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いつもより何故か早く目が覚めてしまった休日、二度寝するのも勿体ないのでそのまま起きることにした。
部屋の空気を入れ替えるため窓を開ければ、ひんやりとした風が部屋の中へ入ってくる。季節はゆっくりと冬へと進んでいるんだと感じた……。
今日は東地先と約束の日だ。クリニックへ行くのは午後からなので、急いで支度する必要は無い。
さて……どうしようか……と考え、時間までぶらりと出かけることにした。
電車を乗り継ぎ、いつもは通過する駅で下車をする
以前から気になっていた神社に参拝するためだ。
緩やかな坂道を息切れしながら登り切れば、神社の鳥居が現れた。
「つ…着いたぁ……」
息を整えて鳥居を潜れば、ピリッとした神聖な空気に変わる
手水舎に向かう途中、視界に見覚えのある人物が目に入り思わず足を止めた。
どうやら休憩所のベンチで眠っているようだ……。
人違いかもしれないと思い、そっとその人物に近づき顔を覗き込む
同時に、寝ていたはずの人物がぱちりと目を開けた。
「うわ……」
「それはこっちの台詞」
少し不機嫌そうに呟き体を起こしたのは、但馬さんだった……。
「何?早朝から神社巡りとか……暇なの?」
「暇…じゃないですけど……神社巡りは趣味なので」
「ふーん……ま、どうでもいいけどな」
但馬さんは欠伸をして、そのまま立ち上がると踵を返し去ろうとする
私は咄嗟に但馬さんの服を掴んでしまった。
「……何?」
「あー……何となく……?」
振り向き怪訝な表情を浮かべる但馬さんに焦り、掴んでいた手を離した。引き留めてどうするんだ……何かを話せるわけでも出来るわけでもないのに……。咄嗟の言い分けも見つからず、焦っている私を但馬さんはジッと見ながらニヤリと口角を上げた。
「ふーん……何?俺に惚れたの?」
「いや、ちが……」
「それとも……俺の事情知った?」
そう言った但馬さんに驚き思わず顔を上げる
冷たい眼をした顔が、真っすぐ私を見つめていた。
「ホント、意味わからないよなー。例えるならあんたと俺は、たまたま喫茶店で隣り合わせた客同士みたいなもんだろ?隣の客が不幸な身の上話をしていたとして、それをたまたま聞いたあんたが、まるで大事な親友の事のように、悩んだり親身に考えたりする?しねぇだろ?」
「それは……」
「それと同じだ。俺の事情を知ったとしても、あんたには全く関係のない事だ。これは俺の問題で、あんたには一ミリも関係がない。例え俺がどんな死に方をしようが、あんたには一ミリも関係ないんだよ」
「……」
「だから俺の領域に入ってくんな。次にあんたを見かけても、俺はあんたに話しかけないよ。俺にとってあんたは、ただの通行人くらいしか思っていないからな」
真剣な眼差しで告げられ、心の奥で何かが割れる音がした
完全なる拒絶。先生達や神社関係者の方々と関わるようになってから、自分でも何かできるんじゃないかと心のどこかで驕っていたのかもしれない…。
ああ…本当に情けないなぁ…全く成長してないじゃないか……。
「でも……」
「……え?」
「でも……そんな通りすがりの奴の事を、一ミリでも覚えててやろうと思ってくれるならさ……」
但馬さんがそう呟いて、ポケットから何かを取り出すと、私にそれを差し出した
「この間、ハンカチ血でダメにしたからさ」
差し出された品を受け取り見つめる。それは袋に入ったハンカチだった
「呪物じゃねーから。ちゃんと店で買ったハンカチだから心配ねーよ」
「あ。うん……ありがとう」
私はお礼を言って軽く頭を下げる
但馬さんは「じゃあな」と薄く微笑むと、今度こそ踵を返し去って行った……。
もう話すことは出来ないのかな…?
そう思うと切ない思いが胸の奥から込み上げ、ハンカチをキツク握りしめた。
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