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「でもそれ、あんまり人に言わないほうがいいんじゃ。どう取られるか分からないじゃん」
「誰にも言ったことはねえよ。メンバーにもだ。今が初めて」
「え。なんで私に」
「おれだって、こんなことサリに言いたくはねえんだけど。おれのすべてを知ってくれ、なんてのでもねえぞ。……彼氏とうまくいってないっぽいな、と思ったからだよ」
端的に言われたものの、いまいち要領を得ない。……と思う。
「光漣。分からんです」
「つき合ってる相手ともめてるときって、信頼が損なわれてるときだろ、だいたいは」
「まあ、そうだよね」
「そんなとき、誰かの大事な秘密を、本人からこっそり、自分だけが打ち明けられるくらい心を許されてるのを知るのって、けっこう精神衛生にいいと思わねえ?」
そこまで説明されて、ようやく、光漣の意図が分かった。
「そうかもしれない。……ありがと。絶対、誰にも言わないから」
「おう。……ところで、どうしてそんなに金がいるのかとかは聞かないのか?」
「え? もっと大きいライブハウス借りたりとか、バンドのためのお金じゃないの?」
光漣は一瞬きょとんとしてから、眉根を寄せた。
「……なんで分かった?」
「え、だって光漣のお金の使い道なんて、ほかになにも知らないし……なんとなくそうかなって、勝手に」
取り立てて目的もないけどとりあえずお金が欲しい、というタイプにも見えないし。
光漣は右手のひらを額に当てて、のけぞった。
「あー、大当たり。本当はそれが、信じてもらえねえんじゃねえかって、怖かったんだ。飯だけでそれ以上はやってない、とかも」
「なんで。全部信じるよ」
「サリ。おれ今、サリにすげえ言いたいことがあるんだけど」
「それ、は」
思い上がるようだけど。
分かってしまう、気がする。今は。
この、光漣からの、心の許されかたを見ていたら。
「でも言わね」
「……うん」
「送っていくよ。ドアずっと開けとくと蚊が入る。行こう」
「送……って、今から?」
「そ」
「駅まででいいよ」
「家までつけたりしねえけど」
「そんな心配してるんじゃない。光漣、もう帰ってるのに悪いじゃん」
「優先順位だよ。行こうぜ。名残り惜しいけど」
すっかり足取りが確かになった光漣が、夜の道に出ていく。
しかしそうか、光漣って男の人からもてるんだ。
光漣がデートするときって、どんな話をして、どんな振る舞いをして、どんなふうに笑うんだろう。
もしかしたら、私の知るいつもとは全然違うのかな。
じりじりと変な音を立てる街灯の下を歩きながら、光漣が、取り澄まして中年男性と談笑しているところを想像した。
そのせいでずいぶんぼけっとした顔をしていたらしく、光漣が、「大丈夫か?」と私の顔の前で手をひらひらと振る。
私の知らないこと。誰にでもある、私の知らない側面。当たり前だ、そんなこと。最近も、譲くんの部屋で知ったばかりなんだから。分かってる。当然のことだって。
なのに、なんだかどんどん寂しい気持ちになっていった。
駅で光漣と別れたら、なおさらそれが加速した。
明日、譲くんに会おう。今私、明らかに寂しいんだ。
それくらいはいいはずだ。私は譲くんの彼女で、譲くんは彼氏なんだから。譲くんが寂しいのなら、私に会いに来てほしい。だから私がそうしたって、なにも問題ない。
でも、そんなふうに一生懸命に、会いに行く理由を正当化しようとしているのは、もしかしたらまずいことなんじゃないか。
思考は、悪いほうへ、堂々巡りしていった。
会わないと。
今、すごく、譲くんに会いたい。
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