61人が本棚に入れています
本棚に追加
店に入ると、仕事中の従業員たちが「こんにちはー」と挨拶をしてくれる。その中には葵もいて、俺と目が合うとニコッと笑顔を見せてくれた。
朝も思ったけど、やっぱり今日も葵は可愛い。
今すぐ駆け寄って抱き締めたい。だけど今は我慢だ。とりあえずスタッフルームに入ると、「もう来たのかよ」と、菅波は呆れた顔をした。
「さっき言ってた奴、今日は?来てない?」
「うん。別に毎日来てるってわけじゃないよ」
「…そうか」
ほっとした反面、そいつがどんな奴なのか確かめたい気持ちもある。でもそいつが来て葵にちょっかいかけているところを見てしまったら、大人として言ってはいけないことを言ってしまうかもしれない。
「葵くんさ、高校通信行ってたじゃん?」
「あぁ、うん」
「…それってなんか、訳あり?」
ちらりとこちらに視線を寄越しながら、菅波が聞く。
それは俺も知らないんだ、とは、なんだか悔しくて言えなかった。
一度お母さんにそれとなく聞いてみたことはある。そのときお母さんは、「クラスの子に何か嫌なことされたみたいで…」とだけ言ったけど、もしかしたらいじめとか、そういう類のものだろうかと思っていた。
「…ごめん。変なこと聞いた」
「いや…。今日、葵と話してみるわ」
そうだな、と菅波は笑って、「そういえば何か話あったんだろ?面接だっけ?」と言葉を続けた。
そうだった、今は一応仕事中。頭を切り替えないととパソコンを開くと、コンコン、とドアがノックされて葵が顔を覗かせた。
「葵」
「秀くん、お疲れ様」
「あ、葵くん、今日はもうあがりか」
「はい」
「葵、ドア閉めて」
ぱたんとドアを閉めた葵においでおいでと手招きをすると、菅波もいるからか葵は少し恥ずかしがっていたけど、大人しくそばに来てくれた。
「葵。俺今日このまま直帰できるから、一緒に帰ろう」
「ほんと?」
「でもちょっと菅波と話あるから、少し待ってて?」
「うん!」
お店で本読んでる!と、にこにこしながら葵は店内へ戻って行った。「職場でイチャイチャしないでくださーい」という菅波の声は聞こえなかったフリをする。
しばらく菅波と話をして、バイトの子たちとも少し話すかと店内へ顔を出すと、そこにいるはずの葵がいない。…本読んでるって言ってたよな?待ちくたびれて帰った?まさかと思いながらスマホを確認したけど葵からの連絡は入っていない。
なんか、嫌な予感がする。
店の外に出ると、そこには葵と見ず知らずの大学生くらいの男がいた。すぐにピンときた。きっとこいつが菅波が言ってた“中学の同級生”だろう。
「葵」
こちらを振り向いた葵は、今まさに泣き出す寸前の顔をしていて、カッと頭に血がのぼる。
「うちの従業員に、何かご用ですか?」
冷静に、冷静に。感情をぐっと抑えて近付くと、そいつは「友達なんすよー」と軽い口調で言いながら葵の肩を組んだ。
ブチッと、間違いなく頭の中で何かが切れた音がしたけど、俺は大人だ、こんなガキ相手にするなと必死で自分に言い聞かせる。
「申し訳ありません。彼はまだ仕事中なので」
そいつの腕を掴んで葵から離すと、一瞬はぁ?とこちらを睨みつけてきたけど、すぐに「そっすか」と立ち去って行った。
「…葵、大丈夫か?」
俯いている葵は泣いているかと思ったけどギリギリ涙は出ていなくて。必死に堪えている葵を見て、こんなところで泣かせたくないなと思った。
「葵。もう帰れるから。鞄取ってくるからちょっと待ってて」
最初のコメントを投稿しよう!