君の失念と、ほの暖かい気づかいと~ポンド・クロネージュの出立~

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君の失念と、ほの暖かい気づかいと~ポンド・クロネージュの出立~

 目の前には、水柿色の髪の少年が横たわっていた。  ぼくより十センチ以上身長が高い彼はがっしりとした丈夫な体つきをしており、ここにいる三人__ぼく、ポンド・クロネージュに、隣にいる青髪の少女、ハスミ・セイレーヌを含めて考えると__だれよりも頑健そうに見え。  しかし、目の前の少年は熱にうなされていた。  額は一見しただけで深紅を思わせる程ほてっているし、彼の顔から汗はとどめなく出ている。何より、こうして眠っている間にも顔をしかめ続けているのが一番の証拠だ。  レオ・フェイジョア。  それが目の前の少年の名前だった。  少し前から一緒に旅をしていて、怪盗から宝石を取り返すことを誓った仲間。  実際、旅の中でも彼は荷物持ちをしたり、魔方陣を張るための魔術具を集めるために縦横無尽に辺りを駆けまわったり、体力は見た目通りそれなりにある方だったと思う。  それが、どうしてこんな状態になったのか。  おそらく、気の張りすぎなのだろう。  とたんに自身の囲まれている状況が変わったとたん、こういった感じで体調を崩す人がそれなりの割合でいるのだ。  レオ君はそのあたり大丈夫そうなのだけれど、こればっかりはなんとも言えない。  しょせん、変化に強いということはそれに対する耐久値が人一倍大きいということだけで、無敵だということでは決してない。  世界がもうすぐ滅びる、と分かっただけなら彼は余裕だったのだろが、それにこれまでの旅で蓄積された疲労と、一か月ほど前のあの爆発の出来事が重なった。  マフィアのボスが宝石を手に入れたり、マフィアに拘束されたり、それからも色々あったのだろうけれど、引き金はやはり、雨の中ハスミちゃんとアデリちゃんを探しに行ったことだろう。  世界が滅びると予言してくれた占い師さんによれば、世界を救えるのはこの二人のみ。それゆえ、この二人は占い師さんについていって、そして__数時間たっても戻ってこなかった。  それを心配したレオ君が雨の中二人を探しに行ったのだろう。ルーインさんからレオ君が飛び出したことを聞かされて二人で慌てて彼を追いかけていって。  彼が倒れていた場所はぼくたちが魔方陣を描いていたりした場所からそれほど遠い場所にはなかった。  彼の服は水たまりに浸って濡れていて、それが少し、寂寥感を醸し出していて。  それと同時だった。急いで箒を飛ばしたハスミちゃんがこちらに気が付いたのは。  ハスミちゃんは占い師さんから伝言を預かっていて、そのためにこっちに戻ってきたみたいで。  それゆえ、レオ君の姿を見た時、一番驚いていたのは彼女で。  ハスミちゃんとアデリちゃんを探しに行った、と伝えたのが間違いだったのだろう。  彼女はそれから顔を青い色にして。彼女が自分を責めているのがなんとなくわかって、ぼくは否定したが、ハスミちゃんはその顔を変えないままで。  なんとか三人がかりでレオ君をぼくたちが魔術具なりを集めている場所まで運んで、応急的にテントのようなもの設置したのだ。  が、それで安心とは言い切れなかった。  ぼくの隣にいる彼女は今も自分を責め続けている。  その大きな要因の一つとして、彼女がレオ君に恋しているってこともあるんだろうけれど。  ぎゅっと唇をかみしめているハスミちゃんに再度、ことばをかけようとした時だった。  ぱちり、とレオ君が目を見開いたのは。  「ッ!」  目が覚めた瞬間、反射神経なのだろうか、飛び上がった彼はきょろきょろとあたりを見回し、  「――ここは……。」  と、きょとん、と首を傾げる。  その顔はまだ、辛そうではあったものの、幸い、意識が飛ぶほどではなく。ぼくとハスミちゃんははぁ、と安堵のため息をした。少なくとも、ベッドで寝たことで少しは回復したようで。否、本番戦はまだここからなんだろうけれど。  「レオ君。起きたんだ。」  ぼくの声に、レオ君がこちらのほうを見て、瞳を見開いた。  「ッ!ポンド!俺は確か、倒れッ……。」  最後まで言い終わらない間に、それは起きた。  ばたり、と、レオ君の体は急に前のめりになって。  刹那、それをぼくとハスミちゃんが支える。  「……なんで。」  いつもより覇気のない声で、レオ君が尋ねる。  レオ君の風邪は、良くなってなんかなかった。  多分レオ君が、倒れないよう頑張っていただけで。本当のところは__。  「ゆっくり休んだ方が良い。今の君は、それほど体力がないんだから。」  レオ君の体を、二人で一緒に寝かせながらそんなことを言い聞かせた。  こうなるまで本人が気が付かなかったくらいだ。  彼にはもともと無理をしてしまう気質でも入っているのだろう。  「ここは、ベッド。――と言っても、応急的に作ったものなんだけれど。君は頑張りすぎて倒れたんだよ。」  ぼくが作業で気が付けなかったのもあったけれど、レオ君は完全にキャパオーバーだったようだ。今はフォンティーヌ家に戻ってあるものを取りに行っているロカちゃんに話を聞いても、フォンティーヌ家で魔術具を取りに行ったときにすら、進んで荷物を持ちたがろうとしていたし。いくら移動手段が箒だとは言え沢山の荷物なんて、運べる量に限界だってあるはずだ。  だから魔法が使えるこの国でも荷物を運ぶ馬車は存在するし、魔道具を見に行った時、それはレオ君一人で持っていけるようなものではなかった。ゆえに、レオ君が何をしたかというと、無茶なのだろう。  「……俺は、体調を崩したことなんてなかったのに。」  ぼそり、とレオ君がつぶやく。  その超健康体質はレアな気もするけれど。  「なくてもムリを続ければ、ダメージはそれなりにはなると思うよ。」  無茶だって、一回や二回ならばいいが、それが何回も重なると、それなりのダメージが肉体に来る。  魔道具を運ぶ以外に、ぼくの仕事や、他の人の仕事まで手伝って。  しかも、あの爆発の後、長旅の後で疲れているときなのだ。  そんなもの、だれだってできるほうがおかしいのに。  「レオ先輩は野宿とかしたこと無かったからそれも祟ったのかと思います。」  と、ハスミちゃん。彼女は野宿をしたことがあるのかと、心の中で突っ込んでから。  「たぶん、少しずつ【限界】が溜まってさ。」  限界は、いつか体に現れる。  それが一か月後か、一年後かの違いで。  「レオ先輩は初期設定が頑丈だから余計に……。」  と、ハスミちゃん。  「なんか、二人共俺より俺の事把握していないか?」  レオ君が引いたように言った。  「えっと……長旅だったから……?」  と、頬を赤らめながらレオ君の方から目をそらすハスミちゃん。  レオ君に恋をしているから、それを自覚しちゃって恥ずかしいんだろうけれど……。  なんだろう、見ているこちらまで恥ずかしくなるのだが………。  「旅をしていくうえで、ヤバい相手を見極める観察眼はないとこっちがヤバい事になるからさ。」  まさかこんなところで役に立つなんて、じいさんも思っていなかったのだろうけれど。  ていうか、つくづくぼくたち二人がレオ君よりある意味レオ君のことを把握していて、本当に良かったと思う。  レオ君ならこんな状況でも無茶しちゃうだろうし。  「なる、ほど……?」  納得いかなさげに、レオ君はうなずいて。  「いやフツー、そこ突っ込むよね?」  と。  「そうなのか?」  そもそも、多くの人はその程度の説明で納得しないと思うけれど。  「ボケ役しかいないせいで空気がほんわかしているんですけれどっ!?」  否、空気は和やかなことに越した方がいいが。  「やっぱり、早く元気になって俺が突っ込み役になったほうがいいのか……?」  と、レオ君。  本人は大まじめのつもりなのだろうが、何分人選が……ボケにしかなりそうにない。  「いや、そうじゃないって!ていうか、レオ君が復活してもこのメンツだとボケ役にしかならなそうなんですけれどっ!?」  やっぱりもう一人ぐらい鋭い突っ込み役が必要で。  あれ、そういえば元の話題って何だったっけ。  「――って、ついつい話が脱線しちゃったよ……。」  と、ぼくたちは態勢を戻した。  うっかりレオ君の体を休める話からボケと突っ込みの話に行ってしまうことになった。  もしかしたらもう手遅れなのかもしれないが。  「今はとにかく体を休めて。」  「分かった。早く治るように最善を尽くして頑張るぜ!」  と、弱弱しいガッツポーズをするレオ君。  もとはといえば、頑張りすぎて風邪になったような……。  「……頑張っちゃダメなような……。」  「えぇ!?俺はどうすればいいんだ?」  ぼくのことばに、レオ君は目を白黒させる。  「とにかくじっとしていて!」  体を休めるには、それが最善だろう。  「えぇ……?」  レオ君が納得いかないような、理解できないような顔をしていた。  「そういえば、ふと思ったんだが、ルーインさんや達は?何処にいるんだ?」  と、再び辺りを見回すレオ君。  「ナナちゃんとアイラちゃんはシャテン君を探しに行ったっぽい。書き置きが残されていたんだ。」  ぼくたち三人が、レオ君を箒でここまで運んだ時だった。  ぼろぼろの真っ白な紙のようなものが地面に落ちていて、それを拾い上げると、ナナちゃんとアイラちゃんの名前でシャテン君を探しに行くことが書かれてあった。  二人の筆跡は知らなかったけれど、書面からしてそうとう焦っているみたいだったし、実際その場所にはもう二人はいなかった。  だから、あれは二人の書き残しということで会っているのだろう。  もっとも、それだけ、とは考えにくいが。  シャテン君が出ていったとはいえ、周囲にはマフィアがいるかもしれないのだ。  そんな危険を二人がやすやすと侵すとは思えなかった。  これはつまり、二人か、もしくはそれ以外の誰かに何かあったのかもしれない、ということ。確証もつかめていないけれど、これだと色んなつじつまが合う。  「――まあ、あの状況で、それだけとは思えない。誰かどこかに危険があったんだろうけれど。」  問題は、それが誰か分からないだけで。  わからないのなら、仕方がない。  考えても時間の無駄なだけで思考を別に移した方がいいまでで。  「?」  ぼくのつぶやきに、レオ君はきょとん、と首をかしげて。  刹那、彼が光速のスピードで起き上がる。  「――ッ。って、そんな――危なくないッ!助けにいかねーとッ!」  と、ベッドを飛び降りる勢いで。  「まって!」  腹の底から出た、ふだんよりずっと低い声に、レオ君が動きを止める。  「でも……。」  その顔は、心底悔しそうだった。  レオ君はただ、あの二人が心の底から心配なだけで。  その気持ちは痛いほどわかった。ぼくだって、心配じゃない訳じゃない。  名前ぐらいしか知らないし、仲間と呼ぶ間柄とまでは踏み込んでいないと思う。しかし、あの二人もマフィアに誘拐させられ、この世界の秘密を知らされた人たちであることは確かで。  できるのなら、ぼくだって助けたい。  しかし、それはできない。  あの二人がどこに行ったか分からないし、最悪行き違いになる。  それに、今はレオ君も病気で寝ているのだ。レオ君を見ている人も、フォンティーヌ家から持ってきた魔術具を見ている人だってほしい。  そこまで考えると、おいそれとはいけない。  それに、こういう時焦って一時の感情に任せて行動をしてしまうと、後々後悔する結果が起こりやすい。じいさんもそういっていた。  「レオ君はまだ休んでいなよ。」  と、ぼくは両手でレオ君をなだめながら。  「二人が危ないッ…!」  食い下がり、レオ君はきりり、と歯をかんだ。  その形相は、必死そのもので、ぼくも思わず許可してしまったのだろう。  __こんな状況でさえなければ。  「本心では、分かっているんでしょ?自分がもう限界だって――。」  レオ・フェイジョアは満身創痍だった。  本来は人一人が抱えるには難しい荷物をたった一回の箒の飛行で全てを運びきる程には、体力がある彼ですら。  高熱によって、突然倒れかかる程度には、彼の体は悲鳴を上げていて。  ぼくの言葉に、レオ君は小さく目を見開く。  「――ッ。」  数秒、無言で息をのんでいて。  やがて、レオ君は困ったように微笑んだ。  「ポンドは……察しが良いな。」  と。  刹那、レオ君の顔が一気に青白くなる。彼の体調が悪化したのではない。  きっと張り詰めていた緊張が一気に解けてしまったのであろう。  ぼくが彼の体調不良を見抜いたことによって。  まあ、病人であったじいさんの看病もしたことがあったぐらいだ。ぼくの体調不良者を見抜く目は割と伊達ではない。  「本当、俺の体なのがしんじらんねーくらい、言う事をきかないんだ。今だって、頭があつくてあつくて、集中していないと意識を飛ばされそうでさ。体だって、ところどころ痛いし。」  悔しそうに、レオ君は歯をかむ。  きっと、彼の容態はかなりの状態なのだろう。  あの雨の中、気を失っていたぐらいなのだから。体の痛みはたぶん高熱からくるものなんだろうけれど。  どちらにしろ、彼は、彼だって今の最善は分かっているだろうに。  「もうすぐ、世界が終わるっていうのに、俺は守れそうにないんだぜ。この体じゃ。」  ぎゅ、と緊急で持ってきた旅用の毛布を握りしめながら。  その表情に、悔しさは淡くにじんでいて。  それが、余計レオ君の激しい心情を浮き彫りにさせる。  きっと、ただ、悔しいだけじゃない。それほど長い時間一緒に旅をしたわけじゃないけれど、彼が身の回りの皆を守りたいと思っていることも、もうすぐ終わる世界に対して一番真剣に向き合っていることも、見ていて分かることができて。  彼は、こんな時にまで、誰かのことを優先的に考えていて。  どうしようもなく、優しい人格者なのだと思う。  かつて、病床ですら、ぼくを気遣ったじいさんのように。  隣のハスミちゃんが、俯かせていた顔を上げて、レオ君のほうを見る。  その横顔には、若干の戸惑いが含まれていた。  もしかしたら、好きな人の初めて見る弱った姿なのかもしれない。  ハスミちゃんたちの旅路は話に聞いただけなので、分からないところも多いけれど、ハスミちゃんがレオ君に最初にあったのは、爆発にまつわる調査をする過程であり、恋をしたのもその後と考えたほうが確率が高いのだろう。  元々兄貴肌的な所のあるレオ君だ。  後輩にはいいところを見せようとするのだろう。  「えっと、レオ先輩、……。そ、その……。」  困った表情で言葉に詰まるハスミちゃん。  レオ君に今は休んでほしい、と説得しようとしているのは一瞬で理解できた。  ただ、ことばはすぐに出てこないようで。  レオ君がハスミちゃんに向かって笑みを見せる。  「ああ、ハスミは気にしなくていいんだぞ。」  と。その笑みには、先ほどまでの体調不良特有の苦しさがなく。  ああ、ごまかしたんだな、とぼくは思った。  たぶん、この少年は、自分より年下の__守るべき人には、こういう強がりをしてしまうのだ。  心配させないように。反射的に。  「あっ……。」  ハスミちゃんが、驚いたような声を出し。  彼女も、レオ君の意図に気が付いたのだろう。  しかし、次の言葉が続かなかった。  数秒、辺りに沈黙が流れる。  ハスミちゃんのほうを覗くと、その両方の色が違う瞳は、不自然に伏せられていて、うるんでいる気がして。  __多分、今のままだと彼女のことばは、レオ君には届かない。  レオ君は、どうしても彼女を年下として、後輩として扱ってしまう。  そこに悪意はなくても。ハスミちゃんが落ち込むには十分の理由で。  ポン、とぼくはハスミちゃんの肩をたたいた。  ハスミちゃんがこちらを振り向き、うるんだ瞳でぼくのほうを見つめる。  「分かった。ハスミちゃん、ちょっと下がっていてくれるかな?」  と。刹那、ハスミちゃんがオッドアイの瞳を見開き、まじまじと僕の顔を見る。  「ポンドさん……。でも……。」  恋した相手の役に立ちたい気持ちは、手に取るように分かった。  そして、その相手に今はじっとしてほしい気持ちも。  しかし、状況がよくなかった。  どれほど、ハスミちゃんがそれを強く願ったところで、レオ君はどうしても彼女を年下として見てしまうということも。  ぼくはハスミちゃんに向かって、  「大丈夫。」  と、力強くうなずいて。  ハスミちゃんは数秒、黙り込んだ末にぼくに軽く頭を下げた。  「えっと、じゃあ、お願いします。」  そして、テントから出ていって。  彼女の手によって、カーテンがふさがれたのを確認してからぼくは再びレオ君のほうに向きなおった。  レオ君はぼくが何をしたんだろう、という風にきょとんとした顔をしていて。  「レオ君、少し、話したい事があるんだ。」  ぼくはそう、切り出した。  ◇◆◇  「少し、戸惑っているところがあるんだ。こうなったのも初めてだから。知識としては知っていたけれど、どう動けばいいかわからねーんだ。俺はいつも、【救う側】で、【助ける側】だったから。」  二人っきりになってから、ぽつり、ぽつり、とレオ君は語りだした。  レオ君からすると、年の近い同性の男子、という共通点もあったのだろう。  ベッドで寝たきりだが、いつもならばこんな場面で髪でも掻いていたのかな、と思う。  「……。」  ぼくはレオ君の話に言葉を返せなかった。  二人__レオ君やハスミちゃんとはそれほど長い間旅をしていたわけじゃないし、そもそも旅だって元はといえば宝石を取り返すまでの間なはずで。  ゆえに、ぼくは今回旅してきた人たちの過去を特段気にしたことはなかった。  もちろん、彼らが自ら話すのなら、それは聞くし、覚えるが。それだって、ぼく自身進んで聞かないようには気を付けている。  人には、それぞれ決められた営みが存在する。  ぼくだったら旅だったり、ハスミちゃんたちだったら、ミュトリス学園に通うことだったり、ルーインさんだったら魔獣討伐だったり。  それらに旅人であるぼくが姿を見せ、一時的にではあるとはいえ日常を変えるのだ。当然、彼らにとって、ぼくは異分子だろうし、さらにその人たちを形作る過去に踏み入られたら、驚愕なり、憤怒なりあるだろうけれど、突然のことに相手はあまりいい思いをしないであろうから。  旅人である以上、流れる人である以上、他人との縁は結んでもいいが、余計なしがらみは作ってはいけない、とじいさんも生きている頃はよく言っていたし。  ていうか、それ以前にぼくの過去が踏み入られたくないものだったりするから、もし相手もそうだったらという遠慮も含まれていなくは、ないけれど。  「村の子ども達の中でも俺は抜きん出ていたほうなんだと思う。体力が抜きん出ていて、筋力が抜きん出ていて、全体からしたら年上な方だったとは思うし、魔力だって……それなりにはあった。だから、たぶんそれが始まりだったのかもしれねー。」  「うん。」  その言葉に、ぼくはただ、うなずいて。  「長子だったって事もあって、他の人達よりかは頼られていたんだ。親に、大人に、弟達に、同年代の子供に、それよりさらに年下の子供に、先生に。頼られて頼られて頼られていた。それは多分……小さい頃からずっと続いていた。」  「うん。」  その言葉に、彼の表情に、嫌悪などは見られなかった。  ただ、淡々とした清々しい表情。  「だから、俺は生き方っていうかさ。これ以外思い浮かばないし、これ以外に、選択肢があったところで、結局はこれを選んでいたんだろうけれど。」  そういって、レオ君は清々しく笑って。  「――困っている人がいたら、見過ごせねーんだ。」  その言葉を聞いて、再度、理解した。  ハスミちゃんが彼に惚れた理由を。  そして、少し、黙考した。  レオ君のその精神性は、ぼくの師匠であったじいさんとどことなく似ている、と。  じいさんが寝込んだのは、頑張りすぎだからじゃない。  ただ、年のせいだ。  それでもぼくは知っていた。じいさんが、自分が死んだら遺灰は海に捨ててくれ、といった本心だって。  ぼくの前では言おうとしなかったけれど、じいさんは奥さんを犠牲にしてしまった事を汚点として見て、奥さんと同じ墓に入ろうとしなかった。否、単純にぼくが再びファンティサールに行く手間もあるのだろうけれど。  けれどもじいさんはそんな気持ちより目の前の人間を__ぼくがじいさんの事を心配しないよう、嘘をついて__優先させてしまう性質で。  そんなじいさんと、ハスミちゃんを心配させないように強がりをするレオ君が、どこか被ってしまった。  「……。」  ぼくが急に黙ってしまったからだろう。  「あ!安心していいぜ!確かに、困っている人がいたら見過ごせねーけれどさ。別にそれを嫌って思った事は一度もねーし。」  と、慌てたようにレオ君が付けたす。  「うん、まあ、それは……なんとなくわかるけれど。」  レオ君を見ていたら分かる。  この子は、なにより周囲の人間の平和と安全を喜ぶような子で。  そのためなら、自分を多少犠牲にしたって構わない、と考えるような子で。  「ハスミちゃん抜きで二人で話したのは、シンプルにレオ君はハスミちゃんの――年下の前では、強がりをしそうだったから。」  シャテン君のこととか、レオ君が四人の中でリーダーぽかった事とか。もしかしたら、って思っていたが。  レオ君はぼくの言葉に苦笑して。  「うーん。当たっているじゃねーか。」  「旅で磨かれた観察眼だよね。」  その旅だって、時たまぼくを騙そうとする人はいたのだ。それを避けるためとなると自然に観察眼は磨かれた。  「でもさ、俺、こんな時でもやっぱり皆が笑顔だったらそれが一番かなって。」  と。  少し、呆れてしまう。  この少年はこんな時ですら、誰かを優先させてしまって。  「うーん……それで全部背負っちゃうの?」  そして、少年に向いていない滅びる世界ですら、背負い込もうとするのだから。  「今まではそれでうまく出来てきたつもりなんだぜ。だから今回は本当に、ただ、――悔しい。」  と。多分レオ君は今まで力押しで乗り切ってきて。それで無理がたたった、といったはずなのに。  言ったそばから又背負い込もうとするのだから。  「また、今回みたいに倒れちゃうかもしれないのに……?」  レオ君の瞳には、自分の心配など入っていなく。  ただ純粋に、壊れかかる世界を救いたいという思いがあって。  「……それでも、俺は、みんなを守らねーと。」  その言葉と共に、バーミリオンの瞳がきゅっとすぼめられる。  それを見、ぼくは我に返った。  この少年は、ぼくが投影しているじいさんとは、別人物で、別な考え方をしているのだ。  じいさんは、全部背負い込もうとはしなかった。あの人はどこか、諦めたような所があって。目の前に困っている人がいればそれを救うのだろうけれど、それでも進んで何かを守ろうとはしなかったと思う。  けれども、こんな時ですら自分の気持ちを後回しにして、誰かを優先してしまうような不器用さは同じで。  「あのさ、レオ君、ぼく一つレオ君に伝えたいことがあって。」  ぼくがじいさんの過去を知ったのは、遺品の日記を読んでからで。  それゆえ、じいさんが独りでに背負っていた過去にも気が付けなかった。  基本的に後悔はしない質だけれど、時たま思う。もし、じいさんが背負っている罪に、苛まれている後悔に、じいさんが生きている時気がつくことができたら。  もしかしたら、じいさんはもう少し安らかに眠ることが出来たのではないか、と。  所詮は看取った側の感想で、後出しで。  罪を背負って生きていくのと決めたのもじいさんで。  それ故、ぼくはこの事を後悔する気はない。それは、死ぬまで罪を背負っていくと決めたじいさんに対して失礼だから。  その代わり、こう誓った。  誰かが何かを必要以上に背負い込もうとしている事に気がついたら、必ずそれを、やめさせよう、と。  「なんだ?」  きょとん、と首を傾げるレオ君。  ぼくはポン、とレオ君の手を握った。  「全部、抱え込まなくていいんだよ。無力感も、悔しさも、痛みも。ちゃんと、誰かに預けあって__ぼくたち仲間に。」  「__。ポンド?」  突然のことに、レオ君が意味不明そうな顔をする。  そりゃそうだ。急にこんなことを言われたら誰だって混乱するだろうけれど。  でも、レオ君には言う必要があった。  レオ君は傍目でみても抱え込みすぎてしまう子だったから。  だから、誰かが声をかけてあげる必要があるのだ。  これ以上抱え込まなくていいよ、と。  これ以上、一人で頑張ろうとしなくていいよ、と。  「最初はちょっと戸惑うかもしれないけれど、それでいいんだよ。それで正解。誰かに預けてばっかりなんて、仲間なんて関係じゃないんだから。」  一週間にも満たない、短い旅で、レオ君は、僕たちに対してこういった。  仲間だとも、遠慮なく頼ってくれ、とも。  じゃあ、逆に、この旅路で、レオ君が誰かを頼ったことがあるのか、背中を預けたことがあるかと言われれば、難しい。  旅での記憶を思い返してみてもレオ君は誰かを進んで頼ったことはなかった気がする。  むしろ、自力で宝石を取り戻せるように、マフィアから皆を守れるように努力を――無茶をしていて。  何もしないよりかは、全然いいけれど、それだと少し寂しいところがある。  だってぼくたちの関係はレオ君が守るだけの一方通行になってしまうから。  そんなの仲間じゃないし、仲間としても寂しい。  「困ったときは、ぼくでも、ハスミちゃんでも、ロカちゃんでも、ルーインさんでも、誰でもいい。誰かに頼って。一人で抱え込んでばかりじゃ、いつかはち切れるんだよ。」  ぼくの仲間はすごいのだ。ハスミちゃんは頭が良いし、ロカちゃんだって、マフィアの対抗準備をしている時に知ったけれど、ファンティサールの領主だし。ルーインさんだって、魔獣討伐が凄く上手い。  ナナちゃんは魔法陣を描くのが上手で、アイラちゃんは機転が利く。アデリちゃんはあまり関わっていないが、彼女だって世界を救う資質を持っている。ほとんど準備で知った事だけれど、ちゃんとそれぞれ特技があって、頼れるのだ。それこそ、今まで皆を引っ張り上げてきたレオ君が頼ってもいいくらいには。  「__ポンド。けれど、」  レオ君が唇を噛んだ。  刹那、彼の瞳を見て、ぼくは彼の根幹たるもの、彼を形作っているものを理解した。  それが、彼の理想で、生き方だったのだ、と。  この少年は、自身の力で周りをただ守りたかったのだ、と。  例え、自身にその力がなくとも。  「どんな責任があろうと、立場があろうと関係ない。」  彼が、リーダー的役割をしていようが、いまいが。  レオ君は大事なことを忘れていて。  「立場以前に、人は人なんだから。得意も不得意もあって当然でしょ。できるときも、出来ないときもあって当然なんだよ。リーダーだって、その前にただの人だって前提があると思うんだ。」  彼だって、人なのだ。  レオ・フェイジョアという名を持った、一人の人間なのだ。  なんだって、出来るわけじゃないし力が足らず、理想通りに出来ないこともある。でも、それはある意味当然なのだ。  人生なのだから、【不完全】な【人】が生きる、その道なのだから。  理想通りに進まないのなら、むしろ割り切るべきだ。  割り切って頼ったって――誰も困らないし、むしろ、レオ君なら喜んで手伝ってくれるだろう。  「抱えきれないのなら、投げ出していい。レオ君は少し__真面目過ぎるんだよ。」  それすら、自制してしまうとか。  どれほど彼は真面目で、彼の進む理想は高いのかと呆れ。  レオ君はぼくの言葉にふっと笑みを見せた。  「投げ出していい、か。初めていわれた気がするぜ。」  と。その、なにか憑き物の落ちたような顔に、ぼくも少し安堵する。  病床にまで何かを抱え込もうとする姿勢は、同じ仲間として、見ていられなかったのだ。  「投げ出す__球技は確かに得意だが、形のない問題をどうやって投げ出すかだぜ……。」  むむむ、とうなるレオ君。  なんか、議題がずれ始めている気がするけれど。  「んも~!レオ君までルーインさんみたいなこと言っちゃって。」  恋をただの心拍数の上がる運動と勘違いしたルーインさんを思い出してしまった。  「?俺のどこら辺が、ルーインに似ていたんだ?」  「やっぱりレオ君はボケ役だよーっ!」  レオ君の言葉に、軽く頭を抱えた後。  「って、そんなことより。」  ぱちん、と手をたたき、話題を仕切りなおす。  「ぼくもハスミちゃんも、ロカちゃんもアデリちゃんもルーインさんも、アイラちゃんもナナちゃんも、シャテン君__は協力してくれるか怪しげだし、魔法警察さんはエンカするか怪しいんだけれど………。」  この旅でであった数々の人物の名前を上げながら。  「でもまあ、みんなだって、守られてばっかりなほど、弱くないと思うんだ。レオ君が頼ったら__きっと守ってくれるよ。」  理由などない。だって、頼られたらそれにこたえるのが仲間なのだから。  「そう、かぁ……。」  と、レオ君は虚空を見つめて。  「それにさ、後輩だからって過度に強がったりしたらダメだよ。確かにハスミちゃんは後輩だけれど、でも困難を受ける覚悟で今回の旅に出たんでしょ?なら、その意思を尊重しなきゃ。学園の中では先輩後輩でも、旅の中ではそんな肩書関係ない、ただの仲間だよ。」  いくらぼくたちより年齢が一回り小さくても、彼女は危険を覚悟でこの旅をしてきたのだ。  同じ仲間として、その覚悟は受け入れるべきで。  「そうだよなぁ……。頭では分かっているんだがな。」  と、レオ君は苦笑して。  多分レオ君の兄貴肌が、彼の足を引っ張った瞬間だろう。  「仲間なら__仲間だからこそ、信じねーとな。」  と。  「やっぱり小さいころからリーダーとかをすることが多かったからか?」  「それは関係ないと思うけれど。」  ただ、本人の気質だと思うけれど。  「でもとにかく、他の誰かの分まで、悩んだり苦労したらダメなんだよ。レオ君の体は一つで、そのスペックだって、一人の人としてのものなんだから。多少の誤差はあったとしても。」  いくら他の人より身体能力が優れているからといって、それは万能ではない。  ゆえに、レオ君は他人の悩みや問題まで抱え込んではいけないのだ。  なぜなら、押しつぶされてしまうから。  「無力、かぁ……。」  「うん。すごく言いにくいけれど、レオ君は多分、思っているより力を持っていないと思うんだ。ただ、気力で賄っていただけで。」  「……そんなこと、初めていわれたぜ。」  ぼくの言葉に、目を瞬かせるレオ君。  もしかしたら、その差を埋めるためにぼくの想像以上の努力をしてきたのかもしれないけれど。  「守る力、もしかしたらそれほどなかったのかもしれねーな。」  ぎゅっと、彼は天にあげた握りこぶしを見つめて。  その表情は、いたって真剣で。  「……。」  もしかしたら、落ち込ませたのか。  いつか誰かが言わなければいけないこととはいえ、悪いことをしたかもしれない、と思う。  「ま!それでも、俺は俺の力でみんなのことを守れるよう努力をしていくだけだぜっ!」  __レオ・フェイジョアはめげなかった。  自らの実力不足を感じても、なお、前を向き。  その瞳に、迷いや憂いは一切なく。  「良かった。」  その様子に、ぼくは心底ほっとした。  やっぱり、レオ君はこうでなきゃ。迷っている姿など、どこからしくないと思った。  「なんだか、話をしただけで胸のもやもやがすっきりしたぜ!ありがとうな、ポンド!」  と、起き上がり、片腕を上げる。  もう起き上がれる体調になったんだっけ?  いや、快方に向かうのはいいことだけれど。  「うん!気にしないでよ。」  ぼくがうなずいた瞬間だった。  「__っと⁈」  と、レオ君が前に倒れたのは。  慌ててぼくがレオ君の体を支え。  その体は、起き上がれるとは言えないほど熱くて。  やはり、風邪は解放なんかに向かっていなく。  ぼくは再びレオ君をベッドに寝かせる。  「わっ、無理をしすぎたのかな。ちょっとしゃべりすぎちゃったのかもしれない。」  「いや、ぜんぜん大丈夫だぜ。」  と、レオ君。  無茶をするなと言ったばかりなのに、と、少しあきれ。  「……で、この状況をどうするかなんだが、」  「あっ、休もうとはしないんだ?」  ほんとうに、この少年は頑張り屋なんだ、と呆れ半分感心半分になった時だった。  さわさわ、と早急的に作ったカーテンが揺らされる音が聞こえたのは。  「っ!誰?」  振り向くと、カーテンの揺れは収まっていて。  「ポンドさん。ハスミです。ロカさんと合流して。」  と、外からハスミちゃんの声が聞こえた。  「分かった!入ってきていいよ!ていうか、本当に大事な話もう終わったっているし。」  「ロカか?そういえば、俺がハスミとアデリを探しに行ったとき、いなかった気がするが、どこに行っていたんだ?」  「ああ、それならもうすぐわかるよ。」  「ていうか、熱であやふやになっていたけれど、ハスミ、戻ってきていたのかっ⁈」  と、レオ君。そういえば、彼の認識では、ハスミちゃんはアデリちゃんと一緒に占い師さんを探しに言ったきり、帰ってこなかったっけ。  「うん、伝言を伝えにね。」  「伝言?」  「【ルビー】か【サファイア】か【エメラルド】の破片が欲しいて、占い師さんが言っていたみたいでさ。」  ハスミちゃんの言葉はそれだけだったけれど、なんとなく、今回サソリちゃんが持っていた宝石みたいに不思議な効果をしている宝石のことなのかな、と思う。  ていうか、そんな宝石じゃなかったら、占い師さんだっておいそれと言わないはずだし。  「破片……?宝石の破片?」  きょとん、とレオ君が首を傾げた。  「理由は向こうも知らないって言っていたけれどさ。ここら辺に落ちているっぽいし。」  世界を救う素質があるといわれるハスミちゃんですら知らないのだから、占い師さんはどんな秘密主義なんだろうと思うが、教えてくれない者は教えてもらえないのだから、そこは考えても仕方がない。  「そんな、突然割れた宝石じゃあるまいし。」  と、レオ君。  そういえば、一回サソリちゃん__宝石を盗んだという怪盗から宝石を取り返せそうだったときは、結局ハスミちゃんがその宝石に触れる直前に宝石が粉々に砕け散ったんだっけ。  ぼくは話しか聞いていないけれど。  「それが終わったらすぐ占い師さんのところに帰るって。なんかむこうで又、やることがあるらしいし。」  ぼくが言葉を切ったのと同時だった。  「お邪魔します。」  その言葉と共に、ロカちゃんとハスミちゃんがカーテンを開け、テントに入る。  ロカちゃんはテントに入ってすぐ、きょろきょろとあたりを見回して。  「こんなの……作ったのね。それに、フェイジョア先輩が……。」  「うん、応急処置的なものなんだけれどね。ちょっと熱でまいっちゃったみたいで。」  「大丈夫かしら……。」  ロカちゃんは心配そうに眉をひそめた。  そしてすぐ、いいえ、私がなおすべきよね、と。  独り言だろうか?  「それで、ロカちゃん、さっそく持ってきたものを見せてもらえないかな?」  「分かったわ。」  と、ロカちゃんはうなずいて、杖と、一冊の本を取り出す。  杖といっても、ファンティサールでよく見る簡易的なものではなく、一メートルほどある、装飾も凝ったものだった。  【家系魔術】を使うとき専用の杖で、高位な魔法を使うにはフォンティーヌ池に代々伝わる魔導書が必要らしい。  こんな知識も、先ほどロカちゃんから聞いたばかりだが。  「【ディア・フォンティーヌ】。」  ロカちゃんがそう呪文を唱えた時だった。  ロカちゃんの持っていた本__魔導書が独りでに発光し、開いてロカちゃんの持っていた杖の上のほうにセッティングされる。  それと同時に、ぐぐぐ、と杖の装飾自体も動いて。  「「「……!」」」  ぼくたち三人は息をのんだ。  ぼくはファンティサールで初めて見る機械のようなものを発見したからだけれど、ハスミちゃんたちの反応を見るに、彼女らにとっても、珍しいものらしい。  ロカちゃんはその重そうな杖をレオ君のいるベッドのほうにまで持っていくと、レオ君のほうに向けた。  「フェイジョア先輩、お聞きください。今からフォンティーヌ家の家系魔術でフェイジョア先輩の風邪を直します。」  「!」  と、レオ君は目を見開いた。  それもそうか。普通の人はそんなことをいきなり言われても対応できないだろうし。  「……でも、いいのか?ていうか、できるのか?そんなことが。」  「ええ。今から呪文を唱えます。少し、変な感じ__魔力があふれる感覚がするかもしれませんがじっとしていてください。」  「あ、ああ。」  レオ君がうなずいた刹那、ロカちゃんの杖が光始める。  全体的に光をまとっていたそれは、とくに杖の上部分、さきほど取り付けた魔導書がひときわ強く発光しているようで。  「【秘められしフォンティーヌの力。今、解き放たれよ__。】」  ロカちゃんのその言葉と同時だった。  【魔術具、起動。主、ロカ・フォンティーヌの魔法の使用を許可します、】  と、杖が独りでにしゃべって。  その、奇妙な光景に。  ハスミちゃんと顔を見合わせながら。  「【その金色の魔力で万物を癒し、全ての痛みから遠ざけよ。ゼウス・スナティー・ティシームス・オムニーア】ッ__!」  ロカちゃんの杖から出る光が、部屋全体を包み込んだ。  その眩しさに、ぼくたちは目を閉じて。  「っ…!なにこれ、光が………。」  数秒程時間がたった時だった。  光は収まり、恐る恐るぼくたちが目を開け、レオ君のほうを見ると、そこには、さきほどの顔を青白くさせて、病気に苦しまされていたレオ君ではなく、いつも通りの頑健そうなレオ君がいて。  「ええ。私が使える光属性の家系魔術の最高峰のものです。この魔道具がないと、使えない、初代マリア・フォンティーヌも最後の最後まで隠し通していたものです。」  と、ロカちゃんがうなずいて。  「数時間前、その存在に気が付いて慌てて取りに戻りました。マフィアとの戦闘で、万が一のことがあれば、と。」  その万が一のことが、予想よりずっと早く起きましたけれど、とロカちゃんは苦笑して。  「…ポンド君、それにしてもフェイジョア先輩はなぜ病気になったのかしら。体が丈夫そうなのに。」  「ああ。そのことなんだが。」  ぼくたちは、かわりがわる話をして。  「__なるほど、そんなことがあったのね。」  一通り話をし終わった後だった。  神妙な顔で、ロカちゃんはうなずいて。  「フェイジョア先輩。」  と、レオ君のほうに向き直る。  「?なんだ?」  意味が分からない、という顔のレオ君の両手を握り、ロカちゃんは、  「町を守りたいのは、私も同じです。フォンティーヌ家当主として、ファンティサールは無事であってほしいんです。それが私の役目であり、同時に願いでもありますから。」  と。マフィアに連れ去られた先の自己紹介で知ったばかりだけれど、ロカちゃんはファンティサールを次にまとめる人__次期領主らしい。  ゆえに、言動も同世代よりかは大人びていて、とても頼れる。  それだけじゃなく、責任感も強い。  「だから、頼ってください。いざとなったら、私たちに。私たちだって、ファンティサールを自分の意志で守りたいと思ってここに立っているんです。それに私はフォンティーヌ家次期当主でもありますから。」  と、ロカちゃんは力強く言い切って。  「そっか……。ポンドにもそんなことを言われた気がするぜ。」  「実際に言ったんだけれどな。」  それも数時間前なのだが。  「レオ先輩は少し……張り詰めすぎな気がします。」  「うんうん。すっごくわかる、それ!」  ハスミちゃんの言葉に、ぼくはうなずき。  「なっ、ちょっと!」  後ろからレオ君の慌てた声が聞こえてきた。  「張り詰めるって、どういうことかしら?フェイジョア先輩の体に糸なんてついていないから、張り詰めたくてもできないのだと思うけれど。」  と、ロカちゃん。  「わっ!ここにも天然がいたっ!」  ◇◆◇  「それで、ファンティサール防衛線のことなんだが。」  雑談からそう切り出したのは、レオ君だった。  ていうか、雑談らし雑談もできていないタイミングだったんだけれど。  「お、切り替えが速いね!」  「速いほうがいいだろ?こういうのは。」  「はい。私も速いほうがいいと思います。」  と、ハスミちゃん。赤く染まっている頬から見るに、賛成している理由はレオ君の考えが正しいだけではないと思う。  「一応、一通りの準備は完了しております。あとは、周囲の警戒さえ怠らなければ……。ただ、魔獣の見張り番をしているリヴネスさんがなかなか帰ってこなくて。」  と、ロカちゃん。その言葉に、空気が一瞬で張り詰める。  そういえば、ルーインさんは魔獣の見回りをしながらも、二時間に一度、ここに帰ってくる約束をしていた。  理由はルーインさんの安全確認や状況把握を兼ねてだが。  レオ君を探し、テントの中に作ったベッドに寝かせた時から、二時間以上、ルーインさんは帰ってきていない。  何かあったのか。あのA級魔獣相手にそれほど手を煩わせていないルーインさんに限ってそんなはずはないのに。  全員の頭の中を悪い予想が駆け巡り。  「それは、心配だな。」  と、レオ君がつぶやいた時だった。  「何が心配なんですか?」  刹那、一瞬でカーテンが開けられ、そちらをみると不思議そうな表情をしたルーインさんがいて。  「「「「わっ!」」」」  その気配のなさに、かつて旅した国でいた、不思議な技術者【忍者】のようだとおどろいて。  ルーインさんはきょとんと首をかしげる。  「すみません、自分、話を途中からしか聞いていないので……。繰り返しなんですが、なにが心配なんでしょうか?」  「ルーインさん、いたの?」  「えぇ。さっき戻ってきたばっかりですけれど。」  と、ルーインさん。その服には、ところどころ__否、かなりの量の血が付いていた。それも、赤黒い。  様々な場所を旅していることもあり、それなりに血液の耐性があるといってもいいぼくでも、驚くレベル。  「それで、服に血がついているけれど。」  「ご安心してください。ただの、返り血ですから。__それも、魔獣の。」  「「「「魔獣⁈」」」」  再び、四人、声をそろえ。  ルーインさんが怪我していなかったのは良かったけれど、魔獣って……。  いや、出るのは分かっていたはずだけれど。でも知らない間にまたやばい生き物がぼくたちの近くに迫っていると考えると、やはり恐ろしい。  「ええ。見回りをしていた時にA級魔獣を。一匹でしたので、すぐやっつけることができましたが。ですが、少し、意外だったというか……。」  「えっと、何かあったんですか?」  と、ハスミちゃん。  「いえ、魔獣の強さが元に戻っていたんです。」  「「「「⁈」」」」  その言葉に、ぼくたち四人は動揺を走らせ。  そして、かつてルーインさんが言っていた魔獣の質についての話を思い出す。  ここ数年で、魔獣の質が悪くなっているという話。そして、数が増えていて住民を困らせているという話。それと何か関係があるのだろうか。  「ここ数年、魔獣の強さはだんだんと弱くなっていって、それに比例するかのように魔獣の素材の価値も低くなっていきました。A級、S級に関してはその変容は僅かなものでしたが、それ以降のランクについてはそれが著しく。お陰で、一匹一匹の魔獣を討伐するにあたっての負担は、ずいぶんと少なくなった__はずなんです。」  その言葉に、ぼくたちは一抹の突っかかりを覚える。  この言い方だと、まるで__。  「はず?」  「ええ。どういうわけか、普段倒すA級魔獣より、少し、強くなっていて。__強さが戻った、という方が正しいのかもしれませんけれど。」  魔獣の質が元に戻った。  これが喜ばしいことか、否かは分からないが。  「もしかしたらこれも、世界が滅ぶ前の予兆のようなものかもしれません。」  と、ルーインさんは。  「うーん……。」  急に低くなったり、戻ったりする魔獣の質。  そのなぞは、確かに滅びる直前の世界とも関連しているようで。  ぼくは顎に手を当てて、黙考する。  「いえ、ほんの小さな気づきですので、それほど考えなくても。」  そんなぼくをルーインさんが手で制した。  「どっちにしろ、マフィアが仕掛けてくるまでの時間をどうやって有用に使うかなんだよね。」  おそらく、マフィアがファンティサール全土を焼き尽くすまで二十四時間以上あるだろう。時間的にはまだ余裕があるが、うかうかしてはいられない。  一応戦力的には、マフィアのほうが上であるのだ。  このまま残った時間を無駄に過ごせばマファイアが来た時にぼくたちはあっけなく陥落してしまう。  例えば、マフィアにだけ発動するわなを作るとか。__まあ、現実的にぼくは魔法については詳しくないし、そういうのに詳しそうなロカちゃんに聞いても、作れないのだと首を振っていたが。  「そういえば、ポンドってもうじいさんの墓参りに行ったのか?」  と、突然レオ君が話題を振ってきた。  「っ!行っていないけれど……。」  ぼくは首を勢いよく振る。  皆、マフィアに備えて色々準備をしているのだ。  そんな中、一人だけ自分のために行動をするなんて、できるはずないしみんなにも申し訳ない。  ぼくの言葉に、四人は黙り込み。  「「「「……。」」」」  どうやら、四人はそのことをぼく以上に真剣にとらえていたようで。  四人はなんとも言えないような表情をしていた。  「あっ、気にしなくて大丈夫だよ!これだけ広い国だからさ。じいさんの愛した人の眠る墓を尋ねに行くより、じいさんの愛したこの場所を守るほうがいいと思うんだ。」  そうだ。これはぼくの決断なのだ。  無理やり決めさせられたわけじゃない。  じいさんならどうするか、ぼくの決断をどう思うか、考えて決めて。  墓参りができないのは最後まで悔しいが、それでもぼくは自分の決断には満足している状態なのだ。  「なあ、それ、どっちも出来たほうがポンドとしてもいいんじゃないか?」  「えっ……。」  その言葉に、ぼくは目を見開く。  思ってもみなかった。そんなこと。だって、ラマージーランドは世界的に見ると小さい国とはいえ、実際に墓を探すとなると、それなりに広い。  残された時間を考えると、数多の星々がきらめく銀河の中からただ一つ、小さい星を見つけるようなもので。  できるわけがないと、自分でも諦めている節があって。  「自分もそう思いますよ。」  と、ルーインさんが続けた。  「マフィアがやってくるまでまだ時間があります。できることは、できるときにやっておいた方がいいです。たとえ見つからなくても、時間ギリギリまで恩師の墓を探した方がいいんじゃないでしょうか。__後悔なんて、しないためにも。」  と。最後の方、少しだけルーインさんの瞳に哀しみの色が浮かんだのは、気のせいなのだろうか。  否、もしかしたらルーインさんにも何か、やり残したことがあって、それで後悔しているのかもしれないが。  それでも、ルーインさんはぼくが後悔しないよう、アドバイスをしてくれ。  「二人とも……。」  胸の前に手をやって、息を吐きだす。  仲間の気遣いのありがたさによって、胸がつまりそうで。  「私も賛成です。ポンドさんには色々手伝ってもらっていますし。ポンドさんがいない間のマフィアの対策は私たちがやっておきますから。」  と、ハスミちゃんが微笑んで。  「領民の意見を聞き入れるのは、幸せを願うのは領主として当然だわ。変わりに私たちが見張りをしているから、安心して行ってきて頂戴。」  と、ロカちゃんもうなずいた。  「みんな……。」  四人、この場の誰一人、墓参りを反対していない。  みんなに対し負担をかけるばかりなのに。  仲間だから、ただ、それだけの理由のおもいやりに。  「ポンド。」  「?」  突然名前を呼ばれ、レオ君のほうに振り向くと、レオ君がにっこりと笑った。  「仲間なら、頼れるときに、頼っておくもんだぜ。」  「__」  刹那、息が止まったような感覚があった。  それは、かつてぼくがレオ君に言った言葉。否、かつてなどではない。  今日、先ほど言った言葉で。  先ほど、ぼくはレオ君が一人で抱え込む傾向があるとアドバイスをした。  そして、レオ君の仲間は頼りになる人ばかりだから、安心して頼ってもいいとも。  その言葉は、もしかしたら、ぼくにもあてはまるものだったのかもしれない。  「はは。もしかしたら、本当に頼っていなかったのは、僕の方かもしれない。」  ぼくだって、じいさんのことをみんなに相談もせずに決めちゃって。  何も話していないのに、みんなに対して申し訳ないとか、なんとか。  ぼくだって、まだ、成長途中の子供だったのだ。  「「「「?」」」」  ぼくの発言に皆がきょとんと首を傾げ。  ぼくは小さく首を振ってそれに答えず、変わりに小さく微笑んだ。  「みんな、ありがとう。」  本当、いい仲間を持ったと思う。  世界が終わるまじかにすら、こうやって心配してもらえるのだから。  そして、気遣ってもらえる。  本当に、いい仲間。  じいさん、ぼく、やっぱり仲間に恵まれていたよ。  心の中で空の上にいるじいさんに語りけながら。  レオ君の寝ていたベッドの近くに置いていた傘とバックを手にした後。  「お墓、すぐ見つけて帰ってくるから。」  と、ぼくはカーテンを翻させる。  四人の厚意を無駄にしないようにしよう。  そして、絶対絶対じいさんの奥さんのお墓を見つけよう。  そう、固く決意をして。  ぼくはテントの入り口まで進んだ後、四人のほうを振り返った。  四人は、ぼくのほうを見ると、小さくうなずいて。  ぼくは再び、微笑んだ。  「行ってきます!」  そして、カーテンを翻す。  たった今、世界が滅びようとしているときに、とある旅が始まった。  ポンド・クロネージュの墓を探す旅が。
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