61人が本棚に入れています
本棚に追加
葵の話
葵の様子がおかしい。
それに気付いたのは1週間ほど前のことだ。
話を聞かなきゃと思いながら仕事が忙しくてなかなか時間が取れなかった…というのはただの言い訳にすぎない。
俺が勤める会社は元々は家具やインテリアを扱っていたけど、数年前からそれらで店内をコーディネートしたカフェ事業を始めた。そして本屋さんと連携し、いわゆるブックカフェをオープンして、葵はそのお店で働いている。
ブックカフェが想定よりも好調で、すぐに2店舗目の話が出ていた。本社に異動になった俺は、その新店舗の準備に追われていて、ようやく1か月後に開店というところまで来たところだった。
店内のコーディネートや本の選定。最後のツメはそれぞれのプロに任せて、俺はアルバイトの採用に取り掛からなければならない。
この店の店長は、今葵が働いている店で店長を務めている同期の菅波がやることになっている。面接の日程とか打ち合わせしとくか…とスマホを取り出したところで、タイミングよく菅波から着信が入った。
「もしもし?」
「あ、伊澤?今大丈夫?」
「うん。俺もお前に電話しようと思ってたんだ」
ちょうど良かったよ、と言えば、菅波は少し声のトーンを落として、「葵くんのこと?」と言った。
菅波は、俺と葵の関係を知っている数少ないうちのひとりだ。俺が異動になっても菅波がいるから…というのが、俺にとっては安心できる材料だった。
それよりも、「葵くんのこと?」とは?
「いや、バイトの面接のことで打ち合わせしたかったんだけど。…葵、なんかあったの?」
「…葵くんから、なんか聞いてない?」
なんかと言われ、ここ最近葵の元気がないような気がしている、ことを思い出した。
「店でなんかあったの?」
「んー…なんかさ、ちょっと前から、店に葵くんの友達が来るようになって」
「友達?大学の?」
「いや、中学の同級生って言ってた」
中学の同級生。そう聞いて思い出すのは、「中学の途中から学校に行っていない」と言った、高校生の葵の寂しげな顔。
「それで、その友達が?」
「そいつがなんかしたってわけじゃないんだけどさ、なんかいや〜な感じなんだよな。妙に葵くんに絡みたがるって言うか」
「…今から店行くわ」
仕事中だと言うことも忘れて、気付けばそんなことを口走っていた。菅波が「は?今?」と慌てているけど、居ても立っても居られなくて。雑に鞄を掴んで会社をあとにした。
ーーーーーーー
設定だけ決めていた葵の過去のお話を書きたくなったので書いてみました。
少しかわいそうな部分もありますが、読んでいただけると嬉しいです。
最初のコメントを投稿しよう!