プロローグ

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   子を持つ母の朝は早い。そして何より一分一秒、毎日が戦争だった。  ______世の中の子を持つ母は本当に凄い。  樹莉(じゅり)は娘が保育園に行き始めて改めて育ててくれた母親の偉大さを知った。    「希柚(きゆ)、起きてーーー!」  都心から離れた閑静な住宅街。築三十年の木造の二階建てアパートの二階に、樹莉と娘の希柚は住んでいる。玄関扉には、幼い娘が最近書けるようになった拙く弱々しいひらがなで、「にかいどう」と画用紙に書かれた表札がセロハンテープで貼られていた。ただし、「と」がひっくり返っているし、「う」の一画目が立派すぎて二画目がぺちゃんこになっているが。  「希柚〜〜〜〜」  キッチンで夕食の準備をしていた樹莉はなかなか起きてこない娘に痺れを切らした。なんたってもう七時を過ぎた。そろそろ起きて準備をしないと間に合わない。    樹莉は包丁を置くと手を洗い、小走りで寝室の引き戸を開けた。案の定、六畳の和室の真ん中で希柚はまだすやすやと寝ている。あれだけ大きな声で呼んでいるのにうんともすんとも言わない娘に毎度のことながら呆れた。    「本当、寝起きが悪いんだから」  希柚は寝つきが良く寝起きは悪かった。  この間なんか「きゆ、てーきあつだから」と自分の寝起きが悪い原因を、何処かから仕入れてきた知識で言い訳をしていた。そしてなぜか胸をはる。  低血圧はあまり人体に良くないはずなのに、希柚にかかれば立派な言い訳に使える便利グッズと同じもの。当然ドヤ顔で「えっへん」と自慢げだった。  樹莉はそんな娘の表情に思わず吹き出しそうになった。低血圧を低気圧と言っている。それもドヤ顔で。面白いやら可愛いやらで「もう少し早く起きるように」と注意していたのにどうでもよくなってしまった。  もちろん「低気圧じゃなくて、低血圧ね」と訂正はした。  希柚は自身の間違いに気づいた。そして「そう、てーけつあつ」と少しだけ恥ずかしそうに言い直した。
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