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「違うんです 学校前にある街灯の事でちょっとお聞きしたいんです」 僕はお爺さんの耳元でゆっくり大きな声で尋ねてみた。 「学校前の街灯・・・ あぁ タカシナさん所のガス灯だったやつじゃな」 「...そうです そのガス灯の事です 歴史ある物だとは思うんですが 何かご存知の事はありませんか?」 「ああ・・・ あれは戦前にここら辺りの大地主だったタカシナさん宅にあった物だった 当時はこの辺りじゃ珍しくてわざわざ日が暮れるのを待って見に行ったもんだ じゃが大東亜の戦が始まり負け戦が迫っていた頃、可哀想な事が起きてしもうた その時分にはガスなんて無いもんだから ナタネ油で明かりを灯していた その役目はタカシナさんの孫達がやっておった あの日は夕焼けが辺りを赤く染めてヒグラシの鳴く声がうるさい程に騒いでおった 儂はその当時タカシナさん宅で働いていて丁度庭の手入れをしておったんじゃ その頃は空襲警報もままならず気が付いた時には海の方から夕日に紅く照らされた二機のグラマンが低空飛行で儂らの所に迫っておったのよ タンタンタンタンと音がしたと思ったら辺りは土埃が舞った 儂はとっさに地べたに伏せた すると "うぅうう"と言う声が地面から聞こえて頭を上げて見渡すと夕闇に溶ける様に孫達が倒れておった 兄じゃのユウタの胸には大きな穴が空き妹のユウコの脇腹はえぐられていた 儂はユウコちゃんを抱き抱え"大丈夫じゃ、大丈夫じゃ"と何度も叫ぶと"兄ちゃん、兄ちゃん"と微かな声で囁いておった その内夕闇が辺りを包み薄い明かりを灯したガス灯が二人の顔をいつまでも白く浮かび上がらせておったのよ 忘れた事は一度もない... この80年近くあの時の事は昨日の様に鮮明に覚えておる」
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