9人が本棚に入れています
本棚に追加
子供の頃は風船が好きだった。
手を放したらどこかに行っちゃいそうなドキドキがたまらなかった。
大人になっても私の趣味は変わらない。風船が男に変わっただけだった。うっかり目を離したときにはすぐふわふわと他の女に色目を使うものだからこっちとしてはたまったものじゃない。それでもどこか憎めない彼を宝物のようにしていた。
結婚してから彼はだいぶ落ち着いた。ちょっぴりつまんなかったけど、ようやく彼が私のものになったんだなと思うと嬉しかった。
「僕が遠いところにいってしまったとしても君は大丈夫かい?」
リビングでお茶を飲んでいたら彼が急に話しかけてきた。子供たちは家庭を持ち、家には彼と二人きりだ。会話もめっきり減ったころだったので私はひどく驚いた。
「ええ、大丈夫よ。きっとね」
ふふっと声を出して笑い、返事をした
ある日の事だった。庭に風船がゆっくりと落ちてきた。小さな子供がどこかで手放してしまったのだろう。ぱんぱんに膨らんでいたと思われる体は、すっかりしぼんで私みたいになっている。風船の紐の先にはメッセージカードが付いていた。
「……あなたらしい言葉ね」
差出人も書いていないメッセージ付きのしぼんだ風船。端からみたらゴミみたいなものなのかもしれない。でも、きっと偶然じゃない。あなたがこうやってまた会いに来てくれたと信じてる。
最初のコメントを投稿しよう!