大和 馬飼と暴君姫

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 しかし、刀は宙を切った。  風を割いた一矢が、(くろがね)を弾いたのだ。 「何の真似かしら? 阿巳」  彼女の左から、焦燥を帯びた男の声。わざわざそちらを向かずとも、誰かなど明らかであった。 「姫。この者はもう戦えません。これ以上の殺戮は何も生まない」 「ええ、そうね。でも私は私より強い雄が良いの。だから邪魔しないでくれる?」  彼女は振り返ることなく言う。その声は波のさざめきのようにあり、それでいて底知れぬ沼のように深い。しかし猶も、阿巳は食い下がる。 「貴方の庭はもうじき手に入る。わがままなだけならまだしも、血塗れの暴君に誰が従いましょう。これを正さねば、貴女はいずれ天罰を受けるでしょう」  彼は必死に訴えるが、姫に届いた様子はない。寧ろ天罰など承知とばかりに、莞爾と笑ってみせた。 「姫さま。憚りながら申し上げますが、まずこの場を片付けてはいかがでしょう」  稲生が口を挟むと、彼女はようやく顔を上げた。その視線は星辰に向けられ、赤い舌が口端を舐めた。 「そうね。喋ってたら夜が明けちゃうわ。稲生たちはこの負け犬とその兄を捕縛し、大国主に届けなさい。騎兵隊は宿と厩の確保を。わたしも身を清めてから向かうわ」  百襲姫は指示を出して、剣は稲生に返した。  張り詰めた殺気が霧散すると、其処に立つのは美しい手弱女(たおやめ)。民は堪らず額づき、兵すら膝を突く。やがて彼らは稲生らに縛られ、引き摺られるようにその場を去っていった。
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