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青葉は元々、そんなに運がいい人間ではない。それは真雪にもはっきり見えている。枝豆をくれたときから、青葉は何も変わってなくて、だから真雪は青葉が少しでもハッピーになれたらいいなと思いながら一緒にやってきた。できれば青葉には人生を楽しんでほしかったし、ずっと彼が抱えている虚しさみたいなものを埋めてあげたかった。
真雪にもボスにも、青葉が半分ぐらいしかこの世に執着がないことはわかっていて、青葉自身、ずっと前から妹が成人するぐらいまでは生きようと努力しているっぽいことをよく口にする。だから粗末に扱われてもそんなに文句は言わないし、金持ちになろうとか自由になりたいとかも言わない。ただ、まだ死ぬわけにいかないから、何とか食いつないでいるし、その最低限の努力だけしている。たまに、それを忘れちゃって、変な無茶をするときもあって、真雪もボスも時々ハラハラさせられる。
ボスにとって、青葉がどういう存在なのかも、真雪にははっきりわからない。
大事にしてる感じはしないけど、青葉が困ってたら助けるし、本当に危なそうだと思ったら、こうやって夜中でも早朝でも動いてくれる。結局のところ、やっぱり心配してるんじゃないかなと真雪は思う。
後部座席で青葉が寝てしまったので、山を抜けたらどこかで落ち着こうと言っていたボスも、車をそのまま走らせていた。青葉は疲れていたようでぐっすり寝ている。
途中の信号待ちで、真雪は後部座席から助手席に移動した。
「ボス、青葉に何か聞いてる? さっきの誘拐とかの話」
真雪が聞くと、ボスは不機嫌そうに息をついた。
「いや、警察がどうのって言ってたな。高美里が、こいつが変なこと嗅ぎ回ってるって情報は来てて、問い詰めようと思ってたとこでコレだ」
「変なことって?」
「特殊清掃の依頼人を知りたいってさ。それで高も面白がって、一緒に探ってたらしい。あの女は暇つぶしで楽しんでるだけだけどな。酒飲ませて二、三日潰すぐらいなら見逃してやってもいいが、あの女、青葉をカジノに連れてったみたいだな。どうせ元金、十倍にしたら教えてやるとか言ったんだろ」
真雪はそれを聞いて小さく息をついた。腹が立つ。その人は青葉を何だと思ってるんだろう。きっと周りの人のことは、みんなゲームのコマぐらいにしか思ってないに違いない。青葉が借金まみれになっても、あははって笑って終わりで、青葉が大金持ちになっても同じように笑って終わりなんだろう。
「青葉って、すごいよね?」
真雪はボスの方を向いて言った。ちょっとだけ青葉が寝ているのを確かめ、ボスに目を戻す。ボスは黙って首を捻る。イエスかノーかわからない。
「私は、その人の未来がくっきりはっきり見えるときがあるんだけど、青葉は別の何かをはっきり見てるときがあるよね。聞いても、私のせいにしたり、見てりゃわかるとか言うんだけど、あれは自覚なしで言ってるのかな?」
「自覚はないだろ」
ボスが苦々しく言った。顔もちょっとしかめて、煙草を取り出して口にくわえる。
「ボス、ボスはなんで青葉を利用しなかったの?」
真雪は前から疑問だったことを聞いてみた。ボスならもっとうまく青葉を使っていろんなことができる立場なのに。青葉だってボスのためなら喜んで働いたと思う。
「なんでって言われてもな。普通に怖いだろ。こいつが持ってるのは、ピークと底だけだ。悪魔と契約してるようなもんだ」
ボスが本気で言っているので、真雪はふと笑った。何だかかわいい。確かに青葉が持ってるのは、ピークと底だけなのかもしれない。だからいつも底を覗いて落ちたがってるのかも。
「でも青葉、自分で気づいちゃったみたいだよね」
「あの女がカジノなんかに連れていくからだ。どうせ大勝したんだろ。それで目をつけられて、誰かが気づいた。あれは境のとこのガキじゃねぇのか?ってな。最悪だ」
「小さい頃からこういう体質だったの?」
「ツキか? そうだな、見てて怖いぐらいにな。だからこいつの親父はトチ狂った」
「ツキすぎて? 青葉をギャンブルに連れて行ってたの?」
「そりゃそうだ。最初はこいつも楽しかったんだろうよ。でもパタッとツキは終わった。青葉が嫌気が差したんだろ。そこから地獄だよ。借金まみれ。青葉に当たり散らして殴る蹴るで、最後は売ろうとした」
「酷い」
「金ってのはそういうもんだ」
「だから青葉を隠したの?」
「俺が? 俺が私情でガキを引き取ると思うか? 成り行きで面倒見ることになっただけだ。金は上からもらってる。わかるだろ? カジノで青葉みたいなのが来てみろ。商売上がったりだっての。だから大人しくさせておくのが俺の仕事なんだよ」
真雪はうなずいた。でもそこに少しの嘘も感じる。ボスはきっとちょっとの優しさを持ってる。見かけによらず子どもには優しいところがあるから、当時の青葉を見て気の毒にって少しは思ったに違いない。
「あぁ……クソ。自覚したら始末に終えねぇな。こいつが意識的にやり始めたら裏の奴らが黙ってねぇぞ。おまえ、止められねぇのか?」
救いを求めるようにボスがちらりと真雪を見て、真雪は目を丸くした。
「私?」
「そうだよ。おまえがそばにいると、こいつは落ち着いてたんだよ」
「なんでだろう。鈴にパワーを込めてたからかな?」
「かもな」
「青葉の鈴、めちゃくちゃいいもんねぇ。本当に幸運を呼ぶんだよ」
「そりゃそうだろ」
ボスは本当に困ったようにため息をつく。真雪はその横顔を見て、それから後ろの青葉の無防備な寝顔を見た。本人に欲がないから、ラッキー体質もずっと気づかなかった。それってとても無邪気な感じがする。
「青葉って、落とすのもできるってこと? 嫌いになったらツキを外すみたいなことが」
「ああ、できるんだろうな。言ったろ、親父が地獄を見たって。マジで絶好調しかない期間があって、ある時から全く、本当にめちゃくちゃ小さい賭けも勝てなくなったんだ」
「偶然じゃなく?」
「あいつに関わって、そういう目に遭った奴が他にも何人もいる」
「すごいね。本物だよね」
「おまえら、二人ともな。俺は怖ぇよ。近寄んな」
「ひどーい」
真雪は頬を膨らませた。ボスがやっと笑う。
「青葉のお父さんは、亡くなったの? まさか青葉が……」
殺しちゃったとか? 真雪はそこまで思いついて息を飲んだ。
「いや」
とボスが否定したのでホッとする。
「そうなる前に手を打った。それに、青葉だってそこまで憎んでなかっただろ。最低だけど親父だし。まぁでもマズいよなぁ……一番マズいパターンなんだよ。コントロール不能状態で本人がすげぇ力に目覚めるってのは。そうだろ?」
「そう聞くと映画みたい」
真雪は笑った。
「おまえ、術師だろ。封印とかしてくんねぇかな」
「ごめん、ボス。私は見るだけ。封印はむしろ青葉が得意分野だと思う」
「マジか……」
ボスが大きく大げさにため息をつき、それからサイドミラーを見た。
「勘弁してくれよ」
ボスが言い、真雪も後ろを見た。
ほぼ同時に後ろのパトカーが「前の白い車、路肩に寄ってください」と丁寧に言った。
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