さざ波は深くかみなりのように

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 表情は真顔なんだけど、そのろれつとゆでだこのような顔では、全然説得力がない。 「光漣……そういえば、最寄り駅って、私の家よりここからかなり近くない?」 「ああ。まあら」 「まあなじゃない! そのまま帰りなよ!」 「そういうわけりもいかねえらろ」  言い争いをしているうちに、光漣の駅に着いた。  シャツを引っ張って電車から降ろしても、光漣の足元はいまいちおぼつかない。  肩を貸そうかと思ったけど、体格差で私のほうがよろけてしまいそうだし、光漣にも断られた。  これでなにかあっては……と、結局私のほうが光漣を家まで送ることにした。たまに忘れそうになるけど、私のほうが一つ年上なのだ。  勝手知ったる光漣の家には、迷うこともなく着いた。 「それにしても意外。もっと高そうなところに住んでるイメージだった」 「ほうか?」 「服や髪にいつも手がかかってるから、なんとなく」 「ほりゃ、見えるろころはきっちりしらいとよ。ほかはらめでもな」 「ほかはだめなんかい」  そう言われると、部屋の中がどんな状態なのかが、ちょっと気になってしまうけど。  光漣の家は二階なので、外階段を上がる。 表札のないドアを開けると、光漣はすいと中へ入っていった。 「光漣、もう一人で大丈夫?」  つい覗き込んだ家の中は、予想に反して、すっきりと片づいていた。  左手にあったキッチンも、奥にある部屋も、一目で見通せてしまったけれど、衣類やものが床に置いてあるでもなく、そこはかとなくいい匂いもする。 「……きれいじゃん」 「ほりゃ、な。いつか、サリがくるかもしんねえし」 「きましたよ、思いもかけず。……お水飲めば?」 「ほうふる」  けれど、グラスを棚から出す手つきはかなり危なっかしい。  ……今、なにか引っかかることを言われた気がするけど、光漣がよたよたする様子を見ていたらなんだか忘れてしまった。  私は「お邪魔します」と靴を脱ぐと、光漣の手からグラスをもらって、いきなり冷蔵庫開けるのっていやがられるかなあ、などと思って水道水をついだ。  光漣はそれでまず口をゆすいでから、二三度喉を鳴らして今度は飲み込んだ。  グラスを置いた手が、すっと伸びて、私の肩に回される。 「光漣」 「悪かった。面倒かけて」 「それは、いい、んだけど。この手」 「帰したくない」 「まずいよ、それは。酔った勢いで悪いことしちゃだめじゃん」 「酔った勢いでこんなことしねえよ。これ以上もしない。見ろ、あの潔く開け放たれたドアを」  確かに、ドアは開いた状態で止められていて、暗い外が四角く見えている。 「……私、彼がいるから」 「わざわざ口に出されると、カッときて悪いことしたくなるんですが」 「うおい」  つい手の甲で光漣の胸を軽くと叩くと、大柄な体がふらつく。  私は「あっ」と肩を入れて、光漣を支えた。 「女の肩抱いたの久しぶり」 「か・た・を・貸・し・た・の。投げるよ」 「くそう……この状況で、両性の合意がとれないとは……」 「なにが両性の合意だっ」 「でも、そうだな。おれが今のサリだったら、ここで迫られたら困ると思う」 「……うん」  謝るのも、お礼を言うのも違うな、と思うと、それ以上言葉が出てこない。 「サリ。あまりサリには楽しい話じゃないんだけど、聞いてくれるか」 「な、なに。改まって」  光漣が私から体を離した。  一メートルくらいの距離で、向き合う。 「おれな。男の相手専門の、デートクラブのホストやってるんだ。……この間家出るときに会ったのは、急な呼び出しでどうしても会いたいっていう客のために、緊急で出勤したんだよ」  どう受け止めていいのか、とっさに分からなかった。  それが本当なのか、冗談なのかも含めて。  いや、冗談ならそれだけの話なんだから、本当のこととして聞かないといけない。  でも、なにか返事をしようにも、話の中身が分からなさ過ぎて、答えようがない。  今だと出会い系っぽいイメージが勝手に頭に浮かんでくるだけで、そんなの気にしないよとも、なにか理由があるんだねとも、言えない。 「あの……具体的に、どんなことをするの? その、仕事? は……」 「おれのは、適当に外で待ち合わせして、買い物につき合ったり、飯とか食うだけ。家やホテルには行かないし、それ以上のこともしない。相手は、小金持ちっぽいおじさんが多いな」 「あ、そ、そうなの。そういうものなの?」 「もちろんそれ以上に進んで、相応の金もらう人たちもたくさんいるよ。おれはさっきの条件でしかやってないし、店の人もそれでいいって言うから、そーしてる」  よく分からないけど、光漣の見た目や雰囲気なら、連れ歩いて一緒にご飯を食べるだけでも、相手を満足させるものがあるのかもしれない。 「目的は、言うまでもねえけど、金だよ。一回一回は大した金額じゃねえけど、時給で考えると、ほかより圧倒的に効率がいい」 「でも、中には、ご飯食べるとかだけじゃ満足できない人もいたりとかは」 「あるよ、そういう場合も。その時は、対応できる人を店を通して紹介してる。おれは、とにかく外を歩いて食事だけで、これは破ったことがない。強引に迫られても、力づくではそうそう負けないしな」  心の中で、そろそろとため息をつく私がいた。なんだ、それじゃ、デートクラブなんて言ってもそんなに大したことじゃないなと思う。  いや、デートクラブというものがどんなものなのかも、よく知らないんだけど。 「今、大したことねえなって思っただろ」 「思った」 「おれもそう思うから、続けてきた」
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