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夜の勤務があるとの事で、羽生さんは帰って行った…。 先程、聞かされた話はあまりにも衝撃的過ぎて、心の中で消化出来ないでいる自分がいる。コトリと音を立てて目の前に温かいコーヒーが置かれ、その香ばしい香りで、やっと我に返ることができた…。 「大丈夫ですか?」 東地先生が心配そうに私の顔を覗き込む その優しい顔にホッとして、思わず先生の肩に顔を埋めてしまった……。 「何か……感情が消化しきれなくて心が痛いです……」 「古川さんにそんな思いをさせたくなくて、教えなかった…ってのもあったんですがね……」 「そんな先生達の思いを無駄にして……ほんと、私駄目ですね」 「そんな風に言わないでください。これは必然だったと思うんですよ… 古川さんに知って欲しくて見えない力が働いたようですね」 「え…怖いんですけど?」 「最強の引き寄せですね…ふふ」 そんな引き寄せはいらなかったなぁ…… 思わずそうボヤいてみれば先生が隣で薄く笑った。 「…羽生さんは強くて優しい人ですよね。自分が一番辛いはずなのに」 「そうですね……それでもこの五年は色々あったんですよ、彼なりにね……」 「そうか…五年なんですね」 「ええ…五年です」 羽生さんにとってこの五年が、長かったのか短かったのかはわからないが 肝心の部分では何も解決は出来ていないのだろう……。 そして但馬さんにとっても、準備の五年だったんだ…。 そりゃ昨日今日で知り合った私に、しゃしゃり出てくんなって…思うよね。 何もしらねーくせにって……私だってそう思う……。 「先生は……何を思ってお祓いの仕事していますか?」 「んーそうですねぇ…‥実は特には何も考えていないんですよ」 「え?そうなんですか?」 「医者の仕事と同じでね、この病気にはこのお薬…みたいな感じでね。 この症状にはこのお祓い…みたいな感覚です」 「…‥なるほど…そこに私情は乗らないってことなんですね」 「冷たい言い方かもしれませんが…そうですね。全部に感情移入していたら、正直身が持ちませんから」 先生は苦笑いを浮かべそう呟くと、コーヒーを啜った 「ただ……これだけは覚えておいてくださいね」 「はい?」 「もし古川さんが危険に晒された時は、全力で助けに行きます。僕は懐に入れた人は全力で守りたい男ですから」 「東地そういうところ……といつもの台詞を言いたいですが、今はなんだかとてもありがたい言葉に感じます。ありがとうございます先生。……懐から放り出されないように頑張らなきゃ……ですね」 少し泣きそうな気持になりながら、素直に言葉を返す 先生は優しい笑顔で私を抱き寄せ「大丈夫…古川さんは今のままで大丈夫ですから」と優しい言葉で包んでくれた。 ◇◇◇◇◇ 「それじゃ、ゆっくり休んでくださいね」 「はい、先生も無理しないで、少しはゆっくりしてくださいね」 先生に車で家まで送って貰い、別れの挨拶を交わす 車が去るのを見届け、マンションの中へと入った。 家の明かりを点けて鞄を下ろす ふと視界に入ったのは但馬さんから貰ったハンカチの入った袋だ。 手に取り改めて袋から取り出すと、それは可愛い青い花の刺繍が入ったハンカチだった。 「可愛い花だね……何の花だっけ…?」 花の名前が思い出せず携帯で画像検索をする 「ワスレナグサ」 この可愛い青い花の名前だった。 「……忘れろって言ったのに…花言葉は「私を忘れないで」なんですね……」 但馬さんが、この花の名前や花言葉を選んでプレゼントをしてくれたかは かなり怪しいが…大事に使わせてもらおう……。 私は、ハンカチを再び鞄の中にそっと入れた。 今日は朝から情報量過多で、精神的に疲れている 先生を癒すはずが、逆に先生に癒された結果となってしまった…… 次はちゃんとリベンジしなきゃね。 明日は日曜日だ……明日はゆっくり家で過ごそう…… 温かいお風呂に入り、もう眠ることにした……。 ◇◇◇◇◇ 草木も眠る丑三つ時 神社の神木の前に一人の青年が佇んでいた 薄暗い外灯の光で、その顔が薄っすらと浮かびあがる。 それは但馬だった……。 神木に手をあて呪詛を念じる 但馬の腕に刻まれた刺青のような模様が禍々しく伸び広がると、神木と青年を一緒にゆっくりと確実に締めあげ飲み込んでいった 「…五年かぁ…長かったな…姉貴、いま楽にしてやるよ」 呪詛の瘴気と締めあげられる力に、だんだん呼吸が苦しくなる 薄れゆく意識の中、ああ…死ぬってこういう感じなんだなぁ……と どこか他人事のように思いながら、但馬は静かに目を閉じた ◇◇◇◇◇ シャラン… 鈴の音色が聞こえる 深い眠りの中で、意識だけ少し覚醒して目を開けば、何故か体が全く動かなかった。 「え?…金縛り?」 動かない体にパニックになりつつ、何とか声を出そうと藻掻く だが思うように体は動かず、意識だけが覚醒してしまった。 (どうしよう…こわい) シャラン… 再び聞こえる鈴の音 条件反射で音の方へ眼だけで追えば、暗闇の中一人の女性が立っていた 幽霊? 「…神社…たすけて…」 女性はそう言葉を呟き、暗闇の中に静かに消えていった…。 神社…?助けてって、どういう意味だろう…? その言葉を復唱して、ふと但馬さんの事が頭に浮かんだ。 もしかして、但馬さんに何かあったんだろうか? 今のは但馬さんのお姉さん…? 頭の中で何かが確信に変わり、私は金縛りが解けている事に気が付くと ベッドから飛び起き、時計を確認した 時刻は深夜三時 こんな時間に但馬さんは神社で何かをしているんだろうか? 神社って……どこの? 一秒を争う場合なら迷っている暇はない…… 私は急いで着替えると、タクシーを拾い松川神社まで急いだ ◇◇◇◇◇ 深夜の神社はとても怖い まさか自分が心霊YouTuberみたいな事をするなんて思っても無かった 来慣れた神社だが、真夜中だ。怖いものは怖いんだ。 但馬さんが本当に此処にいるのかも怪しいけれど……でも本能が此処だと教えている気がしている。これは引き寄せなのかな?パターンはまた違うけれど 気を紛らわせるようにやや駆け足で階段を上れば、薄暗い外灯の近く、人影が見えて思わず悲鳴をあげた。 「うわ……」 全力ダッシュで階段を下りて帰りたい……。 だけど助けを求められた以上…確認はしなければ帰れない 怖さに震える自分に叱咤して、恐る恐る外灯近くの人影に近づく 薄明りの中確認すれば、それは但馬さんだった…。 「但馬さん?」 何故か御神木と一緒に縛られている…いや、飲み込まれてる? どういう状態なの? 「但馬さん!但馬さん!」 声を掛けるが意識はない。…どうしよう 東地先生に連絡しようか? いや…こんな真夜中だ、迷惑かけちゃうよね? ならば救急に連絡しよう 震える手で119に電話をかけて、事の経緯を話す なぜこんな時間に神社にいるのかと訝しがられたが、緊急を要すると伝えれば 警察と連携して神社に向かうと返事をしてくれた 取り合えず、これで少しは何とかなるだろう……。 警察が来るんなら職質とかされるのだろうか…? 後日、絶対先生達にバレるよね? ならば先に携帯でこの様子を写し、画像を東地先生に送っておこう。 画像をLINEで先生に送ると、私はもう一度意識の無い但馬さんの傍に近づいた 「但馬さん、大丈夫ですか?但馬さん?」 何度も声を掛けるが返事はない 大丈夫なんだろうか…? 私は但馬さんと絡んでいる神木にそっと手を添える ドク‥…ン 激しい衝撃と眩暈に襲われ、私はそのまま崩れ落ちるように意識を手放した
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