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「……なにしてんの。酒くせえ」
「あれぇ。光漣がいるぅ」
池袋のライブハウスの前で、無数の行きかう人々の中、長身の赤髪は大変目立っていた。
「サリも充分酒弱いんじゃん」
「弱いんじゃないですぅ。飲み慣れてないだけですぅ」
「それをなんで飲んでんだよ」
なんで。
それを思い出したくなくて、別に好きでもないお酒を、一人で飲んでいたのだ。
「それに、池袋なんてあんま馴染みないだろ。どうしてまた」
「だって、最近きた中で、一番賑やかで楽しかったんだもんー」
「……なら、寂しく思うようなことがあったんじゃねえの」
寂しい。その言葉はあまりにもぴったり過ぎて、今は妙に胸に刺さってしまう。
「光漣はなんでここきたの」
「おれは昨日のライブ関係のあいさつと、次の話も少しできたらってきたんだよ。もー終わったけど」
「あ、じゃあ時間あるんだ? あーでも、二十歳未満じゃん、光漣―」
「……へべれけじゃねえか。もー帰れよ。危ないだろ」
「うう。確かに。ちょっと、酔い覚まして帰る……」
「どこで」
「どこって。静かで、座れるところ」
「たとえば」
「たとえば……公園とか?」
光漣が絶句した。
そして、ため息をつきながら私の手首を柔らかくつかんだ。
■
「……私、そんなつもりではなかったんですが」
「おれだって別に、なんのつもりもねえよ」
光漣の部屋で、またもドアを開けながら(ドアストッパーで、三十度ほどの角度で)、私は光漣から、グラスに入ったお水をもらった。
冷蔵庫に天然水が入っていたのが、意外なような、らしいような。
「酔っぱらった女が夜の公園で休みますーなんて言ってんのをほっとけるか。寝るんならおれは出ていくから」
「い、いや、寝入るほど酔っぱらってないから大丈夫。……ていうか、ちょっと覚めたし」
奥の部屋に通され、二人でローテーブルをはさんで座った。
「……私、なんかまずいかな」
「ちょっとな。危なっかしすぎる。……なんかあったんだな」
「光漣はさ、なんか、女に対して余裕があるよね」
「そうか? こんなもんじゃねえの、誰でも」
「その余裕に、甘えちゃいそうになる。見た目はかっこいいし、たまに優しいし」
「……酔ってんなあ。俺だって悪いこと考えることもあれば、意地悪だってするが」
光漣が肘をテーブルについてしかめっ面を作った。
私はつい少し笑ったけれど。
「覚めてるってば。……私ってだめだなあって、思ってるだけ」
「なんでまた、そう思うんだよ」
「……めっちゃだめ人間ぽいこと、言っていい?」
「どーぞ」
「私もう少し、身持ちが固いというか、しっかりしてる人間だと、自分では思ってたんだ」
「……今ここにいることについてなら、酔ったせいだし、連れてきたのはおれだぞ」
「ううん、それでも――」
遠回しな言い方が、できないわけじゃない。
でも、今は、あからさまな言葉にしたかった。
「――それでも私、一年もレスじゃなかったら、今日ここにはこなかったと思う」
情けなさに、泣きそうになった。
「ごめん……すごく変な言い方なんだけど、それが一番、私の実情に近い言い方っていうか」
「いや。分かる、なんとなく。ほしいものに近いものがある場所に、逃げたくなる感じじゃねえの?」
光漣が、私のことを分かろうとしてくれているのが嬉しかった。
つらくてもこぼさずに耐えられる涙が、嬉しさにはかなわなくて、雫になってぽたぽたと落ちた。
「おれが聞きたいのは、そんなことを口走るくらい参るような目に、昨日の今日でサリが遭ってるんなら、おれにはなにがしてやれるんだろうってことだ」
光漣がゆっくり動いて、私の隣にきた。
優しく体を倒されて、二人並んで床に寝そべってしまう。
「上にのしかかるわけにはいかねーからな。まだな」
光漣の腕や胸の体温が伝わってくる。
がらにもなく高揚していることは、認めざるを得なかった。
私の心も、体も。
でも、これはいけないことだ。
私にも、私の隣に横たわった、一つ年下の彼にも。
「サリ。サリはおれと、こういうことしたい?」
光漣が、私の目を、すぐ真横から覗き込んでくる。
上から覆いかぶさる形にならないように、首を持ち上げもせずに、床にぴったりとくっついて。
十九歳の男子って、こういうとき、こんな気遣いをするものなのかな?
そう考えると、自分が光漣にとって特別な存在なんじゃないかという思いが膨らんでくる。
「……分からない。分からないよ。私、どうしよう。でも、よくないことなのは分かってる」
「……泣くなよ」
「泣こうとは、してないんだけど」
「いつもはなつかない猫みたいなのに、こんなときはしおらしい犬みたいだな」
「なに笑ってんのよう」
「彼氏持ちなんて、面倒だから、絶対に手を出さないって思ってた。しかもあんたみたいな、その」
「……その?」
「ガキっぽい女」
おい。
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