さざ波は深くかみなりのように

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 わずかずつ、互いの唇が近づいていく。  光漣が私に与えた猶予が、段々と減っていく。  光漣の、少し伸ばした赤い前髪と、私の髪が重なった。 「光漣、だめだと思う、それは」 「そうだな。これは、だめなことだ」  光漣の唇は、すんでのところで軌道を変えて、私の目じりに、そこに流れた涙に触れる。  蝶が蜜を吸うみたいだな、と思った。  隠しきれなかった感情の中身を、暴かれてしまったようだった。  自分でも見ないようにしていた、でも逆らえなかった、期待とか、欲望とか、そう呼ばれる類のもの。 「充分身持ちが固いじゃねえか。だめなことはだめなんだな」 「う、うん。本当は、だめではないかもしれないんだけど」 「?」 「私、今日、譲くんと別れたから」  それを聞いた光漣の体が、特別身動きしたわけじゃないのに、急に獰猛さを増したように思えた。  私の肩に置かれた指や腕のわずかな緊張が、熱とともに鋭く伝わる。  光漣が、大急ぎでそれを隠したことも。 「……ドア開けておいてよかったわ。今のはまずかった」 「……そういえば」 「サリ。おれ、あなたに言いたいことがあって」  光漣の瞳が、文字通り目の前で私の目を覗き込んでくる。 「でもそれを言うには、守るべき順番があるみたいなんだ」 「……順番?」 「今日は体温だけくれよ。それで、明日、おれにつき合ってほしい」  横並びのまま、光漣が私を抱きしめた。  さっきの今で、譲くんとは別の男子に触れていることに、罪悪感がないわけじゃなかった。  でも、あまりに目一杯満たされて、その後光漣の家を後にするときのつらさのほうが、私の頭を占めてしまった。まったく情けない限りだった。 ■
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