本日晴天、兄いわく

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 本日晴天。リビングに集まった家族四人。父は(いか)めしく、母は(すす)り泣き、妹の私はどこか()()(ごと)みたいに兄の(れい)()と向き合っている。  兄は大仰な身振り手振りを交えて、先ほどから同じ説明を繰り返してばかりだ。 「だからね、本当に会場で、天井から落ちてきたんだって。神様からの贈物(ギフト)だと思うでしょ。だって答えは合ってたんだから。父さんも同じ立場なら、絶対それを信じるって」  兄は受験生だった。そして兄いわく、試験時間中に天井からあるものが落ちてきたらしい。それは一言で言えばカンニングペーパー。誰の目にも見えない透明の糸で編まれた、兄だけが読める解答が書かれた代物だったそうだ。  半信半疑で序盤の得点稼ぎ問題と照らし合わせてみると、ばっちり答えが合っていた。兄はその透明なカンニングペーパーを、まさしく神様からの贈物(ギフト)だと思い込み、それに沿って全ての問題に答えたんだと語気を強めた。 「……で、何故確認しなかったんだ。最終確認はするべきだろう。たとえ贈物(ギフト)とやらが真実であったにせよ、おまえに抜かりがなかったとは言えまい。礼司は医者になるべき人間だ。浪人すればそれだけ他と差がついてしまう。現役で合格せねばならんと言ったろう」  父が不出来な兄を()めつけた。今日の家族会議は、兄が試験に失敗したことを責めるために設けられたもの。そこで兄は、神妙そうに、だけど平然として言った。 「うん。現役合格は約束だった。だから浪人はしないよ。僕は家を出て、世の荒波を一人で泳いでいく。たまに帰ってくるけど、父さんに無視されても構わない覚悟だ」  父の眉がぴくりと動いた。 「何をして食っていく気だ。これまでおまえにいくら費やしたと思ってる。フリーターなんぞでまともな生活ができるか。せめて社員にならねば、この不安定な社会では生きていけない。だいたいおまえの考えは甘いんだ。あのときも、あのときも、ずっとおまえは甘かった。世の中はぬるま湯じゃない。本当に厳しいんだ」  そこから父の説教が始まった。私は窓辺で外を眺める飼い猫のチィを見ながら、早く解放されないかなあと意識を遠くした。
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