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「あ、あの!」
「ん?」
追いかけっこをしたのは、学校の昼休みのこと。放課後になったところで、丁度同じ廊下のあたりでさっきの少年に声をかけられた。ちなみに、彼方のクラス、三年一組の教室のすぐ傍の廊下である。だからさっきもカツアゲをいち早く発見したのだ。少年は、自分のクラスがわかっていたのだろうか。
「今日のお昼はありがとうございました、助けてくれて!」
眼鏡の気弱そうな少年は、ぺこり、と礼儀正しく頭を下げてきた。
ちなみにお昼の追いかけっこは、奴らを適当に誘き出して少年から引き離した後、適当なタイミングで撒くというやり方で事無きことを終えている。パワーはあるが、スピードもなければ頭もないような連中だ。陸上部の彼方にとって振り切るのは造作もないことだった。
「あの、陸上部部長の参道彼方先輩、であってますよね?」
「え?そうだけど、俺のこと知ってんの?」
彼方は眼をまんまるにする。まさか、名前を知られているとは思ってもみなかったからだ。
「知ってます!というか……一昨日知りました。僕、一昨日陸上部の仮入部したんで……」
「あ、そゆことね」
今は四月。どの部活動の生徒も、新入部員を勧誘しようと躍起になっている季節である。彼方率いる陸上部も例にもれず、必死になって一年生に呼びかけている最中だった。個人ではそこそこの成績を残している陸上部も、リレーでは時々県大会を突破するのが精々である。ようは、中途半端な戦績なのだ。ある程度必死になって勧誘しないといけない立場にあり、今年も一生懸命呼び込みをしているのだった。
恐らく、そうして放課後に見学で来てくれた一年生の一人だったということなのだろう。それなら、部長として彼方もみんなの前で挨拶をしているし、向こうがこちらの顔を知っていてこっちが向こうの顔を認識してないのもおかしなことではない。特に、一昨日はちょっと多い人数が来てくれたので、全員の顔を覚えることはできなかったからだ。
「あの不良の人達を振り切ったのも凄いですけど……かっこよかったです、正義の味方みたいで。僕だったら、あんな風に誰かを助けたりとか、できないし」
少年は憧れの目で彼方を見てくる。
「先輩は、とっても勇敢なんですね。小さいのに」
「あぐっ……」
「あ、あ!ご、ごめんなさい!!」
悪気のない少年の言葉が、思いきり彼方に突き刺さった。小さい。やっぱり、一年生から見てもそうなのか、自分。確かに、身長は三年生にして未だに150cm代という悲しい状態ではあるが。目の前の一年生ともさほど変わらないという残念な状態ではあるが。
――こ、高校生になってから超伸びる奴もいるし!俺もきっとそうだし!
あはははは、と乾いた笑いで明後日の方向を見た先には、窓硝子がある。そこには彼方の、長い栗毛の髪をひとまとめにした顔が映っている。
小学生の頃まで、散々姉に悪戯させれて、女装させられていた顔が。
――……男子の制服来てんだから、もっと男らしく見えてもよくない?俺。
参道彼方。
得意なことは走ることと人助け。
コンプレックスは、低身長と女顔と非力。
何で、姉よりも母親そっくりなんだと愚痴も言いたくなるというものである。高校生になったら、本当に男らしい体格になれるんだろうか。声だって、声変わりしたかしてないかわかんないくらいの高さだというのに。
「と、とにかく。あの不良どもに絡まれないように、しばらくはあんまり一人にならない方が良いよ。この廊下のあたりは人が少ないから気を付けて。三年生の教室の近くと、校舎裏みたいなところに一人で行かなければ、ああいう小物はそうそう手を出してこないからさ……」
ややしおれた気分で、彼方は少年にそう付け加えたのだった。
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