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肉は信じられないぐらい柔らかくて美味かった。
たぶん信じられないぐらい高かったんだろうが、社長は顔パスで支払いもせずに店を出た。青葉と真雪も幸福な気分で社長に礼を言った。あとは駐車場で別れて帰るだけだった。
「天道が言ってた通りだった。二人とも独特な気を持ってるね。とても面白かった」
社長は満足そうに言い、青葉と真雪は顔を見合わせた。
「いや、私ね、若い頃から興味があって研究してたから、なんとなく感じるんだよ。口から出任せなのか、本物なのか」
そう言われて青葉は小さく息を飲んだ。
詐欺師と言われて隠れていた警察に逮捕されるパターンも考えられる。その時はどう逃げようかと駐車場のフェンスに目を走らせた。社長御用達の店はほぼ貸し切り状態だったので、駐車場に他の車は入っていないが、その向こうの道なら覆面パトカーはどこにいてもおかしくない。
「じゃぁ……黙ってたけど、言ってもいい?」
真雪が勇気を出したように社長を見て、一歩踏み出した。青葉はその腕を引こうとしたが、真雪は大丈夫と微笑む。そして社長に向き直った。
「新しい社屋が建つ前に、社長さんは召されるかもしれない」
真雪が言って、青葉は横を向いて唇を噛んだ。金をもらった後だから、まぁいいか。すき焼きも食った後だし。でも本来なら別件で金を取れるぐらいのことだ。
「そうか。何だかそんな気がしたんだ」
社長は複雑そうな顔で真雪を見た。秘書と運転手が目を丸くしている。何言ってるんだ、このガキどもはという顔だ。
「さっきの銅板、悪い気を吸ってくれる龍を彫ってあるから。青葉が作ったの。青葉は強いエネルギーを持ってるから、悪い気を跳ね飛ばす力を持ってると思う」
真雪は真剣な顔で社長に言った。社長は懐のポケットから、半紙に包まれた銅板を出して「これだな」と確かめる。
「そう、それ」
真雪はしっかりうなずいた。青葉は百均の半紙だけどなと思う。もっといい紙に包んどけば良かったな。
「お嬢さんにはどこが原因かわかるのかな」
興味本位といった顔で社長が聞く。
青葉は真雪を見た。真雪はもう目で答えているようなものだ。顔からさっと腹部に視線を落としたから。
社長はふっと笑って、定期検診を早めに受けるかと独り言を言った。
「会長になるといいんだよ」
青葉は真雪がこれ以上何も言わないように、彼女の腕を引っ張って、少し離した。そしてペコリと頭を下げる。
「ありがとうございました。すき焼きも、すごく美味しかったです。俺たちは次があるんで、もう帰ります。慌ただしくてすみません」
青葉は真雪にも目で促して、頭を下げさせると、急いでカローラに乗り込んだ。
そしてさっさとベルトをして発車する。
「さよーならぁ」
真雪が助手席の窓を開いて手と顔を突き出して振り、白髪の社長も手を振り返しているのがミラーで見えた。
社長たちが見えなくなると、真雪はウインドウを閉めた。
「なんで言っちゃうんだよ」
青葉は真雪をちらりと見た。
「だって」
真雪は口を尖らせる。そしてすぐに体を青葉のほうに向けると、運転中の青葉の腕をぐいぐいと引いた。
「っていうか、青葉も気づいてたんでしょ。放っておけないじゃーん」
「危ねぇから掴むな。知らない道なんだから」
「すき焼きのお礼、しなきゃと思って」
「しなくていいよ。頼まれてもねぇのに」
「ケチ。どケチ。青葉、ボスに毒されてるよ。青葉はなんでわかってたの? 実は青葉も占いできるんじゃないの?」
「できねぇよ。金縛りにも遭ったことないのに」
「そんなの私もないもん」
「俺は」
青葉は言いかけて、交差点を曲がった。ナビを設定せずに出たから、超適当だが、そのうち高速の入り口が出てくるだろう。
「俺は?」
真雪が聞いた。青葉は黙ってハンドルを握った。
「ねぇ、教えてよぉ!」
真雪がまた激しく腕を引っ張ってきて、青葉はうわぁと叫んだ。
「勘だよ、勘」
「嘘つき。青葉の嘘は三歳の子どもより下手。いいじゃん、教えてくれても。教えてくれないなら、ボスに言っちゃうから」
「はぁ? 何を?」
「ごめんなさい、ボス」
と真雪はしょぼんとした雰囲気を作って演じて見せる。両手もちょこんと膝の上に重ねられている。
「あのね、社長さんがすっごく美味しいすき焼きをおごってくれたから、思わず社長さんが病気ですってこと、無料で言っちゃったの……」
「俺、往復ビンタじゃねぇかよ。鼻血出るまで殴られるっての」
「ボスはそんなに理不尽じゃないって」
「黙ってろ。無料サービスしたのは、絶対に黙ってろ」
「すき焼き代のお返しだから、無料じゃないでしょ」
「天道に金が入らないってことは無料なんだよ。俺らが食った分なんて、あいつに何の関係もないんだから」
「わかった。黙ってる。だから青葉がなんでわかったのか教えてよ」
「怖ぇ。おまえ、ボスより怖い」
「ボスに反省の電話していい?」
真雪がスマホを取り出し、青葉は信号で車を止めた。
息をつき、気持ちを落ち着ける。
真雪はスマホのボタンを押しかけて指を止めて青葉を見ている。
青葉は赤信号を睨んだ。
「俺は、おまえを見ててわかったの。言ってることとか、目線とか、態度とかで。何か遠慮してるっていうか、隠してるっていうか、何やってんだって思って見てたから、考えたらそういうことかなって思いました」
なんか気持ち悪いだろうが。ストーカーみたいに見てたとか。態度でわかるとか、意味わかんねぇよ。
「そっか。青葉、鋭いね。青葉ってそういうとこあるよね」
「な、ボスには黙ってろ」
「はぁい」
真雪が助手席の背もたれにもたれ、それから思い立ったようにラジオをつけた。
ノリのいい音楽が流れ出し、青葉はもうこれ以上変な告白をしなくていいと思って安堵した。
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