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刹那、消えかける世界で。~アデリ・シロノワールの探索~
空には灰色の雲が立ち込めていた。まるで、もうすぐ終わってしまう世界と連動しているかのように。真っ黒なそれは一種の不吉さを覚えさせる。
まるで、嵐の前。というか、嵐すらなくってもこのまま外に出ずに建物の中にいたほうがいいのではないか、と錯覚するほどに。
外にはマフィアがいて、遭遇したらどんな目に遭うか分からないから。
しかし、私は――否、私達はひるまなかった。
今からしなければいけないことがあったから。
もうすぐ滅びる世界のために、私達が出来ること。
それは――
「じゃあ、占い師さんを探しにしゅっぱーつ!」
――と、勢いよく右手を上げたのは、私、アデリ・シロノワール。
色々あって今、占い師さんを探しに行くところで。
「はい。」
と、左隣の青髪の少女が私の言葉に頷いた。彼女の名前はハスミ・セイレーヌ。少し前、怪盗から奪われた宝石を取り返すために、一緒に旅立った後輩で、今は共に世界を救いに行こうとしている仲だ。
そもそもごくごく普通の中等部3年生だった私がなぜ、世界を救うという奇妙な出来事に遭遇しているのか。否、それだけでなく世界を救いに行こうとしているのか。
その理由は、一時間ほど前まで遡ることになる。
旅の途中、ひょんなことからマフィアに捕まってしまい、身動きを封じられた私達。
なんとか助かったけれど、そこからが問題だった。というのも、少し前に私はハスミちゃん達がいなくなった時に探してくれた占い師さんに遭遇して。そこで、聞かされたのだ。
もうすぐ終わってしまう世界のこと。皆のことが大切で、世界が終わる前に後悔してほしくないから私はそれを伝えた。しかし、世界を終わりから救う方法はわからず。
皆で色々言い合っている内に、占い師さんがやってきてこういったのだ。世界を救う方法がある、と。
そしてその適性を持っているのは、アデリ・シロノワールとハスミ・セイレーヌのみ、と。
当然、私達の気持ちは一つだった。
世界を救って、この日常を再び続かせる。
故に、もうすぐやってくるというマフィア・ローゼンに対抗するための作戦会議が終わったあと、私達はすぐにその場を抜けてきた。
あの時、私達二人の適性を告げたあと、蜃気楼のように消えてしまった占い師さんを探しに。
彼女に世界を救う方法を聞きに。
私達は箒にまたがり、数メートル進んで。
「で、どこにいるか、分かる?」
と。最初に訪ねたのは私の方だった。
占い師さんは神出鬼没で、どこにいるかも、どうしたら会えるかも分らない。
今まで私が占い師さんに会えたのは、一回目が偶然で二回目は向こうがこちらをまっていてくれたのだ。
こちらから行ったことはないので、占い師さんにどうやって会えばいいのか分らない。
占い師さんが世界をを救う方法を教えていないことに気がついて、こっちに戻ってきてくれればいいけれど……。
「やはり最初の問題はそこ、ですよね……。」
と、ハスミちゃんが顎に手を当てる。
せめて、占い師さんの家がどこにあるかぐらい知っていればいいんだけれど……。
それほどまでに私達は深い仲じゃないし、そもそも知り合ってまだ一ヶ月もたっていないわけで。
「うーん……。とりあえず、前に進もうか!行動しないことには何も変わらないし!」
と、先に箒を走らせたのは私だった。
そうだ。考えても考えても答えが出ないのなら、いっそ行動してみたほうがはやい。
それが今までの私の行動で、それこそがアデリ・シロノワールという一人の人間の生き方でもある。
「あっ、ちょ……!」
慌ててハスミちゃんが追いかけてくる。
私はハスミちゃんが追いつけるよう少し箒のペースを落としながら。
「大丈夫、大丈夫!なんか占い師さんこっちにいるって感じがするんだよね!多分あっている!」
なんとなく、気の向くまま、感の向くまま。
なにの根拠もないけれど、占い師さんはこちらにいる、と直感が言っているような気がして。
「アデリ先輩……。いや、変わっていませんけれど。」
と、後ろからハスミちゃんがつぶやいた。
えーっと、よくわからないけれど、変わっていないということはいい意味なんだよね?
だとしたら、少し嬉しくて照れくさいかもしれないけれど。
そんなことを思いながらも私達は引き続き占い師さんの姿を捜索した。
地面の下を見て。魔獣討伐ギルドの建物の中を見て、木々がひしめき合う森の中を確認して。
そのどこにも、占い師さんの姿はなかった。
「んー!ハスミちゃん、ここらへんには誰もいないっぽい。」
目を凝らしても、あの不思議な格好も、黒い長髪も確認することは出来ない。
私が下ばっかり見ていたからだろう。ふと、ハスミちゃんがこんなことを問いかけた。
「そうですか。その人、――占い師さんは私の見ていないところで箒は持っていましたか……?」
刹那、私の中心部に雷に打たれたような衝撃が走る。どうして今の今まで気が付かなかったのだろう。
占い師さんだって、箒を持っていた。
ただ、突然に消えたり現れたりしていたから気がつくのが、遅れただけで。
「あっ!そういえば、前はそれで飛んでいった気もするけれど。」
占い師さんが世界が滅びることを私に伝えた時。彼女は去り際に確かに箒に乗っていったはずで。
「それじゃあ、もう少し遠くにいるかもしれませんね。一度、箒を飛ばした方が……。」
と、ハスミちゃん。
私もそれに頷いて。
――その時だった。
「あっ、こんなところにいたんだ。」
占い師さんの声が聞こえたのは。
そちらを見るとが占い師さんがゆうゆうと立っている。ベールで覆われているせいでその表情は確認できないけれど、たぶんその顔には、二十代前半女性としての貫禄が見られるのだろう。
じゃなければ、ただのきょとん顔か。
どっちだっていい。私は占い師さんの方に距離をぐっと縮めて。
「占い師さん!探していたんです!世界を救う方法が知りたくて!何となく、ここにいそうだったから、探してみたら超びっくりで!」
占い師さんを探していたら、ちょうどひょっこり出てくるなんて、信じられない幸運だ。
思わず口のスピードが早くなる。
占い師さんは淡々と私の言葉にうなずきながらも、
「うん、相変わらずね。私の占いでも、ここであらたなる運命が開かれるとなっていたから行ってみたの。そしたら、偶然、あなた達がいた。」
と。まるでわからない単語を使うのは相変わらずで。
「新たなる運命……!よくわからないけれど、すごいです!」
とりあえず占い師さんを崇め讃えておくことにした。世界の滅びを予言した占い師さんなのだ。きっとこれもすごい方法で占っているのだろう。
「本当によくわかっていなそうな反応ね。」
と、占い師さん。その声に少し呆れが交じっている。
「とりあえず、こっちに来て。時間がない。」
と、占い師さんが私の手を掴んだ瞬間だった。
ぱちん、と耳元で指を鳴らすような音がなり、あたりの景色が一瞬にして変化する。
「わっ!」
次の瞬間、私達は真っ暗闇の空間にいた。
そこまでは私達が閉じ込められていた魔獣討伐ギルドの倉庫に似ているんだけれど、ここは倉庫とは違ってその闇が無限に続いていくようで。
「ここは……どこ?」
きょろきょろと当たりを見回す。当然、占い師さんとハスミちゃん以外は誰もいない。
「ここは私が一時的に術式を使って、現実にはない空間を作り出したもの。あまり聞かれたくない話だから。」
そんなふうに占い師さんが説明をしている間にも私は、部屋の四方八方を見回した。
天井には、わずかだが輝く星星。
床部分は、目を凝らすとようやく見えてきそうなほど周囲の色と同化していて、自分が宙に浮かんでいるような錯覚に陥る。
飛び跳ねても、走っても、音は響かない。
本当に、不思議な空間だ。
「あっ!星だ!おっしゃれ~。これも、占い師さんがやったの?」
それほど大きくなく、天井で輝いている銀河を指差し、私は、占い師さんの方を見た。
「これは……まあ。」
と、占い師さん。
その声色が一瞬くぐもったのは気のせいだろうか。――まるで、隠したい何かを隠すために。
「元々世界は四つの不思議な力を持つ宝石によって支配をされていたの。支配していたのは、この国の国王で、ラマージーランドは他の国からも一目置かれていた。――何せ、世界の運命を変えることのできる力を持っていたんだから。宝石はラマージーランドの各地に置かれていたけれど、国王は不思議な杖を用いて宝石とつながりを持っていたのよ。先端部分に大きな水色の魔鉱石のついた杖で。」
突然のことに驚愕したが、占い師さんはラマージーランドの過去を知っているのだ。それこそ、学校で習うレベル以上の。
しげしげと占い師さんの方を見つめ、その話の中に吸い込まれるかのように。
目を閉じるとありありと浮かんでくる。
宝石に支配をされていたファンティサールも。その宝石に向けて杖を振っている国王様も。
「……それって、もしかして。」
と、後ろでハスミちゃんがつぶやいた。
「そう。あなた達が追おうとしていた宝石。そして、世界を救う方法の一つでもある。」
「「――ッ!」」
その言葉に、私達は息を呑んだ。
伝説から、国の魔力源という言葉からして薄々重要なものだとは気がついていた。
しかし、これほどまでにとは。
驚かないなんて、そんな事、出来ない。
「ラマージーランドの王は代々宝石の力で世界を圧倒してきた。もちろん、宝石を狙うものがいたらいけないから、それは国民に隠されていたけれど。しかし、そんなときも終わりを迎える。――百年前、ラマージーランドの王が突然宝石の力を使えなくなった。」
その言葉に、はっと息を呑んだ。
王族が支配している宝石が狙われるなんて、何かあったんだろうな、とは思ったけれど……。
ていうか、宝石の力って隠されていたんだ。なんか、以外だなぁ。
話を聞きながら、どこか、そう感想を抱いて。
「原因は、分からなかった。ただ、それを期に2ヶ月後に宝石と王家の杖とのつながりは消えてそこから宝石は操れなくなって人々の記憶から消えた。――これが、宝石の全て。」
そう、締めくくられた話に私達はしばらく言葉を出すことが出来なかった。
それほどまでに、宝石の話は偉大で、敷居が高くて、過去のもので。
「……そん、な。」
と、ハスミちゃんが顔を下げる。
私は再び占い師さんの方に顔を向けた。
「それで、占い師さん。世界を救うにはその宝石をどうしたらいいの?」
よくぞ聞いてくれました、とドヤ顔をしながら占い師さんは頷いて(実際、その顔はベールに覆われて見えなかったけれど、もし顔が、見られたら占い師さんは絶対ドヤっていただろう。そのぐらい、占い師さんの全身からドヤオーラがほとばしっていた。)
「うん。世界を救う方法は三つある。一つは、その宝石を使う方法。二つ目が、術式をつかう方法。三つ目が、運命の天才児の能力をつかう方法。」
その言葉と共に占い師さんは頷いて。
「運命の、天才児――まさか、アデリ先輩が?」
と、ハスミちゃんが驚いたように私を見る。
運命の天才児。どこかで聞いたようなワードな気がする。覚えていないけれど。
――どこでだっけ?
「そう。運命の天才児は思っていることを実現できる。故、世界だって簡単にすくえる。」
思っていることを実現できるって相当な力だ。
例えば、今手元にお金がなくても、【自分はお金持ちだ】と信じれば、お金が湧いてくるわけで。
その能力の重要性は一人暮らしをしている身として気がついていた。
「へぇ!そんなすごい力を持っている人がいるんだ!」
「いや、アデリ先輩なんですけれどね!?」
と、ハスミちゃん。
なるほど。私かぁ……。私がその力を使うところ、見てみたい気もしなくもないが。
――って、私!?
まじまじとハスミちゃんの顔を見る。
「え!マジ!?――でも…そんな力を持っていたら噂になっちゃいそうだけれど。」
多少、人生は思ったとおりにはなっているが、それはたぶん土壇場の力的なものもあるのだろう。
本当に私がそんな力を持っていたらもっと噂になるはずで。
私の目線に占い師さんははぁ、と呆れたようにため息を付いた。
「幸い、魔術師のお陰でアデリ・シロノワールが命を狙われることはなかった。【目隠しの魔法】――それも、世界が終るまでの効果だから限界はあって、今まさにそれが訪れようとしているのだけれど。」
「目隠しの魔法……?そういえば、昔、おねーさんがそんなことを言っていたような気もするけれど……。気の所為だったのかな?」
まだ、おねーさんが旅に出ていなかった時の年の夏祭り。私は、おねーさんに黒りんご飴を買ってくるようお使いに頼まれて。その道すがら、そんな感じの呪文を唱えるおねーさんの声が聞こえたのだ。
もちろん、それは幻聴だと思うけれど。
数メートルならともかく、私とおねーさんの間隔十数メートルは離れていたのだ。そんな、呪文の声なんて聞こえるわけがないのだ。
「まさか。それは本当よ。私の魔法を使ったって、確認はできなかったけれど、運命の少女の存在は、バレ次第各国から追手が来て身元が拘束されてしまうようなものだから。きっと、そうだと思う。」
「あ!やっぱり!」
色々理解しきれていない部分はあったが、占い師さんの説明で腑に落ちた。
「……故に、十五になるまでに捕まってしまう運命にあるのが、【運命の天才児】で、それ故人体実験により寿命も極端に短くなっている。その点、貴方は幸運だったんでしょうね。」
たぶん、おねーさんだ。私が運命の天才児だということに事前に気がついて、それがバレない術式をかけておいてくれたのだろう。
「えへへ!おねーさんは私の自慢だったから。」
ドヤる私。何か大切なことを聞き逃してしまったような気もするが、気にしていない。
「……人体実験、て……。」
「そして、宝石を使う方法については、【時の狭間】――あらゆる運命が交差する最深部。全ての記憶が詰まった場所。そこに宝石を持っていけば分かる。」
「哲学的ですね……!」
もはや別次元過ぎて何を言っているか分からないが。とりあえず、響きはかっこよかった。
「なんか、かっこいい!」
宝石を持っていって、別次元の空間の最深部へ。実に、非日常的な言葉だ。こんなときでなかったら冒険の匂いにワクワクしていただろう。
「宝石は、王家の血筋の者の方が格段に使いやすいし、運命だって変えられる。――ハスミ・セイレーヌ。あなたの事よ。」
「えぇッ!?私?」
と、あたふたするハスミちゃん。
ていうか、私も驚いていた。
「え!ハスミちゃん王族だったんだ!すごい!」
ハスミちゃんは一般人にしか見えていなかったけれど、実は王族だったなんて。数年間知らなかった後輩の姿に私も驚愕するほかない。
あれ、ていうか王族って王城に住むんじゃなかったっけ?こんな辺鄙な場所に住んでいていいのかな?まあ、そういうのも新しい王族としてのあり方な気もするけれど。
そもそも、彼女の過去って、確か――。
「いや、ちょっとまってください!私は孤児で、親はいないはずです。それに、第一親が王家の血筋ならお金に困って私を捨てるはずだってないじゃないですか。そんな、王族なんて、そんな――。」
と、早口でまくしたてるハスミちゃん。
まるで、小説にでも出てくるような説明である。
「混乱するのも分かるけれど、これは事実で、確定事項なの。実際、あの場にいる中であなたが、一番宝石を操れる資質が高かった。貴方にも、世界は救ってもらう。」
占い師さんの言葉にハスミちゃんが何を思ったのかは分らない。
ただ、少し目を見開いたあと、
「……分かりました。」
と。
とにかく、色々納得できないものはあるが、ハスミちゃんは王族なのだろう。
世界を救うという大事な局面で占い師さんが嘘を付くとも思えないし。
「それでも、一つだけ聞いてもいいでしょうか?」
「ええ。」
「十二年前、王家の方々が突如呪いで立て続けに命を落とされた事件。それと、私は関係がありますか?」
と。
「――鋭いわね。そのとおりよ。」
「え、ええっ?ええっと……?」
十二年前、王家の方々が呪いで亡くなられた事件。あれで王族はかなり数が少なくなったけれど、あの事件にハスミちゃんが関係しているってどういう事なんだろう。
飛び級で入学してきたハスミちゃんはまだ十二歳で、十二年前といえば、彼女は赤ちゃんだったはずなのに。
二人の中には暗黙の了解があるのか、満足そうな表情で。
つまり、何もわからないのは私だけということなのだろうか。
ちょっとさみしいような、それがしりたいような。
「そういえば、他に一つ、術式を使う方法ってありましたよね。あれは――」
「ああ、あれは使えないわ。」
ハスミちゃんの言葉に、占い師さんは首を振った。
「「?」」
きょとんと首をかしげる私たち。
てっきり占い師さんの言うことだから使えるもんだと思ったけれど。
……使えなかったの?
「【時の狭間】でね、世界を変えることのできる複雑な魔法があった。光、闇、火、水、風。五つあるうちのどの属性にも属さないそれは、すごく複雑な陣形をしていて、凄く長ったらしい詠唱呪文が必要で、――それでも、すごく威力があった。」
と、突然妙な説明をする占い師さん。
その展開に、ついていけそうにもないが、とりあえずその術式にかかわることだということは分かった。
それにしても、学校では魔法は五つの属性のみで構成されていると言われていたのに。
知らないこともあるのだな、としみじみと思った。
それとも、これも高等魔術学校で習うようなものなのだろうか。
「かつて、王家に伝えられていた魔法。しかし、誰かによって失わされてしまった魔法。私の使っている空間を出現させる魔法だってその一種だったけれど、私が知っているのはこれだけだから。世界を救うなんて、出来なかった。」
と。その、全てを知らぬ知識に。
初めて聞いた、出来事に。私はただ、唖然としていた。
魔法の説明自体は凄く興味深いもので、こんな時じゃなければもっと聞いていたんだろうな、とは思う。
しかし、それをするのには世界に時間は残されていなくって。
そして、変わりにどうしたらいいかも占い師さんの発言から読み取り切ることができなく。
「それで……結局、どうすれば。」
私が尋ねた時だった。
占い師さんが右腕を天に掲げ、つぶやく。
「えいッ!」
刹那、周囲の景色が__否、空間が私の視界ごと歪んだ感覚になる。
そのあと、箒を飛ばしている途中、魔力を止め、箒と共に落ちてしまうときのような奇妙な浮遊感を感じて。
「「わっ!」」
きゅっと目をつぶった、直後だった。
だん、と私たちが地面に着地をしたのは。
目を見開き、周囲を見渡す。
先ほどまで、暗黒色に近い奇妙な空間の中にいたはずなのに、いつの間にかそこから抜け出していて、屋外に出ていて。
辺りには木々が生えていて、その木々には見覚えがなく。きっと私の知らない場所なのだろう。
でも、なんでここに。
占い師さんのほうを見たら、占い師さんはゆっくりとうなずいた。
「ここによんだのは、もう一つ理由がある。実はこの空間、好きな場所に転移できる。これを利用して、ここに来たわけ。」
と。
「ここ……どこなんですか。」
ハスミちゃんが、きょとんと首を傾げた。
「時空的に見ても運命的に見ても、【時の狭間】に限りなく座標が近い場所。この近くに、時の狭間がある。足元が不安定に感じたら、多分、貴方達は時の狭間に入りかかっている。あとは願うだけで、きっと向こうに届くはずだから。」
時のはざま__さっき、占い師さんが言っていた場所だ。
とはいえ、ざっと説明を聞いただけだし、どんな場所かはまだわからないけれど。
「奇妙な方法ですね。とっても興味深いです。」
と、ハスミちゃん。
元々ハスミちゃんは頭がいいから、難しそうな単語を聞くとそれを知りたくなったりするんだろう。
占い師さんは呆れたように笑った。
「世界の謎なんて、仕組みを知ろうとするだけ無駄よ。謎は謎なままが面白いのだから。」
と。何の根拠も提示されていないのに、妙に根拠があるその言葉に。
私たちは納得するしかなくて。
「時の狭間……どんな場所なんだろう。箒で飛んでみたいなぁ。」
新しい場所では箒で飛んでみたくなるのが箒乗りの常なのだ。
これでも、とある箒乗りの大会で優勝しただけはある。
世界を救ってまだ余裕があったらそこを箒で飛んでみよう、と決めて。
「そこでは、魔法は使えないはず。」
占い師さんの鋭い言葉が私の希望を砕く。
「えぇ……。」
せっかく、面白いことを考えたのに……。
少し悔しい。
占い師さんはそんな私の様子を呆れたように見た後、
「私を【素質】がないから、足元の歪みに気がつくことができないの。後は二人で探して欲しい。」
と。【素質】というのは、世界を救うための素質なのだろう。
世界を救えるのなら、私たちに方法を伝えずとも救おうとしているはずだし。たぶん__占い師さんには、世界を救う素質がない。
ただ、なんとなくだけれど。
占い師さんの教え方はザックラバンとしていたが、そのぶん私の性質にあっていた気がした。私だって難しいことはおいておいてとりあえず行動する派なんだ。説明だって、これぐらい雑な方が丁度いい。
「合点承知です!色々、教えてくれて、ありがとうございました!」
私が軽く敬礼すると、占い師さんは困ったような、それでいてどこか優しい笑みを浮かべて。
「うん。……全ては私の自己満足なんだ。」
その言葉に、一抹の疑問を抱いた。
その言葉とは裏腹に、その声はさみし気で。
「百年前、王が宝石を操れなくなってから。世界中のあらゆる国が、この国の宝石を狙っていた。しかし、手を出すことはなかった。宝石が操れなくなっても、この国は魔法を使える人が大勢いるし、不思議な力というのはそれだけで、十分恐ろしいものだったから。――その分、魔法が使えない人にとって、この国で過ごすのは肩身が狭かったんでしょうけれど。」
と、占い師さんは苦笑する。
そのことについては、私だって分かっている。
この国は、魔法で発展してきて、移動にも、仕事にも魔法を使うことが多いから、どうしても魔力主義になりやすい。
私はそういったものはどっちだっていいっておもっているけれど。
でも、そんななか、魔力を持たずに生まれた人は少し、生きづらいのだろうな、とは思う。
おねーさんから昔聞いただけだけれど魔力を持たないというだけでいじめられたり迫害をされたりしてしまう子だっているぐらいだし。
それぐらいこの国では魔力を持っている子が生まれることが当たり前で、魔力もちの両親から魔力を持っていない人が生まれるというのはあり得ないことなんだけれど。
「しかし、最近になって大陸の科学技術が進歩した。それこそ、魔法と並んでしまうくらい。否――魔法を超えてしまうぐらい。」
ひゅ、と隣でハスミちゃんが息をのむのが聞こえる。
私も占い師さんの告白には驚いていた。
この国は特別な結界で囲まれているし、海に浮かぶ島国だから、他国はそうそう入ってこれない。まあ、マフィアは別なんだけれど。
だから他国のことはよくわからない。分かるのは、マフィアが持っている【銃】という魔法なしで使える魔術具は、それなりに最新のもので強いものであることぐらい。
だから、この世界には魔法よりも偉大な力があると聞いた時も理解はできなかった。
それほどまでに、魔法は大きく、私たちの生活の中に溶け込んでいたのだ。
「そして、世界をものにしようとするマフィアが、科学技術を持ってこの土地に来た。その宝石を、手に入れるために。」
世界を支配する宝石。その称号があれば、十分だ。
他国の組織がその宝石を狙う理由は。
そして、それを理解した瞬間、私は飛び跳ねる。
「え……えええ!宝石、やばくない?魔力の原料以外に、そんな役割果たしていたわけ!?私達、凄いことに関わっていたって事!?」
魔力の源になる宝石をおいかけろ、と言われた時点である程度そういった事態の想定はしていたものの、まさかの予想外な方向にやってきた。
世界を支配するために、他の国から宝石を狙いに人がやってくるとか。
「それを言うなら世界を救う適性があると言われた時点で突っ込むべきだったのでは?」
と、ハスミちゃん。
「いや、そうだけれど!あの時は色々あってスルーするしかなかったけれどッ!でもすごいって!」
やはり、私たちが関わろうとしているのは世界の運命にかかわるモノだという事実がどうも受け入れがたく。
同時に、理解しがたいものだった。
マフィアにとらわれていた時、マフィア・ローゼンのボスみたいな人が宝石は世界を支配する、的なことは言っていたけれど。
それだって、本当だとは思わないのだ。あんな状況下で自分が聞き間違えたことの一つだと考えるほうが自然だろう。
「ふたりとも。」
くいくい、と、話をしていた私たちの肩を、占い師さんが引っ張る。
私たちが占い師さんのほうを向くと、占い師さんは、空を指さして。
「そんなことより【時の狭間】。」
と。多分、占い師さんもどこにあるかわからないから、適当に指をさしたのだろう。
それか、占いで時のはざまは空にある、と出たのか。
私たちは占い師さんの言葉にはっと我に返り、慌てて時空の狭間を探し始めた。
足元がふわふわする感覚を頼りに。
ふわふわする、ふわふわする……。
頭の中から足元がふわふわする感覚を引っ張り出そうとするが、そんな記憶はないし、そもそも、足元にそんな感覚がないのだが。
世界を救える程の場所なのだから、それほど簡単に見つかるわけがないんだろうけれど。
私たちが捜索を続けていた時だった。
「そもそも、タイムリミット的にも世界の力的にも、これが限界で、ラストチャンスだったんだ。」
突然、占い師さんが語り始めた。
私たちに話すときの声のトーンではなく、もっと小さい声で。
「………?占い師、さん……?」
その言葉に、私は首を傾げた。
ラストチャンスって、まるで前にチャンスでもあったように。
ハスミちゃんのほうを見ると、彼女は両手で何かを探りながらも、時たま移動していて。きっと時の狭間を探しているのだろう。
占い師さんの言葉に気が付くことなく。やはり、ここはただの独り言として流すべきだったのだろうか。
私が作業に戻ろうとした時だった。
「毎度、世界はマフィアに乗っ取られそうになって、別な科学組織に乗っ取られそうになって、なもない一般市民に乗っ取られそうになって、その度に、何度も体に焼き付いた術式を組み直して、発動させて、やり直して来た。」
と、占い師さんがこぶしを握り締め。
「私は――私だけは、世界が支配されたらどんな酷いことが起きるかって分かっているから。一度身を持って体験してしまった以上、それを止めるのは私の使命でもあり、義務でもある。」
と。その妙に重みのある言葉に。
私は、固まったままにならざるを得ない。
占い師さんがどんな体験をしたのかは私には分からない。
ただ、それは言葉にできないほどのもので。
それほど、凄惨で、悲惨なものなのだろう。
なにか、声をかけようと口を開いたが、何も言えずにすぐ口を閉じてしまう。
「世界を一年前に戻す呪文を唱えて。その度に何年間も時間をやり直して。――でも、そのせいで世界は元々あった寿命よりずっと早く命を潰されてしまう事になる。【やり直し】の効果は大きいから仕方がないことなのかもしれないけれど。」
もしかしたら、だけれど。
その【チャンス】に失敗するたびに占い師さんはやり直しをしてきて世界を救えるようにしてきたんじゃないかって。
そんな予想をしながら、ふと、占い師さんが腰につけていた紫色の水晶を眺めていることに気が付く。
否、水晶に話しかけているかのように。
もしかして、水晶の先に、誰かがいるのだろうか。
しかし、占い師さんの手は魔力の光に包まれていないし。
もしかして、【依り代】?
おねーさんに聞いたことがある。
魔術具に不思議な術式をいれると、依代というかってに動くものになるんだって。もしかしたら、その水晶もそれなのではないかと思って。
「あの二人に話しかけたのも、これが初めてじゃない。世界を救おうとしてくれたことも、それが【あいつ】によって失敗してしまうことも。――貴方だって、分かっているでしょう?」
と。
その意味はわからなかったけれど。
――もしかして、私が小さい頃にあったのかもしれないけれど。
「奇跡をなぞるような確率だって、分かっている。――それでも、あの日、見た夢を忘れられないから。」
占い師さんはそう微笑んで。
どこにでもあるような笑顔だった。
しかし、それを見たものを心から安心させるような、芯の髄から温かい、そんな笑顔だった。
呆然とその笑顔を見ていた時だった。
「アデリ先輩!アデリ先輩!」
突如、後輩の声を聞き、私は肩を跳ねる。
「わっ!ハスミちゃん!」
そこには息を整えているハスミちゃんがいた。
たぶん、走ってきたのだろう。
もしかして、ついに時の狭間が見つかったとか?
「ごめん、少しぼうっとしていて。どうしたの?」
占い師さんのことについては言わなかった。
人の情報を好き勝手噂する趣味があるわけではないし。――何より、占い師さんのことは私だけの秘密にしておいたほうがいい気がした。
なにの根拠もないし、ただ、なんとなくなんだけれど。
「あ、あの!こっちなんです!」
ハスミちゃんが私の手を掴み、駆け出す。
私もそれに合わせて足を動かし。
ハスミちゃんが立ち止まった先は、それほど元いた場所から遠くではなかった。
「足元、注意してみて下さい。」
と、ハスミちゃん。
「!もしかして!」
私が普段より一オクターブ高い声を上げるとハスミちゃんは笑顔で頷いた。
「はい!時の狭間、見つけました!」
「やったじゃん!」
占い師さんの言っていた通りか、時の狭間だと思われる場所は雨の次の日の水たまりのようにぐにぐにとした奇妙な感触で、それでいて地面は泥沼でもないのだから、足をつけているこちら側としても非常に筆舌尽くしがたい感覚で。
私たちは顔を見合わせると口元に手をやり、
「「占い師さーん!!」」
と。
占い師さんは勢いよく振り向き、こちらを見るとストップ、と鋭い声で。
「!そしたら、アデリ・シロノワールはそこにいて。ハスミ・セイレーヌだけ、必要な宝石を持ってきて欲しいんだ。」
「?それなら、二人でもいいのでは?」
確かに。世界を救うという大がかりな物事が前に待っているのだ。
人手は多いほうがいいだろう。
しかし、占い師さんは首を振り振り。
「時の狭間の座標は見つけにくいから、感覚がある人は一人残って欲しい。それと……【運命の天才児】が暴発する可能性がある。」
「――っ!?」
その言葉に、私は息をのんだ。
今まで意識すらしていなかった私の能力。
その、知りもしなかった危険性に。
「人は本来、ただ立っていたりするだけでもなにか考えたり無意識な価値観に従われ、囚われている訳だから。できるだけ何もしないようにしてほしいし、これ以上運命を絡めてほしくない。――見つけられるから。」
何に、とは言わなかった。
しかし、私も腹の底では理解していた。
占い師さんが私だけに世界の滅びを予言したとき、私にこれ以上動くな、と言った理由でさえ。
たぶん、あの時すでにほどきかかっていた目隠しの魔法の効果を持続させるために占い師さんはあえてああいったことを言ったのだろう。
「もうすでに、運命の少女の存在は、一部の組織には知られている。後は時間の問題だから。」
占い師さんは、どこまでも分からない部分の多い人で。
しかし、どこまでも私たちにやさしかった。私たちを思いやっていた。
「分かりました。それじゃあ、行ってきます、アデリ先輩、占い師さん。」
箒を取り出しながら、ハスミちゃんが言った。
「うん!いってらっしゃい!」
宝石のことが気になるけれど、たぶんハスミちゃんなら上手くやってくれるだろう。
そんな予感がした。
ていうか、宝石ってどんななんだろう。
もしかしなくても、かつてサソリちゃんが持っていた宝石だったり、とか。
そういえば、マフィアにつかまった時、宝石を持っていたのはサソリちゃんじゃなかったけれど、サソリちゃんはどうしているんだろう?
「宝石は、このぐらいの大きさの、【ルビー】か【サファイア】か、【エメラルド】だから!」
占い師さんの声のする方を見ると、占い師さんが紫色の水晶に向かって話しかけていて。
「わっ!」
と、ハスミちゃんが少し遠くで箒の上から飛び上がる。
「ハスミちゃん!……ていうか、通信できる魔術具なんですか、それ?」
紫色の水晶をよくよく見てみると先ほどとは違って、ハスミちゃんの顔が映っていて、うっすらと発光していて。
「術式――というか、呪いを組み込んであるだけ。魔力は今は出していないけれど。」
と、占い師さんは目を細めて。
「?」
少し、不思議に思った。
術式だったとしたのなら、水晶は発光しないはずなのに。占い師さんはどうして見え透いた嘘をついているのだろうか。
否、占い師さんはいい人だ。
悪いことではないのだと思うけれど。
「――さて、早速だけれど運命の少女について話をしましょうか。」
ハスミちゃんの乗った箒が私たちの視界から消えたタイミングで占い師さんがこう切り出した。
「え!?あ、お願いします。」
急すぎる展開に、少しついていけない部分もあるけれど。
けれど、こういったものは知っておいた方がいいし。
「運命の少女は自身の信じる思考を実現することができる。例えば、柔らかいパンを【これは金属である】と思ったら本当に食べられなくなってしまったり。それは、世界を救うという大きな願いでも変わらない。」
とりあえず、自分の持っていた力が想像以上に凄いものであることは、分かった。
ていうか、食べ物を金属に変えるって知らないんですけれどっ⁈
思い当たる事例でせいぜい……せいぜい……。
……思い出せない。
まあ自覚がなかったから仕方がなかったのかもしれないけれど。
だからといって、ヤバくない?
「【時の狭間】――【運命の間】であれば、その力は一際大きく発動するの。」
と、占い師さんは。
もうすでに十分大きい気がするけれど………。
「行ったことはないけれど、それでも世界を創り上げている【根幹】に向かっていくにあたって、何をすればいいかは自然にわかると思う。【時】を記憶が覚えているの。――かつて、運命の間に来た【時】を。」
かつての時。
占い師さんの言っていることはよくわからないが、ひょっとしたらさっき言っていた私やハスミちゃんに世界を救うように依頼したのは初めてじゃないってことと関係があるのかもしれない。
「かつて来た、時。」
「あの!私って、前にも占い師さんにあった事があるんですか?前にも、運命の間に来たことが。さっき、独り言で繰り返しているって……。」
身を乗り出して聞くと、占い師さんはびくんと肩を跳ねさせる。
「ッ!……気がついていたの。」
きっと、そのベールの裏は動揺が走っているだろうな。
その声色でなんとなく察することができた。
「そう。あなたは、前にも運命を変えようとしたことがあって。……それで。」
それ以上、占い師さんの言葉はつづかなかった。
占い師さんの心情はわからないけれど、先ほどの声は湿っているような気がして。
占い師さんの顔はベールで見えなかったけれど、ひょっとして泣いていたんじゃないかと思って。
「占い師さん。」
私は胸に手を当てて一歩、占い師さんのほうに踏み出した。
そして自信満々に、
「絶対、成功させますから。」
と。
「うん。……じゃあもう、いいかな。」
かすれた声で笑った占い師さん。
その刹那だった。
彼女の体が霧に覆われ始めたのは。
「占い師さんッ!?」
占い師さんのほうに手を伸ばそうとするが、それより先に、霧が私と占い師さんの間に立ちはだかって。
「ハスミ・セイレーヌが来たら教えて欲しい。もう、私は来ない、と。」
占い師さんがその姿が薄れつつある中でそういって。
刹那、私は理解した。
その霧が、占い師さん自身が生み出したものであることに。
「どこ行こうとしているんですかっ!?」
私は霧に向かって叫ぶが、占い師さんはもう見えない。
否、叫んでいる方向が占い師さんのいる方向なのかすら分からない。
「ごめん。今は言えない。けれど…ここではないどこかということだけ言っておく。」
「……?」
霧の向こう側から、小さく占い師さんがつぶやいた。
「あなた達が運命を変えようとするのなら、それは絶対成功する。だって、運命の少女がそういったのだから。」
最後に、占い師さんは私への激励を残して。
その霧すらも薄れていく。
「あっ!ちょっと……!」
霧に向かって手を伸ばすが、もう時すでに遅し、というべきか。
霧はだんだんと薄れていって、そこに占い師さんはいなくって。
「うそ……まだ色々、話したい事があったのに。……お礼だって、伝えてなかったのに。」
占い師さんには沢山お世話になったのだ。
せめて、お礼ぐらいは聞いてほしかったものに、とてを握り。
「ううん。ちゃんと世界を救い終わったら伝えるんだ。」
一人、心の底で決意しながら。
◇◆◇
「すみません!遅くなりました!」
と。
ハスミちゃんが戻ってきたのはその、数時間後だった。
あまりの遅さに何かあったのかと心配になったが、見た限り異常は何もなく。
「ハスミちゃん!」
私は宝石で飛んでいる彼女に駆け寄った。
とりあえず、なにごこともない姿を見て一安心した。
もちろん、ただ、それだけではない。
箒の柄を握っていない左手に、緑色の宝石はあって。
「って、宝石大きいんだけれど、そんなマジ!?」
サソリちゃんが持っていた宝石と同じ大きさぐらいのその宝石は、奇麗な緑色に光っていて、思わず見とれてしまうほどだ。
「はい。落ちていたので、見つけるのには苦労しなかったんですけれど、少し向こうで色々あって。」
と、ハスミちゃんは苦笑した。
なんか、突っ込みたい点が二つぐらいあるんですけれどっ⁈
「そんな落とし物みたいな気軽さで言っていいものじゃないと思うけれど!?」
仮にも宝石なのだ。
「ていうか、ナチュラルに向こうでの色々が気になる!」
「はい。レオ先輩が、少し風邪を引いてしまったんです。」
「え!?あの、頑丈なレオ君が!?」
と。ハスミちゃんの言葉に思わず驚いてしまった。
私と元クラスメイトであったレオ君は、それなりに頑丈な体をしていて、それこそクラスのほぼ全員が休んだはやり病の時ですらいつもどおりだったのに。
驚愕を受け流せない私に、ハスミちゃんは説明し始める。
「はい。かくかくしかじかでして――。」
「そんな事があったんだ。私達、みんなに相談せずに勢いでここまで来ちゃったけれど、ちょっと悪いことしちゃったな。」
レオ君が私たちを探しに行ってそれで風邪を引いてしまうなんて。
少し、計画性がなかったと自分の行動を反省しながら。
「あの、……アデリ先輩。」
「うーん、でもレオ君はこういうことで私達を責める人じゃないし、失敗に至ってはさらに組織に、貢献するってことでいいか!」
「早い立ち直り!」
私たちが過度に自責をしたところで、それを喜ばない。
レオ・フェイジョアというのはそういう人間だ。自責をしない代わりに、やらかした行動は行動で返せばいいのだ。
魔鉱石のアクセサリーを作り、様々な試練を乗り越えていく中、私が見つけた答えで。
「ていうか、私達の近況って伝えているの?」
「はい。しばらく向こうへ行けそうにないことと、私達が顔を見せなくても心配しないように、と。」
「そっか!そこまで言っているのなら安心だね!」
今度からは、誰かに私たちの安否を心配させる必要もない。
私の後輩はどこまでも気が利いて有能だ。
「はい。――それで、アデリ先輩。」
と、ハスミちゃんがこちらを向いた。
「分かっているって!」
うなずいたとたん、立っていた地面がぐにゃり、と歪み始めた。
ハスミちゃんが宝石を持ってきたら、やることは一つ。
【時の狭間】を出現させること。
そして、世界を救うこと。
「「【時の狭間】、出てきてッ!」」
ハスミちゃんの宝石を持っていない手と、私の手をつないだ瞬間だった。
私たちの手が光だし、宝石も光だし、あまりの眩しさに目を向けられなくなったのは。
「「――ッ!」」
とっさに目をつぶる私たち。
刹那、その直前に時空のゆがみのようなものを見た気がして慌てて目を開ける。
数多の宙に散る光の中に、歪んでいる円形のようなものを見つけ出して。
「行くよ!」
きっとそこが時の狭間の入口だ。
誰に言われずとも分かった。
占い師さんに言わせれば、【時が知っていた】ということで。
「はい!」
ハスミちゃんが、私の手を握り返した。
「せーのッ!」
二人、一歩踏み出した瞬間だった。
視界がさらに白く発光した。
きがつくと、不思議な空間にいた。
冷気を醸し出す、見慣れない青みが勝った部屋に。
「ここは、どこなんでしょう。」
きょろきょろと辺りを見回すハスミちゃん。私もそれにうなずく。
さっきまで、部屋の外どころか、付近に部屋がないところにいたはずなのに。
やっぱりここは常識が通用しない。
ただ、先ほどの占い師さんの術と違ったことが一つあるとすれば__
「普通に歩けて、喋れて、でもなんか夢の中にいるみたい。」
私の口から発せられる言葉、目の前のハスミちゃん。それらが、どこか、ガラス越しのもののように思えて。
そんな、奇妙な浮遊感があって。
「占い師さんの言葉からするに、ここは私達が、普段過ごしている空間とは別と考えられますし。もしかしたら、それでかもしれません。」
ハスミちゃんが、そう解説した時だった。
視界に変なものが映ったのは。
「あ!見て!向こうにすごそうなのあるよ!」
それは、一つの台座だった。サソリちゃんが持っていた宝石をはめるのにぴったりの。
形状も、デザインも。まるであの宝石をはめるためだけに作られたかのようなもの。
ただ、すこし奇妙な点もあって。
その台座から光が出ていて、天井にある光景を映し出していたのだ。
様々な人達の行動を。
その奇妙さに。好奇心に負けて、私はそこへとはしりだす。
「あ、ちょっと……!待って下さいッ!」
ハスミちゃんが後から追いかけてくるが、私は止まらず、その光が映し出されている天井の丁度真下の部分まで来て。
「ほら。沢山の人。」
と、天井を指さした。
そこには、数えきれないほどの人々が、てんでばらばらの動きをしている光景があって。
何の法則も、統一性もないその光景。
世界に神様がいたら、もしかしたら神様の見ている風景はそんなものかもしれないと。
光から映し出される光景を眺めながら、なんとなくそう思った。
「本当ですね。これは……ファンティサールにいる人々なんでしょうか。」
「あ!これ、ロカちゃんたちじゃない?こっちは、アイラちゃん!」
水色の髪の少女と、オレンジ色の髪の少女を指さし、私は飛び跳ねる。
間違い探しのようで知り合いを見つけるのは嬉しい。
それにしても__
「ロカさんは魔法陣を発動させているし、アイラさんは……走っている?」
ロカちゃんの行動はともかく、アイラちゃんの行動は事前の作戦にはなかったもののはず。
なにか、あったのだろうか。
再び映し出される光景に目を移した時、二人の少女はおらず、変わりに別な光景が映し出されていた。
「もしかしたら、今の状況を見せてくれるのかもしれないね!あ!これ、ナナちゃんとシャテン君だよ!」
セージグリーンの髪の少年と、こげ茶の髪の少女が堤防からあふれんばかりの水を見て、何かを叫んでいる。
「大量の水に……堤防?」
首を傾げた瞬間、その光景は消え、今度は沢山の人の中に、別の知り合いが映し出された。
灰色の髪をして、傘につかまっている少年は。
「えっと、こっちは傘に捕まっているポンド君で。」
「これが、世界の姿、なのでしょうか。」
「うん。多分そう。」
無数に映り、時たまその姿を変える映像は。
「これが私達に何を示したいかも、何を伝えたいかもやっぱりわからないんですよね。」
ハスミちゃんが困ったようにつぶやいた。
「それでも、進もうよ、ハスミちゃん。世界を救うために。」
「はい!」
私の言葉に、ハスミちゃんがうなずく。
私たちは部屋の奥へと歩き出した。
「私さ、ここに一緒に来たのがハスミちゃんで良かったって思っているんだ。」
「?」
きょとん、と首をかしげるハスミちゃん。
「昔さ、私がハスミちゃんに初依頼した時、C級魔獣が襲ってきたりした時あったじゃん!あと、しばらくしたらまた二人でいた時にA級魔獣が襲ってきたり。」
「ええ、ありましたね。」
ハスミちゃんが入学してきてすぐ、私が初依頼をしてから本当に、色々あった。
それこそ乗り越えた試練の数は、数えきれないほどで。
そのどれもが力を合わせたものだった。
「それでも、すぐばーっていっちゃう私としっかりしているハスミちゃんとで、丁度釣り合いが取れているんじゃないかなって思って。」
昔から、家族に、友達に、おねーさんに言われていたのだ。
アデリは行動が速すぎるのだ、と。
その長所でもあり欠点でもある部分を補っているのがハスミちゃんな気がして。
「あはは。それは一理ありますね。」
「でしょ!あと、魔鉱石を取ろうとしたら、二人で洞窟に閉じ込められたり。」
「ありましたね!」
本当、懐かしくて涙がでそうになる。
ほほえましい思い出ばかりなのに、なぜだろう。
もしかしたら、もうすぐ世界が壊れてしまうからかもしれない。
「本当、色々あったよね。懐かしいなぁ。なくなってしまうのが、惜しいくらい。」
いつしか教室を三つ合わせたよりも広かった部屋は私とハスミちゃんが並んで通れるぐらいの狭い廊下になっていて、心なしかその廊下だって暗くなった気がする。
二人、無言になった時私は問いかけた。
「ねえ、ハスミちゃんは、この世界、救われて欲しい?」
ハスミちゃんが不思議そうな顔をした後、すぐにわらった。
「はい、もちろんです。友達も仲間も、その人たちが住んでいるファンティサールも。ずっと続いて欲しいです。あと――」
「あと?」
「憧れている人もいるし……。」
と、頬を染める。
一年半ほど、それなりに長い付き合いをしてきたと思うけれど初めて見るハスミちゃんの恋をしている表情だ。
「えっ!?ええっ!?好きな人って初耳だけれど?」
思わず飛びのいて、まじまじとハスミちゃんの顔を見る。
しかし、ハスミちゃんの頬の赤みは一向に引かず。
ハスミちゃんは苦笑した。
「いや、その、相手も迷惑かなって……。」
「え?頬染めていたし、そういう意味なんじゃないのっ!?」
「え、いや、そうですけれど、えええ?」
と、頬に手を当てるハスミちゃん。
その顔は混乱に染まっていて、今にも火を噴きだしそうで。
「あ!ハスミちゃんが顔から火を出しそう!よし、話題を変えよう!」
ぽん、と手をたたいた。
「私もさ。街はこわれてほしくないって思っている。ううん、世界も。楽しいことばっかりだし、ずっと続いちゃえってさ!」
世界が壊れる、と話を聞いた時、ショックを受けなかったのを覚えている。
否、ショックではない。
それが大きすぎて感じなかったのだと思う。
それから、この世界で過ごした記憶を度々思い出すようになった。
誰かと一緒に過ごしたこと。笑った事。
その一瞬一瞬が、懐かしく、いとおしい。
だから私は世界を守りたいのだ。
壊しだなんて、させない。
「だから、守ろう、一緒に。」
ハスミちゃんのほうに向き直り、うなずいて。
「はい。」
ハスミちゃんはきりりと眉を上げ、うなずき返した。
「私達の世界、絶対誰にも壊させない。」
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