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助手席でモノクロの雪景色を見ていると、夢と現実の境目がわからなくなっていった。どうやら真雪は夢を見ていたようだ。
雪をかいて、延々と広い平原を青葉が逃げている。たった一人で、誰も追いかけて来ていないのに、青葉は必死で逃げる。まるで死神に追われているみたいに。
待って。真雪も彼を追う。
そしてふと思う。追っている死神は私で、青葉は私から逃げているんじゃないのかと。
ハッと気づくと、車が停まっていた。
運転席にボスがいなくて、真雪は自分も助手席側のドアを開いた。
「この先は地図に道も載ってないからな。ちょっと迷ったふりでもして、道を聞いてくるわ」
歩き出しかけていたボスが言い、真雪は「待って」と追いかけた。
おまえは車にいろと言われたが、帽子を目深にかぶって真雪は首を振った。
「真雪、言うことを聞けって。もしこの辺の奴らがスコーラの信者で、おまえのこと狙ってたらどうするんだよ」
ボスは声をぐっと落として言った。
「そのときは、私が教祖のフリしたらいいんでしょ? できるよ」
「だめだって。収拾がつかなくなるからやめろ。戻ってろ」
真雪は民家らしい家の窓の明かりを見た。遠くにもう一つある。
「あっちに行こう」
真雪はボスの腕を引っ張った。そして強引に車の方に戻す。
「向こうの方に青葉がいる」
真雪はまっすぐ指をさした。輪郭もわからないぐらい闇に溶けた家だが、カーテンの向こうに仄かな明かりが見え、それが真雪を呼んでいた。
「マジかよ」
ボスはうんざりした声を出しながらも、真雪の言う通りに車を出してくれた。
ギュルギュルと雪の上を走り、真雪は動悸が強くなるのを感じた。
ボスが車を停めると、もう心は走り出していた。
「青葉!」
真雪は家の前にたどり着く前に叫んでいた。
「青葉! どこ?」
叫ぶ真雪の口をボスが塞ぎ、ギュッと自分の体で押し込めた。
「バカ、騒ぐな」
真雪はボスの強い力に押さえつけられながら、涙を流した。青葉がいるのに。すぐそばにいるのに。
騒ぎを聞きつけて、その家の住民が窓からちらりと覗いた。
ボスは真雪を押さえつけたまま、住民に頭を下げた。
「すみません、ちょっと迷子を探してまして」
ボスも大声で言い、住民は聞こえたのか聞こえなかったのか、怪訝そうな顔で消えた。
「バカ。通報されたらどうするんだ」
ボスが言って、真雪はボスを睨んだ。ようやく口から手が離される。
「だって、青葉、いるもん。ここに」
「マジかよ、怖いよ、おまえ」
ボスが言っている間に、玄関が細く開いた。
「迷われたんですか?」
銀髪の男は丁寧に聞いた。誰かを監禁するようには見えなかったし、ましてや殺しそうでもなかった。どっちかというとボスの方が殺しそうだ。
「迷ったというか、迷子を探してまして。うちの坊主が帰って来なくて」
ボスが言うと、男はボスと真雪を交互に見た。
「あなた方は、ご家族ですか?」
「そう。青葉を返して」
真雪が言うと、またボスが口を塞いだ。
「すみません、思い込みが激しい子で。この辺りかなと言っただけで、信じてしまいまして」
「青葉さん……ですか」
「ええ、観光でこの辺を回るって言ってたもんで」
「……失礼ですが、信者の方ですか?」
「はい?」
ボスが力を抜いたので、真雪は手から逃れた。そして玄関ドアをぐいと開いた。男は咄嗟に閉めようとし、真雪は負けそうになって叫んだ。
「青葉ぁ! どこなの?」
玄関ドアが激しく閉まり、真雪は尻もちをついた。涙が流れる。
会いたい。
「警戒されたな。一旦戻るぞ」
ボスが言った時、横の窓が開いて、青葉が飛び出してきた。雪の山に裸足で突っ込んで、転がるように落ちてくる。
「青葉」
真雪が抱きつくと、青葉も真雪を抱きしめた。
「ほら、来い」
ボスが二人をひっつかんで引きずる。真雪と青葉は慌てて車の方に逃げた。が、青葉はまともに歩けずに転ぶ。
ガチャリと玄関が開き、猟銃を持った男が姿を現す。
「全員止まれ」
そう言われてボスは手を上げた。
真雪は青葉を起こそうとして、青葉が意識朦朧としていることに気づいた。
「青葉?」
真雪は青葉の白い息を見た。呼吸が早い。
「熱があるのに無茶をするからだ。早く戻さないともっと悪くなるぞ」
銃を持った男が言い、真雪は彼を睨んだ。
「病院に連れていく」
「私は医者だ。中に。話は中で聞く」
そう言われて真雪はボスを見た。ボスは肩をすくめる。銃には抵抗しない主義らしい。
「青葉を死なせたら呪ってやるから」
真雪が言うと、銀髪の男は銃を下ろして玄関ドアを開いた。
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