葵の話

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「ちょっと待ってて」と言われたけど、自分の意志とは関係なく足が動き始めていた。 きっとすぐに追いつかれちゃうだろうな…ととぼとぼと歩いていれば、案の定うしろからぐいっと腕を掴まれる。 「待っててって、言ったでしょ?」 はぁはぁと秀くんの息が切れている。怒られると思ったのに、秀くんの声はすごく優しくて、我慢していた涙があっというまに溢れてきた。 「葵。さっきの人、誰?何か嫌なことされた?」 言いたくないのと、秀くんに心配かけたくないのと。泣いてるくせにって自分でも思うけど、ただ首を振ることしかできなくて。すると秀くんはふぅ、と小さくため息をついて、ぎゅっと体を抱きしめてくれた。 もう暗いけど、人通りは少ないけど。それでも外で抱きしめられるなんて初めてて、びっくりして固まってしまう。 「じゃあどうして泣いてるの?」 「…ごめん、なさい…」 「葵。俺はね、葵に謝ってほしいんじゃないよ?ただ、葵がひとりで辛い思いしてるのはやだなって思ってる」 髪を撫でたり背中を摩ってくれる秀くんの手が温かくて、涙はとめどなく溢れて秀くんの肩を濡らしていく。 「俺にも葵の辛いの分けてよ。…俺じゃ、頼りない?」 「ち、違う…っ、そんなことない…っ」 「でも言いたくない?」 寂しそうな秀くんの声。 言いたくない。でも聞いてほしい。だけどやっぱり言いたくない。話したら嫌われてしまうかもしれないから。子どものときのことなんて、そしてそれを今でも引きずっているなんて。めんどくさいやつだって思われたくない。 秀くんにだけは、嫌われたくない。 「どんな葵でも、俺は葵のことが大好きだよ。…絶対に嫌いになんてならないから」 「…秀くん…?」 秀くんは、抱きしめていた腕を解くと、「葵の考えてることなんてお見通しだよ」と笑った。 「帰ろう、葵。帰ったらさ、葵のこと、教えて?」 優しく微笑む秀くんに誘われて、つい「うん」って頷いてしまった。すると秀くんはふふ、と笑って俺の手を引いて歩き始めた。 体が離れてしまったのが寂しいって、もしかしてそれも秀くんにはお見通しだったのかな? 秀くんに手を引かれ、まだ止まらない涙をグズグズとこぼしながら、ふたりで暮らす大好きなあの家を目指した。
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