第十五幕 深まる想愛

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 思わず、拳を握り締める。  そうだろう、とは思っていた。予想は付いていたし、正直に言って欲しいとも思っていた。  けれども、いざ現実になると、衝撃が大きい。 「すべて話して。熾仁(たるひと)兄様の差し金なの?」 「……(おっしゃ)る通りです。一晩で毒は抜けるし、後遺症が残る量でもない。将軍が問責されれば、晴れて宮様は将軍との離縁が叶い、熾仁様の奥様に迎えられるから手伝いをしてくれと……わたくしも、それが宮様がお幸せになれる道と信じ、手をお貸ししました」  はっ、と思わず投げるような吐息が漏れる。  最初はそうだったとしても、人の気持ちは変わるのだ。そうは思うが、和宮(かずのみや)は藤子を頭から責める気にはなれなかった。  和宮自身、熾仁に捧げた心は決して変わるものかと思いながら嫁いで来たのだから。それが、幕閣に対する意趣返しだと思っていたし、幕閣の横暴には未だに憤ってもいる。  けれども、今は幕閣と家茂(いえもち)はまったく別の者だと知っている。 「宮様。どうぞ、ご存分にご処分くださいませ。覚悟はできております」  深々と頭を下げたまま言葉を継ぐ藤子に、和宮は「もう一つ答えて」と問いを重ねた。 「ほかに、荷担した者はいるの?」 「いいえ。わたくしが一人でやりました。ほかに協力を頼むと、秘密の厳守が難しくなるので」 「そう……分かったわ。あたしとしては特別姉様を罰するつもりはないの。ただ、真相が聞ければそれでいい」 「ですがっ……!」  (はじ)かれたように顔を上げた藤子の視線を捉え、和宮は淡々と言う。 「どうしても姉様の気が済まないなら、頼みごとをするわ。それでいい?」 「しかし、それでは処罰とは……」 「だって、処罰って言ってもどうするの? 身分降格? それとも、京へ送還? どちらも簡単じゃないし、姉様が帰りたいから帰すのならそれこそ処罰じゃないでしょ? それに、姉様が京へ戻れば、何があったんだって絶対お兄様が訊くと思うし……」  藤子は、またも瞠目する。何かを言おうとして口を閉じ掛ける動きを繰り返した末に、改めて頭を下げた。
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