61人が本棚に入れています
本棚に追加
家に着くと、秀くんはおもむろにお風呂へ向かった。
ザーッとシャワーの流れる音がして、しばらくして戻ってきた秀くんは、「準備してきたから。一緒にお風呂入ろ」と、満面の笑みで言った。
「一緒に?」
「うん」
当たり前でしょ?とでも言いたげな秀くんに、恥ずかしいなんて言えるわけもなくて。また手を引かれてバスルームに連れていかれると、ぽいぽいっと手際よく服を脱がされてしまった。
一緒にシャワーを浴びながら、髪も体も秀くんが洗ってくれて。そして今は、秀くんにうしろから抱っこされた状態で、浴槽に浸かっている。
とくとく、と、秀くんの心臓の音が背中から伝わってくる。
「…秀くん?」
「うん?」
「秀くん、はさ、中学生のとき、どんな子だった?」
「中学生のとき?」
そうだなぁ〜…と、秀くんは間延びした声を出す。
「実は陸上部で長距離やってたんだけどさ、成績は微妙だったなぁ。勉強もそこそこだし、目立つタイプでもないし。とにかくたくさんいる生徒の中のひとりだったよ」
そう、秀くんは笑うけど。絶対にそんなことないって思う。
優しくて、気遣いができて、頼りになって。同じお店で働いてるときも、秀くんはみんなに好かれていた。中学生のときだって、確かに友達と騒ぐタイプではなかったかもしれないけど、きっとみんなから一目置かれる存在だったはずだもん。
だけど、自分は、そうじゃない。
「葵、泣いてるの?」
止まったはずの涙がまたこぼれて、ぽたぽたと水面を揺らす。
「葵はどんな子だったの?」
お腹にまわる秀くんの腕の力が強くなって、肩にとん、と秀くんが顎を乗せた。耳元で聞こえる秀くんの声。くすぐったいけど、とても安心する。
小さい頃から、人付き合いが苦手だった。人との距離感をうまく掴めなくて、必要以上に近付きすぎてしまうみたい。
大人の人は「可愛い子だね」「人懐っこいね」と笑ってくれたけど、同世代の子はそうもいかなくて。
小学生の頃から、いい子ぶってる、先生のお気に入りって陰口を叩かれるようになった。それからクラスの中で無視をされるようになって、物を隠されるようになって。うざい、きもい、空気読めない。学校に行けば毎日のようにそう言われた。
軽く頭を叩かれたりはしたけど、酷い暴力を振るわれたり、お金を取られたりしたわけじゃない。
ただ辛い言葉を投げられただけ。ただそれだけ、だったのに。気付けば学校には行けなくなってた。
弱い自分が嫌いだった。人からそう思われる人間なんだって、そんな自分が嫌いで恥ずかしかった。
「…しゅうくん、は、」
「うん?」
「…俺の、こと、うざいって、思わない…?」
「…え…?」
「きもいって、空気読めないって、思わない…?」
最初のコメントを投稿しよう!