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思わず院内に入り様子を見に行く
そこには、コーヒーを零してアワアワしている、東地先生がいた。
「だ……大丈夫ですか?」
「え?あ……古川さん?」
オロオロとしている先生が何だか可愛くて、思わず近くの雑巾で床を拭く。
転がっているカップも拾い上げ片付けると、先生はようやくホッとした顔を浮かべた。
「すみません……うっかり毛躓いたら、連鎖反応で大惨事に」
「いえ、火傷大丈夫でした?」
「ハイ。もし火傷してても僕医者ですし、ここ病院ですから」
「そうでしたね。何だがデジャヴ……ふふっ。」
前回の、私が火傷をした時のことを思い出し、思わず笑い声が漏れる。
先生はバツ悪そうな表情を浮かべ、ポリポリと指で頬を掻いていた。
「お久しぶりですね。火傷の具合は大丈夫ですか?」
「はい、もう痛くもないし大丈夫です。あ……それよりすみません!勝手に入ってしまって!」
慌てて謝罪する私に、東地先生は「いえいえ、構いません。気にしないでください」と笑顔で答えてくれた。
「で?今日はどうされたんですか?」
「あ、その……今日面接行ってきたんです。で、……採用が決まって…そしたら先生に報告したくなっちゃいまして……。」
しどろもどろで報告する……
しかし良く考えてみれば、親しい友人でも何でもないのに、迷惑だったかもしれない…という思いが浮かんだ。
一人で舞い上がって来てしまった事への羞恥心が一気に沸き上がり、今すぐにこの場を離れたい気持ちで一杯になった。
「…それだけ伝えたかったので。ではお邪魔しました!」
踵を返して、急いで入り口のドアノブに手をかける、そのドアを背後から伸びた手が押さえた。
「折角此処まで報告に来てくれたのに…おめでとうの言葉も聞かず帰らないでください。寂しいです」
「で……でも、よく考えたら東地先生とは親しい友人でも無いですし……」
「では、これから親しくなれば良いじゃないですか。大丈夫。迷惑だなんて、そんな風に思いませんよ。ふふ」
「え?」
「まずは、お祝いを言わせて下さい。就職おめでとうございます。」
先生のその言葉に、思わず涙腺が緩みそうになる
「ありがとうございます。」
思い切り見上げた長身の先生の顔はとても優しくて、うっかりマイナスモードになりかけていた私の心を、一気にプラスに引き上げてくれた。
「ケーキは無いですが、患者様に頂いた美味しいクッキーがありますよ。
コーヒーも淹れてお祝いをしましょう。」
「え?……あ、じゃお手伝いさせて下さい」
「はい。では一緒に用意しますか。こちらに」
東地先生に促され、奥の部屋のキッチンスペースへと移動する。
こちらの部屋には初めて入ったが、二階へ続く階段が直ぐそばにあった。
どうやら二階が住居スペースになっているようだ。
「先生、ここで暮らしているんですか?」
「ええ、二階が住居スペースになっているんです。この建物は祖母から譲り受けたものなんですが、古いけど趣があって気に入ってるんですよ。」
「叔母様もお医者様だったんですね。昭和レトロな建物、素敵ですよね。ほっこりします」
お湯を沸かし、コーヒーの用意をする。
二回目に会う人と、二回目にお邪魔しているこの場所なのに、妙に落ち着くのは何でだろう……。
「引き寄せの法則……。」
「え?」
東地先生がクッキーをお皿に入れながら呟く
私はコーヒーをテーブルに置き、先生の言葉を聞き返した。
「実はね、もう一度古川さんにお会いしたいなーって思っていたんですよ。
引き寄せちゃいましたね。ふふ」
先生のその言葉に胸の奥がドキリと高鳴る。
でも、きっと就職先がどうなったかが気になっていたんだろう。
それ以上の感情はきっと無い。と、心の中でふるふると首を横に振った。
「私も、もう一度先生にお会いしたいと思っていたので、そう言っていただけて嬉しいです。でも何だか綱引きみたいですね。ふふ。」
「引き寄せの綱引きですか。確かに」
先生と微笑みあいながら、ゆっくりとお茶を楽しむ。
先生の声はとても柔らかく心地よい。
癒しの時間はあっという間に過ぎていった…。
◇◇◇
「お邪魔しました。お忙しいのに、本当にありがとうございました。」
「いえいえ。お会いできて嬉しかったですよ。是非、また遊びに来てください。」
「え?良いんですか?」
「ええ、だって僕達は、もうお友達ですから。ふふ」
そう言って微笑む先生に、満面の笑顔で「はい!」と私は答えた。
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