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あの日、私たちは約束をして別れた。
「もし、3年後もまた、今と同じように一緒にいたいと思っていたら、ここで会おう。」
学校の近くの公園。欅の木の下。
お互いの夢を追いかけるため、別れを選択したことに後悔はない。
散歩するには寒すぎる真冬の日だった。公園にはほとんど人がいない。犬を散歩させている年配の女性がいるが、すぐ行ってしまうだろう。
例の木の下には、誰もいなかった。がっかりしなかった、と言えば噓になる。それと同時に、それはそうだよね、と諦め納得している自分もいた。
木の下まで行き、幹に触れる。
「あ、まだあるんだ…。」
一人ふふっと笑いながら指でなぞる。こっそりと彫り付けた相合傘だ。彼と私のイニシャルが刻まれている。今思うと公共物を傷つけるなんて、とんでもないことだが、当時は舞い上がっていてそんなことに頭がいかなかった。
「ん?」
相合傘の柄の部分がおかしい。下にアルファベットの「V」のような形が足されていて、矢印のようになっている。誰かが便乗していたずらしたのだろうか。しかし、それにしては、さささやかないたずらだ。
まさかね、と思いつつ、その矢印が指し示す欅の根元に目を向けた。なんとなく、土の色が他の場所と違った。
「まさかね。」
今度は口に出した。
辺りを見回す。周りに人はいない。散歩のご老人はもう公園から出て行ってしまっていた。
私は欅の木の根元にしゃがみ込み、地面を掘りだした。近くに落ちていた石を使い、がりがりと掘り進めていく。
5cmほどの深さになったところで、一度立ち上がった。何をしているんだ、と自分で自分を笑ったが、周囲を見回し人がいないのを確認し、あと少しだけ掘ったらやめよう、と決めた。
カツン、と何か固いものにあたったのは、再開してすぐだった。
周りの土も堀り、取り出した。お菓子の缶のようなものが出てきた。
おそるおそる開けてみる。自分宛てではなかったらどうしよう、何か恐ろしいものが入っていたら嫌だな、と思いながらも期待に胸は高鳴る。
中には手紙が入っていた。
「SNへ」
宛名は私のイニシャルだった。封を開けて中身を読む。
「これを読んでくれているということは、俺は約束の場所へは行かなかったってことだ。そして、君は約束を守ったってことだ。本当にごめん。
この手紙は約束の日の一週間前に書いている。
俺はまだ夢の途中。あきらめず追いかけているし、もう少しで実になりそうなんだ。
本音を言えば、君とまた一緒になって傍で応援してほしいと思っている。でも、夢のために別れを切り出した俺が、それを叶えずにまた君と…なんて都合がよすぎるだろ?
だから、手紙に書くことにしたんだ。
ネットニュースで見たんだけど、ダンスの大会で優勝したんだな。おめでとう!これは直接言いたかったけど、俺たちはアホみたいに真面目にお互いの連絡先も消してしまったから、ここで言わせてもらうよ。
俺の自分勝手な行動に、きっと君はあきれていることだと思う。それとも、もう、俺のことなんてどうとも思っていないかな。
君はもう、忘れてしまったかもしれないけど、
お花見に行ったのに、大雨に降られてずぶぬれになったこと
二人で海に行って俺が溺れかけたけど、その後に食べたかき氷がおいしかったこと
動物園でカワウソのしぐさに君が大興奮していたこと
クリスマスに背伸びして高いディナーを食べに行って無駄にどきどきしたこと
そういう君との楽しかった思い出が、ここには書ききれない程の思い出が、俺の支えになっているんだ。
『楽しかった思い出だけで生きていける』
って高校の時先生が言ってたけど、なるほどなって思うよ。
まあ、『だけ』は言いすぎだけど。
とにかく、君にはとても感謝しているんだ。
素敵な思い出をありがとう。
今日、約束を守って来てくれて、この手紙を読んでくれてありがとう。
性懲りもなく、また思い出の中で、俺は君に頼らせてもらうよ。
お元気で。
KSより」
私は手紙をまた折りたたみ、封筒にしまった。
この3年間、彼のことを片時も忘れることができなかった、なんてことは言わない。私は自分の夢に向かって突き進んでいたし、新しい出会いもあった。
しかし、とても静かな夜だとか、電車を待っているちょったした時間だとか、ニュースを流し見している時だとか、そういったなんでもないような時に、彼の顔がふっと頭に浮かんだ。
こんな手紙を書いて、私をこんな気持ちにさせて、一人爽やかに終わろうとしてるなんてずるい、と思った。本当に彼は真面目で自分勝手だ。私も納得した上で彼と別れたのは確かだが、本当は一緒にいたい気持ちだってあった。
「楽しかった思い出だけで生きていける」?私にはアップデートが必要だ。古臭い物だけでは、心の支えには足りない。
彼の気持ちはわかった。次は私が彼に気持ちを伝える番だ。
お互いの連絡先は確かに消した。データ自体は。
私の頭の中には、語呂合わせで覚えた彼の電話番号が記憶されている。
震える指で彼のケータイの番号をタップする。
コール音が響く。
トゥルルル…
電話番号は使われているようだ。
トゥルルル…
彼は出るだろうか。
トゥルルル…
他の人がこの番号を使っている、なんてこともあるのだろうか。
トゥルルル…
「もしもし…。」
ああ、この声だ。
懐かしい彼の声が耳に、脳に、染み入る。
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