さざ波は深くかみなりのように

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「すみませんねー、真昼間にいきなり呼び出して。おれ、光漣ていいます」 「いいえ。……お店の男の子が客を呼び出すなんて、いいのかい? それに今の、本名?」 「あなたも本名で通ってくれてるんでしょ、譲サン」 「……話って、なにかな?」  赤い髪の長身と、大人しそうな大学生風の青年が、新宿のカフェで待ち合わせていた。  二人ともスタイルがいいので、多少周りの目を引いている。 「うちのキャストに、いろんなこと話してくれてるそうですね。かなりのプライベートまで」 「守秘義務には期待してるよ」  カフェは混んでおり、二人は注文を済ませたものの、オーダーしたものが運ばれてくるのには少し時間がかかりそうだった。  構わずに、光漣が身を乗り出す。 「譲サンが今の彼女とつき合うきっかけは、大学受験の予備校の男の講師に告白しに行こうとして、できなかったときだったんですってねえ。それまでもそれからも、女は好きになれないって分かってたそうですけど、なんでまた彼女作ったんです?」  光漣は親し気な口調だが、目は笑っていない。 「なんで、そんなこと……」 「聞いてもらいたいんじゃないですか?」 「……彼女は、いい子だよ。いい子だった。明るくて、優しくて、女を好きになれるとしたらこの子しかいないだろうと思った。……僕はね、ずっと『普通』になりたかったんだ。かわいい女の子を好きになって、告白してつき合って、恋人をやって」 「でも、できなかったんですか」 「好感は抱いてたよ。一緒にいたいとも思った。……でも、恋愛はできないって、やっぱり違うんだって、何度も思い知らされて。いつか変わるかもと思ったのに、気持ちと意志のずれはどんどん大きくなっていって、……」 「でも、それだと彼女はつらいですよね」 「分かってるよ! でも僕だってつらかった、特に、体の接触が……それさえなければ、そんなことさえしなくてよければ、僕は彼女とは別れずに済んだかもしれなかった、なのに」 「あー、じゃあ、別れてんだ。彼女のためを思って、嫌われ役になって」 「そうだよ。僕なりに努力したつもりだ。でもセックスさえなければ、僕とサリは平和に暮らしていけた。なんであんなことしなくちゃいけないんだ、男と女だからって。心が通じていれば、いいじゃないか、それで」 「通じてねえじゃん。恋愛じゃないんだから」 「……!」  光漣の表情から作り笑顔が消え、半眼になる。 「セックスがなかったからじゃねえよ、あんたたちの場合。恋愛じゃなかったから、必要なものがすれ違ってただけだろ。それが分からなきゃ、前に進みようもねえだろ。……なんてね。きつい言い方してすみません、ちょっと見てられなかったもんだから、お節介しちまった。ここ払いますから、ゆっくりしてってくださいね」  光漣が席を立った。  入れ違いに、二人のオーダーが運ばれてくる。  譲くんは、座ったまま固まっていた。  光漣は、物陰に隠れていた私に目配せすると、レジで支払いをして出ていく。私も慌てて後についていった。  お昼前の新宿は、相変わらず人でごった返している。 「なっ……なんてことするの」 「本当のことなんて、知る必要のないことのほうが多い気がするけどな。今回のことは、サリは知っておいたほうがいいような気がして。ま、ちょっとは男のほうに痛い目見せてやりたかったし、見てられないからお節介したってのはホントだ。サリのことを、だけどな」 「……それは、どうも……」  ぽつんと残された譲くんに、なんとも思わないわけじゃない。でも、私ができることはないし、そうすべきでもないんだろう。 「サリは、あいつに嫌われても、憎まれてもいなかったよ。ただ、間違えた人間を、慰め続けてきただけだ。それを分かってほしかったんだよ。元カレ、本人の言葉で」 「……ありがとう。でも、もし私のことを、譲くんがぼろかすに言ったら、どうするつもりだったの」  人波を避けながら半歩分前を歩いていた光漣が、つと振り向いた。 「……サリのことを? ぼろかすに悪口を?」  私はこくこくとうなずく。 「そんなこと、あるわけねーだろ。サリを悪くいうやつなんて、しかも彼氏なんて立場で、いるわけねえよ。別れた元カレでもな」  思わず赤面してしまう。 「わ、わかんないじゃん」 「分かるって」 「なんで」  光漣が、私の腕をつかんで、傍らのお店の壁に背中を向けて立たせた。  その正面に、背の高いシルエットが立つ。  光漣はボタンをとめていなかったシャツを横に広げ、幕のようにして、私の体を雑踏から隠した。  そのまま、上から覆いかぶさってくる。  額と額が触れそうになった。 「光漣?」  日の光をさえぎられて、まるで小さなテントの中に二人だけでいるみたいだった。  間近で目が合う。  雑踏の音もどこかのお店の呼び込みの声も、急激に遠くなっていく。 「今日、スカートなんだな」  確かにこの日は、私はブルーのロングスカートを穿いていた。 「ま、まあ。たまには」 「どうして」 「どうしてって、それは、かわいいかなって」 「かわいいよ」 「光漣、ち、近い」 「好きだ、サリ」  じん、と背筋が甘ったるくしびれた。  首だけで、私はかくりとうなずく。  髪の生え際にキスされた。  光漣が私から離れた。  太陽の光と、都市のざわめきが、さっきまでと同じに戻ってくる。  ただ、変わったものといえば。  私と光漣は、彼女と彼氏だった。 ■
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