大和 馬飼と暴君姫

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 彼女の馬が遠ざかると、布津は肩をすくめてから話し出す。 「しかし阿宜どの。彼女は国長に働きかけ馬具を作るよう進言したり、出雲までの路を整えている。彼女はただ傲慢で短慮なお方ではないだろう」  すると阿宜も頷く。 「あぁ。分かっておりますとも。姫さまは私と交わした約束を忘れてなどいないからこそ、よくお膳立てをしてくださっているのだ。しかし我が息子の阿巳とは反りが合わず。この間なんか河豚(ふぐ)が吐いた水を被ったとか、激しい交尾の末に溺死した(かわず)を見せられたと言って腹を立てていたよ。まったく、女心というものは理解に苦しむものだ」  百襲姫の悪戯は女心と無縁のものである。  布津がそう言わんとしたとき、再び蹄の音が聞こえてきた。  顔を上げると、百襲姫が喜色満面の顔で駆け寄ってきた。髪や衣の裾には小枝や葉がくっついていたが、そんなことを気にする素振りは一切見せず、少女は無邪気に笑う。 「見て!こんなに大きな虫を捕まえたの!」  少女の手の中で暴れているのは、体長三寸はあるだろうかという巨大な(かぶと)(むし)であった。  阿宜はその姿を見て震え上がる。  長く伸びた角は悍ましく、その大きな口は人の肉すら容易く噛み千切るだろう。布津はあまりの大きさに呆然としていたが、我に返るなり声を荒げた。
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