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「あ、まただ。」
私は空を見上げた。
私の住むまちは、まちのホームページを見ると毎月約100人の赤ちゃんが生まれているようで、つまりは日に3人が生まれている計算になる。これが多いか少ないかはわからないけど、人口減少は私のまちでも例外ではないようだ。勿論、他のまちから移り住んでもらうことも必要だけど、このまちで新たな命が生まれてくることを増やしていくことも大切なことだと、中学生ながら理解しているつもりだ。
私には特殊な能力がある。この能力に気が付いたのは小学2年生の春、私に弟が生まれた時だった。
人が生まれるまでは十月十日かかると言われてるけど、生まれる瞬間までは、人の形をした入れ物を作っているようなもので、魂というか中身というか、人の核となるものは、生まれた瞬間に空から落ちてくるのだ。それは黄色に輝く一筋の光で、生まれてきた赤ちゃんの身体に重なり、中に吸収されて、一人の人間が完成する。
完成した合図があの産声なのだ。
今もその光が街の病院に落ちていくのを見た。新しい命が誕生した瞬間だ。日に3回程度しかチャンスが無いので私はその光を見ると嬉しくて仕方がない。笑顔で学校に向かった。
教室に着くなり、席に座るとさっきの光のことを考えていた。
男の子かな、女の子かな。
「なぁに、トモミ、ニヤニヤしちゃって。」
「あ、カナエ。おはよ。」
私は恥ずかしくなって緩んだ表情を戻した。私の能力のことは、小学生の時からの親友であるカナエにも言っていない。というか、家族の誰にも話したことはない。自分としては、素敵な能力だと思っているけど、証明も出来ないし、何となく今更言い出すことでもないだろうとズルズルと誰にも言わずに今日に至っている。
「何かいいことあったの?」
「いや、別に。…今日の給食が好きなソフト麺ってだけ。」
「ふーん。あ、そうだ、今日の部活休むね。」
「あれ、珍しいね、カナエが休むなんて。コンクール近いのに。」
「今日は特別な日なのよ。」
「特別って?」
「今日はお母さん予定日なの。」
「あ、そうか!兄弟出来るって言ってたもんね!」
「丁度、学校が終わった後の時間なんだよ。だから、学校終わったらそのまま市立病院に行くんだ。」
カナエは満面の笑みで私に言った。
「赤ちゃん生まれるのって時間が分かるの?」
「帝王切開っていう手術で生まれるんだって。だから時間も決まってるみたいよ。」
「へぇ。楽しみだね!」
「うん、男の子って分かってるから、弟が出来ると思うと嬉しくて。トモミと一緒だね。」
じゃあその時間にまた光が降ってくるんだと私は思った。私は素直に嬉しくて笑顔で頷いた。
隣の席のカナエは、授業中もずっとルンルン気分なのか、時折鼻歌が聞こえる時もあった。私はクスクス笑いながら、幸せそうなカナエの横顔を見つめていた。
帰りのホームルームが終わると、カナエは「じゃあ行ってくるね!」と笑顔で教室から出ていった。私も6年前に弟が生まれるのを経験しているから、カナエの嬉しさはよく分かってる。笑顔で見送った私は、そのまま美術部の活動のために、美術室に向かった。
秋の大きなコンクールを控えており、部室内は皆、作品の仕上げにピリピリしていた。私は窓側を向きながら、油絵で描いている空を仕上げ始めた。勿論、カナエの弟が生まれる市立病院の方を向きながら、光も気にしていた。
光が落ちてきた瞬間、つまりはそれがカナエの弟が生まれた瞬間になる。私は光を待ちわびていた。
「トモミさん、いいじゃないですか!」
顧問の先生が背後から私の絵を見て言った。
「この空と海の境界線が上手く表現できてますね。これは…流れ星ですか?」
先生は私が描いた命の光を指差した。
「うーん、流れ星よりも尊いものです。」
「タイトルは?」
「…生命の誕生…かな。」
「ほほう、面白いね。そう言えば、生命の誕生といえば、トミオカさんの弟くんは無事に生まれたかな。」
先生の言葉に、私は窓の外を見た。
「まだ光を見てないので、これからかと。」
「…ん?光?」
「あ、いえ、何でもないです。」
先生は私の答えに何かを考えながらも、別の子の元に行ってアドバイスを始めた。私はふぅと溜め息を付きながら、ふと窓の外を見た。
「あ!!」
ついに光が降りてきたのが見えて、思わず声を出してしまい、皆の視線を独り占めしてしまった。
「ちょ、ちょっとトイレに。」
恥ずかしくなった私は思わず美術室を飛び出した。そして、廊下の窓から光に目を向けた。
「…あれ?」
私は足を止めた。視界に入った光は、いつものように病院に向かって降下せずに、宙に止まっていた。心なしか光自体も弱まってるように見えた。
「…何か嫌な予感がする。」
私はそのまま学校を飛び出した。
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