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君は、幸せ?
君は、今日も彼の側にいて、傷ついた顔をしている。
毎日彼の側にいて、幸せ?
僕ならそんな顔はさせないのに。
そう思って僕は毎日、学生が集まり通り過ぎる大学構内のホールにいる君と彼を見る。壁際に並んでいるソファの左から三つ目のそこに、いつも君たちはいる。
彼と付き合って君はすっかり痩せてしまい色白になった。
それがどういうことなのか、僕はうっすらと解る。多分、君は彼と外へ遊びに行かない。そして、大学に来るとき以外に友達とすら外に出られないんだ。
その証拠に、去年まで一緒にいた友達は君の周りにいなくなった。君が小麦色に焼けていた一年前の夏。
その頃から僕は君を好きだった。
最初は君を見ているだけで良かった。僕はそれで幸せだったから。
学科も違う、サークルは一緒だったけど、君はやめてしまった。サークル仲間で連絡も取りあっていたのに、君の隣にいる彼氏と付き合いだしてから、僕とのメッセージはブロックされてしまった。サークルの人間はほとんどブロックされたってもっぱらの噂だった。
ねえ、君は幸せ?
そう思いながら僕は今日も、君を見ながら講義へ向かう。
「おーいノゾム!」
友人のトモが長いピアスを揺らしながら走ってきた。
「今日はTK先生の詩の講義だろ? 一緒に行こうぜ」
「おはよトモ。カネシロ先生の説明さ、難解で俺今一つ理解できないんだけど、お前わかる?」
「俺も分かんなーい。でも詩がスゴイってのは分かる」
「そう、詩はめちゃくちゃいいんだけど言葉にして説明しろって言われたらなあ」
「けどさ、TK先生、アングララッパーやってるとかいう噂もあるぜ」
「何そのスゴイ噂」
あの堅物そうな先生が? 僕はびっくりしてトモの顔をまじまじと見た。
「俺の友達の兄貴がDJやってて、そう聞いたって。だってさ、あのツーブロ、よく見たら中まで剃りあがってるよ、見てみ」
僕たちは芸術学部の学生で、僕は油絵、トモは演劇の中でもダンスを専攻していた。それで必修の講義ではこんな風に一緒に受けることも多かった。
TKは助手の先生のイニシャルで、この大学では教授を始め先生たちをイニシャルで呼びならわすのが通例だった。
「あ、いるじゃんマシロちゃん」
マシロは白い顔をして教室に入り、一人で前の席に座った。
「なんか別の人みたいになっちゃったね」
トモが残念そうに呟いた。
「……うん。俺もそう思う」
「ヤスユキ先輩と付き合いだしてから、あんな風になっちゃったよな、すっかり」
「……そうだね……」
講義が始まったので、僕らは私語をやめた。
ヤスユキ先輩は三年だから、僕達二年生みたいには講義は無いはずなんだけど、必ずマシロが講義の時にはいる。本当は四年生の年齢だけれど、抜擢されて交換留学生で一年間アメリカに行っていたそうだ。ダントツでダンスが上手くて、先輩を知らない人は少なくとも僕らの学部にはいない。
噂だとヤスユキ先輩はマシロの為に単位を落としてもう一年いるらしいとか、就職活動もマシロの為にする気が無いとかまことしやかに言われている。
こないだサークルの女の子達が話していた。
「大事にしてくれるのと束縛がきついのは違うよね。ヤスユキ先輩カッコいいけど、私、絶対ムリ! 友達とも会えないとか連絡取れないとかムリすぎ!」
「あー、私も無理だ~。辛いよいつも一緒なの」
「いやアンタらはその前にヤスユキ先輩に選ばれないっしょ」
「だーかーらー! そこじゃないじゃん論点はー! マシロあんなに痩せちゃってさ、かわいそうじゃん」
ワイワイと笑い話にしていたけど、みんなマシロの様子がおかしい、変わってしまったと思っているのは間違いなかった。
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