第十五幕 深まる想愛

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「うん。だから、もし兄様に従って京に戻る支度(したく)でもさせているなら、中止して。あたしはもう、家茂(いえもち)の傍から離れるつもりはないから」  藤子は、ただ唖然としていた。  顔を(しか)めようにも顰められず、()いた口が塞がらないと言った風情(ふぜい)で、かすかに首を横に振っている。 「あたしの心はもう、兄様にはないの。申し訳ないけど」 「……本当に……それが、本心なのでございますか?」 「うん」 「では、本当に……この城からお出にならなくてもよいと?」 「場所に(こだわ)ってるわけじゃないの。ただ、家茂の傍ならどこでも構わないわ。それこそ、雨漏りするような藁葺(わらぶ)き屋根の家でもね」 「……誠に、ご本心で?」 「ええ」  くどいほど確認したあと、藤子はやや長い溜息を吐いた。そして、眉根を寄せ、(ひたい)に手を当てる。 「……それはつまり……十四代をお慕いしているとでも?」 「もうほかの男は考えられない」  愛している、と口にするのは簡単だが、それを藤子に言うのは躊躇(ためら)われた。遠慮でも何でもなく、単純に勿体ない。  家茂以外の人間にそれを告げるのは、言葉の無駄遣いだ。 「まだ、何か訊きたい?」  はっきり言わなければ納得しないのなら、聞かせてやっても構わないが。という気持ちを込めて、和宮(かずのみや)は藤子へ視線を向ける。  藤子は、額に当てていた手を鈍い動作で膝へ戻すと、こちらの本気を見極めようとするように、穴が空くほど和宮の顔を見つめた。  それが、どのくらいの(あいだ)だっただろうか。 「……ご本心なのですね」  どう頑張って観察しても、虚勢も強がりも見当たらない。真実、家茂を愛しているのだと認めたのか、藤子は居住まいを正した。 「……申し訳ございません」  手を突き、その頭が深々と下げられる。  後ろで(まと)められた黒髪が、彼女の肩をサラリと滑った。 「それは、何に対する謝罪?」 「宮様のお心も察せられず……出過ぎた真似をいたしました」 「はっきり言って。三日前、あたしの夕餉(ゆうげ)に幻覚キノコを入れたのは、姉様なのね」 「……はい」
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