恐ろしい眼

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 目が覚めると病院にいた。  そこが病院だと思ったのは、私を覗き込む看護師の姿を見たからだ。  だが、それ以外は何もわからない。  自分の身に何が起こったのかがわからないのはもちろん。  それ以上に恐ろしかったことがある。  自分がどこの誰なのか、それがさっぱり分からないのだ。  看護師からの問いかけに、私は何も答えることができなかった。  慌てたように病室を出ていく看護師の背中を、私は見送ることしかできなかった。    白衣をまとった初老の男、恐らく医者が足早にやってきたのは五分と経たないうちだった。 「私はこの病院の院長です。看護師から事情は聴きました」 「記憶が無いのです。私自身のことや、それから家族だとか友人だとか、そういう記憶がまるでないのです」 「あなたは自動車事故で運ばれてきたのです。名前は泉川裕也。聞き覚えは?」  私は静かに首を左右に振った。 「あなたは運ばれたとき酷い状態だったのです。我が病院でなければ、恐らく匙を投げていたでしょうな。はっきり言って、目を覚まされたことが奇跡と言ってもいい。記憶に障害が起きていたとしても、不思議はありませんな」 「戻るのでしょうか?」 「いずれは。ただし、それがいつになるかはわかりません。明日なのか、あるいは数年先なのか」  そういってから、彼はひとつ咳払いをした。 「こちらで勝手に調べさせていただいたところ、どうやら近しい身内の方はおられないようですな。もうしばらくは入院していただいたほうが良いかもしれませんな」  院長は淡々とそう言った。  天涯孤独というのは驚きの話だったが、私としてはありがたい話だった。  何しろ、右も左も分からない状態だ。  誰の助けも得られぬ以上、医者に助けを求めるしかない。 「しかし先生、費用の方は……」 「それについては、ご心配なく」 「……と言いますと?」 「あえてお答えは致しません。そういった疑問などで脳を刺激することで戻ることもあります。とにかく、まずはゆっくり休まれることです」 「あ、ありがとうございます」 「礼には及びません。人を救うのが我々の仕事です」  そう言って医者は私の病室を出て行った。  いい人なのだろうが、同時に軽い恐怖も感じていた。  原因は眼だ。  どこかで感じたようなあの眼の力。  それが少し怖かった。  広い個室だった。  テレビもあるし、トイレも個別についている。  来客用のソファまであるのだ。  この個室が決して安くない、という事は判断できた。  どうやら、そう言う事は分かるらしい。  だが、過去や現在の知り合いなどに関しては全く思い出せない状態だった。
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