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二つの旅路はめぐり遭う~ポンド・クロネージュの出会い~
この物語を始めるにあたって、まず、語っておくべきは私の過去なのだろう。
勘違いしないでいただきたいが、この物語は語り手が私だからといって必ずしも私が主人公であるわけでも、私の勝ちが確約されているわけでもなかったのだろう。
あの時、私が仲間に出会う前に、既に物語は始まっていたし、勝ちだって、半ば、運がよかったようなものだ。
ただ、いうのならば。
あの日、あの場所で起きたそれは、ただ、偶然によって【起きてしまった】というよりかは、私たちの人知を超えた何者かによって【起こされた】。そう、表記した方が正しいのだろう。
さて、くどくどしい説明もこれぐらいにして。
さっそく、物語を騙り始めようではないか。
私たちの、出会いの物語を。
◇◆◇
ぼく、ポンド・クロネージュは困惑していた。
若干九歳にして、手に持っている手荷物が【おでかけ】の比ではなく、ただ、少しおもたいとか、数日前自分で切った髪が、不格好だとか、そんなことではない。
ぼくの目線の先__数メートルほど前には、四~六歳の子供たちの集団と、それを囲んでいる、マフィアの集団。
子供たちの服装は質素を通り越して、いっそ、粗末なもので、汚れすら落ち切っていなかった。
子供たちは、運が悪かったのだろう。
おおよそ、肩がぶつかったとか、マフィアをバカにしているようにとられたとか、そんな理由だろう。
そんなくだらない理由で、子供たちは、絡まれている。
この地域はあまりお金がなく、恵まれていないから、この昔からあるマフィア・アクィラに占領されているのだ。
きっと、子供たちも子供たちの親も、お金をためて、引っ越せば、こんな地域から抜けられるのだろう。
マフィア・アクィラが暴力で占領している、この町に。
でも、それすらもできない。
__この土地をむしばむ、凶悪な一族によって。
マフィア・アクィラか、それ以上に凶悪な。
「や、やめてくださいっ‼」
子供たちのうちの一人、リーダー格と思われる男子がマフィア・アクィラの人物に反論する。
マフィアは銃を構えていて、辺りは緊迫とした雰囲気だ。
周囲の人は……その子供たちを、避けていた。
それはそうかもしれない。この地域には、治安維持機関はあれど、実際に活動はしていない。話せば長くなるが、それもこれも、この地に巣くっている横暴な金持ち一族のせいだ。
__ただ、納得いかなかった。
子供たちの権利が蹂躙されるのも、マフィアが暴力で利権を得るのも。
「おい、坊主、俺たちに逆らうつもりか!」
「タダじゃ置かないぞ!」
マフィアたちが、子供たちのこめかみに拳銃をあて、子供たちはがたがたと震え始める。
「……。」
ぼくは、さっと手に持っていたバッグを置いて。
「__ぜえんだよ、クソ餓鬼が。」
「ひぃっ。」
マフィア・アクィラの集団のリーダー的な人が、拳銃の引き金を引こうとして、子供たちが身をすくめたのと、同時だった。
「すとーっぷっ!」
と、その声と共に。
たったった、とマフィア・アクィラの所にかけていって、マフィアが子供たちの頭に突きつけていた拳銃を、全て突き飛ばしたのは、ぼくだった。
カン、カンカン、と拳銃が地面に転がる音。
手ぶらになったマフィア・アクィラ達はぼくのほうを見る。
「ああ?なんだ、お前?こいつらの仲間なのか?」
と、ぎらり、と鋭い眼光を投げかけられ。
「あ、あの、に、にげ……。」
ビクついていて、聞こえるかどうかというほどの、小さな声。
振り返ると、先ほどマフィアに脅されていた子たちのうち、一人が、声を振り絞って、ぼくのほうを見ていて。
__なんとか、傍観者であったぼくを無傷で帰らせようとしてくれているのだろう。
その、幼いながらの、あたたかい親切に、ぼくは
「大丈夫だから。」
と、ほほえんだ。
元々、こういうのは、あまり好きではない。
誰かの犠牲を諦めて逃げるのも。
「僕はポンド・r__否、今は、ただのポンド。おじさんたち、この子たちを離して。」
マフィア・アクィラのほうを、堂々と見あげて。
マフィア・アクィラの称号である、動物の爪のネックレスが、複数確認できる。
遠くから見れば、ネックレスだって怖い凶器に思えていたけれど、近くに来たら、そんなものはただの爪でしかなく。
「ああ?いきなり何言ってんだ?」
深い、という風に集団のリーダーの男性は眉を上げた。
「ッてめえも殺されたいのか?」
__と、懐から拳銃を取り出して。
予想はしていなかったわけではない。
マフィアだから、凶器だって普通の人よりかは手に入るのだろう、と。
けれども、ぼくの身にはしった衝撃は、そんなものではない。
「っ‼」
ちかくに、年端も行かない子供たちがいる。
もし、ぼくにあたらなくても、流れ弾が飛んでくるかもしれない。
本当に、マフィアというのはしょうがない人たちだ。
ぼくは子供たちの方向に向かって、腹に力を込めて。
「みんな、逃げて__っ‼」
と。
その瞬間、マフィアの男性が引き金を引く。
ぼくはぎゅっと目をつぶった。
願わくは、痛くありませんように。
もしかしたら、誰かから搾り取ってきたような人生だったかもしれないけれど。
ぼくの祈りは、叶ったのか、叶っていないのか。
いつまでも、ぼくの脳を震わせる衝撃はなく。
火薬の匂いも、耳が割れるような音もしなく。
ぼくはおそるおそる、目を見開いて。
「っ……。」
__その場の光景に、愕然とした。
マフィアの男性の銃は、いつの間にか、マフィアの男性の手元を離れていて。
マフィアの男性の銃を、移動させたのは、たった一つの傘だった。
お金持ちが好みそうな豪華絢爛なものではないにしろ、注意深く見ればそれなりに丈夫な材料でできている、とわかるもの。
マフィアの男性は、はっと目を見開き、ぼくも、傍から見れば、同じようにしていただろう。
その傘を操っていたのは、老人だった。
口元に真っ白な長ひげをたくわえ、顔中をしわが覆っている。
__だが、その手元は力仕事をしている男性のように、鍛えられていて、そのギャップに、ぼくは驚きながら。
「ったく。近頃の若者は、血気盛んじゃのう。何でもかんでも、すぐに力で解決しようとする。__善悪の判断くらい、ついてほしいものじゃが。」
やれやれ、と呆れたように老人は息をついた。
同時に、傘の最先端部分に、あった銃をポン、と投げだす。
「あぁっ!俺の銃が!」
男性は、慌てて銃の合った方向に手を伸ばすが、もう遅かった。
次の瞬間、男性は老人にやられていて。
何があったか。目を疑うほど。
目の前には老人の鮮烈な傘さばきが繰り広げられていて。
マフィア・アクィラの男性たちは、銃をもって次々と老人にかかってくるが、老人はその気配を感じ取り、男性たちが銃を撃つ前に、すべて銃をかっとばして。
隙ができた男性たちが老人に素手で殴りかかってくるが、老人はそれすらそよ風が吹くように、かわし切り、的確にマフィア・アクィラの男性たちの急所を突いて、アクィラの男性たちをあっという間に全滅させる。
マフィア・アクィラの男性たちが全滅するまで、五分もなかったのだろう。
どん、とマフィア・アクィラで一番最後に残った男性が地面に倒れた後。
あたりは物音ひとつしなかった。
ぼくも、子供たちも、老人のなす技に魅了されたのだろう。
老人がマフィア・アクィラの男性たちを全滅させた位置から一歩、動いた時だった。
「__すごいっ。」
とっさに、ぼくの感想が漏れる。
「おお、君は、たしか……。」
老人はこちらに振り返って、真っ白な眉を上げた。
「おじいさん、凄いですっ‼その技っ‼」
だっだ、と老人のほうに詰め寄り、老人はぼくのそんな様子に少しうろたえながら。
それでも、ぼくのあこがれは、少し仕方がなかった部分がある。
ぼくの見えている世界はあまりきれいなものではなく、弱いものは虐待され、蹂躙され、強者に搾取され、あげく、それが当たり前にされる。
誰も、彼もそれを止めない。
ぼくの住んでいる国全体がそうとは限らないが、少なくともぼくの住んでいる地域は、そうだった。
だからぼくは静かにあきらめていたのだ。
正義を、良心を。
しかし、目の前の老人は、見知らぬぼくたちを助けてくれて。
その行動が、どれほど輝いていただろうか。
俊敏なるその傘さばきによって、ぼくは目の前に神がいると錯覚して。
「お、おう、__当然のことじゃ。わしは、【最強】の傘使いなんじゃからな。」
と、老人はにっかり笑った。
その様子は、くすんだこの土地で、どれだけさわやかに見えただろうか。
ぼくの胸は、今までで最高潮に高鳴っていたと思う。
「さいきょうの、傘使い……。」
みみごこちのいい、その発音を、かみしめながら。
ぼくの近くにいた子供たちが、その老人のほうに駆け寄っていった。
「あの、先ほどはありがとうございました!」
「おじいさん、助けてくれて、ありがとう!」
と。
子供たちの表情は、先ほどまでの不安感を感じさせない、満面の笑みで会った。
「あのおっちゃんたち、怖かったのか。」
老人の言葉に、こくり、と無言でうなずく子供たち。
そのまなざしには、尊敬と羨望が込められていて。
子供たちだって理解している。
こんな場所で、老人のように正義をふるってくれる人材がいかに貴重かを。
「ハハ、そうかそうか。……まあ、わしは最強の傘使いなんじゃかならな。」
と、老人は、微笑んだ。
その微笑みが、少し哀しみも含まれているモノのように感じたのは、ぼくの気のせいか。
「おじいさん、それしか話さないんですか?」
子供たちのうち、一人が突っ込んだ。
「ぐっ。早ませな子じゃのう。」
でも、老人は否定はしない。
……自覚があるということだ。
と、子供たちのうちの一人がポケットの中に手を突っ込んで、何かを取り出した。
「おじいさん、お礼にチョコあげる。」
大切にとっておいたのだろう。くしゃくしゃの包み紙にくるまれている小さなチョコレートを、老人に押し付けて。
ほかの子供たちもそれに続いてがさごそとポケットの中を探り始める。
「お母さんが大切にしていた宝石あげる。」
ある子は、そういって、宝石のレプリカと思わしき石を。
「お父さんが私に見せなかった奇麗な女の人とのお写真あげる。」
ある子はそういって、母親にばれたら明らかに家庭崩壊が予想される写真を。
……まあ、この地域は不倫なんてよくあることだけれど。
それでも見ていてあまり気持ちのいいものではない。
老人たちは、そんな子供たちを眺めていると、ふっと苦笑して。
「いや、べつにお礼はいらんよ。わしは……わしの決めたことに従ったまでじゃから。」
と。
子供たちはまたしても大きくうなずいて、老人に手を振り始める。
「そっかー。じゃあ、バイバイ。」
「助けてくれて、ありがとう。」
そんなことを、口々に、言いながら、子供たちは帰っていく。
かえるべき家に。
__ぼくは、家がない。
つい数日前、家出をしてきてしまったのだ。
「君は、確か、子供たちをかばった子じゃな。行かないのか?」
老人が、ぼくにめをやり。
ぼくは、静かに首を振った。
__この土地で横暴をふるっている、金持ちの一族とは、そこにぼくも含まれていた。
ぼくの生家、■■■■■家は、大金持ちで、幼いころからその生活には不自由しなかったことを覚えている。
食事は常に最高級。教育だってそれなりの質を受けれたものだ。
しかし、その代わりに、といっていいのだろうか。
■■■■■家はとにかく、土地の近くの住民に横暴をふるっていた。
年齢を重ねるごとに、それが違和感に覚えてきたぼくは、いつの日か■■■■■家を変えようと決意して。
それだって、何度も両親を含め親戚たちを説得してきた。
しかし、親戚たちは聞く耳を持たず。それどころか、■■■■■家の横暴は酷くなるばかりで。
ぼくはついに家出を決心した。
ぼくの力で変えられないのなら、これ以上ぼくが住民に被害を加えることのないように。
もてるだけの着替えや日用品、それに■■■■■家からくすねてきたお金ををバッグに詰め込んで、ぼくは家出をした。
行く当てはないし、これ以降は野宿になるのだろう。
しかし、■■■■■家の一員として、住民を害するしかなかった頃よりかは幾分かマシだった。
「……ぼく、行くところがないんだ。」
その言葉に、自己憐憫はなかった。
ぼくは自分の現状を割り切っている。
一人なのも、行くところがないのも全て自己責任で、ぼくの決断で、ぼくの選択だ。
それを、他人に責任を擦り付けて自分を不幸にしたりはしない。
ただ、願うのならば。
「そうか。じゃあ、わしと一緒に来るか?」
「__え?」
老人の言葉に、ぼくは顔を上げた。
__願うのならば、この老人に傘さばきの技を習ってみたかった。
圧巻の傘さばきを、近くで触れられるのなら。
心の中、ひっそりと願っていて。
「自身を顧みず、子供たちを助ける__わしは君のその姿勢を買ったのじゃよ。」
おじいさんは、微笑んだ。
「ぼ、ぼくの出自とか、聞かないの……?」
今まで、ぼくの近くにいた大人は、出自ばっかりを気にしていて__自分に転がる利益ばっかりを気にしていて。そのため相手のことなんか少しも考えなくて。
おじいさんがそんな大人たちと違ったのに、少し、驚いたのと。
それでも、あの傘さばきをした人がそんな利益しか追わない大人たちと違ったのはうれしくて。
「大切なのは、出自じゃないわ。憧れじゃよ。それと、少しの勇気と。わしの見た限り、君はそれを持っている。わしと一緒に、旅をしないか?」
おじいさんはぼくに手を差し伸べてきて。
「__はいっ!」
ぼくはそのしわしわの手を、大きな返事をしながら受け取る。
「貴方の傘さばきに憧れました。ぼくの、お師匠様になってください。」
その日からだ。
ぼく、ポンドとおじいさんの旅が始まったのは。
__して、時は現在に戻る。
この近くに、墓はありませんでしょうか、と。
ぼくは確かにそう聞いたはずで。
「墓はなかったと思うが、あんたは__。」
水柿色の髪を肩ほどまで伸ばして、ハーフアップにした少年は、ぽりぽりと頭を掻いた。
身長は大人ほどあるが、顔立ちの幼さから年齢はぼくとそう変わらないだろう。
左手にあるリュックサックが大きく、重たそうなのが印象的だった。
「ああ、名乗っていなかったね。」
ぼくは帽子に手をかけて、それを外す。
名乗るときは、自分が最高にかっこよくなれるように。
ぼくの師匠の爺さんの教えだ。
「ぼくはポンド。どこにでもいる、しがない旅人さ。」
と。
ぼくはつぶやきながら、帽子を元に戻して。
ぽかん、と目の前の二人は、ぼくのそんな自己紹介を眺めていて。
先ほどぼくに答えた少年のほかに、もう一人。
青い髪をハーフアップにした、青と紫の瞳のオッドアイの少女。
身長と顔立ちからして、こちらはぼくより一回り程年が小さいのだろう。
こちらも、手には結構に大きな荷物を持っていて。
「そっか~。それにしても、ここらへんにはお墓、ないんだね。残念。前の国ではこういうところに多かったから、てっきりこの国もそうだと思ったんだけれど。」
「「……?」」
ぼくの発言に、二人はきょとんと首をかしげる。
独り言が多いのは勘弁してほしい。
一人旅が続くと、どうしてもついてしまう習慣なのだ。
「どうして、お墓なんて探しているんですか?」
意味が分からない、というように青色の髪の少女。
「大切な人の、大切な人のお墓なんだ。ぼくはそこでその人に渡したいもの__供えたいものがあったから。」
「「⁈」」
供えたいもの、という言葉に二人が驚いた顔をして。
この国__ラマージーランドでは、墓にものを供える、という習慣はあったはずだから、季節外れか、このまえの不思議な爆発か。
「えーっと、大切な人の大切な人って事は……誰なんだ?」
と、水柿色の髪の少年を見ると、顔を赤くさせながら、さらに顔から湯気を噴き出していて。
「うそっ!レオ先輩が頭を沸騰させている!」
青色の髪をハーフアップにした少女が、それを見て驚いたように声を上げる。
……これは、水柿色の髪の少年の脳のスペックオーバー、ということでいいのだろうか。
「えーっと、もしかしてこの人、頭のスペックあまりよくないの?」
青色の髪をハーフツインにした少女に声をかける。
「えっと、いいとは言えませんね……。」
「なるほど。」
青色の髪をハーフツインにした少女は苦笑した。
つまり、脳筋ということだ。
「でも、頭のスペックはあまりよくないとしてもっ!その分、レオ先輩は、力があるし、いい人だからっ‼」
手を右往左往させ、必死で説明する少女。
水柿色の髪の少年が少女に尊敬される人格者であることはわかったが、少女の口添えが一層、少年の脳筋という欠点を補強している。
「…なんかもう、ぼく色々読めてきたよ。」
とりあえず、少年が脳筋、という点には黙っておくことにした。
人の欠点はむやみにつつくものじゃない。これはぼく自身の考えだけれど。
「えっと、とりあえずぼくの話は置いておくとしてさ。二人も珍しいよね。」
「「⁈」」
意味が分からない、という風に少年少女は首を傾げた。
「二週間前、この国に来たんだけれどさ、みんな忙しそうでそんなこときくまもなかったっていうか。__ここ数日、それも収まっているみたいだけれど、それでもぼくが話を聞けたのは数人だけだし。……えっと、爆発が起きたんでしょ?」
意味不明の爆発。
三週間以上前、この土地、ファンティサールにて、【ミュトリス学園】という学園を中心に、広範囲に起きて、その原因、犯人はいまだにわからないのだという。
ファンティサールの多くの建物に被害を及ぼしながらも、人体には無傷で、爆発で出た死傷者も一切ゼロ。
外国から来たぼくも、きけば聞くほど不思議な爆発だ、と思う。
大陸にも似たような化学兵器はあるが、そちらはちゃんと人体に影響を及ぼしているし。
多分、ぼくからした感じだと世界で唯一魔法が使える国のなんやかんやが関係していそうだけれど。
「そうなんですけれど……。」
少女は、微妙な表情で、うなずいて。
「?どうかした?」
「あの、なんでこの国に入れているんですか?」
__意味が分からなかった。
「えっと、普通に入ったけれど。」
と、聞き返すと、少女は。
「不法入国ですよね……?この国の周囲には、結界が張られていて、一般人しか入れなくて。唯一、入れるのがファンティサールの港なんですけれど、そこだって交易をしている国以外、入れないはずなんです……普通は。」
そういえば、そうだったかもしれない。
じいさんの祖国に行くためだったから、よく覚えていないけれど。
ラマージーランド行きの船に問い合わせても、観光用のものはなくて、仕方なく貿易用のそれに載せてもらったのだ。
ちなみに、船に乗っている一か月間の倉庫生活()は非常に素晴らしく有意義な時間だったため、二度と思い出したくない。
それなりに不衛生な環境に身を置いたことのあるぼくですら、あそこは地獄だったものだ。
「うっ!そこを突かれると、痛いんだよなぁ、ぼくとしても。」
ぼくの言葉に、ぼくを見る、二人の視線が一層に厳しくなる。
「「……。」」
そして、二人とも視線を合わせあって、うなずきあって。
「あっ!ちょ、二人視線で会話しないでよっ!」
ぼくは二人の前に手を突き出して。
二人は、まじまじとぼくを見る。
「ぼくは確かに不法入国したかもしれないけれど、そんなやましい目的で不法入国をしたわけじゃないんだって!」
「「えー、と。」」
二人が顎に手を当て、首をかしげる。
「ぼくは、大切な人の大切な人のお墓に供えたいものがあってきたんだ。それさえ終われば、さっさと出ていく予定だよ。」
もっと言えば、他にも予定はなくはなかったけれど。
けれど、二人にそれを言うつもりはなかった。
それを言ったら、爺さんが少し__哀しみそうで。
ぼくの瞳を見て、水柿色の髪の少年は大きくうなずいて。
「嘘はついていないようだな。ポンドの目を見ていれば分かる。」
「ですね。信じましょう。」
「あっさり!」
……なんか意外とあっさり事が進んだ。
うーん。ここまでを考えると、
「ていうか、爆発の話はどこで聞いたんだ?」
「ここを行く道中、沢山の人にお墓の場所を聞いたら、なーんか、集まっちゃってさ!」
「なーんか、集まるものなんですかね、情報って。」
「っていうか、どうやって、この国に入ったんですか?この国、文字通り他国と唯一かかわりを持っているのは交易ぐらいなのに。」
「うん!あたりだよ!」
「?えっと……?」
「だから、その船に乗せてもらったんだ!」
「なんかさ、一般の船がなかったから、交渉してのっている間はタダ働きする代わりにのせてもらったんだよねっ!」
「特異なことをしている自覚は?」
青色の髪をハーフツインにした少女はぼくに困惑した表情を見せた。
……もしかして、観光用の船がなかった時点で、怪しいと思っていたけれど、この国、鎖国しているんじゃ……?
ぼくは青色の髪をハーフツインにした少女の発言に息をのんだ。
なんていうか……じいさんの日記の記述とは、ずいぶん違うものだ。
じいさんが国を出た数十年前。その時はまだ、観光用の船なんていくらでもあった、って書かれていたんだけれどなぁ……。
貿易用の船を使った時点でうすうすまずいとは気が付いたけれど、まさかここまでまずかっとは。
目の前の少年少女を見ると、気まずそうな雰囲気で、何とか地面のほうに視線をやっている状態で。
「え?旅人って、けっこうこういう手段使うものだと思うけれど?」
ぼくはきょとん、と首をかしげて。
「「……。」」
二人は、一言も口を発さず、逆にそれが気まずい雰囲気を加速させていて。
「ちょ、二人とも黙らないでよ!」
こんなカルチャーショックを受ける国は初めてだと思う。
たぶん、鎖国しているからなんだけれど。
だからこそ、話題の軸がつかみづらく、会話を続けることが困難だ。
__軸、といえば。
二人は、こんな森の奥で、多くの荷物をもって、何をしているのだろう。
二人からしたら、ぼくの行動のほうが読めないのだろうけれど、ぼくからしたら二人の行動こそ読めない。
ラマージーランド__この国の人たちは、肩から二の腕くらいの長さの棒を使って、超的な力を使ったり、箒に飛び乗ってそのまま飛行したり、変な行動が多いけれど、ここまでおかしいのは初めてで。
「で、逆にさ、二人は何をしていたの?」
ぼくはこの二人にも、何かがある、と踏んだのだ。
「えっと、宝石を探していたんですけれど……。」
「えっ?宝石?あの、宝石?」
なんかいきなり話が飛んだ。
ぼくが旅した地域では、探偵が迷いネコを探す、くらいな。
目の前の青色の髪をハーフツインにした少女も、そのくらいのノリで言った。
……ていうか、それ、本当だろうか。
どこの国に行っても、宝石の価値は一定で、それは高かった。きっと依頼した人も貴族かなにかで、目の前の二人も、その人に目をかけれられるぐらいには、腕利きなのだろう。
ぼくとそう年も変わらないのに、恐ろしい。
「ああ。これぐらい大きな。」
水柿色の髪の少年が、両腕を大きく広げた。
それこそ、そのなかにぼくの頭二つは入りそうなほど。
「意味が分からないっ‼」
じいさんと色々な国を旅してきて、小金を稼ぐために、いろんな界隈に足を踏み入れたつもりだ。
その時、いろんな宝石を見てきたし、中でも、一番大きな宝石は、せいぜい、ぼくの手のひら程度。しかも、それだってかなり、厳重に保管されていたのだ。
水柿色の髪の少年が言った大きさなんて……それが本当なら、もっと意味が分からない。
そのぐらいの大きさなら、小国の一年の国家予算相当になるし、厳重に管理されていそうなものを。
ぼくの驚愕に、水柿色の髪の少年が大きくうなずいて。
「この国の魔力源なんだ!」
さらりと意味不明な一言を付け加え。
「もっと意味が分からないっ‼」
ぼくの心の底からの叫びが、晴れ晴れとした快晴の空に散る。
叫び声がこだまして、森の木々がざわざわと揺れたが、この際、そんなことはどうでもいい。
たしか、ラマージーランドでは、【マリョク】で【マホウ】を使うことができる、ということとか、【マリョク】はいつか切れるものだとか、それでも寝食を続けていると、また【マリョク】は溜まるとか、そういうことはこれまでの旅でなんとなくつかんでいた。
それでも、この国の【マリョク】の源があるとか、部外者のぼくには処理しきれないような情報量で。
「あの、実はとある理由があって__。」
それから、青色の髪をハーフツインにした少女は話し始めた。
これまでの、冒険を。経緯を。
ある夜、怪盗の少女が盗んでいったことが、全ての始まりで。
領主の娘、もう一人の上級生、そして、今立っている二人。
四人が宝石を奪還しようとする過程は、多難ありながらも、確かに進んでいるもので。
__なんか、物語として完成してしまっている感じもあるけれど、これ、本当に実話なのだろうか。
ぼくが話を聞きながら、やにわにそんな疑問を抱いて、いくらたっただろうか。
青色の髪をハーフツインにした少女は、それなりにあっただろう冒険譚を、わずか十五分程度で語り終えた。
して、現在。
「なるほど!なかなか面白そうなことしているんだね!ぼくもつれていってよ!」
と、声を上げた人物は、もちろんぼくである。
というか、状況的に僕しかいない。
とりあえず、青色の髪をハーフツインにした少女の話を聞いて、いろんなことが誤解だったことが分かった。
目の前の二人の依頼人は、貴族でも何でもなく、ただの私立校の副校長で、依頼を受けた四人も、少し強い力を持った普通の学生、ということだ。
__いや、それにしては、みんな、強すぎない?
話を聞いた限りでは、青色の髪をハーフツインにした少女の頭の処理能力は相当なものだし魔法の才もある、領主の娘もバッグボーンと共に、奇妙な知識をもっているし、もう一人の上級生、という人も明らかにおかしな力が使える。水柿色の髪の少年だって、体力がほぼ無限のような状態だ。
……もはや、仕組まれたのかと疑いたくなるような面子であった。
ていうか、話に聞くと、その怪盗の少女も、盗みの才能と戦いの才能が有るらしいけれど、本当にこの人たち、いろんな意味で大丈夫なのだろうか?
「ああ、いいぜ。」
と、快くうなずいたのは水柿色の髪の少年だった。
話を聞く限り、四人の中でリーダー的な人物だろう。
「でも、いいんですか、レオ先輩。この人に私たちの事情とか話しちゃったし……。」
青色の髪をハーフツインにした少女が、困ったように眉を下げた。
「うーん、なんとなく、ポンドは安全だって、俺の直感が言っている!」
「直感とは。」
青色の髪をハーフツインにした少女の瞳が、困惑に満ちる。
ぼくも同じ気分だ。
今のはちょっと脈絡のない、脳筋的な文章だった。
「大丈夫‼ぼく、こう見えて風読みとか戦闘とか得意だし、ちょっとは役に立てると思うんだよね。【マホウ】っていう不思議な力は使えないけれど。」
その青色の髪をハーフツインにした少女の不安を吹き飛ばすかのように、ぼくは親指を立てて、ウィンクをした。
「魔法のことか?」
「そう!それそれ!発音が難しくて困っちゃうよ……。」
大陸と同じ言語が使われているとはいえ、長い間交易以外で他国と交流をしていなかったからだろう。
ラマージーランドの国民全体、話す言葉が、どこか訛っているように聞こえた。
それに、【マホウ】関連の単語は、どうしても発音がくるっているように聞こえるし。
「そういえば、君たちの名前を聞いていなかった気がするけれど、君たち、名前は?」
「ミュトリス学園所属の二年のハスミ・セイレーヌと。」
青色の髪をハーフツインにした少女が、胸に手を当て、優しそうに微笑んで。
「おなじくミュトリス学園所属の三年、レオ・フェイジョアだ。」
水柿色の髪の少年が、自身のほうを指さしながら、その情熱に満ちた瞳を瞬かせて。
「ぼくはポンド・クロネージュ__って、さっきも言ったっけ。」
と。
ぼくは苦笑して。
「いけない。旅をし続けてると、つい名乗る癖がついちゃうんだよね。」
旅をしていると、沢山の人に会う。
たくさん自己紹介して。
たくさん自己紹介されて。
だから、自己紹介を聞いてしまうとつい名乗ってしまうのはぼくの一種の癖だった。
「さっそく出発しようよ!」
ぼくが手を上げると、レオ君がうなずいた。
「ああ。」
「じゃあ、こっちについてきて下さい。」
と、ハスミちゃんが箒を取り出し、それにまたがって。
数秒もしないうちに、箒が浮かび上がり、数メートル先に浮遊する。
これが、【箒魔法】。
これほど目前で見るのは初めてだが、やはり、すごい技術で。
ぼくが息をのんでいると、いつの間にか、レオ君も箒にまたがっていて、浮かんでいて。
浮かび上がっていないのは、ぼく一人だ。
それはそうだ。
だってぼくは、【マリョク】を持っていないのだから。
魔法なんて、使えるはずもない。
「あ、ちょっとまって!」
ぼくは慌てて二人のほうに手を伸ばした。
「あっ……すみません。」
ハスミちゃんが慌てたように箒を下降させ、地面に飛び降りて。
「ハスミ、ポンド、どうしたんだ?」
レオ君も困惑した表情でそれに続いた。
「あの〜。ぼく、外からきから飛べないなぁ〜って。」
「?」
きょとん、と首をかしげるレオ君。
「ポンドさんは魔力を持っていないから。」
ぱちん、と手をたたいたのは、ハスミちゃんだった。
「そそ!ぼく、【マホウ】が使えないわけ。」
ぼくは、大きくうなずいた。
「なるほど……。わりい、気が付かなかった。」
ばつが悪そうに、頭を下げるレオ君。
「いいって。ぼくは他国出身だから、最初からその素質がないんだし。他の国ではいう必要もなかったから、忘れていたよ。」
ラマージーランドにすんでいる人は、元々特殊な血統で、ラマージーランドにある魔力と適合して、魔法を使うことができる、という性質を持っている。
それは、外から来たぼくにはなく、その問題だけはどうにもできない。
じいさんの日記の後ろのほうに、ラマージーランドの基本的な仕組みも書いてあったから、ぼくはそれを知っていて。
魔力と適合できなければ、どれほど鍛錬を重ねても、魔法を使うことはできない。
これだけはどうにもならない事象だ。
墓探しが難航している理由は、ここにもあった。
箒魔法が発達していることもあって、この国の人たちは、頻繁に箒を利用するし、道を覚えるときも、箒に乗ることを前提にして覚える。
すると、どうなるか。
地面の道を覚えなくなるのだ。
実際、ここまで聞いて回った人たちで、墓の場所を知っている人たちの案内もかなりあいまいで、その場所にたどり着けないことすらあったのだから。
「歩いていきます?」
ハスミちゃんがぼくたちの進行方向である道を指した。
「ううん、ぼくも長い間旅をしていて、それなりに体力はあるはずだから、走って――。」
その言葉の途中だった。
突如、ぼくを身に覚えのない浮遊感が包んだのは。
ふぁさあ、と何かが開く音。
次の瞬間、ぼくの体は空に向かって急上昇し始めた。
__まるで、何かに引っ張られているように。
「っわわ。何っ?!何が起きているのっ?!」
慌てて地面に足をつけようとして、両腕両足を動かし、しかし、ぼくの視界から地面は一向に遠ざかっていくばかりだ。
「あっ!ポンドさんっ!」
「ポンドっ!」
ハスミちゃんとレオ君が驚愕した表情で、こちらに手を伸ばして。
ぼくも手を伸ばそうとした、その瞬間だった。
右手に、奇妙な質感を感じ取ったのは。
右手のほうに目を向けると、その違和感ははっきりとした。
いつの間にか、背中の後ろに付けていたはずの傘が、なぜか、右手にある。そして、閉じていたにもかかわらず、勝手に開いている。
たぶん、この傘がぼくを空に引っ張ったのだ、と。
ぼくは感覚的に理解して。
「えっ。わぁっ。飛んでいる!ぼく、傘で飛んでいるっ!ひゃっほーい!いい景色だあっ!!」
改めて天空から見える景色に注意を向けると、それのなんと、絶大なことか。
言葉に表しがたい感動に包まれて、ぼくはバタバタと腕を動かす。
いつの間にか、空への上昇は止まっていて。ぼくは空中に静止したまま、その美しい景色を眺めながら。
「……何がなんだかよくわからないけれど、すごい適応力。」
下の方で、小さくハスミちゃんがつぶやいたのが聞こえた。
「なあ、ハスミ。俺が知らないだけで空を飛ぶ飛ぶ魔術具もあるのか?」
「いえ、ないです。といいますか、そもそもあれは魔術具じゃない。あの形状で、術式は組み込めません。そこは私が保証します。」
「……じゃあ、なんで飛んでんだ?」
「さあ?もしかしたら、ポンドさんは本人が気がついていないだけで、ラマージーランド出身か。もしくは、これが【依代】か。」
【ヨリシロ】がなんなのか、じいさんの日記に書かれていなく、ぼくとしても若干は気になるものの、今はそこではない、と思う。
やはり、今、愉しむべきは__。
「わぁっ!すごい!君、そうやって動くの?」
たった今、横に動いた、ぼくの傘。
ぼくの声に、傘は確かに小さく振動して。
「じゃあ、さ。ぼくの言うことって分かる?」
今度は少し、大きく振動した。
「わぁっ!動いたっ!ひゃっほーいなにこれすごい!」
やっぱりだ。傘は、ぼくの言葉が分かっている。
これ以上に凄いことがあるのだろうか。
いや、ない。
異種族間__否、有機物と無機物の対話だ。これは。
「えっと、じゃあ、上に飛んでみてくれる?」
試しに傘にお願いしてみると、傘は小さく振動した後、数十センチほど、高く持ち上がり、それに合わせてぼくの肉体も引き上げられる。
「わぁ!すごい!すごいよ、君。ひゃっほう、君最高っ!」
ぶん、と傘を持っている右腕を振ると、傘も小さく振動して。
新しい、相棒を見つけたような感覚。
じいさんがなくなってから、この子とずっと一緒に旅していたけれど、こうやって勝手に動いていうことを聞くようになったのは初めてだし。
何があったのかは分からないけれど、じいさんの残した傘の新しい一面を発見できて、嬉しい。
「なんか……最初、俺達が箒に乗れた時を思い出すよな…。」
「微笑ましいですね。」
地上では、二人が幼子を見守るような瞳でぼくと傘を見つめていて。
ぼくは二人に向かって大きく手を振った。
「あっ!二人とも!こっちにおいでよ!ぼく、この傘で飛べるようになったみたいだからさ!これで一緒に捜索できるじゃん!」
「はい、そうしましょう。」
と、ハスミちゃんの肯定と共に、二人も、箒をもって、ぼくのいる高度のところまで、やってきた。
手の中の傘も、小さく震え。
まるで、これから旅をしていくぼくに、改めて挨拶をするかのように。
「それで、その宝石がある場所、っていうのは――」
「ああ。そっちだぜ。」
レオ君が指さしたところに、ぼくたちは箒で向かった。
悠々と、箒を飛ばすレオ君__リーダーの背中を見ながら。
ぼくはまだ、傘の操作に慣れていない、ということで二人に挟まれてで飛ぶことになった。
この子なら、じいさんが使っていたころからの付き合いだし、下手すると周囲の人たちより付き合いが長く、いうこともすぐわかりそうだったけれど、そこは、二人が許してくれなかった。
意味不明の魔術具は、突然壊れることもあるから、と。
じいさんがずっと持っていた傘。
それが魔術具の役割も果たしているなんて、ぼくも驚きだけれど。
それよりも。
「わぁぁーっ。奇麗だなぁ。本当、ラマージーランドに、ファンティサールに、来て良かったぁ。」
目の前の景色は、絶景だった。
丁度、雲一つない快晴、ということもあってだろう。
地面には影一つなく。そのおかげでファンティサールの森の隅々までに光が当たっている。
近くに見える、小指ほどの大きさの湖だって、きっと近くで見れば、相当に大きいものなのだろう。
普段見ることのない、スケール感。それが無性にぼくを興奮させた。
どれもこれも、じいさんの持っていたこの、傘のおかげで。
この傘が見せてくれた景色だ。
ぼくは傘のほうを見、
「……これから、よろしくね。」
ハスミちゃんたちが宝石を見つけ終わるまでの間。
こうやって、ぼくを運んでもらうことになるけれど。
ぼくは小さくつぶやいて。
それにこたえるかのように、傘は小さく振動した。
「今夜は、ここで野営をしましょう。」
「野営?野宿ってこと?」
ぼくたちは数時間、目的地に向かって進み続けて。
夜も迫ってきて、肌寒くなったので、ぼくたちは一旦、休憩をすることになった。
「ああ。ポンドはしたことなかったのか?」
「いや。むしろ、ここ数年はほとんどが野営だよね。やっぱり、いつも泊めてもらえるとは限らないからさ。」
たまに人の家に泊めてもらうことはあるけれど、いつも行く先々に泊めてもらう家があるわけじゃないし。
「えっと、木の上?それとも、テント?」
「……随分本格的なんですね。」
ハスミちゃんが眉を上げた。
……あれ、そんな驚くことかな?
「まぁね!ぼく、家がないから。年がら年中旅をしているんだよね。」
「「えぇ……。」」
「そんな驚くことかな?」
ラマージーランドとの文化の断絶には何時も驚くばかりだ。
「そうだ。動物の肉が焼けるまで、少し、ぼくの過去も話してもいい?」
二人ばかり過去を話して、ぼくは話さない、というのは不公平な気がする。
二人はそんなこと咎める人じゃないと思うけれど。
「あっ!数時間前言っていた、大切な人の大切な人に供えたいものがあるって…。」
「そう。よく覚えていたよね、そのことだよ。」
「えぇ、そんな。……照れます。」
と、ハスミちゃんは苦笑して。
「ハスミの記憶力はミュトリス一だと思うぜ。それくらい、頭がいいんだよ――な。」
「……っ!」
レオ君がハスミちゃんのほうを見たとたん、ハスミちゃんはぽっと顔を赤らめる。
「――なるほど。」
なんか……なんとなく、真理に踏み込んでしまった気がする。
でもぼくはあえて突っ込まない。
「じゃあ、始めようか。むか~し、むかし、大陸のある所に、大富豪の一族がいました。」
かつてじいさんが旅先の伝説を語っていたような口調で。
ぼくはゆっくり語り始めた。
「大富豪の一族は、辺りを牛耳って、昧り、豪華絢爛な生活を送っていました。そんな一族の中、ただ一人、それを不思議に思う人がいました。――それが、ぼく。」
自分自身を指さして。
「ぼくはさ、一族に嫌気がさして家出してきたんだ!」
「えっ。じゃあ、ポンドさんは……。」
「そう!あっ、クロネージュって名字はその名字じゃないんだけれど。」
クロネージュ、とはじいさんと旅先で見つけた美味しい食べ物の名前だ。
「以外でした……。てっきり、ラマージーランド出身説があったから。」
「……君は何考えていたの?」
知らない間にぼくの出生について、アリもしないデマがまわっていた。
「ぼくは、この通り、正真正銘大陸出身です。――認めたくはないけれどさ。」
悔しいことに、ぼくの生家は、その国でもかなりちゃんとしたところで、ぼくの両親も、ちゃんと生家でぼくを生んだ記録がつけられているはずだ。
死んでもその生家で生まれた、という事実は恨み続けるけれど。
「じゃあ、傘の魔法は、どう説明するんだ?」
「……ぼくもちょっと分からない。」
ぼくだって、説明できるのなら、したい。
それでも、じいさんの遺した日記には、【傘には自分のすべての魔力を封印した】、【傘には天気をよくする魔法しか使うことができない】としか書かれていなく、ぼくだってどうコメントしたらいいか。
「魔術具も、どれだけ高価で優れていても、魔力を込めないと使えませんもんね。」
「うーん。疑問は放っておいて、話の続き、していい?」
そうしてぼくは話し始めた。
ぼくとじいさんが旅先で見た、数々の奇妙な光景を。
その数々を、語り切った後。
話題は、じいさんの年からくる不調になった。
「――じいさんは、ぼくが十四才の時、病気にふせってしまって、亡くなってしまったんだ。」
「「……。」」
先ほどまでの明るい空気から一変。
二人の表情は一気に暗くなる。
「いや、話題は暗いけれど、それほど思いつめなくていいと思うけれど。」
じいさんは、とにかく明るい人だった。
背負っている暗い過去とは正反対に。
たぶん、死んでもけろりとしていそうだな。
「遭っていないのに、ポンドの冒険譚でなんとなくそのシーンが浮かんでしまう俺自身が恐ろしい……。」
「……レオ先輩?」
「それで、じいさんの遺品整理をしていたら、じいさんの日記が見つかったんだ。そこに、全部書かれてあったんだ。じいさんの過去が。」
旅先の海で、じいさんの遺灰をじいさんの頼み通り飛ばした後。
ぼくがじいさんの遺品を整理していると、じいさんの持っていた一冊の日記があった。
それは、じいさんの旅を書いたものではなく、じいさんの過去、旅に出るまでの記録が書かれていた。
それまでラマージーランドのことをよく知らないぼくでも、ラマージーランドの仕組みが大体わかるぐらいに、詳しく。
「要約すると、じいさんはかつて、ラマージーランドの王宮魔術師で、政治のゴタゴタに巻き込まれて、望まないまま多数の人を傷つけてしまったらしい。」
「いや、情報量多くねーか?」
「じいさんが傷つけた人の中には奥さんも入っていたみたいで、それで、じいさんはその償いにファンティサールを去って、旅に出たんだ。――傷つけた人の数だけ、人を救えるよう。」
奥さんを含め、多くの人を巻き込んでしまった事を悲しんでしまったじいさんはかつて奥さんがプレゼントしてくれた傘に自分の持っている全ての魔力を封印して、二度とこんな悲劇が起きないように祈った。
傘は人を傷つけない魔法__空を晴れさせる魔法しか使えなく、じいさんはその傘を持って、犠牲になった人の分だけ人を助ける罪滅ぼしの旅に出ることにしたのだ。
「それで、その日記の中に、おじいさんと、奥さんのツーショットがあってさ。おじいさんとの思い出に片を付けるために来たわけだけれど、ついでに奥さんの墓に備えようって思ってさ。」
じいさんは償いの旅に出るつもりだったので、奥さんの遺品は一通り整理したつもりだが、どうしても、そのツーショットと、奥さんがじいさんに送ってくれた傘だけは手放せなかったという。
「……で、これがお墓の住所。」
ぼくは一枚の端がヨレヨレになった紙を取り出した。
全体的に黄ばんでいて、そこには、解読不明な奇妙な文字列があった。
「……ハスミ、読めるか?」
「いいえ。」
「俺が知らないだけで古語にはこういう字があったり……?」
「ないない!ぼくも解読しようとしたけれど、どうしても読めなくて……。もしかしたら、旅の途中で、どこか、水溜りに落としてしまったのかもしれないよね。」
水たまりに落として、紙のインクがしみ込んで、文字が変化してしまった、とか。
それなら納得がいく。
「だからさ!ぼくはそれを探しに旅をしていた、というわけ。」
「……なるほど…。」
ハスミちゃんは顎に手を当てて、神妙な表情をした後。
「……ラマージーランドって結構広いですけれど、そこらへん、大丈夫ですか?」
「えっ、そうだっけ?」
「ほら。墓地も結構散らばっていますし。」
怪盗の少女を追いかけるのに使うという地図を見せる。
ファンティサールの全体図と、ラマージーランドの全体図。
それぞれ、かなりなりに墓地があった。
「――……大丈夫!ぼく食べ歩きとか趣味だから!この国の料理食べ歩きしながら行くよ!」
それに、怪盗の少女の盗んだ宝石とは違って、こちらには期限がないのだ。
怪盗の少女の盗んだ宝石が見つかり次第、こちらもゆっくり探そうと思う。
「あっ!焼き上がったみたいだぞ!」
と、レオ君が料理のほうを指さした。
こんがり焦げ目がつくまで焼きあがった草食の動物の肉。
「「「いただきます!」」」
それぞれの皿に取り分けて、手を合わせたとたん、ぼくは瞬時にそのかけらを口に入れた。
「〜たまらんっ。美味しい……。」
かみしめたとたん、じゅわ、と口内にとろけだす肉汁がたまらない。
「だろ。俺もハスミも料理が得意なんだぜ。だから、料理には、自信があるんだ!」
「それはいいね!ぼくは料理苦手なんだよね。だから、自炊は……ね。」
じいさんがなくなってから、料理は基本ぼくが作ることになったけれど、やはり、じいさんのように上手くはできず、出来た料理は、まぁまぁなものだった。
「そういえばここに来ていない、もう二人の子たちは?」
ハスミちゃんの話では、二人のほかに、もう二人の少女が、旅をしていた気がする。
「アデリ先輩は一人暮らしでしたし、あのチカラがあれば、大抵うまくいきそうですね。」
「料理は知らねーが、前の慰労会でロカが振る舞ったお菓子には、ロカ自身が作ったものも含まれていた気がするぜ!」
「以外に高スペックだよね、君たち。」
四人全員が料理レベル平均を超えていそうな事実に、ぼくは軽く舌をまきながら。
「…え、じゃあさ、前言っていた、怪盗の子は?その子も料理できるの?記憶、のぞいたんだよね?」
「「…………。」」
二人が、突如、死んだように意志の失った目をした。
「ちょっっ、二人とも、なんで黙っているのかな~?」
困惑するぼくを前に、二人は顔を見合わせる。
「……ハスミ、あれって食べられると思うのか?」
「記憶の中で、サソリさんの作るご飯に人権はなかった気が……っていうか、大体、なんで原材料通りに作っても、発光したんでしょう……。」
「あっるえっ〜?」
……話を聞いた限り、なんかめちゃくちゃヤバそうなんだけれど。
料理苦手のぼくでも、流石にご飯を発光させたことはない。
「……それにしても、今夜は随分風が湿っているね。これは、雨が降る……!!」
「分かるのか?」
「うん。風読みは得意なんだ。……長く旅をしているからかもだけれど。」
「寝袋……木陰に移動しておきます?」
ハスミちゃんが寝袋のほうをさして。
__確かに、雨が降ったら上手く寝られないかもしれない。
「そうだね。」
ぼくは三人の寝袋を木陰に寄せて、再び焚火のほうに向かう。
まさか、この時の行動を後悔することになるなんて、ぼくは思ってもみなかった。
「ごちそうさまっ!」
ぼくたちより一足早く食べ終わったレオ君がぱちん、と手を合わせ、立ち上がった。
「俺は先に、ちょっくらあそこの湖で水浴びしてくるぜ!」
と、一通り自身の食事のものものを片付けた後、近くにあった湖を指さして。
「うん!オーケ!ぼくたちはまだ食べてるから。」
うなずくと、さっとかけていくレオ君。
なんか、ハスミちゃんが、となりで承知しました、と当然の顔で受け入れていたけれど、ぼくは意味が分からない。
食後に水浴びって、この国の習慣なのだろうか。
「ねえ、ラマージーランドでいう【水浴び】って、【シャワー】みたいなこと?」
どうせなら、大陸の科学技術で、温かい水を浴びたほうがいい気もするけれど。
その辺、どうなのだろう。
食後にわざわざ冷たい水をあびるとは。
……ていうか、レオ君、杖しか持っていなかったし、タオルとか持って行かなかったけれど、その辺、大丈夫なのだろうか。
「シャワーって……もしかして、大陸の科学技術なんですか?」
こくり、とハスミちゃんは首を傾げた。
「そうそう!よく知っているね。こっちじゃ知らない人ばっかりだったからさー。説明するのに苦労したよぉ。」
道中のレオ君の口ぶりや、本人の言動から察するに、ハスミちゃんも相当、博学なんだろうけれど、まさか、大陸の科学技術を知っているとは。
ラマージーランドが鎖国中とは、到底信じられない。
「たしか、取手に触れるだけで、水が出て、体をきれいにすることができる……っていう。」
「やけに詳しい説明だよね。」
ていうか、図鑑を丸暗記して、要所をわかりやすく書き起こしたイメージだ。
いや、実際それであっているし、ぼくの説明の手間が省けていいのだけれど。
「?全部いったほうが良かったでしょうか?『他国の面白道具大全百五十ページ、――』」
そう、ハスミちゃんは困惑した表情で言って。
「いや、いいって!ハスミちゃんの記憶力がいいのは、十分理解できました!」
まさか、ページ数まで暗記しているなんて。
ハスミちゃんの記憶力、恐るべしだ。
「……そういえば、ずっと気になっていたけれど、この国では【シャワー】の際に石鹸は用いないの?」
大陸では、シャワーの際には石鹸を使用することになっている。
そのほうが体の汚れが落ちるし、シャワーの後の体はいいにおいもする。
正直、石鹸を使わない文化に戸惑いもあった。
「【石鹸】?えーと、体をきれいにするため、主に大陸で使われている薬の事ですね。――この国は、水にもわずかに魔力がこもっていて、服越しでも水に触れていると、体が浄化されていくっていうか……。」
水に触れていると、体が奇麗になる、という謎現象。
土地に魔力がある、ラマージーランド限定の。
「でました、ぼくの、カルチャーショック。」
ぼくは頭を押さえた。
正直、新事実で以外といえば意外だけれど、ここ二週間、そんなショックを受けることにもなれてしまって、もはや何も感じない。
「そういえば、大陸では、体を清めるさい、【石鹸】を使うために服を全部脱ぐんですよね?――すごく手間取らないですか?」
ハスミちゃんが、そう問いかけた。
そういえば、レオ君、バスタオルも持っていなかったけれど、いくら森で人がいないとはいえ、服脱ぐの抵抗ないかなぁ、と内心気になってはいた。
ラマージーランドでは、服すら脱がないらしい。
「大陸には魔力がないんだよ!」
ぼくは投げやりに突っ込みながら。
「そうじゃなくて。服を着たまま、使える【石鹸】とか生み出したら面白そうだなぁって……。」
ハスミちゃんの青と紫のオッドアイが知的に輝き始める。
「途端に話が高度になってきた。」
なんか、ハスミちゃんの頭がいいのは、今日一日でわかったけれど、本当に発想の次元が違う、っていうか。
「ていうか、服で水浴びをしたら、服が濡れちゃわない……?」
一つ、疑問。
大陸の人たちがシャワーの際に服を脱ぐのは、水に濡れた服を着て、風邪をひかないようにするためだ。
「いえ、水には魔力が含まれているので、ツエを持って、簡単な魔力操作さえできれば、ある程度服は乾かせます。」
堂々と、なんてことないかのように言い切るハスミちゃん。
「……マジで理解できない。ラマージーランドの仕組み。」
もはや、常識が違いすぎて、まるで異世界にでも迷い込んでしまったようだ。
「っていうか、杖が取られたって言っていたよね?あのときは大丈夫だったの?」
ハスミちゃんが昼頃聞かせてくれた、冒険譚を思い出しながら。
あの話だって、途中、マフィアがハスミちゃんたちの杖を盗んで、そのせいで怪盗の少女から宝石を取り返すチャンスを一回、失ったってなっていて。
杖がなければ、水浴びの服も乾かせないと思うけれど。
「いえ。私は、諸事情あって、数日間、水浴びをする時間がなかったので。でもレオ先輩やアデリ先輩は色々難しかったと思います。」
「技術が発展すると、技能が低下する……難しい問題だよね。」
服を脱ぐ必要も、バスタオルを用意する必要もない、ラマージーランドの文化に一瞬いいな、と思っていたが、現実を見た気がした。
たった一つの大きな力に頼っている文化は、その力が消えてしまえば、簡単に崩れてしまう。
じいさんとの旅で、それは幾度となく見てきたはずだ。
__というか、それを抜いて、関係ない疑問。
「ていうか、ハスミちゃん、レオくんの事、好きだよね?」
ぼくがそうつぶやいた瞬間だった。
「っ!!!!」
ぼん、と音がしてハスミちゃんの顔が真っ赤になる。
「ぽぽポポポンドさんっ……。なんで、なななんでそれを…。」
不器用に、直覚的に、体を動かしながら。
一目で動揺していると分かるその様子に。
「うーん、驚かせちゃったね。ごめん。」
さすがにちょっと、突っ込んだ話をしすぎたかもしれない。
「いや、ちょっともしかしてそうかなーって思っただけなんだけれど。図星だったんだね。……ごめん。」
ハスミちゃんは時々レオ君のことを頬を赤らめて見ているから、もしかしたら、と思ったが、まさかそのまさかとは。
「あ、あの……!レオ先輩には言わないでくださいっ!」
ハスミちゃんは、ぼくの行動も、レオ君への好意自体も否定するではなく、ただ、そういって。
「?なんで?」
「あの、旅のこともあるし、レオ先輩も、迷惑だと思うし。」
ハスミちゃんは苦笑した。
この子、今日一日でうすうす感づいていたけれど、もしかしたら人を優先する癖があるかもしれない。
「うーん。レオくんそうは思わなさそうだけれどなぁ。」
レオ君の様子をみたが、今のところ、ハスミちゃんを嫌っている、ていう風には思えなかった。
恋愛的な目で見てはいないけれど、仲間の一人として信頼している。
そんな印象だった。
レオ君の性格からして、恋愛は難しそうだし、あえて告白しない、という手を選ぶのもアリだとは思うけれど。
好意を抱くのは、迷惑、なのだろうか。
「お願いしますっ!!私はレオ先輩を裏で支えたいのでっ!」
ハスミちゃんはそういって、勢いよく頭を下げた。
「そう思うんなら、仕方ないんだけれど……。」
十二歳ぐらい__この年齢の子なら、通常、あり得ない行動。
自分の利益を優先せず、他人ばっかり優先させて。
きっと、この行動にも、彼女の過去があって、理由があるのだろう。
旅をしているとき、そういう人たちをたくさん見てきたから、彼女のことは逢って少ししかしていないのに、わからないなりに、わかるつもりだ。
まあ、彼女はこう生きるしか、なかったんだろうけれど。
「でもさ、正しさだけを見ていると、人は、周りが見えなくなるからさ。それがよくきく時も、悪くきくときもあるんだけれどさ。」
彼女はその選択を正しい、と思って選択したのだろう。
周囲の目など、気にせずに。
「ハスミちゃんは、レオくんと結ばれたいとかは……。」
「そういうの、いいかなぁって。」
ハハハ、とハスミちゃんは乾いた笑いをこぼして。
「そっか。でも、大切な人と過ごす時間は大切にしていたほうがいいと思うけれどね。――人なんて、いつどうなってもおかしくないし。」
じいさんと、その奥さんのように。
じいさんの日記には、奥さんが事件に巻き込まれるまで、奥さんにそんなこと起こるとは微塵も思っていなかった。ゆえに、もっと日々を大切にしていればよかった、という記述が書かれてあって。
「?は、はい……。」
意味が分からない、という表情でうなずくハスミちゃん。
「はい。ごちそうさま。美味しかったよ。」
ぱちん、とぼくは手を合わせ。隣のハスミちゃんも手を合わせた。
「ごちそうさまでした。」
ぼくたちが食事の準備を片付けている時だった。
「どうなっても、おかしくない、かぁ……。」
と、小さくつぶやいて。
たぶん、独り言だったんだろう。
ぼくたちがそれぞれのカバンに食事の準備をしまい終わった時だった。
「ただいま!戻ったぞ!」
と。
その声は、たったさっき、水浴びに言っていたばかりのレオ君だった。
とっさに、ぼくたちは顔を背ける。
「「……っ!」」
なんでこう、タイミングが悪い、というべきか。
あと数秒遅かったらハスミちゃんにまたレオ君に向けた好意について聞くところであった。
大陸ではシャワーの時間はあれ、水浴びの時間はないから、たぶん、時間配分を間違えてしまったのだろう。
今度からは、ハスミちゃんの好きバレを防ぐためにも、もう少し注意深くならないと。
「?あれ、ハスミ、なんで顔をそらすんだ?俺、なにか悪いことをしてしまったのか?気分を害してしまったのなら、謝るぜ。」
真摯と純粋さしか含んでいないその声に。
一層、こちらの方が申し訳なくすらなってくる。
ハスミちゃんのほうをちらりと見てみると、ぎゅっと目をつぶったまま、顔を真っ赤にしていた。
……うん。優しいハスミちゃんだけれど、流石にこの顔はレオ君に見せられないよね。
真っ赤な顔について尋ねられるし。
「えーと、ずっとハスミと話していたみてーなんだが、ポンドは心当たりねーのか。」
その言葉に、ぼくは口笛を吹いて。
「?!なんでポンドまで顔をそらすんだっ?」
レオ君の驚愕した声が後ろから聞こえる。
__非常に申し訳ない。
申し訳ないが、これはたぶん、レオ君の善性のせいもあるんだろうな。
ここまで仲間の異変に変な顔をせずに心配するの、惚れるのも訳ないだろうし。
「あれ、ハスミ、耳が赤いぞ?ひょっとして熱か?なら、無理はしないほうが……。」
レオ君が、ハスミちゃんのほうに近づいてきて、ハスミちゃんは慌てて立ち上がって、レオ君から距離をとった。
「だい、大丈夫ですからっ!」
と。
うーん。レオ君を思いやって、あえて好意を隠そうとしているのは、ハスミちゃんのいいところなんだと思うけれど…。これじゃあむしろ、逆効果なような……。
「……??」
レオ君は、意味が分からない、という表情でこちらを見た。
ぼくはその意味にこたえることなく、親指を突き立て、レオ君にウィンクを送る。
__ガンバレ、レオ君。これから先もこんなことが起きるけれど、強く生きなよ、と。
レオ君はそんなぼくのメッセージに気が付かないのか、首をかしげて。
「はは……鈍感、だもんねぇ。」
その様子に、思わず笑いが漏れる。
十代特有の、青春らしきもの。
そのものを眺めるのは、少し、照れくさくもあり。
ふと空に目を向けると、真っ白な月が煌々と浮かんでいた。
いつの間にか、もう夜は真中に入っていた。
ずいぶんと目元が重いような。
くあああ、と伸びをしながら、ぼくは自分の寝袋に向かって。
「ふぁー。じゃあ、ぼくはもう寝るから。お休みー。」
そう、寝袋の中に入りながら。
「俺も。明日も、早いしな。」
レオ君たちの方を見ると、レオ君も既に寝袋についていて。
ハスミちゃんの方は、リュックサックのほうをなにやらごそごそとあさっていた。
「魔獣除けの香は……ここは、安全地帯だから、大丈夫だよね。」
と。
ラマージーランドでは【マジュウ】という変な化け物が時々現れて、ぼくたちの命を脅かす可能性がある。
だから、【マジュウ】が現れる危険地帯では、【マジュウ】除けのお香をたくのはハスミちゃんたちの習慣になっているという。
【マジュウ】除けのお香は当番制で、就寝時間を三分の一ずつ削って見張りをするのだとか。
とはいえ、二人の話やじいさんの日記によると、【マジュウ】は安全地帯には現れないってなっているけれど。
「ハスミちゃんも早く寝なよぉ……。」
ハスミちゃんがねぶくろに着いたところでぼくは眠気に襲われ、その意識はあっさりと沈んでいく。
「はい。おやすみなさい、二人共。」
と、ハスミちゃんの声を聴いたのが、最後、ぼくの意識は眠気に混濁され、暗転した。
次に目が覚めた時は、何かがおかしかった。
具体的には何とは言わないものの、ぼくの直観が異常を告げていて。
ぼくは野宿をする旅人なだけあって、異変には鋭いつもりである。
__特に、命にかかわるものは。
ぼくは夜がそれほど時間もたっていないにもかかわらず、慌てて起き上がり。
目の前の光景に唖然とした。
ぼくたちの寝袋の数メートルほど先に、高さ数メートルはある意味不明な生き物がたっていた。
その生き物の説明はあえてしない。
ぼくの身長ほどもあるだろう長さの四本の足に、ショッキングピンクの猛々しい瞳。呼吸をするたび、暗黒色の気体が、その生物の口から洩れていて、なんとも不気味だった。
たとえるのなら、今までの旅で見た恐ろしいものを全て閉じ込めたようなイメージ。
それ以外、説明のしようもなく。
「えっ……うぇっ?!な、何あれっ?」
おもわず、ぼくは叫んでいた。
それぐらい、あの存在は摩訶不思議、ということで。
その存在を認識したとたん、それが【マジュウ】だということも、ぼくたちの命を脅かすこともなんとなく察知してしまって。
レオ君が、小声でポンド、とぼくの名前を呼んだ。
そして、口元に人差し指をあてる。
「……静かに、ってこと?」
レオ君は、小さくうなずいた。
「ああ。あれ、なにか分かるか?」
と、その生物の方を指さす。
「うん、【マジュウ】でしょ。あったことはないけれど、色々ヤバいって噂。」
「話が通じて良かったぜ。そうだ、あれに気づかれる前に、逃げねーとな。」
【マジュウ】は運よくぼくたちの存在に気が付いていなかった。
たぶん、体の向きからして、反対方向を向いているのだろう。
しかし、いつ【マジュウ】がこちらを向いて、襲い掛かってくるかもわからなかった。
レオ君がぼくたちの荷物のほうに向かい。
ぼくはそれに愕然とした。
「レオくん!」
__量が、あまりにも多すぎる。
元々、ぼくの荷物も、二人の荷物もその年ごろの子供が長時間持ち運べるギリギリの量を持っているため、重く、走ったりするのには向かない。
いや、二人は、箒で飛んだりできるし、ぼくはそもそも長旅にはなれているんだけれど。
それでも、この非常事態、全ての荷物をもって箒で飛行をしようとしたら、絶対音がしてしまうだろう。
「荷物……物音立てないように、おいてかないと。箒と、何だっけ……【ツエ】だけ持って逃げたほうがいいと思う。」
レオ君ははっとしたように、自分の荷物の中から杖だけを探り出す。
「?ああ、分かったよ。理由は知らねーが、ポンド、あなたのほうが俺たちより長く旅をしてきているもんな。」
レオ君が自分の箒と荷物をもって。
ぼくも傘を手にしているから、大丈夫だ。
問題は__まだ寝ているハスミちゃんだ。
「ハスミちゃん、起きて!起きて!」
ハスミちゃんの肩を数回揺らすと、ハスミちゃんは眉をゆがめながらもゆっくり目を開ける。
「ハスミ、起きてくれっ!今、大変なことに。」
レオ君の言葉に、ハスミちゃんははっとした表情になり、体を起こし__その光景に、愕然とした。
「え、A級魔獣……?なんで、ここは、安全地帯なのに……。」
「ハスミ、今すぐ逃げるぞ!箒と杖だけ持って!」
「はい!」
ハスミちゃんは、慌てて自分の荷物の中から杖を探し出し、その間ぼくたちは荷物を木陰の端の方に寄せる。
マジュウがここから去ったときに、取りに帰れるように。
マジュウがこちらにやってきたときも、荷物を少しでも守れるように。
ハスミちゃんが、杖と箒をもって、こちらに来た時だった。
べちゃ、とぼくの足元の方から音がして、ぼくは慌てて下のほうを見た。
先ほどまでの乾いた地面からは一変して、湿って、泥っぽくなっている地面。
地質の違う地面の境目には、何もなく。
__大陸では、地質が違うところは必ずその境目に何かしらのしるしがあったのに対し、こちらには、何もない。ましてや、時間は夜だ。
ラマージーランドに来てあまりたっていないから、たぶん、それによる失念だろう。
レオ君たちのほうを向いて、そのことを伝えようとした時だった。
ぐあああ、とマジュウがこちらを向いて。
「っ!――気づかれたっ!」
レオ君が大きな声を上げる。
同時に、巨躯でこちらにやってくるマジュウ。
「逃げるぞっ。」
その掛け声で、ぼくたちは走りだした。
もはや、地面がぬかるんでいて、動きずらい、とかそういうことを考えている場合じゃない。
この場には箒にまたがって空に浮かび上がる時間すらなく、そんなことをしていたら、マジュウに食われてしまうからだ。
少しでも、逃げないと。
何歩、進んだときだろう。
「わっ!!」
ハスミちゃんがぬかるみに足を取られ、ころび、そこから抜け出せない。
ぼくは、ハスミちゃんのほうに向かおうとして。
そうして、足を止めた。
否、止めざるをえなかった。
ぬかるみに足を取られたのは、ハスミちゃんだけではなかった。
いつのまにか、ぬかるみはさらにひどくなっていて、ぼくの足だって、抜け出せない。
「クソ。足場が……。」
魔獣はぬかるみなど、関係ないのか、ぼくたちの目の前までやってくると、その場に鎮座した。
ぼくたちを食べるのを諦めたんじゃない。
むしろ、その逆。
ぼくたちが、いつでも食べられる相手だから、鎮座して、なめてかかっている。
そういうものだ。
__それでも、ぼくたちは諦めない。
二人のほうを見ると、二人は手に持っていた杖を光らせていて。
ぼくも背中の傘に目を向けて。
「傘、開いて…!」
ぼくの言葉通り、傘はすぐさま開いて、ぼくの右手に収まる。
「飛んでっ!」
が、傘は飛ばない。
否、飛べない。
ぬかるみのぬめりのほうが傘の引っ張り上げる力に勝ってしまうのだ。
急いで傘を閉じ、マジュウに向けて構えたところで、愕然とした。
マジュウとぼくたちの間には、遠くも近くもなく、微妙すぎる距離感があり、足を動かせないぼくがかさで攻撃をすることはできず。
__傘を投げて、抵抗するか?
それすらも難しそうだった。
さっきから、ハスミちゃんたちが杖に炎を宿らせて攻撃しているが、マジュウは皮が分厚いのか、まったく聞いていないようで、
ぐあああ、とマジュウが口から暗黒色の光を放ち始める。
その大きさは、直径、ぼくの身長を二倍にしたほど。
周囲の空気がその暗黒色の光に吸い込まれているのを見ると、その光がいかに強力かは一瞬で分かった。
__傘を使っても、防げそうにない。
否、ぼくが運よく助かっても、ぼくの近くにいない、ハスミちゃんたちは、助からない確率の方が高い。
「みんな、かがんでっ!」
ぼくは頭を押さえ、大声で叫び。
直後、マジュウががああ、と咆哮をしながら、その暗黒色の光をぼくたちの方に向かって、放って___来なかった。
「――え?」
何秒時間がたっても、マジュウはぼくたちに攻撃を仕掛けてこなくて。
恐る恐る、ぼくは目を開けて。
いつの間にか、魔獣の口元にあった暗黒色の光は消えていて。
マジュウの目の前に、白髪の少年が一人、たっていた。
その少年は、杖をマジュウのほうに向けていて。
さああ、と吹いた風がその少年の結われた長い髪を揺らす。
夜の最中、ぼくたちは一人の少年に助けられた。
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