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「はい。先生どうしました?」
電話の向こうから先生の優しい声が聞こえる。数日ぶりに聞く先生の声は、何故だか懐かしい感じがした。
『古川さんの声が聞きたくて、電話かけてしまいました。』
「先生…疲れてます?」
『そうですね……そうなのかもしれませんね、少し忙しくしていましたから』
「なるほど、エナジー古川、出動要請ですね?」
私のその言葉に、先生はフフフと声を出して笑った。
本業に加えて、副業も頑張っているんだから無理もない…。
少しでも、そんな先生の力になれたら良いのだけれど……。
「先生、良ければ土曜日の午後からご飯作りに行きましょうか?」
『え?良いんですか?』
「先生お疲れだから、エナジー古川出動します!食べたい物あったら言ってくださいね」
『はい、では明後日宜しくお願いしますね』
若干声のトーンが上がった先生に「おやすみなさい」と返事をして、通話を切った。土曜日は久しぶりに先生と過ごせそうだね。
但馬さん関係の調べものをしていたタイミングで電話が掛かってきたので、凄くドキドキしたが特には関係無かったようだ……良かった。
◇◇◇◇
今日は神社へ配達回りの日。
もうすっかり社長の助手として、車の助手席に同乗している。
仕事柄、神社関係に詳しい社長なら、昨夜調べた事件の事を何か知っているかもしれないと思い、聞いてみる事にした。
「社長、昨日とある話を聞いたんですが、何年か前に呪術師の女性のバラバラ殺人事件があったって……」
「ああー……あったな。酷い状態で見つかったそうだ。確かまだ未解決事件だったよな」
やはり社長は神社通だ。もう少し掘り下げて聞いてみる事にした。
「怨恨って噂があるんですが、真意の程はどうなんですかね?」
「んー…客とのトラブルやらストーカー説もあるが……カルト宗教が絡んでいるって噂も聞いたなぁ」
「カルト宗教?」
「殺された女性は、小さい頃から霊能力が高かったらしくてな、悪い大人に騙されて教祖として利用されたって噂だぜ?犯人は分かってても警察が手が出せない領域という話も聞いたことがあるなぁ……」
「……何だろう、聞けば聞くほど闇が深そうですね……」
「で?何か調べてるのか?余計な詮索すると浅葱さんやら羽生先生に怒られるぞ?」
「気になっただけですよ……私には何もできないですから」
意味ありげにニッと笑う社長に、私は苦笑いを浮かべた
◇◇◇◇
数か所の配達を終え、最後は松川神社だけとなった
納品の品の入った段ボールを抱え、社務所に入れば、柏原さんが笑顔で迎えてくれた。
「お疲れ様、お茶飲んでいってね」
「はーい。」
荷物を下ろし、柏原さんが淹れてくれたお茶を頂く
祈祷殿の方から、祝詞を上げる宮司さんの声が聞こえてきた
「なんだ?またお祓いはじめたのか?」
社長が柏原さんに問いかける
「そうじゃないのよ」と柏原さんは横に首を振った
「あの一件以来、この時間に祝詞をあげるようになったの……自分への戒めって言ってたわね」
「なるほどなぁ……あいつなりの落とし前なんだろ、納得いくまで続けさせればいいさ……」
社長はそう言ってお茶をズズーっと飲み干した
「古川、邪魔しないように祝詞を聞いてくるか?」
「え?良いんですか?」
「構わんさ。もう少しゆっくりしてるから、構わず行ってこい」
「あ、はい!」
社長に返事を返し、祈祷殿へと足を向ける。
宮司さんにも話が聞きたいと思っていたのがバレてたらしく、社長なりの気遣いだった。祈祷殿の中へ入り、祝詞をあげている宮司さんの様子を後ろから見つめていれば、やがて祝詞奏上を終えた宮司さんが振り向いた。
「やぁ、いらっしゃい」
宮司さんが笑顔で挨拶をしてくれたので、私はぺこりとお辞儀をした。
「お体は、大丈夫ですか?」
「ああ……もう大丈夫だよ。色々お世話になったね」
「お世話したのは他の方々ですよ、私は何もしていません」
私は苦笑いを浮かべながら、そう言葉を返した
「……僕に聞きたい事があるのかな?」
「羽生さんとの約束やぶっちゃいますけどね……」
「なるほど……では、僕も彼に説教されなくてはね」
宮司さんはそう呟いてニコリと微笑んだ
「但馬さんの体が呪詛で侵されていて……先日それを偶然知ったんですが、
あの呪詛を払う事は不可能なんでしょうか?」
私の言葉に宮司さんは「……そうか」と呟き難しい顔を浮かべた
「あの子が今のように呪物を集めたり、ネットで呪いまがいの依頼を受け始めたのは、五年前くらいからなんだ……」
「五年前…もしかしてそれは、但馬香奈枝さんと何か関係ありますか?」
私の言葉に宮司さんは目を丸くする、そして小さく溜息を吐くと
ぽつりぽつりと語りだしてくれた。
「そうか…その名前を知っているという事は、事件を少し調べたのかな?
但馬香奈枝さんは、涼太郎のお姉さんだよ……。」
「やっぱりそうなんですね……」
「涼太郎は亡くなった姉のために呪術師になったんだ……姉を助ける為にね」
「助ける…?」
え?どういう意味だろう?お姉さんはもう亡くなっているよね?
不思議そうにしているのが伝わったのか、宮司さんが言葉を続けた
「確かに彼女の肉体はもう無いんだけれど、魂は捕らわれたままなんだ……そして未だに苦しんでいる。涼太郎は、姉の魂の解放のために、身代わりとして自分の魂と、姉の魂を入れ替える準備をしているんだ…それが君が見た呪詛だよ」
「何故、お姉さんの魂は捕らわれたままなんですか?何処に?解放するために
身代わりじゃないとダメなんですか?」
思わず強めの言葉が次々と出てしまう。
宮司さんは苦笑いを浮かべ首を横に振った……。
「君の気持は良く分かるよ、僕も同じ思いだ。しかし、どうにもならない事がこの世界にはあってね……神職をしていても不条理な事は沢山あるんだ…悲しい事だけどね……。」
悔しそうに呟いたその言葉には、沢山の想いが詰まっているのを感じ
それ以上なにも言う事は出来なかった…。一番悔しくて辛いのは但馬さんやお姉さんや、宮司さんなんだ…。
「残念ながら…僕では力不足だ…君も涼太郎の身を案じてくれてありがとう。
でもこれ以上関わってはいけないよ。君に何かあれば悲しむ人がいるからね……」
宮司さんは優しく微笑み、私に釘を刺した。
「…わかりました…教えて下さりありがとうございました」
私は宮司さんにお辞儀をし祈祷殿を離れた。
いつもは高確率で出会っていた但馬さんと最近は全くと言っていいほど
会わないでいる……。これが点野さんの縁切り効果なのかは分からないけれど……。このまま会わなければ…その人への執着もいつしか忘れるのかもしれない……この胸のモヤモヤもいつかは消えるのかな?
私はただ……但馬さんの呪詛を払える方法があるのなら、助かって欲しいという気持ちで但馬さんの事を色々聞きたかったのだけれど、蓋を開ければ、あまりにも闇が深すぎて目の前の大きな壁をただ見上げる事しか出来なかった……。
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