大和 馬飼と暴君姫

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「其方の中にいた狼は目覚めたわ。現に其方は兵三人の頸を刈った。稲生と比べたら足下に及ばないけど、悪くないわね」  ずるりと、布が擦れる音がする。姫は土の匂いが残る身体で、稲生の矮躯に抱き着いていた。  稲生は抵抗することなく、ただじっと彼女の舌を受け入れる。この世で最も美しく、それでいて最も危険な花に触れられるのは此方にてただ──幼馴染たる稲生一人だけ。 「姫。今宵は話したいことがあって参りました」  危うく蚊帳の外にされた阿巳が口を挿むと、百襲姫は不満げに彼を睨んだ。灯に染まる赤い舌が、薄い唇から覗いている。 「わたしの口は一つだけよ。言いたいことがあるなら蟻の足より短くして」  彼女はそう言って、蜈蚣を太い首に巻き付ける。大きな顎が、無数の脚が小刻みに動く。阿巳は背筋に冷たいものが走るのを感じた。  だが同時に己の心中に眠る雄に火が点いたのも事実だった。
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