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「結局は夢の中みたいなもんだったけど! だけど……っ、今すぐにあんたがいなくなるんだって思ったら怖かった! 気付いた気持ちも聞いて貰えずに会えなくなるって考えたらおかしくなりそうで……! あんたをこの世に繋ぎ止められるなら何もかもどうでもよかったの!!」
嗚咽に遮られて言えなくなる前にとまくし立てたあとは、止まらない涙に往生しながら掌に顔を伏せるしかなかった。
あの時は、こちらが死にそうだった。怖くて、恐怖で死ねると思った。
この先も家茂と一緒に生きられるなら、彼に出会う前のすべての出来事を無にしてもよかった。
嫁いで来た理由も、皇女として、内親王としての誇りすら、何の意味もない。
(意地なんか張ったら、後悔しか残らない)
あの幻影の中、和宮は本気で死ぬほど後悔した。
あれが、幻覚の中で見た夢が、ごく近い未来でないとどうして言い切れるだろう。
助かったからと言って、幻だったからと言って、また自分の気持ちに蓋をして過ごしたら、今度こそ取り返しの付かないことになる。
あの夢を現実にするくらいなら、誇りも意地も見栄も、使命だって捨てられる。
もとより、与えられた使命を果たそうと思える理由は、幕閣を困らせる以外にはない。自分を駒として売った朝廷の臣下たちの為に働くのも真っ平だ。
「……こっちのセリフだ」
ややあって、不意に耳元へ掠れた声が落ちた。かと思えば、伏せていた顔を無理矢理仰向かされる。
抗う間もなく口付けられた。
「ッ……!」
けれど、まだ頭の隅にある藤子の存在が、辛うじて口付けに溺れそうになるのを押し留める。
「や、待って」
唇が離れた瞬間、制止しようとした。けれど、
「目の前で死なれそうになったのが、お前だけだったとでも?」
と、普段より低い声で言われて、ハッと目を見開く。
間近で見た瞳は、苦しげに歪んでいた。
「その辺は俺のほうが重症だぞ。何せ、倒れた原因だってよく分からなかったんだからな。助かる保証があるかどうかも分からなくて、翌日お前がケロッと目ぇ覚ますまでがどんだけ長かったと思ってる?」
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