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「こんにちは」 東地クリニックのドアを開け、声を掛けると奥の方から「はーい」と先生の返事が聞こえる。ぱたぱたと足音をさせて先生が笑顔で出迎えてくれた。 「いらっしゃい、どうぞ」 「お邪魔します」 ああ……先生の笑顔を見るとホッとする。 萎んでいた心が少し元気を取り戻した。 そういえば、ここへ来るのはうっかり寝落ちしてお泊りしたあの日以来だな…あの時は、色んな意味で心臓が止まるかと思った……。 先生の後についてキッチン兼休憩スペースに入れば、目に映ったのは金髪。 え?あれ?何故か羽生さんがソファーに寝転がり爆睡していたのだった。 「羽生さん?」 「ああ……今朝ひょっこり来ましてね、どうやら近場で飲んでいたらしく家に帰るより近いから泊めてくれって事で」 「なるほど……有無を言わさずですね?相変わらずのジャイアニズム」 「まぁ、もう慣れっこですから。ふふ」 先生に促され羽生さんと反対側の椅子に腰かける 思わずジッと羽生さんの寝顔を見つめていたら、先生が目の前にコーヒーを置いてくれた 「ありがとうございます」 「いえ、丁度淹れていたところでしたから」 ニコリと微笑み先生は私の隣に腰かけた 「少し疲れ気味のようでしたのでね」 「お医者様の仕事ってブラックのイメージありますよね……あ、もし私が手を握って回復する効果があるんなら、やってみましょうか?」 「んーーーーーそれは僕だけの特権であって欲しいので、自然治癒で自力で復活してもらいましょう」 東地先生が良い笑顔でそんな台詞を言うので、思わずコーヒーを吹きこぼしそうになる。「東地そういうところ!」と条件反射で言葉を返せば先生は楽しそうに笑った。 「本当の事を言っていいんですよ?実はそんな効果など全く無いって事を」 「おや?僕を信じてくれないんですか?僕は嘘は言いませんよ。 ただ…もしかするとその効果は、僕にだけ効くのかもしれませんね」 「ハイハイ、もうそれでいいです。そういう事にしておきましょう」 溜息交じりに先生に言葉を返せば、先生がフフフとまた楽し気に微笑んだ。 最近思うのだけれど、先生も中々な性格をしている…ほんと、気を付けよう。 私は心の中で盛大な溜息を吐いた。 「では自然治癒を高める為に、何か元気の出るご飯を作らねばですね?コーヒー飲んだら商店街で買い物してきますね」 「ああ、それなら僕も一緒に……」 東地先生が呟くと同時に羽生さんがムクリと体を起こす 「あー…俺もいくわー」と掠れた声で呟き頭をカシカシと掻いた 「ビ…ビックリしたー!羽生さん起きてたんですか?」 「んー……今起きた。タバコねぇからなぁ……」 「え?銘柄教えてくれれば買ってきますよ?」 「んー…いや、行くー……」 ボーっと寝惚けてそうな顔でそう呟く俺様ジャイアン。 なるほど……同行は決定事項なんですね? 思わず東地先生に視線を向ければ、先生は苦笑いを浮かべていた 「じゃ…古川さん、この二日酔いおじさんをお供にお買い物お願いしてもいいですか?おじさんが何でも買ってくれますので、好きなだけ買ってきてくださいね」 「そういうことでしたら!ラジャー!」 私は良い笑顔の東地先生にピッと敬礼する 洗面所で顔を洗っていた羽生さんが顔を覗かせて 「誰がおじさんだ、まだ三十三歳だ!まぁ…いいけどよぉ…」と呟いた。 羽生さんって三十三歳だったんだ…。初めて知った! 東地先生や点野さんも同じくらいなのかな? そんな事を考えていたら、顔を洗って復活した羽生さんに腕を引っ張られ、お買い物クエストに駆り出された。 ◇◇◇ 商店街の中にある、小さなスーパーへ向かって歩いている。 まだ眠り足りないのか、それとも疲れているからなのか、羽生さんは大きな欠伸を繰り返していた……。 「羽生さん、疲れてますね……ご飯食べれます?何かリクエストとかありますか?」 「あー……胃に優しい系にしてくれ……」 胃に優しい系かぁ……おかゆしか浮かんでこないなぁ…… ポトフとかなら、温かいし胃の負担も少ないかな? そんな事を考えていたら羽生さんが振り向き、私をジッと見つめた。 「……?何ですか?」 「……俺に言うこと、あるんじゃねーか?」 羽生さんのその言葉に思わずギクッと肩が揺れる 「何を?」なんて言葉を返しても無駄だろう……先生や点野さんにもそうだけど、羽生さんにも隠し事は出来ないのだと今ハッキリと悟った……。 「……約束破りました……羽生さんと約束したのに、但馬さんの事調べちゃいました。お姉さんの事とか……」 あの冷ややかな目線が怖くて、下を向いてそう告げれば 「はー…だろうな、想定内だ」と溜息交じりに呟く羽生さんの声が聞こえた。 「まぁ、人間の心理だよなぁ……調べるなって言われりゃ、俺だってウズウズして調べたくなるさ、ちゃんとお前さんに話さなかった俺が悪かったな……だからそんな、この世の終わりみてぇな顔すんな」 羽生さんが私の頭に手を置きクシャクシャと、やや乱暴に撫でた 「ほらよ」 「え?」 羽生さんに左手を差し出されて首を傾げる 「癒しのパワーがあんだろ?スーパーの往復で回復させろ。後で東地と一緒に説教しなきゃならねーんだからなぁ」 うげーと呟く私の手を取り、羽生さんは歩き出した 怒ってないのかな?そっと羽生さんの顔を見つめる。 大きく欠伸をする顔がそこにあった……。 ◇◇◇◇ スーパーで食材を買い、帰宅途中のケーキ屋さんでケーキも購入した。 重い荷物は全て羽生さんの右手に、左手は私の右手と繋がれたままだ…。 東地クリニックの近くまで帰ってくると、先生が郵便物をポストから取り出している姿が見えた。 「先生ー」 思わず声を掛けると、私達に気づいた先生が振り返り 張り付けた笑顔のままフリーズした。 「羽生君、お帰りはあちらです」 先生が張り付けた笑顔のまま、チョップで繋がれた手を引き剝がす 羽生さんはニヤリと不敵に笑い「俺様完全復活」と呟いた。 何食わぬ顔で、クリニックに入って行った羽生さんにジャイアニズムを感じずにはいられない…。苦笑いを浮かべながらその様子を見つめていたら先生が 振り返り、気まずそうな表情を浮かべた。 「おかえりなさい。大丈夫でしたか?」 「概ね…大丈夫でしたね…ただ…」 「ただ?」 「但馬さんの事でこの後説教が待ってるようで…胃が痛いです」 「おや?説教覚悟で調べたのに?」 「…半分は不可抗力だったんですよ…先生意地悪ですね」 「フフ、すみません……」 楽し気に笑う先生に思わずチョップをかました。 「あ…ケーキ買ってもらいましたよ」 「それは良いですね。羽生くんのお説教でケーキがしょっぱくならなければ良いですが……」 「え?マジで?そんなに?え?え?」 私は怯えながら先生に笑顔でケーキを差し出すと 先生は楽しそうに、それを受け取った
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