君は、幸せ?

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「トモ! 頼みがあるんだ」 「えーー! ヤスユキ先輩に話しかけて引き留めろだって?!」  今日三号棟、三階、午後三時に僕が行くから、と計画を話した。 「それ、ちゃんと伝わってんのかよマシロちゃんに」 「うなずいたから、多分」 「マジで? それだけ?」 「ラーメンおごるから!」  そこに、ダンスコースで僕たちと同じサークルのキッカが通りかかった。 「アンタたち、何騒いでんの?」 「わー、いいとこに来た、キッカ姐さん、僕たちを助けて!」  トモがキッカを仲間に引き込んだ。事情を話すと、 「いいよ! マシロも心配だったし、ヤスユキ先輩めちゃくちゃダンス上手いから一度質問したいと思ってたし、山のように聞きたいことあるからまかせといて!」 「キッカ、報酬ラーメンだってよ」 「えー? 私フルーツサンドとタピオカがいいんだけど」 「まだタピオカかよ」 「もう定番だよ~失礼だな~」  じゃあ、次も講義だから、と二人は話しながら遠ざかっていく。 「二人とも、頼むよ!?」 「おっけー! まかしとけ!」 「だいじょぶよ~! キッカ様に任しといて!」  ブンブンと二人は僕に手を振った。  もうすぐ午後三時だ。僕は三号館の三階の廊下にいる。  ここは彼女が専攻している工芸科の実習室がある階だ。しんとした油画科とは違って、何かを削ったりする音が聞こえる。  来るかな。ちゃんと伝わっただろうか。  午後三時を過ぎた。やっぱり伝わらなかったかな。引き留め工作も無理だったかな。  そう思って廊下をウロウロしながら、それでも待っていた。  時計を確認すると、三時十分を回っていた。これは無理だったんだろうな。そう思って階段を降りようと角を曲がると、誰かが僕の胸に飛び込んできた。 「わっ!」 「あ、ごめんなさ……」  見るとそれはマシロだった。少し草の青みのある薔薇の香り。この子はこんな香りがするんだ。僕は瞬間的に受け止めて抱きしめていた。僕の白い薔薇。  彼女は僕の腕の中で息を切らしていた。肩で息をしている。 「急いできたの? ありがとう来てくれて」 「……あの、お兄ちゃんが、後輩さんに囲まれてたから……講義あるって、言って……」  彼女の呼吸が落ち着くまで、階段の踊り場で僕らはしばらくそうしていた。お兄ちゃん、という言葉に違和感があったけれど、年上の男の人をそう呼ぶ人もいるだろうと思って気にしなかった。 「あ、あの……ノゾム君、もう、私、大丈夫……だから……」  マシロが真っ赤な顔で僕を見上げてそう言って、僕は自分が何をしているのか気づいた。 「あ、ごめん!」  僕は慌てて腕を離した。 「絵のモデル、してくれる?」 「うん、喜んで!」  マシロのその笑顔は、一年の時と同じ明るいものだった。  工芸科の実習室の隅を借りて彼女を描きながら、僕はマシロに訊いた。 「ヤスユキ先輩って彼氏なの?」 「あー、ええと……何て言うか、そういう事になってるっていうか……うん」  そんなに言い淀まなくてもいいのに。そう思ったけれど、やっぱり直接聞くとショックだった。マシロはヤスユキ先輩のものなんだな。なのにどうしてさっきは嫌がらずに僕の腕の中にいてくれたんだろう。特別な理由なんか何もないとわかっているけれど、彼女の感触を思い出して少し悲しくなった。 「あの、すぐお返事できなくてごめんね。ヤス兄ぃは心配性だから、いつもあんな風で」 「ううん。ダメ元でお願いしたから、来てくれて嬉しいよ」 「たまには学生らしいことしたいもん。選んでくれてありがとう」  エスキースと下描きをここで数回続けても、塗りはここではできない。 「あのさ、塗りになったら、五号館、来れる?」 「うん、話してみるね。もうそろそろいいと思ってるの自分でも」  何がだろう? でも、それは敢えて聞かなかった。  それにしても、マシロはすっかり痩せてしまっている。僕が知らない人みたいに。 「ねえマシロ、随分痩せちゃったね」 「……うん。色々あって……」  色々? ヤスユキ先輩だけが原因じゃないんだろうか。 「何が、あったの?」  問いかけると、彼女は凍った目になって、答えてくれなかった。
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