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葵の高校卒業を間近に控えたある日。
ジャケットに襟付きシャツ、そしてグレーのパンツという思いきりご両親の好感度を上げにいった服装で、俺は葵の家の前に立っていた。
ふぅ、とひとつ息を吐いてインターホンを押そうとした、そのとき。「秀くん!いらっしゃい!」と、ガチャッと勢いよくドアが開いた。
突然の目に前に現れた葵に心臓がバックバクと跳ねる。
今精神統一してたとこなのに!お母さんには会ったことあるけど、お父さんには初めて会うんだぞ!という心の声は葵に聞こえるはずもなく、「早く入って!」と満面の笑みで部屋の中に連れ込まれてしまった。
「秀一郎くん!いらっしゃい!」
「あ、ご無沙汰してます」
広いリビングに通されると、そこには葵と同じように満面の笑みのお母さんと、俺と同じように(もしかしたら俺以上に?)緊張した面持ちのお父さんがいた。
「えっと、初めまして。伊澤秀一郎です」
お父さんに向かい合うようにラグの上に正座し挨拶をすると、お父さんも「あ…、葵の父です」と返してくれて、お互いにペコっと頭を下げた。
「…」
「…」
そして、沈黙。
この気まずい空気を破ってくれたのは、「やだ!お父さん緊張してる!」というお母さんの明るい声で、葵はといえば「秀くん、コーヒーでいい?」と、キッチンからるんるんとした様子で聞いてくる。
「お母さん、このコップ使っていいの?」
「だめだめ!もっといいカップあるんだから、秀一郎くんにはそれ使って!」
「えー、どれぇ?」
「そこに出しといたでしょー?」と、バタバタとキッチンへ向かうお母さん。なんだか賑やかなふたりを見ながら、お父さんは「すみません、騒がしくて…。いつもああなんです」と苦笑した。
でもその賑やかさのおかげか、俺もお父さんも少し緊張が解けて、ぎこちないながらも会話を続けることができた。
「秀くん、コーヒーおいしい?」
「うん、おいしいよ?」
「俺がいれた!」
そう言ってキラキラの目で見つめてくる葵。いつもならよしよしと髪を撫でてやるところだけど、さすがにご両親の前でそれはできない。
「うん、ありがとう」と目を逸らすと、葵はむっと頬を膨らましたけど、そんな顔さえも可愛いんだからたまったもんじゃない。
葵がいれてくれたコーヒーと、お母さんが買ってきてくれたフルーツタルトを食べ終えたところで、俺は崩していた足をもう一度正座に直して、背筋をピシッと伸ばした。
「あの、ご挨拶が遅くなって申し訳ないのですが、葵くんと、お付き合いさせていただいています」
「はいはい!知ってますよ!」と、何を今さら?というような雰囲気のお母さんに、申し訳なさと恥ずかしさが同時に襲ってくる。
男同士、しかも年齢も離れている、ということもあり、俺は親友にも同僚にも、もちろん家族にも内緒にしてひっそりと育んでいると思っていた恋だったのに。まさかの葵の両親には、葵本人によって筒抜けになっていた。
はっきりと葵から「恋人がいる」と言われたわけじゃないけど、あまりにも葵が俺の話ばかりするものだから、お母さんはすぐに「これはもしや…?」と勘付いたらしい。
お父さんもそれとなーくお母さんから話を聞いていて、初めこそ複雑な顔をしていたそうだけど、葵が毎日楽しそうにしているのを見て、葵の気持ちを否定することなく、ただ見守ってくれていた。
本当に素敵なご両親だと思う。葵と一緒に時間を過ごす中で、優しいお母さんとお父さんに愛されて育ってきたんだろうなぁとは思っていたけど。
…が、俺はここからもう一段階踏み込まなくてはいけないわけで、ぐっと膝の上でこぶしを握った。
「それで、あの、葵くんが高校を卒業したら、一緒に暮らしたいと思っています」
その瞬間、ご両親がハッと息を呑んだ。でもそれはそれぞれに声音の違うもの。お母さんは両手を口に当てて「キャッ」とはしゃぐようだったけど、お父さんはなんというか、ガーン…と効果音が付きそうな、寂しさと嬉しさと、少しの悔しさが混じったような、そんな表情を浮かべた。
そりゃそうだ。大事に大事に育ててきた可愛い息子が家を出て行くだけでも一大事なのに、しかも男と同棲するだなんて。だけどお父さんは、俺と同じように正座をすると、「伊澤さん。色々と葵が迷惑かけると思いますが、よろしくお願いします」と頭を下げた。
「あ、は、はい…っ、大切にします」
俺もつられて頭を下げ、ゆっくりと顔を上げると隣で葵がぼろぼろと涙をこぼしていて、そしてお母さんも泣いていた。
「秀一郎くん、ほんとに甘やかして育ててしまって、ろくに家事もできない子ですが、よろしくお願いします…っ」
「お母さん、そんな、泣かないでください…っ」
「しゅうくん…っ」
「ちょっと、葵も泣かないで」
わんわんと泣く葵とお母さんに、あれ?俺、結婚の挨拶しにきたんだっけ?と勘違いしそうになる。
…もしかしたらいずれ、そういうことになるのかもしれないけど。
ちらりとお父さんに視線を向けると、パチっと目が合ってしまって。ふたりで顔を見合わせながら笑いをこぼした。
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