは俺を睨みつけて、  そんな奴隷みたいな生活、絶対嫌。私はナナちゃんを幸せにするのっ!だからアンタのことも絶対に倒してやるっ!  と。  彼女はどこまでも俺を敵対視していて、ゆえに、俺も彼女を助けることを諦めた。  「おっと。ボスが呼んでいます。」  と、耳に手を当て、大陸の科学技術の結晶の一つである、通信機のボタンを押す。  この通信機から振動があった時、それはボスが俺を呼び出した時だ。  俺はサソリさんの付けた手錠から手を離すと、遠くにある、倉庫の扉を開く。  ――アドノディス・オムニス。  無詠唱でも効果はある、物質を操ったり動かしたりする魔法だ。  本来、光属性のものではない。  __ただ、それを俺が大陸の科学技術の要領で改良したというだけで。  サソリさんも任務の際にこの光景を何度も目にしているからだろう。  特段、驚くという風でもなく。  俺は、俺の背後に音もなく忍び寄っていた三人の部下に声をかける。  「しばらく彼女を確保しておいてください。」  と、その言葉に、三人の部下はうなずいた。  「「「御意。」」」  そして、閃光のスピードでサソリさんを抑えに行く。  俺はそれを確認せずに、扉の方へと歩き始めた。  実際に抑える現場を確認したわけではないが、あの三人なら、大丈夫であろう。  なにせ、俺の部下でも三傑と言っても問題がないほどの実力の持ち主なのだから。  後ろでサソリさんが何かを俺に訴えかけていたが、俺は振り返らなかった。  そうでなければ、サソリさんをあの三人に任せた意味がない。  心底、愚かしいな、と思った。  ただ、少し、愚かしい、という呆れと共に。  羨ましい、という気持ちがなくもない。  俺の人生は何でも出来すぎていて、ゆえに、ずっと単調だった。  ピンチに侵された事がなかったわけではないが、それだって頭を回せばそれなりに解決できるような問題が多く。  ゆえに、俺は何かを渇望したことがない。  それほど何かが不足したことがない。  できることなら、その気持ちをわかってみたい。  大部分の人が理解できる感覚が、俺には理解できない。  「――俺は人生で一度もそうすがったことがないので、その気持ちが分かるわけはないですが。」  俺はそんなことをつぶやきながら、倉庫の中に入る。  ボスが呼び出しているというだけで、別に倉庫の中にいる確証はなかったけれど。  ◇◆◇  俺、リオ・マーティンは孤児だったらしい。  だったらしい、というのはそれが一歳ごろの話で、俺の記憶がまだないからだ。  そのころの俺は人身売買をする行商人によって、売り出されていて、その俺を買ったのが、マーティン家で、俺の義兄であるカイラス兄様だった。  マーティン家の長男であるカイラス兄様は大変に慈悲深く、町にお忍びで来ていたところ、行商人に売られている赤子の俺を哀れんで、購入したのだった。  そうして、俺はカイラス兄様によって連れ帰られ、マーティン家の養子になって、リオという名前をもらった。  それが俺、リオ・マーティンの半生で、それなりに幸せなはずだった。  兄様たちはおれを可愛がってくれるし、義両親は俺にも分け隔てなく愛情をくれる。  誰も家族の中で一人、髪の色と目の色が違う俺のことをからかわず、俺に居場所を与え続けてくれた。  兄様たちは兄様たちよりはるかに出来のいい俺をいびることはなかったし、義両親だって、やれ貴族であるマーティン家の血筋がどうの俺が陰口を言われるたびに、俺のことをかばってくれる。  何一つ、不自由していない生活だった。  __ただ、一ついうのならば、その生活はとても面白みに欠けていた。  俺は義両親が出した、【貴族にふさわしい人間になるため】という教育を一回見聞きするだけで全て完ぺきにこなしてしまったし、勉強だって、一回で理解してしまって家庭教師が逆に音を上げる程だった。  どういうわけだか、俺は、生まれた時からなんとなく【物事の本質をつかむ】性質を持っていたようで、家族は俺のその能力を、【天才】ともてはやした。  もっとも、俺自身その能力のことを信じているということもなく、その賛美だって、きっと俺が大人になったら崩れると思っていたが。  ゆえに、俺はやろうと思った事を何でもできてしまって。  ゆえ、それらしい努力をしたことも、苦汁をすすったこともない。  安全で、平坦な人生の道は、退屈で、刺激にかけていて。  だから俺は心のどこかで願っていたのかもしれない。  この生活が、壊れてしまえばいいのに、と。  __そうなったら、とてつもなく面白いのに、と。  そして、それは叶えられることになる。  ある、五歳の冬。マーティン家にマフィアが攻め入ってきたのだ。  「俺をどうするのですか?」  俺は目の前のマフィアに尋ねる。  目の前のマフィア__いかにもといったガラの悪そうな格好に紐を通し、首にかけている鷹の爪。彼らが、マーティン家を武装して襲ってきたのだ。  マーティン家に仕える兵士たちは懸命に戦ったが__何分、相手が悪かった。  マフィア、というのは反社会組織であるだけ、その分治安維持組織には抵抗しなければいけない。  故、武器は常に最新のものをそろえているし、その戦闘方法も、それなりに出来上がっていた。  対するこちらの騎士は、武器は旧式の銃剣に、鎧をつけたままで。  そんな騎士がマフィアと対立すれば、その結果がどうなるかなんて、子供でもわかるものなのに。  結果、マフィア・アクィラはマーティン家の騎士に五分もせずに勝ってしまい、どうどうとこの家に入ってきた。  残っていた使用人や、家族が悲鳴を上げたが、もう遅かった。  ろくな戦闘技術を持っていない使用人や家族は、マフィアに惨殺されてしまったのだろう。  その現場を見たわけではないが、自室にまで聞こえてきた音で、大体は察しが付いて。  四人を殺したマフィアは、それだけでは満足しなかった。  あろうことか、マーティン家の屋敷の中をくまなく捜索し始めたのだ。  堂々と答えた俺を、マフィアは怪訝そうな目で見た。  それはそうだ。  マフィアの持っている銃はどこか煙臭いし、なによりガラの悪そうな服装が、返り血と思われる血でびっしゃりと濡れている。  「ちっ。こんなところに生き残りかよ?ああ?一般人か?土下座をするのなら見逃してやってもいいぞ。」  と。  俺に銃を構えながら。  逃げればいいはずだ。  というか、そうした方が身のためだった。  目の前の男は、平然と殺しを行っているから、自分だって殺されるかもしれないのに。  だが俺は逃げなかった。  否、逃げれなかった。  俺の人生は平たんそのもので、ゆえに悲鳴を上げたことも、何かに本気で恐怖したこともない。  だから、わからなかったのだ。  その恐怖する気持ちが、大声で、悲鳴を上げる思考が。  理論上ではわかっても、その場にいると、理解できなくて。  __なぜ、この人たちは悲鳴をあげているのだろう、と。  悲鳴を上げる程怖い相手なら、どうせ殺されるのだし、わざわざ悲鳴を上げる必要があるのか、と。  俺にとって、家族たちの悲鳴は単なる無駄な作業でしかなく。  せめて、殺されるのなら、最期まで意味のある行動をしていた方がいいのではないか、と俺は思って家族の悲鳴を聞いたあとも、読書をしていて。  冷たい行動だ、と自分でも思う。  しかし、それに罪悪感を抱えていない自分もいて。  そんな自分に、少し驚いていた。  俺は、どこまでも冷めた人間なのだ、と。  「生憎、俺は貴方がたに殺された一家の末息子です。――養子ですけれど。」  俺はマフィアに対して名乗り出て。  特に、隠す必要もなかった。  このマフィアが財産目的で、ここに入ったのか、それとも違うのかはわからない。  マーティン家はそれなりの歴史がある貴族で、その資産もそれなりの額を保有していた。  だが、このマフィアがマーティン家の人物を、皆殺しにしたということは、遅かれ速かれ俺も狙われるということなのだろう。  それだったら、早いうちに名乗り出ておいた方がいい。  「あっ!てめえが?!あの、天才なのか?」  俺の言葉に、マフィアは、目を白黒させて。  天才、という言葉に俺は首をかしげる。  家族の持ち上げが過度に行き過ぎたせいで、領内ではある程度天才という噂は広まっていたが、まさか、他領に本拠地を置くマフィアにまで知られているとは。  「天才……そうですね。周囲はそうやって俺をもてはやしますが、俺は自分の事を天才なんて思った事は一度もありません。ただ、――何でも、うまく出来すぎてしまうだけで。」  俺は自分のことを天才だとは思ったことがない。  天才というのは、言動全てが神がかっている人のことを言うのだと思う。  俺の行動は、すべて成功しているとはいえ、それは何も神がかったものではない。俺の行動を、周囲が勘違いしているだけだ。  「それより、いいのでしょうか。貴方がたの目的は、一族を滅ぼすことでしたよね?俺を残してしまったら――それが叶わなくなるのでは?俺だって、養子ですが一応は子供ですよ。」  少し、予想を言ってみただけだ。  本来金を奪うだけなら父親と長男のカイラス兄様だけを殺害すればいい。  どちらもそれなりに力を持っていて、ていこうする恐れがある。  母親と次男のアルフレッド兄様はそれほど脅威になるとは思えなかった。  なのに、なぜ殺害するか。  武器だって、血で汚れて使えなくなるかもしれないのに。  __ただ一つ、マーティン家を全滅させたかったからに違いない。  その動機まではわからないけれど。  しかし、俺の予想が当たっていたのだろう。男は顔を真っ赤にして、  「小癪なガキだな、てめえっ!!滅ぼしてやるっ!!」  と、そうして持っていた銃を構えた。  「ええ、そう思うのでしたら、どうぞ。」  俺は先ほどまで読んでいた本を手に取る。  どうせこの人は殺される気なのだろう。  なら、最後の抵抗をさせてもらおう。  「兄様は、やられたらやり返せ。それが貴族の家名を守ることにもなる、と言っていまして。―_手痛くなるかもしれませんが、ご了承を。」  兄様の言っていた言葉に、心を動かされた訳ではないが、どこか腑に落ちた部分があった。  マーティン家は貴族だ。  貴族である以上、領民を守り、領地を守る義務がある。  それゆえ、妥協してはいけない部分も。  受けた攻撃は、それ以上にして、報復する。  それがマーティン家の家訓であり、物騒ではあるが、マーティン家の領地が長年、安穏としていたのもこの家訓にあり。  俺は、手に持っている本を構える。  相手は手に二丁も銃を持っていたが、俺は本一冊。しかも、体格は子供である。  それでも俺の脳内にはすでに目の前の男を倒す作戦図が組みあがっていて。  両者向かい合って、その場に緊迫とした空気が流れた時だった。  どたどた、という音と共に部屋の中に目の前の男の仲間とみられる男たちが駆け込んできた。  「おい、兄ちゃん。俺のお仲間も加わるがいいかね。」  と、男は下衆た笑みを浮かべる。  「ご自由に。こちらにはすでに作戦が出来上がっていますから。」  と、俺の言葉で男たちがとびかかる。  そして、戦いが始まった。  ◇◆◇  俺の目の前には、先ほど俺に襲い掛かってきて、そして俺に倒され、床に寝転がっているマフィア・アクィラの男達。  「…………。」  誰一人、一言も発さない。  マフィア・アクィラの男たちとの決着は十分もせずに付いた。  俺は本以外の武器を持っておらず、子供の体格というハンデもあったが、幸い、ここは俺の自室であり、構造と間取りを正確に把握していいるのも俺だけだった。そして、部屋には何個もの本棚があり、そこには図鑑なり辞典なり沢山の本があって。  あとはそれを利用するだけだった。  以前本で読んだ人間の急所に本の角を何回もぶつければ、あのマフィア・アクィラとて、無傷ではいられない。  具体的な方法は……まあ、真似しそうな人がいるから出さないでおこう。  そして、俺は自身の勝ちを確信すると、少し息を吐いて。  「ふふっ。ふふふっ。楽しい……楽しい、です。」  生まれて初めて、心の底から笑った気がした。  与えられたどんな課題でも、こなせてしまって、俺の人生には壁などなかった。  初めてだった。こうして、俺に立ちふさがってきた人がいたのは。  俺は十分弱で勝てたけれど、それだって圧勝というわけではない。  むしろ、その逆__はじめて、命を削られる感覚があった。  数もあちらの方がおおいし、武器だって持っている。  ゆえに、俺は人生で初めて苦戦して、焦燥に駆られて。  何でも出来てしまう俺でも、戦闘だけではこれほど苦戦する。  それが、何よりも面白くて、おかしくて。  もっと焦燥を__戦を、望んでしまって。  「てめえ、クソガキ、ホントにガキなんか?転生じゃねえだろうな。」  最初に俺の部屋に押し掛けてきた男が、こちらをみながら、少し引いたようにつぶやく。  返り血で汚れていた全身は俺の本の攻撃によってところどころ紫色の痣が出来上がっている。  少し、半殺しにしようと思ったが、やりすぎてしまったか、と思う。  俺は家族には情を持っていたけれど、かといって復讐をするほどでもなかった。だったら、もう少し手加減しても良かったかな、ともう遅いながら反省して。  「【転生】……?どういった意味ですか?」  男の言ったその言葉は、俺の知らない意味だった。  首をかしげると、男は心外というように顔をしかめた。  「ちっ。知らねえんならいい。てめえのそれは、天性の才能だぜ。」  と。関わる人ほとんどにそう称賛される俺ではあるが、まさかマフィアにまで称賛去れるとは思ってもおらず。  「ありがとう、ございます……?」  俺はきょとんと首をかしげながら、お礼を言う。  「……才能、か。」  ずっと、俺が何でもできてしまうのは才能ではなく、ただ小器用なだけだと思っていた。  しかし、荒事にまでなれているマフィアにすら言われてしまうと、この能力が才能かもしれないと思ってしまう自分もいて。  俺はしげしげとマフィアたちに本をぶつけていた右腕を見る。  そんな俺の様子にマフィアはこちらを見つめ、  「なあ、クソガキ。思いついたんだが、てめえ、マフィアに来ないか?」  「マフィア、ですか?」  と。  嫌悪感は特にしなかった。  俺は齢五歳にしながら、恵まれていない人が巨額の富を持つためならば倫理観を壊さなければいけないことも、この世界にはこびる残酷な格差にも気が付いていた。  それに、これから俺が親もいない状況で路頭に迷うことも。  「どうせ親もいない身で後は没落貴族になるだけなんだ。それに、俺達だって殺害に失敗した、と知られれば親方に殺されちまうしな。どうだ、ここは一つ、交渉と行こうじゃねえか。」  と。  「そうですね。」  自分の身分に興味があるわけではない。  むしろ、逆だった。今日貧民街にすんだところで、俺の折れるプライドなど、ない。  「――入りましょう。」  俺はそううなずいて。  マフィアの男が驚いたように眉を上げる。  「お、はええな。さてはてめえ、マフィアの意味が分かっていないな?」  「?市民を威嚇し、威圧し、天下を取った上で、その街を闊歩する。――不法組織ですね。」  俺もマーティン家の末息子だが、甘やかされて盲目に育てられたわけではない。  むしろ逆で俺の何でも器用にこなせる性質を知ってから、両親は進んで俺にそうした現実を見せてきた。  すべては__あの興奮を、もう一度体験するため。  俺は今まで体感したことのないような、命を削られる感覚に虜になってしまったのだ。  「なんだ、知っていたんじゃねえか。とことんませているガキだな。だが、その能力、買ったぜ。」  と、呆れたようにいうマフィアの男性。  しかし、その瞳には拒絶の色はなく、俺のことを本気で受け入れていることが見て取れて。  「いいか、ガキ。お前はいつかマフィアで天下を取るようになる。お前の才能は、そのぐらいの価値がある。」  正直、男性の言っていることは信じられなかった。  俺自身、自分がマフィアで天下をとれる実力があると、思ってはいなかった。  ゆえに、これも家族の天才賛美のようにきっと男性のおだてなのだろうと。  所詮は戯言なのだろうと。  しかし、その時の男性の声は、妙に確信を持ったもので。  ゆえに、俺は一瞬信じかけてしまった。  「俺が証明してやってもいい。――マフィア、入らねえか?」  男性の言葉に、俺は男性の手を取る。  「はい、よろしくお願いします。」  それが、俺、リオ・マーティンがマフィア・アクィラに入った瞬間だった。  それから俺は幼いながら入ったマフィア・アクィラで数多の成果をあげることとなり、それは現在の二代目ボスと共にマフィア・アクィラから抜けるときまで続くことになるのだが。  それはまた、別な話だ。  ◇◆◇  それは、俺が十六歳のころだった。  俺が貧民街の道を歩いていると、遠くの方から、薄汚れたこどもが歩いてきて。  「…………。」  それ自体は、別に普通の光景だった。  子供は五歳くらいで、お目付け役の大人も、友達もいないようで、ただ、何かを抱えるようにして歩いていて。  「…………?」  その動き方が、少し疑問に思えた。  一見何も持っていないその少年は、ただ、動きがおかしかった、と見ることもできただろう。  だが、この時すでに沢山の戦闘を繰り返していて、それなりの観察眼を持った俺の目には、その子供は怪しく映った。  歩幅が、何も持っていないにしては、少し、重い。  その、ほんの少しの重さが、奇妙な違和感となり。  その子供にそれとなく視線を送っていた時だった。  「あ、あれは……!」  子供が道行く人から財布をすっていたことを確認したときは。  「――っ。」  その子供が、ゆっくりとこちらを振り返り、俺の視線に気が付き、目を見開く。  刹那、子供は光速を思わせるスピードで走り去ってしまった。  俺は慌ててそれを追いかける。  別に普段だったら見逃しても良かったのだが、今回は状況が違った。  マフィア・アクィラのメンバーの財布やれ報酬やれ、重要書類を奪っている【かまいたち】。  それの犯行に間違いない。  【かまいたち】には、マフィア・アクィラから討伐命令が出ている。見つけたら、野放しにしてはおけない。  良くて、禁錮かマフィア内での教育。悪くて死刑だ。  子供は、貧民街の突き当りまで走っていき、そして、行くべき先をなくしたと気が付いたのだろう。  慌てて足を止めて。  しかし、少し時間が遅かったというべきか。  俺はすでに、子供のすぐ後ろにいて。  「ちっ。」  子供が舌打ちをするが、俺は構わず光速で子供の目の前まで来て、子供の両腕を鷲頭紙にする。  放せ、放せよ、と子供はわめいていたが、しばらくして俺がはなすことがなかったのか、諦念して、一切言葉を発さなくなり。  まるで大人のものと見紛うような冷静な瞳をこちらに向けてきた。  俺はそれには動じず、【かまいたち】の腹を指さす。  「こうして、道行く人々から財布を奪っていた訳ですか。」  無言。  かまいたちは、こういう質問にも慣れているのだろう。  年齢にしては上手い立ち回りを見せて。  「……なにか言ったら、どうですか?お兄さんは、優しいんですよ〜。」  俺はにっこりと笑みを浮かべる。  俺だって、マフィアに属しているものの、それを知らない人たちの間柄では優しい人で通しているのだ。  満更、嘘ではない。  かまいたちは俺の笑みを、バカにするかのように見つめると。  「……嘘はやめるがいい。見ていて、見苦しい。」  と、かまいたちは再び口を開いて。  先ほどまでの年相応の子供のものじゃない。  俺よりもずっと年上の大人の口調。  「っ。――でしたら、もう必要ありませんね。」  俺は顔に張り付けていた笑みをひっこめ、無表情に戻る。  俺はマフィア・アクィラでも無表情だと話が通じない部分があるため、表情を変化させて何かしら思っているふりをしている。が、本心ではやはり、この世界はどこか退屈だった。  退屈でなく、本心で笑えるのは俺が命を懸けて戦っているときだけ。  俺の家が襲撃されて俺以外の家族が全員殺されてから十年がたったものの、俺に見えている世界は依然として変わらなかった。  「ああ。それでいい。私としても結構だ。」  と。  それはまるで取引か何かをするような上司の口ぶりを思わせる。  否、口調だけじゃない。  立ち回り、思考、それにその瞳。  少年の何もかもが、年上の貫録を放っていた。  「まるで、大人のような立ち回りですね。」  先ほどまでは、子供のふりをしていたが、俺の何かを見て、それを隠すのは不必要だと察したのだろう。  「そうだ。私は、見た目と違って高い知性を持っている。俗に言う、天才だ。――貴君のだろう?」  と。  その天才は、身の回りのすべてを高い洞察力で見透かしていた。  「――わかるのですか?」  それに、少し驚きを覚えながら。  今まで俺が何かをするところを見て、天才ともてはやす人はごまんといたが、俺が何もしていないのに、天才、と見透かす人はおらず。  しかし、世界にはこんな人もいたのだ、と。その瞬間、俺の世界が少し広がった気がして。  「ああ。貴君も、私ほどではないが、天才の目――退屈そうな目をしているのでな。」  目の前の子供にとっても、世界は退屈だった。  そのことについては恐ろしいほどよくわかる。  毎日が灰色で、延々と終わりが見えない感覚。  彼もまた、才能の被害者であった。  「では、何故わざわざ貧民街に紛れて小賢しい子供のふりを……?貴方でしたら、今の年齢でも、それなりに大きい店の店主ぐらいにはなれそうですが。」  世界が退屈に見えるということは、彼はそれなりの頭脳を持っているはずではあった。  しかし、どういうわけか彼は貧民街にすむ【かまいたち】として盗みを働いており。  それがどうにも、自分的に納得いかなかった。  「誤解するではない。私はそれほど生き急いでいない。それに、成功が早ければ早いほど、敵というものは多くなるのでな。」  と。そのどこまでも先を読んでいて、未来を見通している行動に、感服しかない。  「十歳。十歳になったら、世界征服をしようと思うのだ。――世界の、限界を知りたくてな。その時までは、貧民街の小賢しい子供の皮を被る予定だ。」  「そうですか。」  「貴君。――生きがいはないか?」  「戦闘、です。命を削るような戦闘こそが、俺が唯一求めた焦燥感を、不足感を満たしてくれる。」  俺が胸に手を当てると、子供は黒色の瞳を細めた。  「そうか。それは――よいな。」  と。  その口調が、どこか俺をうらやむようだったことに、俺は気が付いて。  しかし、黙っているふりをした。  「決めた。貴君、私の部下になるがいい。私の元について、共に世界を征服しよう。」  その言葉に、俺はすぐに膝をつく。  迷っている時間など、なかった。  この人は初めて俺の世界を広げた人だから。  この人と共に世界を征服すれば、俺の世界はもっと広がって楽しいものになるのだろう。  「承知しました、ボス。――どこまでも。」  俺は、胸に手を当てて。  マフィア・アクィラには統領がいるが、俺はその人を一度もボスと思ったことがない。  ボスと認めたのは、その命を投げうってでもついていきたいと思ったのは、__彼が初めてだ。  「早速、私を養子としてここから連れ出すのだ。」  堂々と、ボスは言い切った。  「?」  意味が分からない。  否、もしくはこの人の考えが読めない。  この人は天才であれどすれ、俺よりはるかに次元を超えた天才で、その俺ですら思考のすべてを掴めるかどうかは怪しい。  「貴君はマフィア・アクィラのものだろう?部下だといえば、それほど厄介は起きん。」  ふん、とボスは鼻を鳴らし、俺は一層深く頭を垂れた。  「承知しました。」  と、ポン、と肩に手が載せられる。  見ると、ボスがにっと年相応の笑みを浮かべながら、親指を突き立てていた。  「じゃ、よろしくな、兄ちゃん。おいら、精一杯頑張るから。」  「?――なるほど。」  一瞬意味が分からなかったが、すぐ理解した。  つまり、こういうわけだ。  ボスは天才とバレることが厄介に思う性格のため、あえて年相応の子供を演じている、と。  俺のうなずきに、ボスは年不相応の大人びた顔つきに戻り、満足そうな笑みを見せる。  「天才とはつまらんやつが多いが、物わかりのいい部下というのは時々、助かるものがある。」  と。自分のなんでも器用に出来すぎてしまう性質が今回だけは役だったようで。  「ありがとうございます。」  「じゃあ、いくよ!兄ちゃん!」  と、子供の無邪気を装ったボスが、俺の手を引く。  俺は、小さくうなずいて、その手を引っ張った。  その数か月後、マフィア・アクィラは一人の子供と、少年の手によって滅ぼされるのだが、それはまた、別の話だ。  ◇◆◇    眼の前には、青々とした海。  大陸の技術のお陰でだろう。ぐんぐんとスピードをあげて、船が海を突っ切っていく様子は、見ていて気持ちがいい。  「ラマージーランドを、私の配下にしたいんだ。」  と、目の前の女性は言った。  青い瞳に、長い髪。  十二、十三歳ほどにもかかわらず、その少女の瞳には強い光が宿っている。  マフィア・ローゼンが設立した直後から、上級幹部についている少女__初代サファイアだった。  俺は彼女の言う言葉に意味が分からず、首をかしげる。  「?」  時は、マフィア・ローゼンの初代の統領がラマージーランドの敵襲によって倒された少しほどあと。  初代の統領の後任には、俺がマフィア・アクィラに勧誘した天才の少年__ボスが選ばれた。そして、初代が魔法警察に殺されて以来、マフィア・ローゼンの間ではラマージーランドは禁忌となっているのだが、どういうわけか、今回、俺はサファイアに連れてこられたのだ。  ラマージーランドへの張り込み調査のため。  今はラマージーランドに向かう貿易船を不法にジャックして、ラマージーランドに向かっている訳だ。  無論、上司の命令なため、任意ではないが。  「ルビーも、ダイヤモンドも、エメラルドも、それぞれ特技を持っているが、私は、持っていないからな。魔法が使える土地なんて、配下にしたら面白そうじゃないか。」  にひひ、と彼女は笑った。  「サファイア様。戦闘の才能でしたら、上級幹部の四人の中ではサファイア様が一番上と思われますが。」  「あー、そういうのはいいんだよ。戦いの才能なんて、所詮は状況が揃っているだけさ。明日私の腕がなくなるかも分からないんだ。それ以外の基盤を固めてこそが上級幹部なんだ。」  ガシガシ、と髪をかきむしるサファイア。  その様子は、上級幹部というよりかは育ちの悪い子供みたいだった。  「――もっとも、そういうのは分かっているはずなんだがな。なぜ、わざわざ質問しやがる。」  サファイアの瞳は節穴ではなかった。  俺の才能も、頭脳も、すべて見通していた。  まだ長い付き合いではないのに、恐ろしい人だと思う。  「――。」  俺は無言を貫いて。  「答えないのか、煽ってんのか。ま、私は、従順な部下も好きだけれど、歯向かう部下も好きなんでね、ハッハッハ。」  「ありがとうございます。」  と、俺は頭を下げる。  俺は何でも器用にこなせてしまうが、ただ一つ、感情が殆ど無いせいで、人の思考パターンが読めない時がある。  今のサファイアの笑みも、理由などわからなかった。  まあ、上司の思考の全てを知る必要はないのかもしれないが。  「その敬語、取れないのか?」  サファイアがめんどくさそうな目でこちらを見てきた。  「生憎、私生活もこれで通していまして。」  「けっ。堅苦しー。ま、マフィアに一人くらいそういうやつがいねーと面白みもないけれどさ。」  「ありがとうございます。」  「だから褒めていないって。君、そういうところだけはほんっと幼稚だよ【天才君】。」  「リオ・マーティンと申します。」  サファイアは人の名前を覚えない人だ。  「いや、知っている。あえて言わなかっただけだ。」  「では、なぜ。」  その言葉に、サファイアは答えず、目前の海を指した。  「ラマージーランドでさ、」  と、サファイアが腕を広げた。  「そこについたら貿易でもして、情報通になるんだ。そして、弟子を一人作るんだ。」  らしくもない、発言だった。  情報通という地位は戦いの女神と呼ばれる彼女にふさわしくないし、彼女はうまくいくかどうかわからない貿易にかける人でもない。  彼女は奔放な割には、誰よりも地を見ていた人だと思う。  故に、彼女の今の言葉を聞いたときにはとっさにそれが嘘ではないかと疑ってしまった。  彼女らしくもない、幻想だ。  「全て貴方の幻想で、理想です。」  俺のの言葉に、サファイアはなびかない。  「でも、私には武力がある。だから、成し遂げれるし、成し遂げてみせる。――絶対に。」  と。そう言い切る彼女には、奇妙な引力が働いているように思えて。  不思議と、彼女ならそれもできてしまうのだろう、と思ってしまって。  「そういや、このあとは、大陸に帰るのか?」  彼女が船の手すりを掴みながらこちらを振り返る。  「ええ。特にすることもないですし。」  「せっかく魔力を持っているのに、何もしないのか?」  その言葉に少し、驚く。  「よく、その話を聞きつけましたね。」  俺が以前ラマージーランドに行った時、お遊びで魔力検査を受けたらそれなりの量の魔力を持っていることが発覚した。  しかし、俺はそれを今のボス以外にバラした覚えはない。  故に、彼女がなぜそれを知っているのかと。  俺は彼女を怪訝そうな瞳で見つめた。  「情報通が、友達なんだ。」  「…………。」  「もったいないな。」  無言を貫く俺に、ぽつりと彼女はこぼした。  「俺はボスのそばにさえいられて、その才覚を間近で見ていることができれば。」  「ボスだったら、ラマージーランドでのリオの活躍を喜びそうではあるんだがな。」  へへん、と腕を組む彼女。  満足そうな笑みを浮かべるボスの顔が浮かび上がる。  「なるほど、ボスが。」  ……そういうのも、悪くないかもしれない。  「教師にでも、なりましょうか。」  「え?」  「ラマージーランドで、魔術学園の教師になるんです。できれば、化学科の。」  俺も、先程までは思いついていなかったことで。  しかし、なぜか今の俺は気乗りしていた。  「へぇ~。ビーカー振り回せるからか?」  「……何を科学脳筋みたいな。」  今だって実験室で散々ビーカーを振り回しているのだ。  ビーカーに未練はない。  「案外当たっているのか。」  「いえ、俺はそれなりの頭脳を持っているかと。」  「へんっ。つまらな。」  と、サファイアは鼻を鳴らす。  俺が反論しようとした時、船の進む方向――眼の前に、ラマージーランドが小さいが、姿を見せていて。  「もうすぐですよ。」  「?もうすぐ、何がだ?」  「もうすぐつくという話です。」  俺の言葉に、サファイアは船の進むほうを見て。  そして、見えるラマージーランドの大陸に歓声をあげた。  彼女も、大人びているが、以外と年相応なところもあるらしい。  俺が目を見開いていると、俺の視線に気がついたのか、彼女は、こちらを向くとカウボーイハットを被り直して。  「ああ、新天地が楽しみだね。」  元の大人びた口調で、言い切った。  ◇◆◇  じゅう、と耳に何かが蒸発する音が聞こえる。  俺の目の前には、狼の耳としっぽをつけた十七歳ほどの少年がいた。  彼は魔法警察に所属していて、マフィアである俺を逮捕しようとして。  当然、俺はそれに従うわけがなかった。  俺が逮捕されると、以前のように命を削るような極限状態の戦闘が出来なくなる。  それは俺としても避けたかった。  ゆえに、俺は俺を逮捕しようとした人は全力で殺す。  たとえ、どんな手を使っても。  「っ!これは……。」  少年の左腕__俺が劇薬をかけた部分は、狼の腕に変身していた。  その、月を思わせる銀色の毛皮に。  俺のかけた劇薬はまったくきかなかったようで。  なぜこの少年がこの能力を持っているのかはわからない。呪術か、それとも魔術具か。  否、それは重要ではない。  俺がかけた劇薬が、少年に効果をもたらさなかったこと。  今黙考するべきはこれだ。  「狼に変身できる能力を持っていたようですね。誤算でした。」  人の肌にかけたとたん、相手を気絶させるほど、魔力回路を断ち切る劇薬。  ちなみに、この薬には魔力を持っている人は遠慮なく効果があるので、俺も注意が必要だが。  俺が、ラマージーランドの戦闘で切り札として使っていた薬。  それも使えないとなると、作戦を普段と変えなければいけない。  「――それが法律違反であるという自覚は?」  狼の耳をはやした少年は、黄色の瞳で、こちらを見た。  「ええ。ありますとも、存分に。しかし、それと行動は別です。」  ちらりと後ろを確認すると、俺の担当クラスの生徒と、顧問をしている生徒、そして、彼女らを攫ったマフィアはどこかにいってしまって、もぬけの殻だった。  __十分、時間稼ぎが出来たようだ。  俺の目的は、あの二人の援助。  あとはもう、目の前の銀髪の魔法警察官を倒すだけだ。  「今から貴方を消します。そうすれば、証拠も消えてしまうでしょう?俺はそうやって生きてきました。――それに、獣人と戦うのは生憎、初めてでして。どれほどの強さか、ぜひお手並み拝見といきたいものです。」  俺の心臓は、久々に高鳴っていた。  ラマージーランドでの任務では、人を殺せる機会が極端に少なかったせいで、命がけの戦闘など、ほとんどしたことなかったが。  「楽しみ……?人を傷つけるのが、それほど楽しいですか?」  怪訝そうな顔で、魔法警察官が、首をかしげる。  「おっと、勘違いさせてしまいましたね。」  俺は懐から杖を取り出しながら、そういった。  「俺が好きなのは、人を傷つけることじゃない。――この退屈を、吹き飛ばすかのような、命を削る体験。その結果、一つや二つや千や二千、消される命があってもしかたないではないでしょうか?」  俺の発言に、魔法警察官はますます怪訝そうな顔になり__そして、俺を睨んだ。  「人を、殺すのが、楽しい……?」  と。  俺を軽蔑したような瞳で見つめながら。  「はい。強者を手にかけるのは、この世界に残る最高の愉悦です。」  俺が唇をゆがめた時だった。  「……マフィアというのは、どいつもこいつも、腐りきった人達ばかりですね。――やはり、侮蔑に値します。」  魔法警察の少年が、杖を取り出しながら言う。  杖には青白い光が輝いていて。  それが何よりも彼が本気な事を示しているかのように。  きっと、優しい性格をしているのだろう。模範的で、優等生で、――そして、つまらない。  「俺としては魔法警察として規範を守っていく生き方の方がよほど面白みもないのですが。」  俺は、命が削られるような生き方を選ぶ。  感情を感じれない俺が、唯一それを感じられ、実感できる方法。  そのためだったら、何でもする。  「その素晴らしさなんて、貴方がたに分かってもらう必要もない。」  吐き捨てるように言い切って、同時に杖を構える少年。  「早いところ、捕まえさせていただきます。――魔法よ、すべてを凍てつくせ。アブソリュート・ゼロッ!!」  少年の杖から青白い光が出て、閃光のスピードで、俺のところに当たる。  瞬く間に、ピシリ、ピシリ、と周囲の草木が凍っていく音がして。  「……なぜ?」  ――当の俺は、無事だった。  「ご存知でしょうか。防寒コート、というものを。」  俺は自身の白衣を引っ張ってみせる。  白衣の姿をしているが、これは紛れもなく防寒コートだ。  「大陸の、科学技術……!」  銀髪の魔法警察がそれを見て息を呑んで。  「俺は魔法が使えるのに、どういうわけか、大陸で育てられまして。それ故、こうしたものに少し縁というものがありまして。」  縁がある、というほどではない。  一発だけだが、どんな大きさの銃の銃撃にも耐えられる。これはそういったものだ。  「【マイナス百二十度まで耐えられる】という、防寒素材。まさか、大陸以外で役に立つとは思ってもいませんでしたが。」  俺の言葉に、魔法警察は唇を噛み締め。  しかし、すぐに顔を上げる。  「盲点でした。しかし、このまま逃すわけにはいきません。――我と共に氷の牙を剥げ。フローズン・ウルフッ!!」  と、魔法警察の周囲から氷出できた狼が出来上がり、閃光の速さで俺に襲ってくる。  ――今度は、遠距離系か。  「そうですか、でしたら、こちらもお返ししませんと。」  俺は後ろに飛び跳ねながら、魔法警察の方に向かって、杖を構える。  「やられっぱなしはよくない、やったらやり返せ。それが、ボスのポリシーですから。」  狼達が俺に触れかけた刹那、俺の杖が発光した。  「――アドノディス・オムニス。」  その瞬間だった。  バラバラ、と音を立てて、狼達が、崩れ落ちたのは。  「ッ!氷狼達がッ!」  魔法警察は杖を構えるが、攻撃しない。  ……多少の分別はついているようだった。  「――ええ、そういう事です。」  ――アドノディス・オムニス。  物質を操ることができる俺の魔法だ。  物を動かしたり、浮かばせたり。  それを応用すれば、氷でできている氷狼達を壊すことなんて、あっという間で。  「あと、失礼します。」  俺はその言葉とともに、杖を持っていたてとは反対の手で、薬を投げつける。  「ッ!」  慌てて避けた魔法警察。じゃああ、とビーカーからこぼれたそれは、魔法警察のちょうど後ろにあった草木にかかった。  暗黒に変色した草木。  それを確認して、銀髪の魔法警察は、こちらを睨みつける。  「この国では禁止されている類の劇薬ですね。逮捕する際の罪状が増えましたね。」  と。まるで、向こうがこちらを倒すかの物言いに。  「悠長ですね。俺が貴方を殺すというのに。」  「ええ、必ず逮捕してみせます。」  「話が微妙に伝わっていないような。それに、俺を殺さなくっていいのですか?」  その瞬間、魔法警察は目を見開いて。  「――!」  ――まるで、それが弱みとばかりに。  「一部の魔法警察はそうしているでしょう。これでも幹部ですので、敵対組織の動きは一通り把握しているつもりです。」  けれど、と魔法警察は再び杖を俺に向ける。  「ぼくはそうしません。殺すのと、憎いのは、同意義じゃない。――それに。」  そこまでいいかけたときだった。  ちょうど、魔法警察の後ろから焦げ臭い匂いがしたのは。  「ッ!この匂いは……!」  慌てて振り返り、魔法警察は驚愕した。  「先程まで、なかったはずなのにっ!」  そこには、火があった。  小さいが、明るく燃え盛る、火が。  「ええ。俺の作っている薬品です。素材は大陸のものなので、もしかしたら新種の薬物かもしれませんが、ご容赦を。」  その言葉とともに、俺は、箒にまたがり、逃げ出した。  「ま、待ってくださいっ!!」  俺に声をかける魔法警察。  しかし、追っては来れない。  なぜなら、火があるから。  彼の性格なら、森で燃え盛る火をほおって置くことは出来ないのだろう。  「――魔法よ、すべてを凍てつくせ。アブソリュート・ゼロッ!!」  と。魔法の呪文の直後だった。  「ッ!逃しませんっ!」  と、魔法警察は、跳躍をして、俺の飛んでいる高さまで来る。  上空、十五メートルほど。  普通の人体には、できない技だった。  「――貫け、氷の柱よ。アイシング・ブレイクっ!」  そして、勢いよく氷の氷柱を放ったのだった。  「なにっ?!」  まさか、ここまでされるとは思わなかった。  魔法警察は丸腰で、箒を持っていない。  一歩違えば、すぐ下の崖に落ちるのだから。  この高さでは、それなりのダメージを食らうはずなのに。  この魔法警察は、俺の予想をも覆して。  いつもなら、すぐに箒を動かして態勢を整えられるはずだった。しかし、ボス以外の人間に、俺の予想を覆されたのは久々ぶりで。  俺は動きを止めるしかなく。  そうして、俺が驚いている間に、魔法警察は俺の箒を掴んで。  「――でしたら、こちらも。」  ――ちょうど、勝機だった。  俺の靴が、魔法警察を蹴り。  魔法警察は驚いたような顔で。  「っ!」  慌てて箒から手を離し、ぐんぐんと落下する。  単純なことだった。  __電気ショック。  大陸の科学技術を用いたものだった。  だが、その知識がない魔法警察には俺がまるで秘術を使ったように思えて。  「残念ながら、俺には用事があるので、ここにてごきげんよう。」  本当に、彼を俺の手で殺せないのが残念だ。  とても腕がたっているのだが、ぜひとも命を削る戦いをしたいのだが。  生憎、それはボスの命令が許してくれない。  「そんなッ――。」  絶望した表情で、こちらに手を伸ばす魔法警察。  俺は、そんな彼に構わず、ボスのいるところ__魔獣討伐ギルドへと、箒の方向を転換した。
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