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Ⅲ 思わぬ罪
「──ドン・パウロス、よくぞ参った! さあ、疲れた身体をゆるりと休めるがよい」
短槍一本を除いては、遠路、身一つで逃避行を続けてきた俺を、柔和な顔をしたその御仁は温かく受け入れてくれた。
弟デラマンにまんまと陥れられ、殺人犯の汚名を着せられて故郷を逃げ出した俺は、知遇を得るプティーヌ領の領主ドン・エンリケオ・デ・プティーヌを頼って、彼の許に身を寄せた。
家は継いでいねえものの、すでに騎士には叙任され、いくつかの戦へ参陣していた俺は、その戦場でエンリケオ卿と出逢った。自在に敵を狩る俺の短槍の腕に惚れ込み、懇意にしてくれたのである。
「…モグモグ……申し訳ねえ、ドン・エンリケオ…ゴクン……ほんと、恩にきりやすぜ……」
もともとガタイは良い方だったが、耀く銀髪に威厳ある口髭を蓄えたこのオッサンは、いつも以上に大きく見える……こんなお尋ね者にも関わらず、温けえ寝床と食い物を提供してくれた大恩人に、俺はすべてを正直に告白した。
異母弟とはいえ、兄弟を殺すなんざ許されざる大罪だ。俺は侮蔑の目で見られて追い出されるか…いや、最悪、役人や親父に突き出されても仕方ねえと覚悟を決めた。
「だいたい事情はわかった。それは大変だったの……もう大丈夫じゃ。これからはここを我が家と思うがよい」
だが、意外やエンリケオ卿は理解を示してくれた。いや、理解を示すどこか、このまま俺をしばらく匿い、熱が冷めたら親父に取りなしてくれるとさえ言ってくれたのだ。
きっと同じような地方貴族の一人として、〝家督争い〟が倫理観だの道徳心だの、そんな綺麗事で早々簡単に割り切れるもんじゃねえことをよくわかっていたんだろう。
これだけでももう頭の上がらねえくれえなんだが……。
「そうじゃ! これも天のお導き。いっそのことほんとの家族になってしまわぬか?」
なんと、さらにエンリケオ卿は愛娘のアンディアーネを俺の許嫁にするとまで言い出したのだ。この、脛に傷を持つ咎人の俺のである。
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