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それから何日かが過ぎたある日。
病室のドアがノックされた。
「どうぞ」
私がそう言うと、一人の男が入ってきた。
メガネをかけた貧相な男だ。
もちろん、見覚えは無い。
だが、彼の方にはあるようで、物凄く親し気に話しかけてきた。
「やあ泉川、目が覚めたと聞いて飛んできたよ」
「ええと……」
「小柳だよ。子供の頃からの遊び友達を忘れちまったのか?」
「も……申し訳ない」
「やっぱり、記憶を無くしたってのは本当だったのか……」
私は何も答えられなかった。
彼の顔には失望の色が浮かんでいた。
「いいんだ。君だって辛いだろうから」
「ありがとう」
「ところで、本当に何も覚えていないのかい?」
「ああ、まったくなんだ」
「例の三百万の話もかい?」
突如飛び出してきた大金の話、私は思わず面食らった。
「な、なんだって?」
「三百万だよ。俺の事業を援助してくれると言っていただろう?」
「そ、そうなのか……?」
「そうだとも!!」
小柳と名乗った男は、ググっと俺のほうに詰め寄ってきた。
その眼を見た途端、私の体はどういうわけかすくみ上ってしまった。
「す、すまない……覚えていないんだ」
「なんだって? それは困る。それじゃ、俺の事業が台無しじゃないか」
「いや、しかし……」
「君は確かに僕の事業を援助してくれるといったんだぞ。それを信じて待っていた俺はどうなる」
背中に冷や汗がだらだらと流れる。
私はあわてて手探りでナースコールのスイッチを探した。
だが、それを手にしようとした寸前で小柳という男に取り上げられた。
抵抗しようとしたが、半年間寝ていた体はまるでいうことを聞いてくれなかった。
「おい、誰か呼ぼうってんなら先に一筆書いて貰おうか。俺に三百万を寄越すと書くんだ!!」
「い……いや……」
「お前なら三百万ぐらいはした金だろう。それをケチって俺たちの友情をぶち壊そうってのか?」
言いながら小柳は懐から封筒を一通取り出した。中から出てきたのは、折りたたまれた紙で、広げると三百万を譲るという文言が書かれていた。
「おい、貴様何をしている!!」
そんな声が病室に響いたのはその時だった。
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