知らされた真実と、嘘つきと。~ナナ・クラークの葛藤~

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知らされた真実と、嘘つきと。~ナナ・クラークの葛藤~

 「サソリちゃんは、実はマフィアだったんだ!」  目の前の銀髪のマフィアは仰々しくそう言って。  四方には暗黒色に限りなく近い色の壁、どこからか流れ込んでくる冷えた空気。  私、ナナ・クラークは小さく息を呑んだ。  「は……な……え……うそ。」  たった今、眼の前で聞かされた出来事を、認めたくはなかった。  姉を探しに行く過程で、マフィアに捕まったこととか。そして今、ダイヤモンドというマフィアのボスを除いたらマフィアの中で一番えらい人物の目の前にいることとか。  信じられないことはたくさんあった。けれども、そのどれもがする今、彼女から聞かされた真実――私の姉、サソリ・クラークがマフィアであるということには、遠く及ばず。  私はぎゅっと唇を噛みしめる。  「うそ。お姉ちゃんが、そんなはず……そんなはずない。」  もちろん彼女の言う【サソリ】が、私の姉であるという確証もないのだけれど。  それでも私はその言葉を信じられずにはいられなかった。  それは、言葉などでは証明の出来ない、直感のようなもの――私の第六感が、彼女の言葉を正しい、と言っていて。  それをどこかで否定したい自分もいた。  私の姉は強い女性だ。確かに勉強をサボり始めたり、料理を始めとした家事全般が壊滅的だったり、色々とダメなところもあるのかもしれないが。  それでも、バイトで私を養っていて。  悪ぶった態度こそあるものの、その倫理観は疑ったことがなかった。  お姉ちゃんは、こっちがわの人間なのだ、と。  故に、目の前のマフィア・ローゼン――シェイミー・セコンダレムの言葉に驚き、私はまじまじとそちらを見つめて。  へへ、と銀髪のマフィアは懐から水晶を取り出した。それも、よく見る透明のものではなく、あまり見かけない紫色の。  これは占いに使うものではなく、誰かの姿をとるものなのだ。  まさか、お姉ちゃんがマフィアとして活動している姿でも取っているのではないか。  姉のことは世界一信用しているはずなのに、その水晶が起動させられるのが、ただ、怖く。  仮にマフィアだったとしても見たくないのだ。姉が人殺しすらも厭わないような集団の中で、平然としている姿は。人殺しすらも厭わないような集団の一員になっている姿が。  シェイミー・セコンダレムは薄く笑って、続けた。  「嘘なんかじゃないよ。証拠も見せてあげようか。」  と、彼女が、水晶に両手を当てると、水晶は白銀に発光し、みるみる光を増していく。  彼女の行動からして、彼女の言い分が間違っているとは考えにくく。  しかし、それ以上に私には一つ、引っかかるところがあった。  否、そんな言葉では示せない。  その思いは、ただ――  「違います……!お姉ちゃんは…優しくてッ……!」  姉を、冒涜されることが何よりも嫌だった。  優しくて、強くて、いつも私の隣りにいたお姉ちゃん。両親が行方不明になって三年が経とうとしているが、当時から私の事を支えようとしてくれて。  言葉では表せないくらいに、大好きで、大事で。  故に認めたくない。  姉を冒涜する目の前の銀髪のマフィアの戯言は。  三年ほど前、両親がいなくなってすぐの時、私は信じられないほど落ち込んで、憔悴しきっていた。  そのことにはお姉ちゃんに迷惑をかけたし、申し訳なく思っている。原因は、主に二つ。一つは、お父さんとお母さんが急にいなくなってしまったため。家族四人で過ごす時間が何よりも好きだったから、私はそれを喪失した事が嫌で嫌で。  もう一つの方は、両親が、姉が近所の人に悪口を叩かれていたからだ。  政治運動が元々活発だった地域ということもあったのだろう。【政敵】である両親の悪口はまたたく間に近所に広がっていき、そしてその悪口の対象は、私達も含まれることになる。  二週間もしない内に、私達姉妹は近所の人から邪険にされて。  私はまだマシだったが、姉は背中に石やゴミを投げられることもあって。そのことすら、お姉ちゃんは私に相談してくれなくて。  姉に相談されない、無力な自分が嫌だった。  かといって、姉に其事を切り出しても、姉との関係が崩れてしまいそうで怖くって。  故に、私は元気を失っていたのだ。  「ほら。」  と、銀髪の彼女は水晶を見せてきた。水晶から出る白銀の光によって、元の色である紫色は完全に失われていて。  その代わり、薄っすらと水晶にはある光景が浮かんでいた。  紫色の髪の少女が、一目でマフィアと分かるような奇妙な服装の人に囲まれていて。そして彼女自身もその服装をしていて。  その人たちは、なにか言葉を発していた。  水晶なので、誰がどんな事を言っているかは分らない。マフィアに所属していないので、これが一体どういう状況なのかも分らない。ただ、紫色の髪の少女は私の見知ったお姉ちゃんによく似ていて。  「え……なに、これ。」  思わず言葉を漏らす。  水晶に映っていた場面は変わって、そこにはお姉ちゃんらしき人物が宝石を抱えて走っている姿があった。  私達のものではない宝石。それは一瞬で理解できたというそんなものがあったら、換金している。それほどまでに私達の生活はカツカツで。しかし、お姉ちゃんの顔に罪悪感はない。むしろ、してやったり、といった表情を浮かべている。  あとから、四人の人が追いかけてくる。  全員、ここにいる人達。青髪のハーフツインのおんなの子も。次期領主様も。茶色の髪を一つで結んだ女の子も。水柿色の髪をハーフアップにした男の子も。追いかけっこをしている顔つきではなく。その表情は、真剣そのもで。  それがどういう意味をあらわしているのか、一瞬で理解できた。  「決まってんじゃん。サソリちゃんが盗みをしているところだよ。魔法石を近くにおいて、この水晶に記録させたんだ。君が食べていた食料は、君のお姉ちゃんの誰かのものを盗んだお金で賄っています。」  ふひひ、と銀髪のマフィアは笑って。  理解しがたい情報を、理解したくない情報を。  少女は、まるで好んで私を追い詰めるかのように、語りかける。  信じたくない。お姉ちゃんが……お姉ちゃんが、そんなはずないのだ。  彼女に限って、そんな倫理的に間違った行いをするはずもなく。  「…うそ。お姉ちゃんは、盗みなんかしないッ……!」  私は銀髪の少女のほうをきっと見据える。  私の言動に、不思議そうな視線がいくつかささる。仕方がない。彼女は水晶を私にしか見えないような形で見せたのだ。おねえちゃんのことだって、私にしか聞こえない音量で言っていたし。唯一、気が付いているのは私のすぐ隣のアイラ先輩ぐらいか。その先輩も、銀髪のマフィアの少女の声量のせいで事態をどこまで把握しているか怪しいが。  「残念ながら、事実だよ?じゃなきゃ、僕にこんなマークされるはずないもんね?この子達だってね、僕が部下にお願いして集まってもらったんだ。君がさらわれた理由もそうだよ?僕、サソリちゃんの絶望する顔が見たいから。もっとも、他の子達はもう半分、別な目的があったり、僕の完全なる【誤算】だったりするんだけれどねー。」  マーク、と。そのこと自体は初耳だったが。  と。彼女は、最初から私だけが狙いだったのだ。  アイラ先輩も、シャテン先輩も、そのほかの人だって、ただ、ダイヤモンドが楽しい思いをするためだけに集めたというわけで。  純粋に、悔しかった。皆に迷惑をかけてしまっている現状が。  否、それよりも。  こうして私たちが集められているのは、銀髪の彼女に言わせてみれば、お姉ちゃんがマフィアだからで。  やはり、いくら否定したくてもその発言は重みを増すばかりで。  「みんなを助けては……くれないの?」  と、現実逃避もふくめ、ダイヤモンドに聞き。  ダイヤモンドはその銀色の瞳をにっと細めた。  「どぉーだろ。マフィアが優しくないのは、君だって知っているよね。僕はマフィアだよ。」  と。それは、痛いほどよくわかる。  マフィアが牛耳っているファンティサールに住んでいれば。  私はダイヤモンドの言葉に何も答えない代わりにきゅっと唇をかみ、水晶のほうに再び視線を寄せて。  「…………。」  またもや、水晶の場面は切り替わっていた。  先ほどまでとはちがい、そこにいたのは今よりずっと幼いお姉ちゃん__五歳ぐらいの紫色の髪の少女に、同じ年ぐらいの水色の髪の少女。__ファンティサール次期領主であるロカ・フォンティーヌ先輩だ。  その光景に、一抹の違和感を覚える。  ファンティサールの領主を務めているフォンティーヌ家と、何もない一般人である私たちクラーク家。天と地ほど差があるのに、なぜ、この二人は知り合っているのだろう。  特に幼いころの貴族なんて、行動を制限されているとどこかの本に書かれていたはずだ。  ゆえに、幼い貴族は貧民街に行くことはないし、そこで同年代の子供に会いカルチャーショックを受けることもない。  小学校であった、ということならあり得るのかもしれないが、それだってロカ先輩はお嬢様だから私立行くだろうし、私もお姉ちゃんも公立小学校出身なのだ。  第一、出会ったのがどこであれ、もともと銀河の数多の星の中からたった一つの星を見つけるような確率なのだ。お姉ちゃんが報告しないはずないのに。  どこか、胸がつっかえるような。  ……気のせいなのだろうか。  水晶に映っているお姉ちゃんとロカ先輩はとても親しげに話していて。  それこそ、その日あったとは思えないような__積年の親友のような。そんな関係にも見えて。  「……この人、――ロカ先輩、お姉ちゃんの知り合いだったの……?」  小さく、つぶやいた。  しかし、そのつぶやきは聞こえていたのだろうか。  ダイヤモンドが、  「ふーん。やっぱり知らないんだ。つまんないのー。」  と目を細める。  「……?」  その様子に、少し、疑問を覚えた。  まるで私に二人の関係について知っておいて欲しかったような。  否、私の気のせいかもしれないが。  「サソリちゃんはね、マフィアに入っても、盗み以外の犯罪行為はしなかったんだよね。まあ、それをしたら【耐えられなく】なるからなんだろうけれど。でもさ、間接的なのは結構やっていてさ。」  小さく、ダイヤモンドがつぶやく。  その言葉の後に、どんなものが続くのだろうと、想像して。  恐怖して。悲観して。  これ以上、言葉の先を聞きたくなかった。  お姉ちゃんがどんな罪を犯しているのかも。  私が食べているご飯は、お姉ちゃんが犯罪を犯したお金だということで。  「前に大陸でだっけ。他のマフィアとの抗争があった際に、そいつ等を殺す用の殺人鬼がいたんだけれどさ。サソリちゃんはその護衛っていうの?その殺人鬼が背中を預ける係みたいなのになってさ。まあ、命令だから背いたら殺されるんだろうけれどさ。」  はは。とダイヤモンドは乾いた笑い声を。  「綺麗に守りきったよね。サソリちゃんは。――罪をすべて、その人に押しつけて。」  シェイミー・セコンダレムの瞳が、歪にゆがむ。  その言い方が、ものすごく、嫌だった。  なぜ人を殺していないのにお姉ちゃんが悪く言われなければいけないのか。  逢ったこともないのに、その殺人鬼よりかはずっとずっとマシなんじゃないかと思って。  きっと、彼女を睨む。  「お姉ちゃんは……最後まで、人道を守ってッ……!」  やはり、お姉ちゃんはマフィアでも尊敬できる私のお姉ちゃんなのだ。  彼女の言葉を聞いて、少し、安心した。  サソリ・クラークは堕ちていない。  が、ダイヤモンドは面白くなさそうに舌を鳴らすと、  「僕の、一番嫌いなやり方だね。」  と。  その言葉を聞いたとたん、背筋に刃物を突き付けられたような感覚があった。  うまく言葉にできなかったけれど、この人は私のことが嫌いなのだと。端から見ても感じさせるような。  「人に罪を押しつけて、自分はひょうひょうとした顔で、逃げ切っちゃうんだ。」  と。  やはり、私はこの人が苦手なのだ。  最愛の姉を悪く言うし、考え方が、根本的に食いあわない。  それに何より__  「大体、貴方なんなんですか、さっきから!嘘ばっかり言って……!」  私の声に、ことり、とダイヤモンドは首を傾げた。  無自覚な表情で。  「嘘?悲しいな。僕は真実をいっているんだけれどなぁ。」  その含み笑いに、彼女との心理的な距離がもっと開いたのは言うまでもない。  「お姉ちゃんは、そんな事に手を染めない!」  「僕が他の人として映った残像を加工でもしたっていうの?そっちのほうが間違っているよ。薄々気がついていると思うけれど。――もしかしたら、全く考えようとしていなかったのだけれども。君は特待生だから良かったけれど、おねーちゃんは君ほど成績が良くないからねー。だから、ミュトリス学園の学費を全額払わなきゃいけないんだよ。到底、そんな物、アルバイトだけでは賄いきれない。だからサソリちゃんはどの道マフィアに入る必要があったんだ。」  時々、疑問に思ってはいた。  姉が、飲食店のバイトだけで私たちの食費と家賃をまかなっていけるのだろうか、と。  そもそも、不器用の頂点といっても過言でなく、部屋を掃除させたらなぜか有毒な気体を作り出してしまう姉に、飲食店のバイトなど、務まるのだろうか。  第一、勉強嫌いで両親が蒸発してしまってから勉強している姿を見せたことがない姉が、学費免除の特待生枠に入ることができたのだろうか、と。  疑問に思っていたが、それを深く追求することはなかった。  無意識に、恐れていたのだ。  追及することで、姉との生活が崩れることを。  シェイミー・セコンダレムの言っていることはどれも現実味を帯びていて。  本当は少し、気が付いていた。  世界が女子中学生二人がバイトの収入だけで食べていける程、優しくないこと。  気が付いていたけれど、無視していた。なかったことにしていた。  だって、そうでもしないと__  「もっとも、その中学に入るって事だって、君を心配させない為だけにやったようなもんなんだよ?あの子は心底勉強も世間体もどうでもいいと思うような子だからさ。」  知っている。お姉ちゃんが、勉強嫌いなことも。  けれど三月になっても手続きをしないお姉ちゃんに、私は『中学行かないの?』と尋ねてしまって。  もしかしたら、それかもしれない。  お姉ちゃんが入りたくない中学に無理やり入っていたのも。  全部、全部、私がお姉ちゃんに対して余計な心配をしないように。  全部、全部、私の心労が減らないように。  たとえ、お姉ちゃんがマフィアだということは嘘だとしても、今ダイヤモンドが言った事だけは本当だと思った。  お姉ちゃんは、妹思いの優しいお姉ちゃんだから。  きっと、そうすると思って。  「……そんな。なんで、お姉ちゃんは嘘をついたの……?」  だからといっても、嘘をつかれてしまった事だけは悔しい。  きっと、お姉ちゃんは私を思いやってくれたのだろうけれど。だとしたら、余計、嘘などついてほしくなかった。  アルバイトだけでは生活が苦しいのなら、私だって働いたのに。  なんとか受験できる公立の中学を探したのに。  私たちは十年以上一緒にいる姉妹なはずで。  こんなもの、あんまりだ。  「サソリちゃんが通った中学が公立だったのなら、話は別かもしれないけれど、生憎、サソリちゃんは【非人道のエルザ】と見た目がそっくりでね。公立中学は彼女が政府に逆らった反逆者の子供だからと、どこも彼女の入学を拒んでね。――もっとも、そういった意味では君だって苦労したと思うけれど。」  「…………。」  きりり、とわき腹が痛む感覚がする。  三年間でだいぶ慣れたけれど、やはり両親のことに触れられるのは単純に心が苦しい。嫌にでも、両親が家に帰ってこないことを思い出してしまうから。  エルザ・クラーク。__私の母の名前で、三年前、仕事に行ったきり彼女は家に帰ってこなくなった。それだけでなく、その直後に近所の人たちにあまりよくない噂を流されて。【非人道のエルザ】というのも、その一つだったりする。  「……貴方は、なんでここまで私達の家の事情を知っているのですか?」  私たち姉妹が公立中学を入学できなかったことなんて、誰にも公言していないのに。  それなのに、彼女はそれを知っていて。  それだけじゃない。  お母さんの名前まで。この人__ダイヤモンドは、絶対普通じゃない。  「さあ、【運命の間】で見たんだよ。――と言ったら、信じてもらえるかな?」  と。その言葉の意味は分からなかったが、分かったことが一つ。  この少女は幼少期のお姉ちゃんの姿や、私のお母さんの名前を知っているほど情報通で。ゆえに、もし彼女が本気を出して来たらこちらに抵抗する権利すらないのだろう、と思った。  だって、マフィアの武器はその圧倒的な戦闘力であるのに、情報の面で既にもう一本取られているのだから。戦闘力はというと、それ以上だと予想せざるを得ない。  「ま!そう言うことだって。」  ぽん、と彼女は明るく締めくくった。  その場の停滞した奇妙な空気から浮いた状態で。  一方の私はというと__絶望していた。  彼女の言葉故、姉がマフィアというのは事実としかとらえられなくて。  マフィアというのは、厳しいと聞く。そんな過酷な環境に、私のために入ってしまい。  「君は、いつまでも絶望していなよ。残酷すぎるまでの現実に。そうしたほうが、君らしくはなくても、舞台としては、それらしくなるよね!」  その明るい物言いに、胸の中にあった何か重たいものがずるずると重さを増していく感覚がする。  「お姉ちゃん……お姉ちゃん…………。」  そもそも、お姉ちゃんが犯罪行為をしてしまったのも、お金を得るためで。  幸い、彼女によればお姉ちゃんは銃犯罪こそ犯していなかったけれど、誰かの宝石を盗んでいて。  そのことが、受け入れられなかった。  自分の姉のはずなのに。  私のためにやってくれた行動なはずなのに。  どこか遠い異国の知らない誰かがやった行動みたいに。  もしかしたら、どこかで信じていたのかもしれない。  姉は、犯罪行為をしない、と。  そんな確証はないのに。しかし、姉、サソリ・クラークはマフィア・ローゼンに籍を置いていて。  何よりも驚いていたのは、犯罪行為をした姉を受け入れきれない__自分自身だった。  かつて、誰かに姉が最愛の人か聞かれていたら即座にうなずき返したものなのに。どういうわけか、今はそれすらためらってしまうだろう。  そのことが、ただ、悔しい。  私が十年間、姉と紡いできた日々は、まがい物だったのだろうか。ひょっとしたら姉と心を通わせていると思っていたのは私だけで、実は姉はそれほど私の事を思っていなかったんじゃないか。  考えれば考える程、分からなくなる。  まるで巨大な迷路の中に閉じ込められているようだ。  「うんうん!その表情!」  シェイミー・セコンダレムは私の表情を見て、満足げにうなずいて。  やはり、この人はあわない。私は少なくとも、誰かの不幸を喜ぶような趣味はない。  ていうか。  今まで気にしていなかったけれど、そういえばお姉ちゃんの姿が見当たらないの、この人が何か絡んでたりしないだろうか。  私たちのことも誘拐したのだ。ありそうではあるが。  「お姉ちゃんは、どこにいるのッ!?」  「え、それ、今聞く?」  きょとんとした表情の銀髪のマフィア。しかし、すぐに納得したような表情になり、ふふん、と不敵な表情で笑った。その笑みに、私は一層、嫌な予感を覚えながら。  「しんないよ。ただ――マフィアだって、暗殺も謀反もつきものだからね。君のお姉ちゃんが無事だといいのだけれど。」  その言葉は、氷点下より冷たく。  「うそ……だ、いや……。」  いやな予想が、私の脳内を駆け巡る。  一週間もあっていないのだ。その間、夜を超すのがどれだけさみしかったのか。  誰かが一緒にいない夜は耐えられない。どんな寒さだって、虚しさだって。誰かと過ごせたら__最愛の人と過ごせたのなら、きっと超えられるのに。  お姉ちゃんが、隣で笑っていてくれればいいのだ。  無事でいれば。  その思いだけはお姉ちゃんがマフィアだと分かった後も、盗みをしていると分かった後も変わらず。  ゆえに、私は軽いパニック状態になっていた。  お姉ちゃんは今どこにいるだろう。無事だろうか。痛い思いをしていないか。  ひとたび姿を確認できればいいのだ。しかし、それすらもできない。  全身を書きむしりたいような歯がゆい思いが私を襲った。  ただ、そのことを知りたいのに。  暗雲の中を彷徨っていた時だった。ナナちゃん、ナナちゃん、と隣から聞こえる声でふと我に返ったのは。  声のする方を見ると、アイラ先輩が心配そうにこちらを見ていて。  「ナナちゃんッ!会話、聞こえていたけれどッ……!」  「アイラ先輩、私は……私は……。」  急なことに、戸惑ってしまった。  会話を聞かれているのを忘れたのもそうだけれど、アイラ先輩は私のせいで誘拐されてしまった__いわば、被害者のようなものだから。  私を心配してくれるとは思ってもみなかった。  もちろん、先輩として、彼女が人格者であることは分かっていた。  けれど、人は簡単なものじゃない。  かつて私が公立小学校に通っていた時、私がありもしない濡れ衣をかぶせられた時があった。その時、濡れ衣をかぶせた生徒は、かつて私の親友だった子だった。  多分その子も私の悪い噂を信じてしまったのだろうけれど。人は、いとも簡単に変わってしまう。良くも悪くも。  ゆえに、今回だって心配してしまった。アイラ先輩が、私のせいで誘拐されたと知った時、私に対して冷たい態度をとってしまうんじゃないかって。  しかし、現実はそれほど冷たくなかった。  目の前の橙色の髪の少女__アイラ・シャーロットは、私を心配そうに見つめ。その瞳は、他のどんな邪念もこもっていない、純粋な深い青だった。  その瞳を見たとたん、安心して。  そして、安心以外に様々な感情が出てきた。  突然マフィアに連れさらわれ、二日ほど、飲まず食わずな__疲労。  これからどうなるかもわからない__不安。  なぜか私たちの家の事情にやけに詳しい人がいて、その人に何もかも握られているのではないかと、疑ってしまうほどの__恐怖。  姉がマフィアに所属していて、盗みを行っていたという事実__衝撃  そして姉に負担を押し付けてばかりだった自分への__憤怒。  感情が、つぎからつぎへと混ざりあい、濁りあい。  私は言葉を失い。  何かを言おうとしても、声が出ない。  何か言わなきゃ。言わなければ。  焦りからだろうか。いつからか、ぽろぽろと私の両頬から大粒の雫が滴って。  「えっと、大丈夫だよッ。」  そのことに気が付いた、アイラ先輩が、縛られている腕の動く範囲で、私の背をゆっくりと撫でていく。  お礼も、謝罪も。頭では言わなければいけないと分かっていたものの、その声は出ずに。  私は声を上げず涙を流し続けて。  アイラ先輩は、私の背をなでつづけて。  「お姉ちゃん……。」  ぽつり、と発された言葉はどこにいるかわからない姉に対してのものだった。  目を閉じても浮かぶのは、お姉ちゃんの紫色の髪。黄色い瞳。無表情でも怒っているように見える眉。姉妹なのに、似ていないと言われるけれど、私はお姉ちゃんの髪が、顔が、瞳が、手が、足が、だいすきなのだ。  今、どこにいるかも分からない。そのことが何よりも不安で。  「ごめん、さっきシェイミーちゃん達どんな会話していたっけ?うまく聞き取れなかったんだけれど。」  涙を流し続けている間にも、後ろから声が聞こえてきた。  しかし、私はそれに反応する余裕などなく。  「小声だから、聞き取れないのは当然だと思います。ただ――よほど、込み入った話なのでしょうね。彼女の反応を見るに。」  と、ロカ先輩が後を継いで。  私はというと腕を縛られているせいで拭うことのできない大量の涙によって顔は大洪水状態になっていて。  しかし、そんなこと構わなかった。  姉がマフィアであるという現実。私が姉をマフィアに入らせてしまったという現実。そして、その姉の生死すら分からないという現実。  どれもこれも逃げ出したくて。けれど、重すぎて逃げ出せない。  「誰か……誰か、否定してよ……。」  涙を滴らせ、つぶやくが、誰も答えず。  ただ、穏やかに私の背中をさすってくれるアイラ先輩の手が温かかった。  「まったよ!リオくん!僕、何時間もこの子達の相手していたんだ!上司に手間かけさせる部下とか、控えめに言って、良くないね!この落とし前は、きっちりつけてよね!」  銀髪のマフィアの少女の声が遠くから聞こえるような気がする。  あたりは静寂に包まれていた。  ◇◆◇    そのあとのことだった。お姉ちゃんが水晶の中で持っていた宝石が、そのばにあらわれたのは。__ただし、そこにお姉ちゃんはいなかったけれど。  宝石を持って現れたマフィアは、リオ先生__園芸部の顧問で、私たちを捕まえようとしたマフィアで。ボスはリオ先生から宝石を仰々しく受け取った後、宝石を発動させて。  間一髪、宝石は起動しなかったが、それだけでは済まされなかった。  問題は、それほど単純ではない。  マフィアがファンティサールを狙っている。これは由々しき事態であり。  やってきた銀髪の魔法警察さんに縄を解かれた後、水柿色の少年が話をまとめてくれて。  その人も、私と同じミュトリス学園に通う、レオ先輩というのだが。  各々が自己紹介をし終えて、ハスミ先輩による、これまでの冒険の大筋が語られた。  ある夜突然、宝石を盗んだ少女。  それはやはりお姉ちゃんで、ハスミ先輩たちはお姉ちゃんから宝石を取り返しにここまで追いかけてきたらしい。  そのことを聞いて私の気分は少し沈んでしまった。  銀髪のマフィアの告白である程度分かっていたようなものではあるが、やはりお姉ちゃんは盗みをして、誰かを、国を、困らせている。  その事実が、耐えようとしても耐えられるようなものではなく。  「なるほど……。そんな事が、あったんですね。そして、お姉ちゃんが……。」  「それで、これからの話なんだが……。」  と、レオ先輩が切り出した時だった。  「その前に、一つ言っておきたい事があるんだ!」  私と同じくらいの背の高さの、ブラウンの髪の少女__ミュトリス学園の三年生のアデリ・シロノワール先輩が手を上げて。  その瞳は、真剣そのもので、あたりの人物は皆、アデリ先輩に注目して。  皆が息をひそめる中、アデリ先輩は思わないことを言った。  それも、いいことでなく、ずっと、ずっと、悪いこと。  「世界が、もうすぐ、壊れるんだ。みんな、思い残しのないように、できることをしておくように。」  と。その、とてつもない大事実に。アデリ・シロノワール先輩はまるで今日の天気を告げるようになんてこともない風に言って。  それがかえって、事の危うさを際立たせていた気がする。  そんな大事実をいたって冷静に判断できたのは、もしかしたら先ほどのシェイミー・セコンダレムの告発で、私がショックを受けていたのからかもしれない。  人間、落ちるところまで落ちれば後はあがるだけだ。もっとも、その気分だって今はもう少しだけ続きそうだけれど。  その事実はアデリ先輩以外知らなかったことなのだろう。  皆は、顔を青ざめさせたり、目を見開いたり、思い思いの表情をしていて。  衝撃を受けている皆に、アデリ先輩がさらに追加で情報をよこした。  「もう三日も持たないと思う。」  と。  この世界の余命宣告を。  刹那、この世界の終わりが見えたような気がして、私は思わず体を固まらせた。  三日。あと三日で、私はやりたいことを、やり残したことをできるのだろうか。  否、できるはずなどない。  だって、私のやりたいことは__。  それからも、飛ぶように時間は過ぎた。  突然現れた神秘的な、奇妙な格好をした占い師さん。  その彼女が世界を救うための要因として、ハスミ先輩とアデリ先輩を選出して。  そして、占い師さんによって告げられたもう一つの真実。マフィアがもうすぐこの土地に襲い掛かってくるということ。  残された私たちは、ファンティサールを守れるよう作戦会議を始めた。  といっても、しゃべっているのは先輩たちで、私はほとんどしゃべっていないのだが。  否、しゃべる余裕すらなかった。  だって、私の頭の中には__  「……。」  「あれ、ナナ、さっきからしゃべっていなくねーか?」  レオ先輩の声で、ふと、我に返る。  何を考えていたのであろう、と。そんなこと、可能性的にできるはずないのに。  「っ!すみません、大丈夫です、何でもないです!」  慌てて腕を振る。  レオ先輩は、納得のいっているようないっていないような表情をして。  私は右腕を上げた。  「わ、私魔方陣かくの得意だし、やっていいですか?」  「ええ、いいわ。等級は、どれぐらいまでかけるのかしら?」  と、ロカ・フォンティーヌ先輩が。ファンティサールの次期領主であり、同じ学園に通っているとはいえ、雲の上のような存在だったのだ。  こうして関われているとはいえ、少し緊張してしまう。  「えっと、一等級までですけれど?」  私の言葉に、ロカ先輩は微笑んで。  その後、貴方のことなんて初めて知ったわ、と意味深な言葉を投げかけてきて__否、それは声のトーン的に独り言だったが。  否、気のせいなのだろうか。少し、その言葉にはとっかかりを覚えたが。  ……いや、今はそんなことを気にしているよりも、目の前の魔方陣を仕上げるべきである。私は魔法属性の書かれたインクをペンに付け、魔方陣を描き始める。  今は頭を空にしないと。  余計なことまで考えてしまいそうで。    「ナナちゃん、やっぱり、気にしているのっ?」  と、アイラ先輩に問いかけられたのは、魔方陣を描くのが終わって、一通りマフィアへの予防線が出来上がってきたころ。  魔方陣作成で腕が痛くなってきたところで腕を休めるため少し休憩がてら散策をしていた時だった。  いつの間にか私についてきたアイラ先輩が、後ろから問いかけて。  「……すみません。」  私はしゅんと頭を下げる。  一応、態度には出さないようにしていたつもりだ。  みんなに心配させるかもしれないし、今はそれどころじゃないのに。  私はアイラ先輩への罪悪感もあってか、それっきり言葉を発さずに、アイラ先輩が私の目の前まで来て、私の手を握る。  アイラ先輩の手は、温かく。  思わず顔を上げる。  刹那、視界に入る深い青の瞳。  その瞳は、やさしさの色が見えて。  「お姉ちゃんの事さ、アタシはあったことないけれど、色々シェイミーちゃんに酷いこと言われていたじゃんッ。」  アイラ・シャーロットは、どこまでも、まっすぐだった。  まっすぐで__私のことを、裏切らなかった。  私のことを、罵らなかった。それは、道徳的には正しいことなのだろうけれど、今の状況だと少し別かもしれない。  なにせ、アイラ先輩たちが攫われてしまった原因といえば、私なわけだし。責められてもそれはおかしくないし、むしろ、責められるべきなのだろう。  馬車での飲まず食わずの二日間は非常に耐えがたいものだった。心が、どんより曇ってしまうほどには。  私は、あの体験を私のせいでアイラ先輩やシャテン先輩にさせてしまって。  もしかしたら、思いっきり責められた方が楽なのかもしれないが。  アイラ先輩は、何も言わない私を見、微笑む。  「アタシは、ナナちゃんのお姉ちゃんの事、それほどひどい人だって思わないよッ。ナナちゃんの感覚が正しいって思う。」  と。  「アイラ先輩……。」  その言葉に、一瞬涙が出そうになった。  否、今だって気を抜けば泣いてしまいそうだ。  私が原因で馬車であんな苦しい思いをしたと知った時、大抵の人は私をののしるだろうから。__かつて、私が政敵の子供だと知られたときのように。  しかし、彼女は私を信じてくれて。  それがどれほど嬉しかったことか。言葉にしなくても分かるだろう。  三年前、政敵の子供だからといって、近所の人に、学校の先生に、友達に、生徒に嫌がらせされた時のこと。まだ完全に乗り越えたわけじゃない。  心の中ではその傷がくすぶっていて。  でも、今日初めてその傷が__その当時の私の思いが報われた気がする。  私自身の行動じゃない。私自身を見て、信じてくれると言った人がいたのだから。  私はアイラ先輩の手をぎゅっと握り返した。  「本当に知らなかったんですっ……!お姉ちゃんが、私を食べさせるために、安心させるためだけに、犯罪に手を染めていたってっ……!」  声がかすれ、思いがあふれる。  本当に、苦しかった。姉に罪を犯させている自分も。その状況も。  全てすべて、苦しく。  「うん。」  アイラ先輩は、いつもの溌剌とした雰囲気とは違って、穏やかに。しかし、ゆっくりうなずいて。  その肯定に、今にも泣きだしそうになりながら。  「色んな人が私達を裏切っても、お姉ちゃんだけは裏切らないって信じていたのに……!」  ただ、悔しかったのだ。姉だけは、正義の道を踏み外さないと思っていたのに、お姉ちゃんは、マフィアに所属していて。  ただ、私を守るために嘘をついていただけかもしれない。  それでも、私はお姉ちゃんの行動に疑問を感じている。  勝手に自分だけ辛い目に遭って、それでまんぞくして。しかも、それを隠し通して。  ある意味で、私に対する裏切りではないかと。  アイラ先輩は、今度は返事をせず。  「……。」  しかし、私の感情の波は、動きは、止まらない。  止まることを知れない。  「お姉ちゃんも……お姉ちゃんも、私に嘘をついているのなら、私は一体、誰を信じればいいんですかっ!?」  この世にただ一人の姉を信じたかった。  この世にただ一人の姉に、信じられたかった。  しかし、姉すらも嘘をついていたのなら。  私は誰の言うことを信じればいいのだろう。平然としていながら、裏で何かに耐え続けているかもしれないなんて。  ……考えたくも、ないじゃないか。  考えてしまったら、世界の残酷さだけに目が届くのだから。  「ナナちゃん……もう、大丈夫だよッ。」  アイラ先輩が、そっと、私を包み込んだ瞬間だった。  「うわぁぁぁぁんっ!」  と、私の悲鳴が辺りに響き渡る。  あたりには、誰もいない。  ただ、橙色の夕焼けが私たちを包み込んでいて。  夜特有の、ツンとした空気も、私の涙の量を増やす一因となっただろう。  私は感情がままに、アイラ先輩に縋りつき、泣きわめき。  アイラ先輩は、そんな私を拒まなかった。  「――今は泣こう。そして、泣き終わった後に、少しずつ、笑えるようにしよう。辛いけれど、大丈夫。アタシがついているから。――笑う門には福来たるって言うしッ。」  アイラ先輩の明るい声色が聞こえる。  その声色に、一層涙を滴らせながら。  「きっと、その気持ちも晴れるよッ!!」  アイラ先輩は、力強くそう言い切った。  誰も見ていない、日常の延長線上の、風景だった。  ◇◆◇  十数分後。私はしばらくして泣き止み、我に返って。  一番最初に出たのは、服の問題だった。  アイラ先輩に縋りついて泣いてしまったせいで彼女のTシャツは私の涙によって濡らされていて。  「アイラ先輩っ……服、涙で濡らしちゃってすみません。――ありがとうございます。言葉とか、色々。」  「良いってッ!気にしないでよっ!こんなんすぐ乾くよッ!ヘーキヘーキッ!」  つとめて明るくアイラ先輩は笑う。  その表情からは、嘘は感じられないが。  「……でも、後で洗濯とかしたほうが……。」  「もうッ、ナナちゃんは気にしいだよッ!」  と、軽く私の肩をたたくアイラ先輩。その先輩は、いつもの先輩で。  心なしか、少し安心して私は微笑んでしまった。  「じゃあ、おでからもひとつ聞いていいかね?」  と、後ろから男性の声が聞こえる。  聞きなれない声だけれど、こんな声の人いただろうか。__否、いなかった。  じゃあ、この声の主は__  アイラ先輩と一緒に振り返った時だった。  左腕に暗黒色の薔薇の刺青をした、恰幅のいい男がそこにはたっていて。  「え?」  __マフィア・ローゼン。ファンティサールにはこびっている犯罪者組織であり、その凶悪性は、周知されていて。  世界が完全に滅びる十二時間前に、ファンティサールに襲ってくるというその組織は。  団体で襲撃してくるのだろうから、きっとあわないはずだ、と無意識に思い込みをしていて。  そんな保障、どこにもないくせに。  私とアイラ先輩の間に一気に緊張が走る。マフィア・ローゼンはそんなことお構いなしなのか、そも、マフィアに入っている時点で当たり前なのか。何食わぬ顔で、私たちが用意した魔導素材のほうを指さして下品な笑みを浮かべた。  「ここにある魔導素材、全部持っていっていいかな?」  と。  本来なら、あり得ないことを。  「うそ、なんで――。」  いくらマフィアに対する戦線を敷くとは言え、マフィアがそれを感知しないとも限らない。そのため、使用する魔方陣には全てマフィアが検知できないような魔法をかけているし、それは魔道具に関しても同じであり。  しかし、どういうわけか、目の前の男は、その法則をやすやすと破っていて。  「マフィア・ローゼンッ!」  アイラ先輩がマフィア・ローゼンの男をきっとにらみつける。  男はにっと白い歯を見せて笑った。  「ああ、そうとも。もうすぐファンティサールを襲撃するのでね。この住民の武器になりそうなものは全部占領しときてえんだよ、おで達。ま、そんな事言ったって、おでは魔力を持っていなから使えないんだけれどさ。」  __抵抗なんて、そんなもの、むこうだって予想済みだったのだ。  そして、その手段を端から奪おうとしている。本当に、マフィアというのは犯罪組織なだけあってか、どこまでも用意周到である。  マフィアの実態に少し呆れ、驚き。  一歩、アイラ先輩が前に踏み出した。  その表情は見えないが、背中からは彼女が起こっているのが伝わって。少し前、馬車で彼女を見た時と同じだ。怒りだけじゃない。彼女の怒りによって、周囲は緊迫とした空気に包まれていて。  「そんなの、駄目に決まって――」  と、全て言いかける前だった。  私が【彼女】の存在に気が付いたのは。  「アイラ先輩ッ!」  と、素早く先輩の腕を引き、その方向を指さす。  「あれ。」  振り返った先輩の表情は驚愕に満ちていたが、次第にそれが納得に代わり、マフィアに対する侮蔑に代わり。  「なるほどッ!」  私が指さした先__数十メートル先には、一人の少女がつかまっていた。  金髪の、私より一二歳ほど年上の。マフィアに拘束された腕を縛られている彼女は。  「ッて、待って!嘘、何でッ!?」  状況を理解したアイラ先輩が声を上げる。  否、それは状況を理解したというよりも__  「――シャナちゃんッ!?」  アイラ先輩の言葉に、ぴくりと金髪の少女が顔を上げる。  そして、私たちの方を見て力なく笑った。  「アイラ、ごめん、ウチ……ウチが一番最低や。私欲のために行動したらこんなことなってしもうた。」  と。その言葉には覚えがあった。  本来なら、私が言うべき言葉。彼女もマフィアに目の敵にされて狙われたのだろうか。いな、そんなことはどうでもいい。  今重要なことは、目の前にマフィアにとらわれている少女がいることで。  「シャナちゃん!」  アイラ先輩は少女の名前らしきものを叫ぶと、一目散に少女のほうにかけていく。  そのスピードの速いことといったら。  その閃光の速度に、私は反応できず。  「待ってて、シャナちゃんッ!今助けるからッ!」  アイラ先輩がそういいながら、少女のほうに手を伸ばした時、私は我に返って。  「あっ、アイラ先輩っ!」  と。  私の声でもアイラ先輩は我に返らなかった。  否、夢中だったのだ。シャナさんを助けることに。  慌ててアイラ先輩を追いかけようとしたその時だった。  「アイラ!」  と、シャナさんが力強く叫んで。  刹那、アイラ先輩の足が止まり。  「ウチのこと置いてって!ウチのせいや。これは全部、ウチのせいやっ!」  なげやりにわめくように。  しかしそこに憐憫を感じさせる余地はなく、まるでシャナさんがアイラ先輩を気遣っているように。  「シャナ、さん……?」  助けないと。ポケットにある杖に手を伸ばした時だった。  アイラ先輩が、シャナさんのところにたどり着いたのは。  「シャナちゃんッ!」  アイラ先輩の言葉に、シャナさんが目を見開き。  その、刹那だった。  シャナさんの横に控えていたマフィアがアイラ先輩とシャナさんの間に飛び出し、シャナさんの首元にナイフを当てたのは。  「早く言う事聞かないと、仲間がどうなっちゃってもいいんだな~?」  と、下衆た笑いに。アイラ先輩も、体を固まらせる。  魔法を打ってもいいが、呪文を唱えた瞬間__否、杖を取り出した瞬間、そのナイフがシャナさんの喉仏を搔っ切るだろう。それは荒事に慣れていない私にも容易には想像できて。  「アイラ、ウチの事は気にせえへんで。」  シャナさんはきっぱりと、額に一粒の汗を浮かべ、不敵な笑みを見せながら、そう、言い切って。  「……分かったッ。それなら好きなだけ持っていって下さいッ。」  どれほどの葛藤があったのだろう。アイラ先輩は、悔しそうに言い切った。  「ほぉー随分と気前がいいな。」  にやにやと笑う、最初に私に話しかけてきたマフィア。  「それで、それを取っておいたら、さっさと――。」  と、私が言葉を継ぎ。  それですべて、終わると思っていた。  「ついでになんだが、おで達にこの場所を貸してくんね?」  「「――ッ!」」  見通しが甘かった。  マフィアというのは、ただの犯罪組織ではない。  異国からのものでありながら、ファンティサールで根を張っている組織であり。  その理由が今、分かった気がする。  この人たちは用意周到すぎる。  「それ、は……。」  「もしかしなくても、他にも魔術具が埋まっているかもしんねえ。」  目の前の魔術具だけ持って、勝った気にはならない、と。  「「……。」」  その言葉に私たちは黙るしかなかった。  マフィアのカンは当たっている。  魔方陣だって、マフィアには見られないが、ちゃんとこの近くに引いてあり。  それらを踏み荒らされたら、私たちが、不利になる。  「あ、言っとくけれど、逆らったらどうなるかわかってんだろーな?」  「「……ッ。」」  シャナさんの喉仏にナイフを突きつけられ、私たちはしぶしぶ両手を上げた。  「ええ、ご、ご自由にどうぞ……。」  「はぁん、案外話の通じる嬢ちゃんじゃねえか。」  そういいながら、私たちにボウガンを向けてくるマフィア。  ここは自分たちの場所だから、早くどいてくれ、ということなのだろう。  困ったことになった。残った人たちにどう伝えればいいものなのだろうか。  思考を巡らせていた時だった。  「ですが、最後に一つだけ――仲間に対する書き置きだけ、残してもいいですかっ⁈」  と、アイラ先輩が言ったのは。  「ああ、それぐらいは許可してやる。」  マフィアがうなずいてすぐだった。  びり、びりり、とアイラ先輩が自身のショートパンツを破いたのは。  「って、アイラ先輩ッ!?」  思わぬ行為にアイラ先輩のほうを二度見し。  アイラ先輩は困ったように笑った。  「大丈夫!アタシ、ナナちゃんと違ってズボンだからさッ!」  と、親指を突き立てる彼女。  だとしても、もう少し何とかならなかったのだろうか。  いや、こんな時だからポケットにメモなんて入っている人のほうが珍しいのだけれど。  「いや、そういう問題じゃなく。」  と、突っ込みを入れると、アイラ先輩は、ナナちゃん、さっき魔方陣を書くときに使ったインク貸して、と手を差し出してきて。  私はポケットからインクを取り出し、アイラ先輩に預ける。  アイラ先輩はそのインクを使い__元々、インクは魔方陣を書くためのものだが、色が濃いものであれば、普通のインクとしても使用できた__自身のズボンだった布にシャテンを探しに行きます、と偽の名目を書いた後。  「ふい、書き置きは、置いたんだ。とっとと出ていってもらうよ。」  と、めんどくさそうに手を振り払うマフィア。  私たちは慌ててそこから駆け出した。  箒を渡してくれたのは、温情というべきか。  箒に乗っている最中に、  「おいお前ら!よく探すんだ!魔術素材が近くにないか!」  と、声が聞こえたが、私たちは振り返らず箒を飛ばし続けた。  ◇◆◇  箒を飛ばして三十分ぐらいしたところでだろうか。  アイラ先輩と私は箒を止め、話し合いを始めた。  これからどうするかについて。あの場所はマフィアが占領していて、しばらくの間帰ることは困難だろう。なら、これからどう立ち回るか。  話し合い自体は長く続かなかった。  名目通り、シャテン先輩を探しに行く。  元々二人とも心配していたのだ。  とはいえ、捜索はなかなか終わらない平行線だと思っていた。  それほどまでにファンティサールは広大で。  私たちは一縷の望みをかけてある一方に箒を飛ばしたわけだが、案外早く目標の人物は見つかった。  「あッ!あれ、シャテンじゃないッ!?」  マフィアと逃げるときも一緒に計算すると、約一時間ほど箒を飛ばした時だった。  アイラ先輩の指さす花畑に、確かにシャテン先輩のようなセージグリーンの髪が見えて。  「!本当です!」  「おーい、シャテンー!」  アイラ先輩が呼びかけると、その人物はびくり、と肩を震わせる。  「ッ!」  私たちはその人物のすぐそばまで箒を飛ばし__やはり、その少年は、私たちが探していた少年、シャテン・ブルーマーだった。  私たちはシャテン先輩の顔を見て、安堵のため息を漏らし、一方のシャテン先輩といえば__  「って、なんでそんな面倒くさそうな顔してッ!」  なんで見つけに来たんだ、という意思が透けて見える程の顔をしながら。  まあ、そんな表情もシャテン先輩らしくはあるが。  「おれが人好きな性格に思えた?お人好しだと勘違いしていたわけ?」  「いや、全然ッ!」  「なら、おれの表情の理由も分かりそうなものだけれど。」  「うん、分らないッ!」  「だろうね。」  呆れたようにシャテン先輩はため息をつく。  「こなれたやり取り……。」  そのやりとりに、少しだけでも日常が戻ってきた、と安心感を覚えながら。  「ていうか、こんな処来てらしくないって。こんな処来ても成績は上がらないよッ!――って、もう成績とか意味ないんだっけッ!」  「……。そんなんじゃない。おれがここに来たのは、ここはおれの兄貴の――」  その時だった。  どこからかご、ごごご、と不気味な音が聞こえてきたのは。  「っ!なんだ、この音はッ!」  三人、辺りを見回す。しかし、その原因は見当たらず。  「地響き……いえ、もっとすごいような……。」  私がふと、山の方に目を向けた時だった。  僅かだけれど、真っ白い水が、こちらに迫ってきているのが見えたのは。  それが何なのかは、すぐに分かって。  「「「洪水だッ!!」」」  三人同時に、叫ぶ。  そして、すぐに放棄に飛び乗って、一目散に逃げ出した。  「こっちに向かってきているッ!どうしよう、このままじゃっ――。」  アイラ先輩が切迫した声をあげる。  「たぶん、アドミーラの貯水庫からだっ!マフィアが情報を手に入れたんだッ!」  シャテン先輩が叫びに近い声で、意味不明な単語を言う。常時だったらその意味を確認したいが、今はそんなことをしている場合じゃない。  「あど……えっと、何ッ!?」  「そこは気にしなくていい!とにかく、止めるには研究所の地下室にある魔力版に三属性の魔力を流し込まないとっ!ナナ君、アイラ君、ついてきてッ!」  と、シャテン先輩は私達より箒のすペースを上げ、  「はいっ!」  「了解ッ!」  シャテン先輩の箒はある建物に向かっていった。  真っ白の、どこかわからないような建物。  急いでドアを開けると箒を放りだしてシャテン先輩の誘導で、その建物の地下室まで三人、駆け下りて。  地下一階、階段を降りたすぐの部屋それはあった。  茶褐色の土の上にあるそれは、3つの奇妙な形のくぼみがある奇妙な台のようなもので。  「ここだ!」  息を整えながら、シャテン先輩が、そのくぼみの一つに手を当てて。  「一人、一つのくぼみにてを当てるんだ。魔力を流し込めば、たぶん、堤防が出てくるはず。」  と。その言葉と共にシャテン先輩は手を発光させ、魔力を流しだす。緑色のそれを眺め、私達もそれぞれのくぼみに手を起き、魔力を込め。  数秒後だった。その盤が光だし、私達が、恐る恐る魔力を流す手を引いても、それが消えなかったのは。  「……止まった、のかな……?」  独りでに光っているこれは、魔術具なのだろうか。そもそも、外の洪水はどうなったのだろうか。様々な疑問はあった。  「一時的にだ。そもそも、この研究所の設備だって、皆最新ではないから、それほど長くは持たないがね。」  と、シャテン先輩。そういえば、この建物の事情にやけに詳しい。  「あれッ!?今日のシャテン、変なこといっぱい知っているよねッ!?」  と、アイラ先輩も目を白黒させ。  シャテン先輩はめんどくさそうに目を回したあと、腕を組んで。  「……兄貴がこの研究所で働いているんだ。それで。」  と。少し、その言葉が意外に感じた。  シャテン先輩はアウトローってタイプだから、てっきり一人っ子かと思っていが。  「あれ、シャテンってお兄ちゃんいたんだッ!」  「私も……てっきり一人っ子かと思っていました。」  私達二人の言葉に、シャテン先輩は一瞬黙り込んで。  「…………。」  その間が一体、何だったのかはよくわからないが。  「そうだよ。おれには、兄がいる。」  と。刹那、先程感じた違和感の理由がわかったような気がした。  たぶん、シャテン先輩はあまり自分のことについて離さないタイプで。だからだろう、私達はそんなシャテン先輩の姿に、慣れきってしまったのだ。  仲間……と言えるほど親しい関係ではないが、それなりに仲は良かったはずなのに、私達は知ろうともしなかった。  「私も、お姉ちゃんが一人います。」  「アタシ、お兄が二人。」  次いで、手を上げる私達をシャテン先輩は困ったような、呆れたような瞳で見た。  「いや、知っていた。」  ……あれ、そういえば、馬車の中で言ったっけ。  ていうか、今はそれどころじゃない。せっかくシャテン先輩を見つけたのだ。このチャンスを逃す気持ちはない。  私は、シャテン先輩の腕を掴んで、  「シャテン先輩、一緒にファンティサールを防衛しましょう!」  「シャテン、拠点に帰ろうよ!」  と、アイラ先輩も続ける。  「いや、おれは――」  その時だった。アイラ先輩のものでも、私のものでもない、淡々とした女性の声が聞こえたのは。  「【長く】なんかない。あの堤防は、マフィアが、ファンティサールに襲いかかってくる頃には崩壊しきっている。」  その、どこか諦観したような声は、数時間前、確かに聞いたはずで。  「今すぐ堤防を強化するべきよ。」  その言葉が終わると同時だった。何もなかった場所からいきなり占い師さんがあらわれたのは。  「あんたは――!」  シャテン先輩が、息をのんで。  「早急なの。挨拶をし直す趣味もないしね。」  と。その口調はいつも通りで、失礼だけれど早急さを感じさせないが。  「それはそうと、いいの?このままで行くと、ファンティサールは水に押し流されて、マフィアと戦うどこじゃなくなる。なのに、まるで――」  その言葉は、最後まで続かなかった。  占い師さんは、言葉の途中で、息をのんで。  「そういう、運命。」  と、意味深に。  そして、納得したような表情をして。  「……?」  そのじじつにこくりと首をかしげる。  「あの、世界みたいに止められる方法が、あったりしますかッ!?だとしたら、アタシ、知りたいですそれッ!」  と、アイラ先輩が手をあげた。  その行動で、私も、じぶんのやることを思いだす。  __今のアイラ先輩みたいに、あの洪水を防ぐ方法を教えてもらうことで。  「私も!お願いします。」  と。慌てて、アイラ先輩に続く。  「無くはない。」  あの時__世界を救うことのできる人物を語った時とまったく同じ口調で、占い師さんは。  「実は、今の堤防は最高峰の形態じゃない。それにするには伝説の魔法陣を復活させる必要がある。そして、堤防に魔法を発動させる必要が。」  伝説の魔方陣を、復活させる。普段私には考えつかないようなもので。  「マフィア戦については、少しこちらにも考えがある。貴方達は魔法陣の復活にだけ取り組めばいい。それほどまでに難しいことだから。」  「…………。」  私達が行くことで戦える人材が減ってしまうマフィア戦。そのかけた力を補う方法を占い師さんは考えているようだが。  「マフィア……。」  アイラ先輩は、腕を顎に当て、何か考えているような――否、実際は考えているのだろう。  シャナさんの事だって。その他のことだって。  アイラ先輩は底抜けに明るいが、それと彼女が懸念しないということは別問題で。  「アイラ先輩?」  「アタシ、やっぱりマフィアのところに行っていいかなッ!?」  と。  突然の提案に、私達は目を見開きながら。  「いいけれど、何で?」  と、シャテン先輩。  「あっ!もしかして……!」  一瞬でその要因に思い当たる。何らかの原因で、マフィアに囚われていた少女、シャナさん。  アイラ先輩の様子からして、きっと仲はそれなりに良かったのだろうが。  「アタシの友達がマフィアに囚われているのッ。友達は大丈夫って言っていたけれど、やっぱり相手が、相手だし、不安になっちゃってさッ。」  と、頬をかきながらアイラ先輩は苦笑した。  「だから、二人には負担がかかるかもしれないけれど、」  「いいんじゃないですか。魔法陣の事は、私達がなんとかしておきますからっ!」  私は任せて下さい、と軽く胸を叩く。  不満なはずがない。これまでのアイラ先輩の行動を見ていれば。否――見ていなくても。私だって、マフィアに大切な人が捕まえられていたら、見過ごせないだろうから。  「勝手にすれば?おれは元はといえば仲間だって思った事なかったけれど。」  いつものように、気だるげにシャテン先輩は、そう。  「シャテン先輩も賛成だって言いましたよ!」  「かってにおれの意思を捏造するの、やめてもらっていいかな、ナナ君。」  後ろから先輩の突っ込む声がした。  アイラ先輩は頷いて、そして大きく手を振った。  「じゃあ、行ってくるよッ!」  その言葉と共に、階段を駆け上がる。  「はい!私達にまかせてください!」  その後ろ姿に、私は声援をかけた後。  「言ったわね。早速、魔法陣の出現方法なんだけれど……私は知らないわ。」  「「えっ?」」  占い師さんの言葉に、私たちは耳を疑い。  あれほど何でも知っているような占い師さんにも、知らないことはあるのか、と。  「伝説の古文書に書かれていた事ばかりだったから。後は勝手にやって。」  世界を救うときと違って凄いざつなような。  「それはちょっと……。」  否、これも占い師さんの何かの作戦かもしれないが、それはそうとしてこちらは気が気ではないが。  私の視線に気が付いたのは、占い師さんははぁ、とため息をついて。  「こっちはマフィア戦に備えているの。それに、運命は、こうでも大丈夫なように設計されているから。」  「運命……?設計?」  意味が分からない、と首をかしげるシャテン先輩。  「そこは水に流しましょう!」  シャテン先輩はなれていないのだろうが、生憎、なれれば大抵気にならないものだ。  意味深な造語も。なにもかも。  「それじゃあ、私は。」  と、それを言ったきりだった。  占い師さんの姿が、みるみる霧に包まれて行き、あっという間に見えなくなり。  霧が晴れた時、占い師さんの姿は見えなくなっていて。  「あっ……消えちゃった……。」  お礼を言うはずだったのに、と占い師さんがいたほうに手を伸ばし。  「むだだよ。あの人も世界を救う方法を教えるのに忙しいでしょ。もうあきらめなよ。」 と、言葉を投げかけてきたのはシャテン先輩だった。  「すみません……。」  今はいち早く堤防を最高峰のものにしなければいけないのに、私としたらなんてことをしているのだろう。  「シャテン先輩、それじゃあ早速……。」  と、シャテン先輩のほうを振り返った時だった。  シャテン先輩が、地上へつながる階段をのぼりながら、  「おれは……魔法陣を探さないよ。」  と。  「……?シャテン先輩?」  慌てて私も階段を上り始めて。  シャテン先輩は立ち止まろうとはせず、私たちは、建物の一階のドア部分__箒が二人分置かれている場所にまで来た。  自分の箒を手に取りながら、シャテン先輩は口を開く。  「喧嘩別れした兄貴を探しにここに来た。兄貴は、ここで研究をしていたから、もしかしたら、いるんじゃないかって。結局見つからなかったけれど。」  と。刹那、ある予想が浮かんだ。もしかして、アデリ先輩の世界が亡びる、という言葉を聞いて真っ先に外に出たのは、そのお兄さんの事が気がかりだったのではないか、と。  私はシャテン先輩じゃないから先輩の気持ちをすべて把握することはできかねるけれど。  「さっきも言った通りおれはマフィアの手からも、タイムリミットからもファンティサールを救うことはこんなんじゃないかって考えているから。だから、やりたいなら一人でやれば?」  と、シャテン先輩はどこまでも独り歩きをしていて。これからファンティサールを襲う洪水など、興味がないのだろう。否、そうじゃない。  これも彼からしては成功率が低いからなのだろう。  一番冷静な彼は、一番合理的な解を求める。  「……おれは兄貴を探したいんだ。」  と、箒に乗って。  「いいんじゃないですか?」  口から出た言葉は、先ほどまで言おうとしたものと反対で。  「え……?」  シャテン先輩が、目を見開く。  けれども、お姉ちゃんがマフィアに入っていたこともあったのだろう。  少し、喧嘩別れの事は分かる気がした。  その他大勢よりも、誰かのことが愛しくなり、集団にとって利のない行為をしてしまうこともある。  「ナナ君、あまりらしくないけれど……。」  「私にもお姉ちゃんが一人いて、少し前から会えていないんです。だから、気持ちはわかります。――分かると言ったら、嘘になっちゃうかもしれませんけれど。」  それでも、私がお姉ちゃんと喧嘩別れしたまま世界が亡び、二度と会えなくなると考えると、やはり、胸が痛い。  ゆえに、私はシャテン先輩の意思を尊重する。  「兄弟姉妹は――すごい、大切な存在なんです。だからそれで仮に魔法陣が見つからなかったとしても、私はシャテン先輩を責めませんよ。」  __それでファンティサールが被害に遭ってしまっても。  誰かを慕う気持ちは、今も昔も変わらず尊いものだから。  「それじゃあ、私は魔法陣を探すので、これで。」  シャテン先輩に背を向けた、その時だった。  「ストップ!」  と、シャテン先輩が鋭い声をあげたのは。  「どうしたんですか……?」  シャテン先輩の方を振り返り。  シャテン先輩は、いつの間にか箒を元の場所に置いていて。その表情も、真剣なものだった。  「さっきの地下室に資料が沢山入っているから。もしかしたら、伝説の魔法陣について、何か乗っているかもしれない。――やっぱり、おれも手伝うよ。」  と。突然の心変わりに、私は息をのんで。  「……!」  私の視線に気が付いたのか、シャテン先輩は困ったように、して、ややけだるげに肩をすくめた。  「ファンティサールを守ろうとしないまま、仲直りをしたって、兄貴は、おれのそんな行動を認めようとしないはずだから。」  そうして、地下へと続く階段を一歩、踏みしめる。  「はい。一緒に頑張りましょう。」  シャテン先輩にうなずく傍ら、頭では別なことを考えていた。  私にマフィアであることを隠して、犯罪行為に手を染めてきたお姉ちゃん。  それを知った時はショックだったが、今はもうその感情はない。  代わりにあるのは、お姉ちゃんへの、純粋なる感謝だった。  私にマフィアであることをかくして、盗みをした、それほどまでにお姉ちゃんの中で私は守りたい存在だったって事で。その事実すら、改めて考えると身内ならではのむず痒い恥ずかしさがあるが。  そして、一時はその事実に絶望したものだ。お姉ちゃんが堕落した原因は、私なのだ、と。  しかし、今は思う。  それでも、私は私を誇って生きていこう。  それほどまでに、お姉ちゃんが守りたかった存在なのだから。そのことで堕落したり腐ったりしていちゃ、私の為にマフィアに入ったお姉ちゃんにまで申し訳ない。  そしてこれからお姉ちゃんに沢山恩返しをするのだ。お姉ちゃんが私を食べさせるためにマフィアに入って罪を犯した事よりも。もっと、もっと大きなことをしてお姉ちゃんに恩返しをしよう。  そして今度は支えられるだけの弱い妹から抜け出して、お姉ちゃんにとって、頼れる妹でありたい。  ――否、ありたいなんかじゃない。  お姉ちゃんが安心して頼れる妹になろう。  沢山知恵をつけて、力をつけて。いつか、私達姉妹を困難が再び襲ってきてもいいように。  そう心の中で決心して、私は一歩を踏み出した。
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