伝説の怪盗エックス

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 顔を見られたわけではない。監視カメラに映っていいように変装は完璧だ。最新の画像認証でも間違えてしまうような、骨格を変えてるとしか思えない自慢のメイクなのだ。そんな自分に少年は全く警戒することなく嬉しそうにしゃべり始めた。会話をすることに飢えていたのだろう。  なんでもない、本当にごく普通の話を終えて少年はこんなことを言った。 「僕、星座とか見たことがないんだ。すごく綺麗なんだって。星空が全部僕のものだったらいいのに」  その言葉に思わず笑ってしまった。泥棒の素質がある、将来有望だ。どうせ夫婦は一週間帰ってこない。少しだけこの子を盗むことにした。  そして星が降るようだと有名な場所に行った。長野県の阿智村、星が最も美しくみられる場所だ。満天の星が視界いっぱいに広がる。今まで見てきた星空とは比べ物にならない迫力に感動したのでここしかないと思った。  子供を抱っこしながら軽々侵入すると、誰もいない広場に仰向けに寝転がる。非常に寒いので持ってきた毛布にくるまりながら、少年に声をかけた。 「どうだ、俺たちは今すごいぞ」 「すごい?」 「今この星空は俺たちだけのものだ。みんなの頭の上に広がっている誰の物でもない星空を、君のためだけに盗んだ。俺に盗めないものはないからな。怪盗エックスとは俺の事だ」 「え、あの怪盗エックスなの!? わあ、テレビでいつも言ってる人だ、すごいすごい!」  少年はうれしそうに笑う。その様子にエックスもまんざらではなかった。しかし彼の次の言葉に背筋が凍りついた。 「ありがとうエックス。星空、ちゃんと見れればよかったんだけど僕見えなくて。きっとすごいものなんだろうね、心にしまっておくね」  その子は、目が見えなかった。薄暗くて少年の視線の先がズレている事に気づかなかった。俺は大馬鹿野郎の間抜け野郎だ、と心の中で己を罵倒する。育児放棄されていたのも完璧主義のエリートの考えの夫婦のもとに生まれた子供が、障害を持っていると言うことを許せなかったからだ。子供に興味がなくなったのだろう。 ――自信満々に言っておいてこのザマだ。俺は夜空の星々を盗む事に失敗した。  その後エックスは自宅に少年を戻さずに自宅から最寄りの警察署に子供を保護してほしいと引き渡した。育児放棄と虐待の可能性があると言うことを伝えて、事がいい感じに動き始めたところで姿を消したが、ひたすら自問自答した。
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