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結界の中心のベッドの上に松川さんは静かに横たわっていた。
部屋には、繋がれた医療機器が定期的にリズムを刻む音が響いている
意識はまだ戻ってはいないが、連れていかれてもいない……ギリギリの糸で繋がっているというところだ。
しかし、禍々しい邪気を吸い込み続け黒曜石にはヒビが入っている、そう長くも持たないだろう……。
「羽生君……あまり時間がなさそうなので部屋から出ていてください。」
「ああ、点野が来たら外で待機で良いんだな?」
「ええ…点野君には中の様子が視えますから、タッグマッチになったときはお願いしましょう。では宜しくお願いします!」
羽生が部屋の外へと退出し、病室のドアを閉じる
東地は深く深呼吸をすると、松川の傍まで歩み寄った
「松川さん……もう少し頑張って下さいね」
黒水晶の長い数珠を両手で掲げ、東地は解除の経を唱える
松川の体からじわりと禍々しいモヤが溢れ出した
「嫌な瘴気ですね……毎度の事ながら但馬君やってくれますね……」
意識を持っていかれないように足に力を込めて、経を唱え続けた
◇◇◇◇
松川神社に到着した私と社長は、社務所へ真っすぐ向かう
社務所前で掃き掃除をしていた柏原さんが私達に気づき、驚いた表情を浮かべた
「おはようさん」
「おはようございます。朝からお揃いで……驚いた」
社長が挨拶をすると、柏原さんは少しほっとしたような顔で微笑み返した。
「今日は仕事になりそうに無いですし、柏原さんが心配で来ちゃいました」
「良かった……実はそわそわしていたのよ。落ち着かなくてね……」
「皆…同じですね」
「お茶淹れるわ、どうぞ入ってちょうだい」
柏原さんは箒を片付け、社務所の中へと迎え入れてくれた
「少しは眠れたか?」
「それが……あまりね……」
社長の言葉に柏原さんが苦笑いを浮かべる
柏原さんの顔を見つめれば、目が少し充血してる事がわかった
寝不足なんだろうな……無理もない。
正直、私も先生が朗報をくれるまでは、やはり落ち着かないのだ……
「私、お参りしてきますね」
話し込む柏原さんと社長に声を掛け、本殿へと足を向けた
カランカランと鈴を鳴らし、神様にお願いをする
宮司さんと先生が無事でありますように…皆の不安な気持ちが晴れますように
…この願いが届きますように…。
ご神木の前で立ち止まり、深く深呼吸を繰り返す
優しく吹く風も、木々の揺れる音も癒しの音を奏でてくれる
小さな不安を消し去りたくて、私は静かに目を閉じた。
カサっと草を踏む足音がして、振り返る
そこにはこちらを見つめる但馬さんが立っていた
「但馬さん…?」
「よぉ。何?朝からサボり?」
口角を上げて呟く但馬さんの顔を見つめ心が粟立つ
何故いるのだろう…平気な顔してここに……
思わず攻め立ててしまたくなる衝動に駆られるけれど、きっとこの人には響かない。ならば、係わらないのが得策だ。
私は何も言葉を返さないまま、但馬さんの横を通り過ぎた。
「お祓い屋に依頼したんだってね」
但馬さんのその言葉に思わず振り返る
但馬さんは前を向いたまま言葉を続けた
「依頼したの浅葱ってお祓い屋だろ?ホント邪魔だよなぁ……」
「何故ですか?宮司さんが助かるように呪いを解除してくれてるんですよ?」
「解除なんて面倒な事しないでさぁ、呪い主に返せば簡単じゃん」
「簡単って…人の命が関わるんですよ?」
「関わるからこそ…だろ?」
振り向いた但馬さんの顔は驚くほど冷たい目をしていた
ポタリ……
ポタリ……
突然、但馬さんの長袖の間から真っ赤な血が流れ落ちる
但馬さんは血が滴る腕を見つめながら「ああ…解除終わったんだ」と呟いた。
「ちょ…血が出てますよ!」
私は慌てて但馬さんの腕を掴み袖を捲る
腕には刺青のように何かの模様が入っていて、血はそこから流れ出ていた
「これ……刺青ですか?」
「直球だね。答えは不正解。呪い返しの呪詛だよ」
「呪詛?」
「呪術者として失敗するとね、俺に呪いが返ってくんの
言っただろ?人の命が関わるって、俺も例外じゃねーって事。」
捲った袖を下ろし、但馬さんがニコリと微笑む
この呪詛は東地先生が呪いを解除したことにより、但馬さんに返ってきたという事なんだ……。
「その呪詛は……お祓いできないんですか?」
「んーここまでくると難しいかな?もう、俺自体が呪物になってるようなもんだからさ」
「何でそこまでして依頼を受けるんですか?」
「突っ込むなよ。関わると巻き込まれるぜ」
ポタリ…ポタリ…
滴る血をそのままに出来なくて、もう一度但馬さんの腕を掴む
ポケットの中からハンカチを取り出して、その腕に強めに縛った
「別に直ぐに止まるのに」
「見てて痛々しいですから」
腕を見つめ呟く但馬さんに、私はぶっきらぼうに言葉を返した
BUーBUーBUー
不意にポケットの中の携帯が鳴り響き、急いで取り出す
電話の着信は東地先生からだった…。
「呪いの解除の連絡だろ?じゃ、俺いくわ」
但馬さんがゆっくりとした足取りで去っていく
その後姿を見つめながら、私は携帯の画面をタップした
「…先生?」
『解除、成功しましたよ。宮司さんも大丈夫です』
「良かった…本当にお疲れ様でした」
私は心から安堵し、先生に労いの言葉をかえした
「おーい、古川ー!」
社務所から私の名前を呼ぶ社長の声がする。
どうやら社長にも連絡が入ったらしい、私は踵を返し、急いで社務所に戻った。
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