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いつの日か、笑いあった時と~サソリと一人の少女~
「ん……ここは、どこ?」
目が覚めると、私は、四方を黒で囲まれた、部屋の中にいた。
部屋の明かりは、小さめの魔術具一つから出るもののみで、それが余計、不気味さを増長させている。
私の腕は、縄で縛り付けられていて、身動きが取れず。
足も、やはり縛り付けられていて、どこかへ行けそうではない。
私の隣には、レオ先輩がいて、私と同じように縛り付けられていた。
――先程までの記憶が蘇る。
二人の新たな協力者。
四人で、旅をしていたはずだが、ふと二人と離れた隙に薔薇の入れ墨が腕に入った輩に襲われて、このザマだ。
……マフィア・ローゼン。
私達を襲った男達の所属組織で、世界一大きなマフィア。
サソリさんみたいに宝石を盗むだけ盗んでいく穏健派の方が珍しいとは思ったけれど、(そもそも、彼女を穏健派と言っていいのか分からないが。)旅を続けていて、最近は、なにもないことのほうが多かった。
だから、油断してしまったのだろう。
杖も出していない状態で複数人に取り囲まれた為、私と、レオ先輩はあっさりマフィアに拘束されていて……連れ去られた、という解釈であっているのだろうか。
それにしても、ここは一体どこだろう、と。
きょろきょろと首を振っていると、ぬ、と闇の中から銀髪があらわれた。
「やっほお。ハスハス。レオレオ。」
明るい声とともに、銀髪の持ち主の全身が見えるようになる。
短い銀髪に、銀色の目。生福どころか、今着ている私服のスカートすら膝上二十センチなのは、私の元クラスメイトだった、シェイミー・セコンダレムさんだった。
あまり、仲が良かったとはいえないが、そんな私にすら、否、初対面の人物にすらあだ名を付けて、そのあだ名を呼ぶ変わった人だった気がする。
……ていうか、私達をさらったマフィアはどこにいるんだろう。
この場所は私達を攫ったマフィアは知っていても、シェイミーさんは知らないはずなんだけれどなぁ……。
「…シェイミー。ニ年ぶりか?」
レオ先輩が顔をあげる。
「だねぇ。なっつかしいなー。」
シェイミーさんが目を細めた。
――その様子に、一抹の違和感を感じながら。
シェイミーさんが目上の人に敬意を払うかどうかは知らないが、今のはまるで同級生と再会したようなもので。
「レオ先輩、シェイミーさんと知り合いなんですか?」
「知り合いっていうか、俺と同じ学年で……一年のときはクラスこそ違えど、よく交流したっていうか。見なくなったのは、俺が、二年に上がってからだな。」
なんでそんな事を聞くか、分からない、という表情のレオ先輩。
それがますます、私の頭を混乱させる。
「えッ!?シェイミーさんは私と同学年ですよ……?」
シェイミー・セコンダレムは、去年、確かに私と同じクラスだった。
記憶力に自信がある私は、はっきりと覚えている。
……ていうか、これぐらい記憶力に自信がなくても覚えれる。
「?俺とも同学年だぞ?」
「?」
レオ先輩の言葉に、私は、再び首を傾げた。
――何かが決定的にすれ違っているような、そんな奇妙な感覚だった。
「……ていうか、シェイミー、そのローブ。色、違ってねーか。」
「だぁーかぁーらぁー。僕は、留年したんだってば!察しが悪いな、二人とも!」
ドヤ、と。
腰に手をつくシェイミーさん。
「「……。」」
……なんか、ドヤることではないような気がするのは私だけだろうか。
「なんかー。学園サボりまくって、勉強まともにしなかったら、普通に進級テスト受からなかったんだよねー。って言うわけで、僕は一年生を二回経験していまーす!」
Vサインをしたシェイミーさん。
「「……。」」
……もうなにも言わない。
「ちなみにー。影では留年セコンダレムって言われていて、叩かれているぞ☆」
てへり、と自分の頭を軽く叩くシェイミーさんに。
私はレオ先輩と顔を寄せ合う。
「…レオ先輩、どう反応しましょう。」
「俺もわからねぇ。」
留年など考えたことない私達は、それに笑えばいいか、怒ればいいか、わからなかった。
「あー、もー、こそこそしないの!」
シェイミーさんが私達のイスの間に立って。
「今日ここに二人を連れてきたのは、理由があるんだ!二人に聞いてほしい話があったんだ!」
「……話?」
以外な展開に、私はきょとんとする。
マフィアに連れ去られ、知らない場所で目覚め……ここまでクレイジーな展開続きだったから平和な理由が以外だった。
「そ!あっ、因みに話している最中に喋るのはマナー違反だぞ!不用意に喋られたら、僕もマフィアだから、君たちを殺しちゃうかも。」
「……マフィア?」
今度は、レオ先輩が聞き返した。
私達をさらったマフィアの存在が気になっていたけれど。
これで様々なことに納得がいった。
――ていうか、今、殺すって言ったよね?
今まで接触してきたマフィアに比べて、段違いのヤバさに身の毛がよだった。
「もー!レオレオったら話したら駄目だって言っているのに!いくら魔法が使えるとはいえ、君等は拘束されていて、杖も振るえないでしょ?僕はしないけれど、銃――大陸の化学兵器をもったマフィアだと、キレたら一発でバーンって。」
シェイミーさんは何かをつかみ、人差し指を軽く曲げる動作をした。
【銃】は、わからないが、どちらが戦況において有利か、伝えるための動作だったのだろう。
「……納得いかなそうな顔だね、レオレオ。……ハスハスは、」
シェイミーさんは、私の方に数秒顔を向けて。
「……へぇ。成程。」
と。
「?」
「なんでもないよ!秘密にしといたげる!」
パチリ、とシェイミーさんはウィンクをして。
軽快なステップで私達の方に背を向ける。
――縄を外すなら、彼女が背を向けている瞬間しかない。
そう思って、軽く身をよじった。
が、縄はびくとも動かず。
くるり、と音が聞こえたのかシェイミーさんがこちらに振り向いた。
「……だめだよ、ハスハス。僕、マフィアに入って六年以上、こういう事していたわけだし、簡単に逃げられませーん!」
これ以上、身をよじれないよう、シェイミーさんは私の肩を抑えて。
「……っ。」
――牽制のつもりだろう。レオ先輩にも鋭い視線を向けた。
「あ!てか、縄ほどいても外に出られないよー。出ても意味ないし!」
えへへ、と明るい笑み。
……言っていることが全然明るくない。
「ここはねー。マフィアのアジトの近くなんだ!僕の仲間のマフィアがいっぱいるから、出ちゃったら、ハスハスなんてもっとやばい目に遭っちゃうかも!顔可愛いし、ちょっと小さい子が好きな人もいる!」
「……?」
レオ先輩が首を傾げて。
私は、シェイミーさんが言いたいことがどういう事か瞬時にわかったものの、押し黙った。
「んー。悪意に鈍いのか、世間知らずなのか……レオレオはどっちもだね!」
ぱちん、と手を叩くシェイミーさん。
先程から、言っていることがとりとめのない気がする。
「シェイミーさんは一体……。」
「もぉー。喋るなって言っているのにね!私が前座でペラペラ喋ることも退屈だし、早速本題行っちゃおうか!」
シェイミーさんは腕を広げた。
「――サソリちゃんが、殺しをしない理由、何故か分かる?」
「……ころ、し?」
レオ先輩のかすれた声。
「考えてもいなかったっていう顔だねだね!そうだよ!マフィアにとって殺しなんて日常茶飯時。ご飯を食べるよりも多く殺すマフィアもいるんだよ!レオレオって本当、世間知らず…!」
「ハスハスは知っている、って顔だね。うん、貧民街出身のキミは犯罪と近い環境にいたんだよね!」
「なんで知っているのって顔!そりゃ、もちろんそうでしょ。サソリちゃんは情報通だけれど、僕は、それ以上だから!」
「……?」
シェイミーさんは時々、意味深なことをいう。
そして、スラム出身の私の他では見ない奇妙な知識のこともきっと見抜いている。
「分からないかな?じゃ、いいよ。」
反応のない私達の方を見、シェイミーさんがはああ、とため息を付いた。
「僕でもね、時々すごいなぁって思うよ。マフィアにとって、犯罪行為なんて当たり前なのに、サソリちゃんはそれをしないんだ。――すごい、【運】がいいなぁって思う。」
犯罪行為といえばサソリさんもやっているけれど、たぶんそういうことじゃない。
シェイミーさんはさっき当たり前に殺人について触れていたけれど、きっと、マフィアでは殺人だってご飯を食べることと同じくらい軽く扱われているんだろう。
「はは。あのスタンスで、よくリンチをされないもんだね。」
シェイミーさんは乾いた笑いをしたが、その瞳の奥は濁っていたように思う。
「現在、確認できている人数、零。遊びで犯罪を行ったことはないんだって!笑えるっ!」
サソリさんのことだろうか。
「まぁー、その理由もクソウケるんだけれど、良ければ聞いてよ。」
シェイミーさんはいきなり穏やかな表情になった。
まるで、愚かな子供を蔑むような。
そんな表情。
「――昔々、仲の良い家族がおりました。」
◇◆◇
時は、私、サソリ・クラークが七歳のころにまでさかのぼる。
私はこの時、過激派だった。
いや、そもそも今も過激派な気もするが、その時は今の私も驚愕するぐらい過激派だった。
要は、なんでも力で解決させる系魔族。(そういえば、何気なしに使っていたけれど、この魔族ってどんな言葉だろう。)
このころの私は、気に入らないことがあったらすぐに手を出していて。
私以上に強い人がいないから正直、調子に乗っていた。
「ほぉーんと、ムカつくったらありゃしないんだから!」
どんどん、と。
クラーク家の庭の片隅で。家の木に貼り付けた少年の絵を、私はぽかぽかと殴っていた。
こいつは近所のガキ大将(旧)。
主に顔面が殴られているが、仕方がない。
こいつはそれだけのことをしたんだ。
だから、それに見合ったバツが必要だ。
「お姉ちゃん、お願い、やめて……。」
後ろから、か弱い力でナナちゃんがガキ大将(旧)が書かれている紙を殴る私の手を掴む。
「嫌だ!殺す!絶対殺す!」
私はガキ大将(旧)の書かれた紙を指さして、そう、力強く叫んだ。
「でも、私が許しているのに……。」
ナナちゃんは気弱そうに眉を下げる。
彼女はずっとそうだった。
何でも許してしまう。
__けれど。
「ナナちゃんが許しても、私が許さない。だっておかしいでしょう?――ナナちゃんの早熟を羨んだクソ野郎共が逆恨みなんて。ナナちゃんは何も悪いことをしていないのに。」
近所の子供たちを対象に、知識を確かめる大会があって、ナナちゃんがそれで優勝した。
それが、あまりにも圧勝すぎて、近所の子供たちの恨みを買って。
ガキ大将(旧)を中心に、子供たちが押し掛けてきたのだ。
……もちろん、ナナちゃんをたたこうとしたガキ大将(旧)は私がぼこぼこにして、それを見た他の子供たちは逃げて行ったけれど。
私はそれでも納得がいかなかった。
「はぁあ。これだから、お姉ちゃんは……。」
ナナちゃんがため息をつく横で、私はひたすら紙に書かれたガキ大将(旧)の顔を殴り続ける。
「殺す!絶対殺す!殺してやる!」
なん十発、ガキ大将(旧)の顔にパンチをぶち込んだ所だろうか。
玄関の方から足音がして、仕事から両親が帰ってきたのだと。
「っ。お父さん、お母さん、お姉ちゃんがっ!」
ナナちゃんは両親のほうにかけていった。
「どうしたのかしら、ナナ。」
と、母が困ったような表情で、ナナちゃんを連れて庭に戻ってくる。
「お母さん、お姉ちゃんがガキ大将を殺すとか……。止めても言うこと聞かないんだ。」
「あら、更に教育が必要だったみたいね、サソリ。」
母がこちらを睨んできた。
切れ長の瞳のおかげもあって、かなり怖い。
……というか、母がこちらににらみを利かせるだけで、今まで母が私にどんなふうに叱ってきたかを思い出し、私は動きを止めざるを得ない。
「ぐ……お母さん。」
私はS級魔獣ににらまれた一般人のようにしおしおと腕を木から離す。
母は私がそんな動きをすると予測していたのかもしれない。にっこり微笑んで。しかし、瞳の奥は普段とは違って怒ったままで。
私は母のその状態におびえ、体を震わせながらもあたふたと説明し始める。
「で、でも仕方ないよ!あいつだって悪いんだ!か弱くて抵抗できないナナちゃんを、叩こうとしてきた!ナナちゃんが怪我したり顔にキズがついたらどうするの!?」
私の渾身の説明にもかかわらず、母の表情は淡々としたもので。
私はそれが許せなかった。
ナナちゃんは、大事な家族なのに。
ガキ大将(旧)を許していいはずがない。
私の説明が終わったと見計らってか、母は、
「あら、理由はそれだけ?」
と。
それが無性に、私は悔しかった。
ナナちゃんをバカにされたようで。
「それだけって……妹を守るのに、理由なんて必要なの?」
私が母に向かって声を荒げると、家の方から父が歩いてきた。
「おやおや、どうした。喧嘩でもしたのか?」
「あなた、サソリがナナを傷つけようとした友達を殺してやる…って。」
「友達じゃないもん!あいつなんか!」
「んー、それは大変だなぁ。」
顎に手を当て、困ったように笑う父。
この中で一番、状況を理解していなさそうで。
私はそんな父の様子に、いらだった。
「お父さん、あいつのほうが間違っているよね?私、正当防衛だよねっ!?」
「んー。難しい問題だ。」
何も難しくなんかない。
先に攻撃を仕掛けてきたあいつのほうが悪いに決まっている。
「なら、」
「サソリ。」
次の言葉を発そうとしたとたん、母の鋭い声に、言葉が詰まる。
母は、時々言葉を武器のように使う。
その場を操る武器なように。
それが母の生家の慣わしで、仕方がないものと母は何時しか言っていて。
それでも、言葉で不意打ちをされるとどうしても怖い。
「な、なに、お母さん。」
肩をビクつかせる私を、母はじっと見つめて。
「正しくありなさい。」
と、一言。
痛かった。
胸に刺さったその言葉が。
まるで、【正しくない】私の現状を、的確に表しているみたいで。
「なんで。」
それを否定したく、私は母を見つめる。
「サソリの言い分は分かりました。けれど、そうしたら余計変なことはしちゃいけないわ。」
母は、気品のある人だった。
目つきは鋭いが、顔は美しく、言葉もナイフのように鋭いが、同じぐらい動きが、価値観が奇麗に研いだようになっていたと思う。
「な、なんでっ!?私、悪いこといったかな?」
「行っていなくてもよ。世の中には、正しくないだけで被害者を嘘つき呼ばわりする人もいるの。正しくなれば、それだけで多くの人に信じられる。」
母は、まっすぐ私の瞳を見据えてそう言って。
それだけで、私にとっては十分効果はあった。
「……分かった。善処する。」
「…うぅ。お姉ちゃん、お願い、もうやめて。」
ナナちゃんが私に正面から抱きついてきた。
その目元は赤くはれていて。
「……ナナちゃん。」
涙を流した痕。
私はその痕に気が付いたとたん、体をこわばらせる。
いつの間に、ナナちゃんは泣いていたのだろう、と。
「お姉ちゃんが【正しく】なくなる度に、周りの子がお姉ちゃんから離れていって……ただえさえ、【痣】で苦労しているのに。私、お姉ちゃんがこれ以上誤解されるのは嫌だよっ!」
ナナちゃんが私に抱き着く力を強めて。
「…そっか。」
私はただ、一人、納得していた。
ナナちゃんは、多分私のせいで泣いちゃったんだ。
痣のことだって、私が黒龍みたい、と一部の子に避けられちゃっているから、そのことだと思う。
これ以上、私が、【異端】にならないために。
私のためを思って、傷ついて。
それが、何よりも私は嫌で。
その出来事によって、何よりも私は深い反省をした。
「……ごめん、これからは、もっと言動に気をつける。【正しく】なる。ナナちゃんの凄さにふさわしいくらい正しくなる。」
これからは、ナナちゃんが傷つかないよう、いい人間になる、と誓った。
暴力的な手は、もう使わない。
「本当っ?……これからは嫌いな人相手にボードゲームでグレーな手、使わない?」
ナナちゃんは緑色の目を見開いていった。
「……景品による。」
「…ちゃんと勉強、する?」
「……課題の量による。」
「…お姉ちゃん……。」
ナナちゃんが引いたような笑みを浮かべた。
でも、いくらなんでも勉強についてはおかしいと思う。
うちの家は少しくるっているというか、学校の課題とは別で、両親は私たちに定期的に課題を出す。
それこそ、平日にすらどんなに集中しても三時間はかかるものを。
私たちは花の七歳と四歳なのに。
周りの子は皆そんなもの与えられずに遊んでばっかりいたのに、私はどうも納得いかなくて、定期的にサボっていた。
「……できるだけ、努力はするから。」
そう、ナナちゃんの頭をなでると、ナナちゃんは微笑んで。
その笑みには先ほどまでの不安そうな表情はなく。
私はナナちゃんをしっかりと抱き寄せた。
◇◆◇
「――そういいつつも、彼女は、なんだかんだ言って正しくあろうとは決意しました。何故なら、彼女は、家族が好きだったから。好きな人の願いであれば、喜んで聞くのが彼女だったからです。」
シェイミーさんは目を伏せる。
私は何も言えなかった。
なぜシェイミーさんがサソリさんの幼少の記憶を知っているのか。なぜ、この話を私たちにしてきたのか。色々疑問はあるけれど。
それよりも、サソリさんにあんな過去があったなんて。
今はただ、驚愕で。
「幾重にも時が重なるうちに、少女の記憶は埋まっていきます。しかし、マフィアに入ったあとも、少女は心の奥深くでは、正しくあろうとしていました。彼女は、心の奥深くであの日の記憶を覚えているからです。――終わり!」
シェイミーさんはハイテンションで締めくくる。
先ほどまでのしんみりとした雰囲気はどこへ行ったのか。
__と、私はある出来事を思い出した。
数日前、サソリさんと出会ったときの出来事を。
サソリさんと歩いているときに、迷子の子供を見つけて、最初サソリさんは関わるのを嫌がったけれど、なんだかんだで一緒に歩いて。
「……。」
「どーしたのハスハス。考え事?」
シェイミーさんが、こちらに気が付いて、私は慌てて首を振った。
「……。」
考え事、という程ではないけれども。
もしかしたら、あの時、あの場所は、大怪盗を名乗る彼女がマフィアらしくない面を見せた、数少ない一瞬だったかもしれない、と。
◇◆◇
宝石を無事、保護してどれぐらい時間がたったのだろうか。
一日前、ハスミ・セイレーヌ達に逢い、紆余曲折あって、持っていた宝石が壊れ、半分くらいが小さい欠片になって使い物にならなくなったが、関係ない。
うちのボスは、宝石が光る状態であれば、目的は達成できるから、と。
私に宝石を盗む仕事を言い渡した時もそう言った。
正直、ボスがどういう目的があって私にそんな用事を言い渡したのかわからないけれど。
――ボスは、4つの宝石を必要としていて、そのうち二つはすでにボスの手元にあって。
私に今回盗みを言渡したのはまだボスが持っていなかった宝石の一つだ。
宝石のあった場所の近くに住んでいて、盗みが上手いから、という理由で私は任務を告げられて。
ボスの目的がどうだろうと、関係ない。
ボスは最近マフィア・ローゼンをラマージーランドに進出させたがっていたけれど、たぶんそれ関連のことだろう。
ボスはマフィア・ローゼンの情報漏洩を避けるため、上級幹部にしかその理由も伝えていないようだが、はっきり言って興味も何もなかった。
私の目的はマフィアの仕事をして、定期的にお金をもらい、ナナちゃんを養うこと。
そして、ナナちゃんから本物の笑顔を奪ったクソ政府を滅ぼすこと。
後者の目的は、宝石が任務にかかってから、取り組めていないけれど、それもいちか取り組む予定だ。
……で、問題は前者だ。
前回、港で取引をする予定だったが、それがなくなった。
理由は二つある。
1つ目は、ハスミ・セイレーヌを筆頭にした何のコネも情報もない学生集団にマフィアの取引場所を見破られてしまったこと。
これは、ボスも危機感を持ったのだろう。もしかしたら、あの中に特別な魔術具を持ったやつがいると考えたのだろう。
実際、セイレーヌ達がここまで早く私の取引場所を特定できたのも、アデリ・シロノワールのおかげだと思う。
2つ目は、取引場所のすぐ近くで、上級幹部【三代目ルビー】が殺されたこと。
ママフィア・ローゼンは大陸の実力者を集めた組織だが、その中でも上級幹部と一端の構成員では実力が天と地ほど差がある。(因みに私もなんやかんやで下級幹部の地位を貰っている。)
魔獣討伐士が数人必要と言われるS級魔獣を一人で倒したことのある私が四人いても、上級幹部にはあっさり負けてしまう。それぐらい、実力も、コネも、戦闘力も持った相手だ。
実際、自称【二代目アドヴァソリウス】とやり合った時に、【三代目ルビー】とやり合ったことがあるが、あのときですらその実力は目を見張るものだった。
戦闘がどんな結果か。それ自体は思い出したくないが故記憶の奥深くに封印したが、ただ、一つ。
【三代目ルビー】は、三人の上級幹部の中でも戦闘力がずば抜けて高いこと。
そんじょそこらの敵に簡単にやられる訳が無い。
そして、彼女が殺されていた、ということは。
彼女を超える戦闘力の持ち主が、取引場所の近くにいる、ということ。
大事な取引が、その人物に壊されてからでは遅い、とボスは部下を通じて私にそれを知らせてきた。
……というわけで、私は現在取引場所である、とある町に向かっている最中だ。
セイレーヌ達に何回も取引場所を看破された対策として、紆余曲折して私の行く道順がセイレーヌ達に分かりづらいようにはしてある。
まあ、あのシロノワールならそれも破ってしまいそうだけれど。
ふい、と顔を上げるとレンガで作られた家々と、その近くに路上市ができていて、大勢の人間がそこをいきかっている。
――取引場所までの、経過地点。
人混みはあまり好きな質ではないが、仕方がないと。
これでも、宝石は布に包んであり、一見しただけではただの荷物に見える。
宝石を盗まれる心配はないわけだ。
取引場所に向かうため、雑踏に足を踏み入れようとした時。
ふと、雑踏を歩いていく人々の中、見知った少女の姿を見つけた。背の中頃までの青色の髪を二つにハーフアップにした、青と紫の瞳のオッドアイの少女。
ハスミ・セイレーヌ。――私の取引をやめさせようとした学生集団のうちの一人だった。
最初のうちは私になびきそうだったけれど、どういうわけか最後は私に歯向かってきた。
生憎、彼女が宝石を奪う前に宝石はどういうわけか崩れてしまったけれど。
まさか、こんなに早く見つかるとは思わなかった。
「あれ、あんた、なんでこんなところにいるの?」
セイレーヌの方に向かって声を掛けると、セイレーヌは目を見開いた。
「……え、サソリさん?」
「何なのよ、その反応は。せっかく人が分かりづらい迂回コース立てたのに、あっさり見破るから。完敗したよ、あんたの知能に。」
ハスミ・セイレーヌの知能は本物だ。
それこそ、事前の資料で見た時には、他では群を見ないほど。
マフィア・ローゼンは学生も取引相手の対象にしているため、情報通の私はミュトリス学園の全生徒のプロフィールを把握しているわけだが。
元々、彼女は天才の中の天才と言っていいほどの知能を保有していたにも関わらず、その使い方がうまくなかった。たぶん、出身地のことも影響しているのだろうが。
しかし、今回はそれをうまく使えたのだ、と。
私がごくり、とつばを飲むと、困ったようにセイレーヌは、
「……いや、普通にサソリさんを探していたら霧に巻き込まれて、気がついたらここにいたっていうか。時間も、3時間ぐらい過ぎているし。」
と。
「…………。」
予想外だった。
いや、ていうかよくよく考えればセイレーヌがそこまで私の経路を予想できるだろうか。
いくら天才とはいえ、マフィアに関係ない一般人だ。マフィアがどういう経路を使うか、更に異国のマフィアとなってはその動向も余計、掴みづらい。
事前に部下がよこした調査書にも、セイレーヌはマフィアと取引した記録は一度もない、と記されていた。
……というか、問題はセイレーヌが言っていた霧だ。
多分、効果からするに転移系の魔術具だとは思う。セイレーヌ達を邪魔しようとする奴らが使ったんだろう。否もしかしたら完全なる愉快犯だったかもしれないけれど。
……まあ、セイレーヌを狙ったにしても、きっと私の知り合いではないのだろう。
私の部下は大多数が大陸出身で魔力を持っていないし、持っている子だって、大陸でおきた抗争の援軍に行っている。一人、(名目上の)上司で、魔力を持っている人を知っているが、その人でもないのだろう。
あいつは、魔術具をこそこそ使うような達じゃない。もっと、正々堂々、直接的な手段を使い。
――自分の手で、誰かを堂々と苦しませる。自分の、退屈しのぎの為に。
【アレ】は、そういった人間だ。
「サソリさん?」
私がずっと黙っていたせいであろう。
セイレーヌが困ったように話しかけてきた。
「いや、なんでも。っていうか、あんた肩の力抜いたら?こってんのバレバレだよ。」
セイレーヌの体はどことなくこわばっていた。
理由は、まあ、マフィアの私といるからだろう。
……孤児には甘い主義だって言ってんのに。
「……うぅ。ごめん。昨日のことも。つい、夢中になって。」
「…あ、私には向かってきたアレ?気にしてないわよ。ちょっと面白かったし。」
「……。」
セイレーヌはおずおずと、こちらの方を見た。
……何を言いたいのか、さっぱりわからない。
「それに、マフィアだとあれぐらい日常茶飯時だし。」
セイレーヌが、今度こそ黙った。
日常茶飯時、というかあれぐらいまだマシな方だ。
マフィアになってから、もっと過激な抗争をたくさん見てきた。
それっきり話題も尽きたのだろう。
二人とも、黙ってしまって、気まずい沈黙が辺りに流れる。
聞こえるのは、人々の雑踏と、ざわめいた声。それらを聞きながら、私達は足を進めていて。
困ったことに、私達の進む先は、一緒だった。
……いや、元々この子の場合私の宝石を取り返さないといけないため、こうしたほうが最適解かもしれないけれど。
「サソリさんも、そっち?」
セイレーヌが、何かを察して、問いかけてきた。
「いや、取引先がさ。そうだ、あんたも一緒に行く?」
こういう事を言えるのも、セイレーヌの警戒心の薄さにある。
彼女も孤児なりに苦労をしてきたのだろうが、どうしてもお人好しが勝ってしまうようだ。
現に、宝石を持った私が今ここにいるにも関わらず、宝石を奪うどころか、話題にすら出そうとしないし。
……たぶん、人を疑うのに向いていないんだろうな。
「うええっ!?本気で言っているの?私達、敵同士だよ?」
……なんか、仲間を探す方を優先していたっぽい。
まあ、当然といえば当然か。
成績も顔も良くて才能がある孤児、というと友達はできづらいだろう。……ていうか、むしろ、嫉妬の対象として見られることも多いはずだ。
ロカはいずれファンティサールの領主になるから、顔が良くて才能があっても、表面上は仲良くしてくれる人はいただろうが、彼女にはそんな後ろ盾すらない。
だから、敵意もぶつけやすい。
実際、彼女が学園内でどれほど敵意をぶつけられたかは分からないが、新しくできた仲間を大切にして、最優先にする程度には、彼女は孤独を抱えていた。
「あんたはどっちみち仲間と合流できなきゃ、私に勝てないし、私の近くにいると、仲間と合流してから私を探す手間が省ける。……いいアイディアでしょ?」
「いや、そうだけれど……。サソリさんは、それでいいの?」
困ったように眉を下げるセイレーヌ。
その、敵味方問わず相手を優先させるクセが時々、命取りになるんだろう。
……まあ、私の場合、それもあってセイレーヌだから安心してこんな提案ができるんだろうけれど。
「うん。アンタたち四人かかってきても私に負けるっていうのが証明できたし。それに、今回は私も一人援軍を呼んでいるから。」
ミュトリス学園付近に住んでいる、援軍の姿を思い浮かべながら。
「……それって軍っていうべきかな……。」
困ったように、セイレーヌが頬をかいた、その時だった。
「うええええん。うええええん。」
と。
人混みの雑踏の中から、子どもの泣く声が私達の耳の奥をつんざいて来たのは。
「さ、サソリさん。向こうに、」
セイレーヌが、声のする方を指さした。
そこには、五歳ぐらいの子が、涙をボロボロと流しながら、一人、泣いていた。
あたりの大人はそれに気が付かないふりをして、わざと通り過ぎる。急いでいるのか、それとも厄介事に関わりたくないのか。
大人たちの考えと、私の考えは同じだった。
「無視するよ。」
「えッ⁈」
子供が泣いている方向とは別方向に行こうとすると、セイレーヌが驚いた声を上げたので、慌てて立ち止まった。
困ったような、理解が出来ない、というような顔をしてこちらを見るセイレーヌ。
私はほとほと呆れていた。
困っている人が居たら、誰彼構わず助けようとするお人好し。
大した財力もない彼女は、いつか身を滅ぼすのだろう。
「あったりまえじゃん。子供が泣いているなんて、よくある光景でしょ。」
「は、母親がいないんだよっ?」
セイレーヌが子どもの方を、勢いよく指さした。
「はぐれたかでしょ。ほっときゃ見つかるって。」
大体、その程度で泣くなんて、この子供は親を持っていて、普段から親の居る状態に慣れているのだろう。
……なら、助ける必要はない。
目的途中にいる、私が助けるのは孤児を代表とした、恵まれない環境に、生きている子たちだ。
この世界は力を持ったやつが支配していて、恵まれない環境にいる子達は、それが顕著で、なかなか幸せになれる機会が少ない。
その子たちが幸せになる手伝いくらいならしてやってもいいと思っている。
けれど、親がいる子達は別だ。
何かあっても、守ってくれる親がいる。
――じゃあ、どうして私が助ける必要がある?
困った人は全て助けたほうがいい、という意見を持った人もいるのは分かるが、生憎私はそうは考えない。
私の力は有限で、できることは限られている。
――じゃあ、いちばん大切な【妹】に使うのが自然じゃないだろうか。
たとえ、ほかがどんな被害を被ったとしても。
どうせ私達より幸せに生きている奴らなんだ。どうなろうと、知ったことではない。
「それに私、子供嫌いだし。……嫌いなものの面倒を、どうしてみなきゃいけないの?」
子供は嫌いだ。
うるさいし、意味がわからない。
「あー……。私、いっているから!」
セイレーヌは、意を決したように、子どもの方に駆け出した。
……どうせそういう子だったんだ。
セイレーヌをおいていこうかと考えたが、その日はどうも気が向かなくて。
仕方なく、私は影からセイレーヌの世話を見ていることにした。
「ええええん。」
「あの、もしもーし。」
セイレーヌが、子供の側にしゃがみ込む。
「ふええええっ。」
子供は泣くのに必死でセイレーヌの存在なんて、気づいていないようで。
「…君、大丈夫、かな?」
「ふええ。ふえ。えぶ。」
子供はやっとセイレーヌの方に気がついたのだろう。
顔の涙を拭いながらも、セイレーヌの方を見た。
「う……えっと……何があったの?」
「ぐすっ……おかあしゃんと、はぐれ、…ちゃってっ。」
「そっか。じゃあ、私と一緒に探す?」
まるで妹でも見るかのように子供に向かって微笑むセイレーヌ。
初対面の子供に対し、よくここまでできるな、と思った。
私なら、きっと無理だろう。
「……ぅ、うん。」
コクリ、と頷く子供。
「じゃあ、一緒に行こうか。」
「うん。」
セイレーヌが立ち上がり、子供の手を取った。
そして、子供と歩き始める。
「ごめん、サソリさん。結局連れてきちゃった。」
セイレーヌは私の方まで来ると、困った様に笑った。
「……はぁ。そうなると思ったけれど。あんたってなんていうか、救いようのないくらいお人よしだよね。頭のスペックいいから余計もったいない。」
そんな子供、構ったって自分に利益が出るわけじゃないでしょうに。
ハスミ・セイレーヌは困った様に笑った。
「まあ、一人ぐらい増えたところで、問題ないけれど。」
セイレーヌがその言葉を聞いて、良かった、と。
……別に、断じて子供の存在を認めたわけではない。
「ねえ、君、名前は?」
「……ふぃ。ソフィっていうの。」
「えっと、ソフィ、ちゃん。お母さんはどこにいるかわかるかな……?」
「わかんにゃい。気が付いたらいなくなっていた。」
「こりゃ重症ね。」
子供は気がついたら親とはぐれていた、というのはあるあるなんだろうが、世話する人が近くにいる身としては若干困る。
「ソフィちゃんは、えーと、お母さんと一緒に来たの、……かな?」
「うん。でも、はぐれちゃって。」
「えっと、じゃあ、歩きながら一緒に探そうか。お母さんが見えたら教えてくれる……かな。」
「うん!」
ソフィは元気よく歩き出した。
さっきまで、泣いていたくせに。
協力者がいると知ったとたん、ご機嫌になるとは。
調子のいいやつだな、と思う。
というか、一層、子供のことが嫌いになった気がする。
よくわからない生き物は、よくわからない。
先を行くソフィはいつの間にか鼻歌を歌っていて、セイレーヌも心なしか、嬉しそうだった。
どれぐらい歩いたことだろう。
路上市は何時しか、屋根だけはある少し本格的な市に変化して。
それに見合って人も増えたものの、ソフィの親は見つかりそうになかった。
それどころか、前を行くセイレーヌとソフィを追うだけで必死になるレベルの人込みだった。
突然、ソフィが人込みにもかかわらず、足を止めて。
ソフィの目の前には、黒りんご飴の屋台があった。
「あっ、お姉さん、黒りんご飴食べたーい!」
ソフィは屋台を指さして、と。
「うん。分かった。いいよ。」
セイレーヌは満面の笑みでうなずいて、ソフィは飛び上がった。
「やったぁ!」
本当、バカなんじゃないかと思う。
周囲の手を散々煩わせておいて、そのうえ食べ物すら要求するなんて。
子供というのは、なんて傲慢な生き物だろう。
セイレーヌは黒りんご飴の屋台の列に並んで、懐から財布を探って__その手を止めた。
「って、財布がないッ⁈」
一瞬驚愕するも、すぐに状況を受け入れるセイレーヌ。
「……そっか。マフィアに財布をとられて、アメリア先生のところに戻った後も、すぐ出発しちゃったから……。」
そういえば、彼女、マフィア・ローゼンに襲撃されたんだっけ。
襲撃の理由も、なぜ彼女が狙われたかも、襲撃をしていた構成員達は最後まで吐かなかったし、なんなら盗まれた荷物も見つからなかったけれど。
あの構成員達は白いスカーフなり、ネクタイなりを身に着けていたからきっとマフィアの【ダイヤモンド】の上級幹部の部下なのだろう。
【ダイヤモンド】に、厳しく言っておかねば、と思い出した。
立場上は上司と部下ではあったものの、私と【ダイヤモンド】は親しい間柄にある。
「……お姉ちゃーん?大丈夫?」
ソフィががっくりと肩を落とすセイレーヌの服の腕を引っ張った。
セイレーヌはソフィのほうに向いて大丈夫だよ、と苦笑する。
「そんなん、我慢させりゃいいでしょ。」
私はセイレーヌのほうに向かってポン、と肩をたたいた。
子供なんて、気まぐれで、無邪気なものだ。
どうせ親元に返したらきっとそんなこと忘れてしまうだろう。
「……そう、かなぁ。」
セイレーヌは珍しく納得できないような表情で返した。
「……私はあげれるんなら、あげたいな。」
と、地面のほうに顔を落とすセイレーヌ。
その表情を見て、私は胸がつかまれたようだった。
セイレーヌはたぶん、過去の自分と、あの子供を感情移入している。
セイレーヌの過去に何があったのかは、定かではないし、私もそれほど親しい間柄ではない。
けれども、他領にて私と二人っきりの時、私の言葉に簡単になびくほど自己肯定感なり、軸がなかったのも事実なのだろう。
……多分、その出生柄、あまりいい扱いを受けていないのだろう。
だから、その分、目の前の子供は存分にかわいがろう、と。報われなかったセイレーヌ自身の子供時代の代わりに。
多分、彼女はそういうことだ。
「黒りんご飴……。楽しみにしていたのに。」
セイレーヌの態度を見て、察したのだろう。
ソフィがしゅん、とした表情になる。
……それが、なんだか少し味気なく見えて。
丁度、私たちの順番が回ってきたときに、私は財布から千ガルン札を出した。
「はい。今回だけ。」
黒りんご飴を受け取り、ソフィに手渡す。
「わー!やった、ありがとう!黒龍のおねーちゃん!」
ソフィがぴょんと飛び上がる。
やっぱり、バカみたいだ。こんなの、ただの気まぐれなのに。
……というか。
「黒龍ッ⁈」
私は聞こえてきた単語に驚愕し。
「うん。睨んでいて、怖そうだったから、黒龍!」
ソフィはドヤ、と腰に手を当てた。
……このこ、完全に黒りんご飴買ったの誰か、忘れているでしょ……。
まあ、子供なんてそんなもんだと思っていたけれど。
「……ぐっ。S級魔獣以上のあだ名をもらったのは、初めてだ……。」
目つきの悪さから、一部の同僚からは、【しゃべるS級魔獣】や、【生きた魔獣標本】といった不名誉なあだ名はつけられていたが、これほどの直球は初めてだ。
黒龍とか、ファンティサールで一番忌み嫌われている存在なのに。
……私、そんな悪い行動したかな?
「いただきまーす。」
そんな私の気も知らず。
ソフィはお気楽に人がいない空地に移動して、黒りんご飴を食べ始めた。私たち二人もソフィについてきて。
空き地で、私の横に来たセイレーヌが不安そうな顔でこちらを見る。
「サソリさん、良かったの?」
「今回だけっていったじゃん。ほんのきまぐれ。たまたまだって。」
「……。」
セイレーヌの表情は、一向に晴れないままだ。
「いいってことよ。もち金が少し減るぐらい。」
「……サソリさん。凄い、泣きそうな表情なんだけれど。」
「……頼むからそこは突っ込まないでくれる?」
私だって、かっこいいセリフをわなわなと肩を震わせ、唇を嚙みながら言いたいわけじゃない。かっこいいセリフは、ドヤ顔で言いたい。
でも、仕方ないのだ。
財布がそれを許してくれない。
「ははっ……私、ダメダメだなぁ。お金だって、払えないのにうなずいちゃうし。もっと、他の人だったら、__レオ先輩とかだったら上手くできたかもしれないのに。」
自虐、というよりかは苦笑、というようで。
私はなんといえばいいかわからず、その話題には触れないことにして。
「?レオ?あの、レオ・フェイジョア。」
「……そうだけれど、どうかしたの?」
話題をそらせたことに、少しだけほっとして。
「フェイジョアがあんたより子供の世話上手いってこと?」
「え?う、うん。」
「……信じらんない。」
「サソリさん、知らないんだ。ちょっと意外かも。」
「私だって、情報通だけれど、何でも知っているわけじゃない。家族構成とか、出身地とか、そういう取引に使えそうな情報ぐらいしかめんどくさいから覚えないし。」
「へ、へぇ~。」
隣で、セイレーヌが引いたような表情をした気がするが、気にしかなかった。
どうせ、気のせいだ。
ソフィのほうを見ると、黒りんご飴を既になめ終わっていて、食べ終わった後の木の棒を振り回していた。
私の視線に気が付くと、たった、とこちらに駆け寄ってきた。
「黒龍のおねーちゃん、飴美味しかったよ。かってくれてありがとう!小さいおねーさんもありがとう!」
満面の笑みで、黒龍扱いされる私。
ソフィの笑顔が清々しすぎて、喜べばいいのか、泣けばいいのかわからない。
「……頼むから感謝しているんなら、せめて【サソリ】呼びにしてくれない?」
「ソリ!ソリ姐!」
ソフィは元気に飛び跳ねる。
【サ】が抜けたので、その分間抜けな印象がある。
変なあだ名をつけられるわ、まともに名前を呼んでもらえないわ……。
やっぱり、子供と上手くやっていける自信がない。
「……感謝、してんのよね?」
なんかソフィと出会ったことで悪い意味で色々価値観が破壊された気がする。
「そういえば、小さいおねーさんの方の名前は?」
と、ソフィがセイレーヌのほうに向きなおった。
「えっと、私はハスミ・セイレーヌっていうんだ。」
「ハスミ・セイレーヌ姉さん!素敵な名前だね!」
膝をおるセイレーヌに、微笑むソフィ。
……どこからどう見ても、私の時とは態度が違う。
「はっ!?このこ私の時だけちゃんと発音しなかったの、わざとだよね!」
私がソフィを指さすと、ソフィはむくれて、私と反対方向を向いた。
……こ、こいつめぇ~!
「まぁ、まぁ。」
「あんたはねー。」
穏やかに仲裁しようとするセイレーヌを見る。
……なんていうかセイレーヌとも別な意味で分かり合えそうにないとは思った。
「……はぁ。これだから私は子供が嫌いなの。自分勝手で、破天荒で、意味わかんない。」
妹以外の年下に慕われたのは、マフィアを除けば、初めてだけれど、これはちょっと方向性がおかしいと思う。
「でも、その割には嬉しそうだけれど。」
「……はぁッ⁈そ、そんなことないし!名前すらまともに呼べない人種とか、金輪際関わりたくないし!」
セイレーヌのほうを勢いよく振り返った。
誤解だ。
あんな生意気な奴、誰が愛しく思うか。
……まあ、黒りんご飴を食べる姿はずっとみていてもいいかな、とは思ったけれど。
「……サソリさん、本当は可愛いかも、と思いつつある?」
「ない!絶対ない!」
手を振って激しく否定した私を、セイレーヌは
「ふふ。」
と笑って。
「何笑ってんの。」
「サソリさんって、なんかマフィアらしくないなって。」
「ま。私はマフィアじゃなくて、私だしさ。今は目的の為にマフィアにいるだけで。」
セイレーヌは一つ、誤解をしている。
それは、マフィアにいる人間は、型にはまった人ばっかり、ということ。
それはたぶん違う。
マフィアにも、人数分、人生があり、ドラマがある。
それに、私の本質はやはり、怪盗だ。
初代・アドヴァソリウスを師匠にしてから、それはずっと変わっていない。
辺りを見回すと、いつの間にかソフィが近くの店のショーウィンドウのそばに移動していた事に気が付く。
「ハスミ姉さん来てきてー!こっちで面白いもの見つけたんだ!」
「分かった!少し待ってて~。」
たった、とソフィのところにかけていくセイレーヌ。
身長のせいもあってか、多分ソフィが親しく思うのは、セイレーヌの方だ。
……私がなつかれないのは、単に身長が高すぎるせいだと思いたい。
「……はぁ。セイレーヌの方ばっかり懐いちゃって。ま、こればっかりは仕方ないんでしょうけど。」
昔から、子供にはなつかれなかった。
最大の原因はこの強面だ。
私の母は目が切れ長な美人なのだが、どういうわけか、母の目が切れ長なぶぶんだけ似てしまって、美人なところは似なかったのだ。
……ナナちゃんは母と同じように美人だったからまあ、いいけれど。
ソフィがショーウィンドウを指さし、飛び跳ねる。
「ねえ、みてハスミ姉さん!この服可愛い!」
どうやら、ショーウィンドウには、服が置いてあったらしい。
「そうだね〜。……ソフィちゃんは可愛い服が好きなの?」
「うん!将来は洋服屋さんになって、可愛い服を一杯作るんだ。」
「そっか。頑張ってね。」
セイレーヌが微笑むと、
「ソフィ、頑張る!」
と、ソフィも笑って。
その笑顔は、どこか、私に懐かしい気持ちを思い出させた。
「……。」
どこでだっけ、と記憶を反芻し。
そして、気が付く。
幼いころ、__まだ、両親がいたころ。妹ちゃんと出かけた時に。
私たちも、よくああいう風に笑いあっていて。
「私も、私達姉妹もああいうふうに笑っていた時があったのかな。」
ふと、先ほどの自分の行動を思い出した。
私はソフィが恵まれているから、という理由で助けようとしなかったけれど。
私だって、元々は、全て持っていた。
すべて持っていて、そこから失った。
それなのに、いつしか全て持っていたことを忘れてしまって。
持っていないことが当たり前になって。誰彼構わず持っている奴を片っ端から恨みまくって。
……よくよく考えれば、私は、私の黄金期__全て、持っていたころに近しい人物を恨んでいて。
それって、過去の私とナナちゃんを否定することではないのだろうか。
過去の私とナナちゃんを否定するのなら__私の考えは、間違っているのではないか、と。
頭の中で声がした。
「……いや、それとこれとは関係ないし。私の決断は、正しい。」
そうだ。
両親を取り戻さない限り、ナナちゃんの笑顔は戻らないし、私たちに向けられる瞳は冷たいままだ。
なら__勝手に恨んでも、いいのではないか。
許されて……当然だ。
「……そうだよね。」
胸の内、どこか納得しないまま。
私は自分の服をぎゅっと握りしめて。
右腕は、ひたすらに痛く。
今は、その痛さにほっとしている私もいた。
__何も、考えたくなかった。
十数分が過ぎたころだろうか。
セイレーヌたちが帰ってきたのは。
私はそれまで、ずっとその格好で棒立ちをしていた気がする。
……覚えていない。
一時でも、自分の思想を疑ってしまった事が、存外、ショックだったから。
セイレーヌは、困ったように、けれども、どこか満足げに、
「サソリさん。……遅くなってごめん、まっていた?」
と。
きっとさぞかし有益な体験をしてきたのだろう。
「えへへ!手品見てたんだ!ソリ姐はないしょ!みちゃダメー。」
手品師にもらったと思える赤色のハンカチをひらひらと見せつけるソフィ。
「……なんなの、この子。ムカつく」
「まぁ、まぁ。」
セイレーヌが穏やかにそういった。
「ソフィちゃん、サソリさんに酷いこと言っちゃだめだよ?」
「…ぶうう。」
ソフィが又、むくれながら私から顔を背けた時だった。
「あっ!ソフィ!」
と。
あたりに鋭い声が響く。
その声のほうを見ると、ソフィと同じ髪色の、ロングヘアーの女性が不安そうな表情でこちらにかけてくるところだった。
ソフィもその女性の存在に気が付き、顔を輝かせる。
「ママーッ!」
と。
ソフィはその女性のほうに勢いよくかけていって、ぎゅう、と飛びついた。
「ソフィ、手の黒林檎飴の棒はどうしたの?」
安心したように、ソフィを見下げ、尋ねる女性。
黒りんご飴は残っていないのに、一発で見破るなんて。
……あの女性、なかなかのやり手だ。
__じゃなくて。
「あのお姉さん達がママがいない間遊んでくれたの!!だから、さみしくなかったよ。」
頬を緩ませるソフィ。
「……ギャンなきだったクセに。」
「ふん。ソリ姐はしらないもん!」
と、私の方から顔をそむけた。
ソフィの様子を見て、女性のほうが私たちの存在に気が付く。
「貴方たちが、ソフィの相手をしてくださったですか…?ありがとうございます。」
「いえいえ。私は、誰かの役に立てれば、それで十分ですから。……お礼なんて、全然。」
「黒林檎飴は私が買いました!」
「そうですか、では、代金を……。」
ソフィの母親は、財布を取り出そうとする。
「いりません、大怪盗は器が大きいんですよ。」
「……。」
後ろで、セイレーヌが私の行動に引いているような雰囲気をしていたが、気が付かないふりをした。
たぶん、きっと気のせいだ。
「えーと、本当にありがとうございました。……私達は急いでいるので、これで。」
決まりが悪そうに、私たちに頭を下げるソフィの母親。
すぐに頭を戻すと、ソフィの手をもっていそいそとどこかに行ってしまった。
他人の家庭環境に口を出すつもりはないが、ずいぶんと忙しいのだと思う。
「…あっさりだったわ。あの子供。」
「名前、ソフィちゃんって言うんだって!」
セイレーヌが私に突っ込んだ。
「いや、覚えているけれど?……確認しただけですから!別に、覚えていないなんてことは無いし!」
「サソリさん、眉がぴくついているよ?」
「…それ今突っ込まないでってば!」
そう、断じて。
あえて、子供と呼んだのだ。
別に名前が頭からすぐ出なかったとかいうわけではない。
「ってか、私達も行くよ。」
と、セイレーヌの手を引いて。
「え?行くって、どこへ……?」
「だーかーらー。あんたの仲間のところ。元々その目的で動いていたわけだし。」
「あっ、……!成程……。」
「ったく。記憶力がいいのに妙に抜けているとこあるんだから。」
そのおかげもあって、私は宝石を持っているにもかかわらず、こうして一緒に行動しようと提案した訳だが。
ただえさえ身寄りのないお人好しなのに、これだといつかどこかで痛い目に合うのではないかと心配になる。
「……その言い方だともしかして、サソリさんはソフィちゃんの名前、覚えていなかったり?」
「……数分前の忘れたい黒歴史を掘り返さないでくれる?」
「……ごめん。」
セイレーヌが謝ったところで、私たちは再び雑踏の中を歩き始めた。
ふと、雑踏の中に見知った人物を発見した。
肩ほどまでの水柿色の髪をハーフアップにした、長身の少年。ちょうど、セイレーヌの仲間である彼は。
「あっ、あそこにいるの、レオ・フェイジョアじゃない?」
「あっ!本当だ。レオ先輩だ。」
驚くセイレーヌの肩をとん、と私は押した。
「行ってきなさい。」
「……サソリさん、いいの?」
それが、どういう意味なのか、私は分からなかった。
敵に塩を送ってしまっていいのか、という意味なのか、自分だけ先に目標にたどり着いてしまっていいか、という意味なのか、はたまたまったく別なのか。
その具合には私はハスミ・セイレーヌを理解していなかった。
「何言っているの。私達は元々敵同士でしょ?」
「……えっと…?」
きょとん、とするセイレーヌ。
その背景で、フェイジョアが、こちらの存在に気が付いたようで。
「んじゃ、私はこれで。」
と、私は反対方向に向かって駆けだした。
いくら二人だけとはいえ、取引場所に行く前に鉢合わせるのは、分が悪い、と思う。
ていうか、多分これぐらいで退散しておいた方がいいだろう。
いくら和平条約のようなものを締結しているとはいえ、敵同士だ。
それに、これ以上セイレーヌといると彼女の価値観が移ってしまいそうだった。
「あっ!サソリさん、ちょっと!」
セイレーヌが私に向かって何か言っていた。
多分、今更私が宝石を持っていた事に気が付いたのだろうが、もう遅い。
あんたたちなんかに、これは簡単に奪わせない、と。
私は心の中でセイレーヌ達に舌を出した。
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