大和 馬飼と暴君姫

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 彼女の表情は美しく、声は蜜のように甘ったるい。しかしその瞳は薊のように鋭く、触れられぬ望月がそこにあった。この場で倅の婿入りを撤回することはおろか、逆らうことすらできはしない。 「……憚りながらお尋ねさせていただきますが姫さま。お庭とは何処のことでしょう?」  膝を突く阿宜を案じてか、布津が代わりに問いかける。すると百襲姫は彼の顎先に手を触れさせ、慈しむように撫でつつ答える。 「西に馬を飼うに相応しい大地が広がっていると聞いたわ。名までは聞けなかったけど、あの日確かに感じたの。きっと近くにあるって。そして、いずれはあの土地も私のものにするわ。約束よ、阿宜」  阿宜はその言葉を聞いて血の気が引かせ、傍らにいる官も眉間を揉んでいる。  阿宜には分かった。姫のいう土地――おそらく中つ国か、その都たる出雲のことである。中つ国といえば大国主(おおくにぬし)が統治する大国。その国許は広大にして強大であり、わずかな騎兵では太刀打ちできるはずもない。 「案じないで。あくまで、いつか果たすべき約束よ」  そう言って微笑む姫に、阿宜は諦めに似た溜息をついた。
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